シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「ヒメアノ~ル」 (2016年 日本映画)

2016年06月21日 | 映画の感想・批評


 「ヒメボタル」「ヒメユリ」・・・頭にヒメ~がつくと何となく小さくてかわいい、優しいイメージが伝わってくる。「ヒメアノール」もその一つで、アノールとはイグアナ科アノール属に含まれるトカゲの総称。つまりヒメアノール=ヒメトカゲとは体長10cmほどの小さなトカゲのことだ。時として、猛禽類の餌食となってしまうか弱い動物・・・。この題名に思わず魅かれてしまい・・・。
 その独特の画風が注目され、「行け!稲中卓球部」「ヒミズ」と話題作を連発している人気漫画家・古谷実の原作は、あまりに過激な内容から映画化不可能とさえ言われてきたが、そこに挑んだのが吉田恵輔監督。2年前「麦子さんと」を見たときに日本映画界に新たなエースの誕生を予感したのだが、今回この作品と出会って、その思いは確信となった。
 狂気の連続殺人鬼・森田を演じるのはV6の森田剛。くしくも同じ苗字の役を演じることになったのだが、そのなりきり方が半端ではない。さすがに蜷川幸雄、宮本亜門などの舞台作品で主役を演じ絶賛されただけあって、演技力は確か。自らを“ヒメ”の方と感じた彼は、そうありたくはないと思ったのか、自分にかかわってくる人間をさも餌を得るかのように殺していく。その殺し方があまりにもリアルすぎて正視できない。
 前半の濱田岳、ムロツヨシ、佐津川愛美らによるラブコメディ(吉田監督の得意分野?!)から一転、中盤でやっとタイトルが出ると、さあさあこれから始まるぞ~~~とばかり、予想のつかない、いや、期待していたかもしれない恐怖が次々と観客を襲う。こんなエグい作品、見なければよかったと思う気持ちと、今まで味わったことのない世界観に堕ちていく危うい気持ちとが交差し、不思議な感動が生み出される。
 「優しさと狂気」。最もかけ離れているようで、案外近いのかもしれない。自分の片足をもぎ取られながらも、友達に優しい言葉を投げかける森田に、やっぱり“ヒメ”の姿を見た。
(HIRO)

監督:吉田恵輔
脚本:吉田恵輔
原作:古谷実「ヒメアノ~ル」
撮影:志田貴之
出演:森田剛 濱田岳 佐津川愛美 ムロツヨシ 駒木根隆介 山田真歩 大竹まこと


(パンフレットの表紙)

「団地」(2016年日本映画)

2016年06月11日 | 映画の感想・批評
 桂枝雀のSR(ショート落語)を思い出してしまった。母と子が夜空を眺めている。そこへ流れ星が。母が子に語りかける「さあ、何か願い事をなさい」。子がいう「一日も早くお父さんに会えますように」。母がたしなめる「そんなことを言っちゃダメ、お父さんには私たちの分も長生きして頂かなくては…」。
 大阪のよくある公営団地。そこへひと組の熟年夫婦が引っ越してくる。妻(藤山直美)は近くのスーパーでレジのパートをして働いているが、「手が遅い」といつも主任に罵倒されている。旦那(岸部一徳)は漢方薬の薬剤師らしいが、事情があって店をたたみ、いまは職もなく裏山に出かけては日がな薬草を集めている。そこへ、その漢方薬を愛用しているという浮き世離れした変な青年(斎藤工)が訪ねて来て、ようやく居所を突きとめたといい、とにかくあなたの作る漢方薬が自分の身体に合っているので調合してくれと無理を頼む。これが映画の出だしである。実はここに意味深長な伏線が敷かれているのだが、まあそれは見てのお楽しみだ。
 起承転結でいえば、承の部分が旦那の失踪。いや、旦那は失踪したわけでなくて団地の自治会長選挙で予想外の大差で敗北し、おまけに人望がないとまで陰口をたたかれたショックで引きこもってしまっただけなのだが、団地の人たちは妻が殺害して遺体を処理してしまったのではないかと、あらぬ噂を立てる。まるでヒッチコックの「裏窓」だ。妻が思わずつぶやく「団地は噂のコインロッカーや」がおかしい。
 大阪のおばちゃんたちの日常の生態を通してそこで暮らす人々のバイタリティが伝わってくるようだ。随所に散りばめられたくすぐりの数々は、さすが大阪育ちと思わせる阪本の自家薬籠中の極め技といえばよいか。場内から絶え間なくクスクス笑いが聞こえる。「俳優亀岡拓次」も「モヒカン故郷に帰る」も全く笑えなかった小生が、何度か吹き出してしまった。
 家族の喪失、共同体、プライバシー、児童虐待・・・そうしたテーマが渾然一体となって、枝雀もかくやと思わせるシュールな結末に至りつくのである。
 それにしても藤山直美が容貌から仕草まで父親(寛美)とそっくりになった。しかし、寛美は観客の反応を見てアドリブを利かせる天性の舞台人だったから少人数のスタッフを前にした映画撮影ではその本領を発揮できない名優だったが、直美はそこを超えたのではないかとひそかにニンマリしてしまった。(健)

監督・脚本:阪本順治
撮影:大塚亮
出演:藤山直美、岸部一徳、大楠道代、石橋蓮司、斎藤工

「海よりもまだ深く」(2016年 日本映画)

2016年06月01日 | 映画の感想・批評
 離婚に未練たっぷりの元夫を中心に、次の恋に仕事にと動き出している元妻と、その二人の間に生まれた大人しい小学生の息子、夫側の母親と姉が繰り広げる人間ドラマ。是枝監督は「海街diary」の四姉妹物語の次は、家族物語を優しく暖かく作り上げた。ちょっと早いが、次回作はどう来るのか。楽しみだ。
 随分前に文学賞を受賞した小説家の元夫は、今は探偵事務所でうさんくさい調査員をしながら、小説の題材を集める日々。ギャンブル好きで生活費を工面出来ず後輩から借金状態。元妻は働きながら金持ち男性と結婚を考え、息子を所謂「出来る子」に育てようとしている。母親はつい最近夫を亡くし、年金で団地に一人住まい。ご近所付き合いも行動派。姉はそんな兄や母に小言を言いながらも、子供達を育て、働いて、場合によっては、良きご意見番として、存在感を示す。ざっと書いただけだが、どこにでもありそうな「家族」がそこに居た。
 この映画は、暗い残忍な事件が多い今の世の中に、もがき悩みながらも生きていこうとする人にスポットを当て、人の「暖かさ」を映し出している。思い通りにいかないことばかりだが、卑屈にはならず、常に前向きに生きる気持ちを持ち続けることが大事と優しく教えてくれる。ちょっと道を外れると、誰かが注意する。修正する。その繰り返しで大人になっていくのかなあ・・・。決して、捨てた世の中じゃないと思いたい。
 でも、でもですね、それは十分、頭では分かっているつもりなのですが、現実的な問題になると、そう行かないことも多くて・・・。何故なのか。人間って不思議。家族って不思議。そう、海よりももっともっともっと深いものなのでしょうね。
(kenya)

原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
撮影: 山崎裕
音楽:ハナレグミ
製作: 石原隆、川城和実、藤原次彦、依田巽
出演:阿部寛、真木よう子、小林聡美、リリー・フランキー、池松壮亮、吉澤太陽、橋爪功、樹木希林