
昨日は紬塾の2回目でした。
まずは繭を成す蚕の糸の根源的力を知ってもらうためのワークショップなどを行ないました。
春繭だから、生繭だから、節糸だからいいということではなく、それらをどのように生かせるかを見極められるかが重要。
そのあとは身近な植物に潜んでいる色の神秘に触れてもらいました。
自然は何を語っているのか・・身近な植物の多くが、黄色系、赤系を宿しています。
どちらに傾いているかはいろいろな条件で様々です。
桜は何色を見せてくれるのか、私は“何色”と語る言葉を持ちません。
既存の色名や、数値化された色に興味はありません。
見ているみなさんにも「これらは何色といえばいいですか?」と聞いてみましたが返事はありません。
ただ、「ワー、綺麗・・・」と、その美しさに魅入られているようではありました。
経と緯が織り成す色も固定されたものではなく、季節によって、光線によって変化して見えるものです。
何パーセントの染材や媒染剤、何分の煮出しも固定されたものではありません。
自分が発見、気づいていくものです。状態をよく観ることです。いい状態を見極めること。
染め上がった糸をどう生かし布にできるか――も自然との関わりの中で生まれてくるものです。
自分がどこまで固定された囚われや雑念から自由で、自然体でいられるかが良い染め、よい織物を生み出せるかにかかっていると思うのです。