シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

ハンナ・アーレント(2012年ドイツ・ルクセンブルグ・フランス)

2013年12月21日 | 映画の感想・批評
 第二次世界大戦中のナチスドイツによるホロコーストよって、数百万人のユダヤ人が犠牲になった。ユダヤ人の収容所への強制輸送列車手配の責任者だったナチス戦犯アドルフ・アイヒマンが、1960年逃亡先のブエノスアイレスでイスラエル諜報部(モサド)により逮捕・拉致され、翌年イスラエルで裁判が開始された。
 第二次大戦中に強制収容所から脱出し、アメリカに亡命したドイツ系ユダ人の哲学者ハンナ・アーレントは、その歴史的な裁判記録をザ・ニューヨーカー誌に発表する。
 そもそもイスラエルがアイヒマンを裁く権利を持っているのか、アルゼンチンの国家主権を無視してアイヒマンを連行したのは正しかったのか、ハンナは裁判の正当性に疑問を投げかけた。また、アイヒマンは極悪人ではなく、当初は良心の呵責を感じていたが、上層部の言動に影響を受け、自分の行為に対する善悪の判断をやめて、与えられた任務を忠実に実行した、小心者で取るに足らない役人に過ぎないと書いた。ハンナは「根源的な悪」を無批判に受け入れた「悪の凡庸」と「無思考」をこそ批判した。
 しかし、ハンナが発表した裁判記録の内容に、ユダヤ人やイスラエルのシオニストから、ナチズムを援護する裏切り者という激しい非難が浴びせられた。ハンナは決してアイヒマンが無罪とは言っていない。「アイヒマンを非難するかしないかと、ユダヤ的な歴史や伝統を継承し誇りに思うこととは違う」と反論し、信念を貫いている。 
 ハンナがアイヒマン裁判記録を発表しておよそ半世紀が過ぎた。ハンナが映画のラストで行う大学での講義を聞きながら、いつの時代も自分たちの周りで起きている様々な出来事に対して思考停止に陥ると、取り返しのつかない社会になる、歴史が繰り返される、そんなことにならないように思考し続けよと、警告されているような気がした。(久)

原題:Hannah Arendt
監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ
脚本:マルガレーテ・フォン・トロッタ、パメラ・カッツ
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
出演:バルバラ・スコヴァ、アクセル・ミルベルク、ジャネット・マクティア、ユリア・イェンチ

「キャプテン・フィリップス」(2013年 アメリカ映画)

2013年12月11日 | 映画の感想・批評
 水を得た魚とはこういうことをいうのだろう、と思わせるような題材と監督とがみごとにマッチングした好例だといってもよい。
 監督のポール・グリーングラスが世界的に注目されたのは、アイルランド紛争に材をとった「ブラッディ・サンデー」(02年)である。この映画は北アイルランドで実際に起きた「血の日曜日」事件をドキュメンタリ・タッチで撮った秀作として知られる。その後、ハリウッドに招かれて「ジェイソン・ボーン」シリーズを撮ったあと、9.15テロ(ユナイテッド航空機ハイジャック)の実録もの「ユナイテッド95」(06年)でも無名の俳優陣に乗客と乗務員、テロリストを演じさせて機内の息詰まる一部始終を再現した。
 さて、本編はソマリアの海賊に占拠されたアメリカの輸送船が船長のリーダーシップと勇気と機転によってどのように危機を乗り越え、乗組員全員が無事に生還したかを迫真の演出で描出してみせる。ベン・アフレックの「アルゴ」同様、実話だから結末がわかっていながら、ハラハラドキドキ最後まで一気に見せてしまう力量には感心した。
 スターは船長に扮したトム・ハンクスひとりだけで、他は無名に近い出演者だから、グリーングラスが得意とするドキュメンタリ手法が大いに冴え渡った。ときおり手持ちカメラをぶらせるところなど、芸がこまかい。しかも、この映画の見どころは、ハリウッド映画のジャンルのひとつ「海洋もの」としてのスペクタクル性を備えているところだ。
 それにしても、これを見ていると、奇跡に近い生還も「事実は小説よりも奇なり」という格言どおり、いくつかの偶然が重なって一触即発の死線を乗り越えているのだと考えさせられた。ハッピーエンドをご都合主義などと批判することが多いけれど、現実においてもたまたま都合のよいことが起きてこそ、無事にことが終わるのである。 (ken)

原題:Captain Phillips
監督:ポール・グリーングラス
原作:リチャード・フィリップス、ステファン・タルティ
脚色:ビリー・レイ
撮影:バリー・アクロイド
出演:トム・ハンクス、バーガッド・アブディ、デヴィッド・ウォーショフスキー

「人生、いろどり」 (2012年 日本映画)

2013年12月02日 | 映画の感想・批評
 

 秋も深まり、山々の木々が彩りを放ち、各名勝地は観光客でいっぱいだが、一歩離れてみるとそこは過疎地の悲しさ。人口が流出し、耕作されなくなった田畑が無残にも広がっている。日本中の山村がそのような悩みを抱える中、山で採れる葉っぱを料理の「つまもの」として販売し、年商2億円以上を稼ぎ出すビジネスに成長した所があるという。本作はそんな実話から生まれた物語。「つまもの」との出会いから、今までわき役だった女性たちが生き生きと輝きだす。
 主人公・薫には日本を代表する実力派、吉行和子。その親友・花江に富司純子、路子には中尾ミエが当たった。この3人のやり取りと変貌ぶりが楽しい。さらに薫の夫を演じる藤竜也がやはり上手い。頑固なうえに、新事業に失敗ばかりしているダメ親父だけれど、何ともかっこよくて憎めないのだ。藤竜也と吉行和子といえば、かつて「愛の亡霊」で共演した仲だが、あの時の二人が年をとったらこんな夫婦になっていたのではないかと思えるほど息もぴったり!!また、この葉っぱビジネスの発起人・横石知二氏のモデル役を演じた平岡祐太のさわやかな魅力も光る。
 実はこの作品を見る前に横石氏の講演を聞いたのだが、「人は誰でも主役になれる~居場所と出番づくり~」と題した内容と、横石氏のバイタリティあふれる話しぶりに感心した。この講演の後だったから映画の感動もより深いものになったのかもしれない。こんな売り方もあるなあと思いながら、翌日の外食では「つまもの」に使われている葉っぱをしっかり確かめている自分に気付いた。
  (HIRO)
監督:御法川修
脚本:西口典子
撮影:石井勲
出演:吉行和子、富司純子、中尾ミエ、藤竜也、平岡祐太、村川絵梨、佐々木すみ江