シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「スポットライト」 (2015年 アメリカ映画)

2016年04月21日 | 映画の感想・批評


 早く見たかった!!いったいどんな作品なんだろう。本年度アカデミー賞作品賞、脚本賞のW受賞となった注目作のヴェールがついに脱がされた。
 「スポットライト」とは、アメリカ東部の新聞「ボストン・グローブ」において、独自の極秘調査に基づいて長期の特集を組んだ記事欄のこと。冒頭、新しい編集局長が赴任するや早々、より読み応えのある記事が必要とスタッフたちに驚くべき指示が出される。時は2001年7月。ちょうどインターネットが始まり、新聞業界に少しずつ影響を与え出したころのことだ。その指示とは、地元ボストンのゲーガンという神父が長年に渡り児童に性的虐待を加えたとされる疑惑(ゲーガン事件)を詳しく探れというもの。今までタブーとされてきたカトリック教会の内面を暴いていくことになるのだが、その取材ぶりや記者たちのチームワークの良さを見ていると、トム・マッカーシー監督の真摯な作品作りと「スポットライト」の精神そのものが感じられ、スリリングな展開とともに見るものをぐいぐいと画面に引き込んでくれる。
 この映画に説得力があるのは,ストーリーのすべてが実話から出来上がっていることだ。登場人物も実在していて、俳優たちがモデルとなった記者たちを取材して自分たちの役作りに生かしたというところもユニーク。マーク・ラファロやマイケル・キートンをはじめ、よくぞここまで似た人材を選んできたなと思わせるキャスティングの素晴らしさも、この作品を成功させた大きな要因となっている。
 巨大な権力や権威によって守られた組織は例外なく腐敗していくとよく言われるが、カトリック教会もその一つで、「スポットライト」の記事(約600本)が出た後、世界中から報告された神父による性的虐待の被害総数は10000件を超えたというから驚きだ。2013年にはローマ教皇ベネディクト16世が辞任。被害者への賠償金で破産した教区が数多く出現したという。
 一つの報道が与えられた影響はとてつもなく大きくなったが、それだけの数の犠牲によって失われた人間性も計り知れないものがある。「スポットライト」の記事がその拡大を食い止めた意義は大きいのだ。
(HIRO)
原題:SPOTLIGHT
監督:トム・マッカーシー
脚本:ジョシュ・シンガー、トム・マッカーシー
撮影:マサノブ・タカヤナギ
出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーヴ・シュレイバー、ジョン・スラッテリー、ブライアン・ダーシー・ジェームズ

「ルーム」(2015年カナダ・アイルランド映画)

2016年04月11日 | 映画の感想・批評


 主演のブリー・ラーソンがいきなり第88回アカデミー賞の最優秀主演女優賞と第73回ゴールデングローブ賞ドラマ部門最優秀主演女優賞を獲得し、俄然注目を集めた問題作である。
 朝が訪れて母親と幼い男の子が目覚め、かれは部屋の中で机や椅子や洋服ダンスに向かって「おはよう」と次々に挨拶して行く。しかもこの男の子は髪が長いので最初は女の子かと見まがう。こういうことがすべて伏線となっていて、実はこの母子が7年間にわたって狭い部屋の中に監禁されているという「事件」を観客はやがて知ることになるのだ。先頃、東京でも女子中学生が誘拐されて2年間、監禁されていた事件が発覚して世間を騒がせた。ストーカーによる犯行ということで共通している。
 その日は男の子の5歳になる誕生日で、ということは母親が監禁されて7年になるという歳月と勘定が合わないことにも気づかされる。これが、のちのち重要な意味を持つのである。母子の作戦が功を奏してふたりは例の女子中学生と同様、何とか救出されるのだが、長い年月の間、家族との絆を突然断たれた女性と、監禁されていた部屋以外の空間を見たことがない男の子が下界に解放されて、そのトラウマから逃れることは容易ではない。
 とくに、衝撃的なのは女性の母と離婚している父親が遠方から救出された娘を見舞いにやってきて、涙にくれながらひしと娘を抱きしめはしても、決して孫であるはずの男の子を正視しようとしない場面だ。とうとうこの父親は娘の無事を喜べても事件の結末を許容できず、孫とはひとことも口をきかずに帰ってしまうのである。新しい伴侶と暮らす母親のほうは傷ついた娘を受け容れ、孫を慈しむのとは対照的に、だ。女親と男親の違いをうまく描いたといえよう。
 ラーソンもよく健闘したが、子役のジェイコブ・トレンブレイも大いに貢献した。撮影はトロントで行われたそうで、アカデミー賞をとったことからアメリカ映画と誤解しているサイトもあるが、アカデミー賞の対象はアメリカ映画ではなく、英語作品である。因みにアカデミー賞の部門のひとつ「外国語」映画賞は英語以外の作品に与えられる賞である。(健)

原題:Room
監督:レニー・アブラハムソン
原作・脚色:エマ・ドナヒュー
撮影:ダニー・コーエン
出演:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ、ウィリアム・H・メイシー、ジョーン・アレン、ショーン・ブリジャース、トム・マッカムス

「リリーのすべて」(2015年 アメリカ映画)

2016年04月01日 | 映画の感想・批評
 1926年、デンマークで幸せな結婚生活を送っていた画家の夫婦が、夫が妻に頼まれて、女性モデルの代役をしたことを機に、夫が自分の内面に潜む「女性」に目覚めていく物語である。
 現在は、「LGBT」という言葉を毎日見聞きする時代なので、性別を超えた夫婦・パートナーは珍しく無いが、この時代にはかなりの誹謗中傷があったのは容易に想像出来る。その時代を生き抜いた夫婦の愛が描かれる。観る前は、男性から女性になった「主人」に注目していたが、この映画は、その「主人」を支え、愛し続けた「夫人」の愛を強烈に描いていると思う。夫が女性になっていく過程を見守ることは、通常は考えられない。「アイナー(女性になる前の男性の名前)はもういない」という「主人」のセリフに悲しそうに耐えうる姿は痛々しくて物悲しい。でも、そこをこの「夫人」は、「主人」を愛し続け、史上初の性別適合手術という難手術を、勇気を持って受け入れ、懸命に看護するのである。性別に関係なく、「一人の人間」として愛を貫いていた証拠であろう。印象的なのはラストシーンで、それを象徴的に表現されていると思う。
 主人公2人は、第88回アカデミー賞の主演男優賞と助演女優賞の候補になり、妻役のアリシア・ヴィキャンデルは初ノミネートで初受賞となった。複雑な内面を演じなければならず、とても難解な役なので、受賞は当然と言えるだろう。夫役のエディ・レッドメイン(昨年は「博士と彼女のセオリー」でアカデミー賞主演男優賞を獲得。2年連続でノミネート。凄い!)も受賞してもおかしくない演技だったように思う。手の指の仕草や首を傾げ目線を反らす仕草は本当の女性のようで、とても艶めかしい。手術を受ける為に訪れた病院の受付で名前を言うシーンも、「女性になれる」という嬉しさに満ちた表情がとても良かった。ともかく、2人共、素晴らしかった。演技合戦も観る価値はある。
(kenya)

原題:「The Danish Girl」
監督:トム・フーパー
脚色:ルシンダ・コクソン
撮影:ダニー・コーエン
衣装デザイン:パコ・デルガド
出演:エディ・レッドメイン、アリシア・ヴィキャンデル、ベン・ウィショー、アンバー・ハード、マティアス・スーナールツ