賃貸住まいの高齢者

単身赴任生活が終わり、定年。でも生活できないから、、どうしよう。。

コミュニティーの崩壊した社会

2025-02-03 05:45:11 | メンタル
まるで大きなホテルを次々作って、個別に人畜が飼われているような世の中になっていると感じた。

みんな家畜のようなものだ、と。

今、賃貸のアパートに住んでる。

そこで隣組長の担当になった。

自治会員の選考に出ないといけないが、候補者を推薦してくれと言われたが。

お隣や近所に住んでいる人の顔すらわからないのです、私には。

そしておそらく多くの人がそうでしょう。

アパートやマンションなど。

そういう住処がほとんどになってる今の世の中です。

昔のように隣から色々お裾分けをもらったり、行ったり来たりは無い。

だから隣組という組織は不要。

形骸化してる。

近所の繋がりは無い。

そうなった場合に何が問題か?

そうです。

震災とか火事とか、何か災害とかがあった場合の連携された救助機能が無い。

でも、東日本震災では助け合ったではないか?

都市でそういう機能が発揮されたとは思えないですね。

都市ではそこにあるインフラ機関が目立っていたけれど、住民同士で何か機能することはあったのか?

そもそもそういう機能が必要なのか?

そうです。

もう既に見えてこない。

我先に逃げるだけ。

つまり虫の逃亡に似てる。

人としてのコミュニティは既に無いのでしょう。

虫たちと同じ。

養老先生は言った。

「虫は面白い。観察したり解剖したりしてると、虫はロボットと同じ機能なんだな、と解る」

そう言われてます。

そして

「AIが人間に似てきたんじゃない。人間がAI(ロボット)になってきたんだよ」
と。

現代人は生物としての『人』を脱皮しようとしてる?

そうして、サイボーグ化してる?

最後にAI(ロボット)になろうとしてる?

確かにそうなったら放射能も怖くないし、細菌兵器も怖く無いですね。

でもきっと、生きることは無いでしょう。

生きるということに意味すら解らない。

古代生物には何かしらの生存意義があったのでは無いかしら。

今の生物の理解し得ない何か不思議な感覚。

それを脱皮して脱皮して、そして今に至る。

それで何が見えた?

なんとなく、「消滅」の景色が見えるのは私だけ?

感覚というのきっとAIには無い気がするのです。

感覚機関。

その真の意味は「感覚」であるべき。

意識優先の世界を望んできた人間の行く末には「感覚優先」の「生き物」を否定するところにある。

そういう未来は予知能力とかでは無く、生き物の感覚として感じること。

単純な、コミュニティの在り方の崩壊。

それはそういう意味をも含んだ未来をどことなく感じる。

多くの人の不安要素はそこらへんに漂ってる。

私も精神疾患?

それはほとんどの人が感じてるところにある気がする。

感覚優先の需要性。

言葉ではなく、感覚で感じて生きたい。
コメント
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