シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「マイ・ブックショップ」(2017年 スペイン ドイツ イギリス映画)

2019年04月24日 | 映画の感想・批評
ブッカー賞受賞の英国作家ペネロピ・フィッツジェラルドの原作を「死ぬまでにしたい10のこと」のスペイン監督・脚本家イザベル・コイシェが映画化した作品です。
背景は1950年代の英国の田舎が舞台です。古き良きイギリスの街並み、風景が印象的な作品です。ストーリーは戦争で夫を亡くした女性が本屋の無い保守的な街に周囲の反対にあいながらも、東奔西走して本の楽しみを広げたいという思いで、何とか古民家を手に入れ念願の本屋をするのだが……ところがその物件はオールドハウスと呼ばれる歴史的建造物だった。町の有力者ガマート婦人(パトリシア・クラクソン)もまたこの建物を別の用途で使いたいと目を付けていた。これがきっかけでいろんな嫌がらせを受けるはめに。ただそれだけでは終わらない。といった所でしょうか?
好きなシーンは嫌がらせを受けるフローレンス(エミリー・モーティマー)にブランディッシュ(ビル・ナイ)が「嫌がれせを止めるよう言いに行く」とその事を告げるシーン。ブランディッシュはフローレンスの手を取り、そっとキスをする。年齢差ゆえ、素直に思いを伝える事は出来ない。フローレンスも、その気持ちを充分すぎる程わかっている。孤立を恐れず、正しいと信じる事を貫く勇気。同じ心を持つ2人の思いが詰まったシーンでした。
まず思ったのが、出てくるキャストが皆さん上手い!!子役(名前わかりませんが)の子もこの作品に馴染んでいる!!主役のフローレンス演じるエミリー・モーティマー、あまり存じ上げない役者さんなのですが、ハマってましたね。地味だけどいい味出してる役者さんです。他の作品もチェックしたくなりました。「メリーポピンズリターンズ」にも出てるんですね。引きこもりな読書家ビル・ナイ演じる老紳士、渋くて恰好いいです。パトリシア・クラクソン演じる嫌味な権力者。ビル・ナイとの口論のシーンは圧巻です。
あと、印象的だったのが衣装ですね。
衣装さんに拍手を送りたいです。
まずエミリー・モーティマーさんの衣装。地味ではあるけれど、この作品の主役の通り、粋でこだわりがあって芯を感じましたね。
パトリシア・クラクソンさんの衣装は凄かったですね。まるで絵画のような衣装とでも言えばいいですかね。一般人には着こなせません……。子役の衣装もチャーミングで惚れ惚れしました。
伏線もしっかりしていて回収もキチンとしている。脚本もしかり、構成も素晴らしいと思いました。決して明るい映画では無いですが、観ていて「これもエンタメなんだな」そう感じさせられる作品です。
演出でびっくりしたのはエミリー・モーティマー演じるフローレンスが街を離れる時に、子役役の取った行動に「凄い!」そう思ってしまいました。そしてエンディング。素晴らしいすぎる!
改めて映画は脚本だな。そう思える。思わせてくれる映画でした。
映画ってやっぱりいいですね。

個人的に見応えのある作品でした。(CHIDU)


監督:イザベル・コイシュ
脚本:イザベル・コイシュ
原作:ペネロピ・フィッツジェラルド
撮影:ジャン=クロード・ラリュー
出演:エミリー・モーティマ、ビル・ナイ、パトリシア・クラークソン、ジェームズ・ランス、フランシズ・バーバー他





「ダンボ」 (2019年、アメリカ)

2019年04月17日 | 映画の感想・批評


 1941年制作のアニメ映画「ダンボ」は30年ほど前、姑がテレビ放送を見ながら、「アメリカは戦争中にこんな夢のある素晴らしい映画を作っていたなんて。日本との力の差をまざまざと思い知らされたわ」とよく語っていた。その後、我が子達ともビデオを繰り返し見てきたし、母象との別れのシーンは音楽の良さもあって、涙なしには見られないものだった。普及の名作だった。

過去のアニメの名作を次々と実写化していくディズニー。ダンボは無理だろうと思っていたのに、難なくクリア。CG等の技術の凄さを改めて知らされる。
主人公のホルト(コリン・ファレル)の左腕のないことも、ダンボの愛くるしい目と動き、大きな耳、皆作られたものとしてみると、この先、いったい人間が表現できる限界はどこにあるのだろうかと思ってしまう。それほど違和感なく映像化に成功している。

アニメの話しとは少しストーリーが違っていて、どうだったっけと振り返りつつ、一緒に見た息子はその違いを探求していたらしい。
ピンクの象の行進は上手くアレンジしてあった。
ネズミのティモシーの活躍が見られなかったのは残念。

ティム・バートン、大ファンとは言えないが、「チャーリーとチョコレート工場」や「アリス・イン・ワンダーランド」のカラフルな映像とシュールな物語に、ある種の毒気を感じて、それなりに面白かった。
なのに、今作ではそれほどの緊張感が感じられない。題材から仕方ないのだろうか。
「グレイティスト・ショーマン」の主人公をモデルにしたのだろうか、悪徳興行主ヴァンデヴァ―。これ見よがしにお金でひっぱたくようなやり口には、銀行の融資も消え、胸のすく思いはしたが。
ウォルト・ディズニーへの皮肉?

英語がわかる人には[DREAMLAND]のDが無くなると意味が変わる面白さがあるのだろうが。

う~ん、前回執筆した「メリー・ポピンズ/リターンズ」のようなワクワクを覚えられなかったのが残念。
ダンボの可愛さは断トツだけれど。

アニメ映画の実写版、次は「アラジン」らしいが、いつまで続くのかな。

吹き替え版のメリット、竹内まりやの歌う「ベイビー・マイン」が聞けたこと。

(アロママ)

原題:DUMBO
監督:ティム・バートン
脚本:アーレン・クルーガー
撮影:ベン・デイヴィス
出演:コリン・ファレル、マイケル・キートン、ダニー・デヴィート、エヴァ・グリーン他

「運び屋」 (2018年 アメリカ映画)

2019年04月10日 | 映画の感想・批評
 

 デイリリーを育てる90歳のアール(クリント・イーストウッド)は仕事の成功を追い求めるあまり、長い間家族をないがしろにしてきた。妻や娘から罵声を浴びせられ、ネット販売にシェアを奪われて仕事を失い、失意のどん底にいたアールは孫の結婚式で男から声を掛けられ、ひょんなことからコカインの運び屋をするようになる。アールは何を運んでいるのかを知らされず、寄り道を楽しみながら気楽に車を走らせる。特にむずかしい仕事ではないのに、報酬はたんまりもらえる。何度目かの仕事の際に運んでいるものが大量のコカインであることがわかるが、アールの態度に変化はなく、相変わらず旅行気分で仕事を続けていた。稼いだ金で孫の学費を出したり、退役軍人の会に寄付したり、希望をなくしていたアールに華やかな生活が戻ってくる。
 麻薬組織のフリオはDEA(アメリカ麻薬取締局)の動きを警戒し、アールに寄り道をするなと命令するが、アールは食堂で大好きなポークサンドを頬張ったり、黒人家族のパンク修理を手伝ったり、モーテルで若い女性と遊んだり・・・やりたい放題。フリオの怒りは爆発寸前までいくが、アールの不規則な行動がDEAの捜査を攪乱し、張り巡らされた捜査網をすり抜けてしまうという皮肉。まるでコメディのような展開だ。ついには麻薬組織のボスに招かれ大歓待まで受けてしまうアール。生真面目に生きていることがばかばかしく思えてくるような脱力感を覚える。勝手気ままな行動をすることで意図せず危機をかわしてしまうという逆説に、イーストウッド監督の人生哲学を垣間見る思いがする。麻薬調査官のベイツ(ブラッドリー・クーパー)はまさか食堂で隣に座った老人が運び屋だとは思わず、アールの助言に神妙に耳を傾けるというシチュエーションもハラハラドキドキのサスペンスを楽しめる。
 アールはメールの打ち方もわからない時代遅れの老人だが、若い者に「人生を楽しめ」「家族を大事にしろ」とアドバイスし、人生を謳歌することを忘れない。非合法な薬物を運んでいるという罪悪感もなく、黒人やヒスパニックに差別用語を使っても悪びれることがない自由人。これまでの人生で家庭を顧みなかったことだけが心残りであったが、後半、麻薬組織に殺されるかもしれない危険を冒して病床の妻に会いに行く。この時に初めてお金では買えなかった家族の絆が結ばれる。幸せな人・・・
 映画で人生哲学を語ることは必ずしも容易ではない。具体的なエピソードの中でしか人生論は展開できないからだ。この作品はコミカルなシチュエーションに人生論を織り込んで、巧みに観客の心に入っていく。家族、老い、犯罪、孤独、人生というむずかしいテーマをユーモアとサスペンスを盛り込みながら、絶妙な語り口で描いている。天真爛漫で道徳や倫理に縛られない老人を、飄々と演じるイーストウッド。まるで昨今のアカデミー賞受賞作に対するアンチテーゼのような生き方が楽しい。(KOICHI)

原題:The Mule
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ニック・シェンク
撮影:イヴ・ベランジェ
出演:クリント・イーストウッド    ブラッドリー・クーパー   アンディ・ガルシア   アリソン・イーストウッド


ビリーブ 未来への大逆転(2018年 アメリカ映画)

2019年04月03日 | 映画の感想・批評
 

 1970年代のアメリカで、「男性が女性を養い、女性は家庭を守る」が当然の時代に、「男性が家庭を守り、女性が働く」もあると社会に投げかけた女性の実話の映画である。「男女平等」という言葉さえなかったと思われる時代に、男性目線の法律の盲点を突き、女性の権利(本作品ではもっと広く捉えて“人として”の権利)を訴えていくのである。主人公を演じるのは、「博士と彼女のセオリー」でアカデミー主演女優賞にノミネートされたフェリシテイ・ジョーンズである。本作品では、ノミネートされなかったが、「女性」「母親」「弁護士(それと教授)」を演じ分けている。
 よく練られた脚本である。本作品では、「女性の権利」と捉えるのではなく、「人としての権利」を訴えた点は、今までの女性蔑視だけをクローズアップする映画とは違い、一歩踏み込んだように感じた。独身男性(子供無)が認知症の母親の世話をするが、「女性ではない」ことから、介護費用の控除を受けられない。逆転の発想で、この矛盾を突いた点から、裁判を起こしたのである。これは正に「性別蔑視」(=「男性蔑視」)とも受け取れるかもしれない。新しい時代の作品の誕生かもしれない。
 更に、すべてが順調なサクセスストーリーではない点が主人公に共感が持てた。自他共に認める程、説明が下手で、模擬裁判では煽られて、頭に血が上り、夫にアドバイスを受けるシーンも。ただ、その後の裁判本番シーンでは、裁判官より頭越しに詰められ、諦めてしまいそうな状況になりつつも、最後は、口頭のテクニックではなく、心からの訴えで、裁判官の心を動かす場面もあり、圧巻である。アクションシーンではないのに、手に汗握りながら、結末を知っているが主人公と同様に達成感を感じた。監督の演出の力だと思う。ただ、現実の社会では、昨年の#METOO運動が起こる状況である。本作品の言葉で、「社会が変わる」という言葉が重く感じられた。
 それにしても、相変わらずのキャシー・ベイツの貫禄には驚いた。堂々としているというか、威圧感があるというか、さすが大物。短時間の出演だったが存在感はダントツであった。助演女優賞候補もあり得たのでは・・・。
(kenya)

原題:ON THE BASIS OF SEX
監督:ミミ・レダー
脚本:ダニエル・スティエプロマン
撮影: マイケル・グレイディ
出演:フェリシテイ・ジョーンズ、アーミー・ハマー、ジャスティン・セロー、キャシー・ベイツ、サム・ウォーターストン、スティーヴン・ルート、ジャック・レイナー、ケイリー、スピーニー他