シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「コーヒーが冷めないうちに」(2018年日本映画)

2018年09月26日 | 映画の感想・批評
 「4回泣ける」と話題になり、本屋大賞にノミネートされた小説「コーヒーが冷めないうちに」の映画化である。
 どこにでもある喫茶店が舞台。その喫茶店を中心に4つのエピソードがオムニバス形式で繰り広げられる。ちょっと異色なのは、そのお店のある席に座ると、自分の希望する時間に戻れるという都市伝説がある。ただ、決して都市伝説ではなく、決められた方法を守れば、本当に、過去に戻れるのである。但し、コーヒーが冷めないうちに飲み干さないと、現在に戻れないといった、いくつかの条件がある。
 悩んだあげくに席に座る人もいれば、軽い気持ちで座る人もいる。過去に戻りたい事情はそれぞれだが、どれも、過去に戻るシーンは、大きな水槽?もしくは海?の中に落ちる映像で統一され、母親の胎内に戻るようにも印象付けられ、抽象的表現で映画らしく感じた。時空を超えて、物語が進行するが、4つの話が整理されていて、とても分かり易い。流行りのCG満載の映像ではなく、オーソドックスだけれども、映像に深みを感じられた。セリフも印象的に散りばめられ、何度か発せられた「起こってしまった事実は変えられないが、人の気持ちは変えられる」は、作者の意図が深く表されていると感じた。中でも、薬師丸ひろ子と松重豊とのエピソードは、セリフ、演技の間合いはもちろんのこと、新聞紙上等でもよく目にする話題も取り上げており、このエピソードだけでも観る価値があると思う。1本の映画にも出来るだけの重みを感じた。
 正直申し上げて、告知等も観た記憶も無く、観る前の期待度は低かったが、その反面、期待以上の内容で、夫婦愛、親子愛、兄弟愛等、人の暖かさを改めて感じることの出来る、これぞ“ハートウォーミング”な映画だった。
 残念だったのは、原作も未読で、事前情報も無い状態の為かと思われるが、最初の波溜のエピソードは、波溜の過剰な演技とストーリーのチープさに引いてしまい、全く“泣く”には至らなかった。結果、私は、冒頭の「4回泣ける」ではなく、「3回泣ける」だった。
(kenya)

監督:塚原あゆ子
脚本:奥寺佐渡子
原作:川口俊和「コーヒーが冷めないうちに」
撮影:笠松則通
出演:有村架純、伊藤健太郎、波瑠、林遣都、深水元基、松本若菜、薬師丸ひろ子、吉田洋、松重豊、石田ゆり子他

プーと大人になった僕(2018年アメリカ)

2018年09月19日 | 映画の感想・批評
 

 世界一有名なウサギと言えば、ベアトリクス・ポターの絵本の主人公「ピーターラビット」だろう。それでは世界一有名なクマはと言えば、やはり「クマのプーさん」だろう。どちらもイギリス生まれの物語の主人公であるが、「クマのプーさん」はディズニーによるアニメ化のおかげで、アメリカ生まれの物語と思われているのではないだろうか。
 「クマのプーさん」は原作者のA・A・ミルンが、息子のクリストファー・ロビンが母親と一緒に遊んでいたテディ・ベアの話をまとめたもの。プーさんの以外の登場人物(?)たちも、息子の部屋にあったぬいぐるみ(ウサギとフクロウはミルンの創造)がモデルである。ミルンは息子がプーたちとの遊びを卒業する年齢になったとき、プーの話を終わりにしている。
 どんなに楽しい時間を過ごしていても、プーたちと一緒にファンタジーの世界にとどまることは出来ない。悲しい別れの時、クリストファー・ロビンはプーに「100歳になっても、きみのことは絶対に忘れない」と約束したのだが…。
 時がたち、大人になったクリストファー・ロビンは優しい女性イヴリンと結婚し、臨月の彼女を残して戦場に、その間に娘のマデリンが生まれ、戦争が終わって帰ってきてからは、ウィンズロウ商会の旅行カバン販売の責任者として忙しい日々を送っていた。
 週末に家族と一緒にコッテージで過ごすという予定も、仕事で同行出来なくなり妻や娘をがっかりさせる。ロンドンにひとり残って仕事に没頭するクリストファー・ロビンの前に、「森からみんながいなくなってしまった。クリストファー・ロビンならきっと見つけてくれるはず。」とプーが現れる。再会を喜びながらも、仕事の邪魔をされたくない彼は仕方なくプーを連れてコッテージのある村に向かう。
 昔と変わらないおっとりとしたプーと、家族の幸せを願いながらもゆとりを無くしてしまったクリストファー・ロビン。魔法やファンタジー好きのイギリスが舞台だから、おしゃべりをする動物の登場もいつの間にか違和感がなくなってくる。
 子どもの頃のクリストファー・ロビンの「何もしないことがいいのだよ」という言葉は、大人になった彼だけでなく、せわしなく現代を生きる私たちにも、「目を閉じてちょっと小休止してごらん、そしたら心のモヤモヤが晴れて大切なものが見つかるよ」と言ってくれているようだ。
 ミルンがサセックスのハートフィールドに購入した別荘周辺の森は、物語にでてくる「100エーカーの森」のモデルとなり、「プー・カントリー」を訪れる観光客を喜ばせている。行きた~い!(久)

原題:Christopher Robin
監督:マーク・フォスター
原作:A・A・ミルン 「Winnie The Pooh」
脚本:アレックス・ロス・ペリー、トム・マッカーシー、アリソン・シュローダー
撮影:マティアス・クーニスバイゼル
出演:ユアン・マクレガー、ヘイリー・アトウェル、ブロンテ・カーマイケル、マーク・ゲイティス
   (声)ジム・カミングス、ブラッド・ギャレッド、トビー・ジョーンズ、ニック・モハメッド

「カメラを止めるな!」 (2017年 日本映画)

2018年09月12日 | 映画の感想・批評


 本年度映画界最高の話題作になりそうな予感がするスーパー娯楽作。
 昨年11月、6日間限定の先行上映で初披露となったこの作品、「こんな映画見たことない!」「面白すぎる!」とたちまち口コミで話題となり、その後、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018」をはじめ、国内外の映画祭で好評価を得たあと、6月に新宿、池袋のアート系劇場2館で単独上映を開始。その後まさにゾンビのごとくあれよあれよと上映館が増え続け、現在は100館以上に拡大。その感染力は未だ衰えを知らない。
 それほどまでに人々を引きつけたこの作品の魅力とはいったい何なのだろう。まずは、冒頭の37分に渡るワンカット・ゾンビサバイバル映像。これは本当にすごい!37分間よく持ちこたえたものだと感心する。1度もカットしていないのだ。途中妙な間があったり、血しぶきが飛んできたり、カメラが転がったり等、色々なアクシデントが発生するのだが、これがまた後半のおもしろさに繋がっていくのだから見逃せない。
 上田慎一郎監督は滋賀県の北方、長浜市木之本の出身。中学生の頃から友達と自主映画を製作してきたそうだが、5年前とある小劇団の舞台を見たときに、二段構えの構造のおもしろさに着想を得て、本作の企画を発案。昨年シネマプロジェクトの監督オファーを受け、オーディションを経てメインキャストの12人の俳優を選抜。選んだ基準が「不器用な人」というところがまた面白い。しかし、失礼だがほとんど無名の俳優ともいえる彼らを一つにまとめ、これほどまでに恐怖と笑いと感動を呼ぶ作品に仕上げたのだから、この若き監督の力は大したものだ。また、その笑いや感動が観客も共感できる日常にありそうなことからきているのもいい。
 後半はこのワンカット作品「ONE CUT OF THE DEAD」ができ上がるまでの経過と、観客が見て??とか!!と感じたところのタネ明かしがあるのだが、これは見てのお楽しみとしておこう。とにかく最後の最後、エンドクレジットが終わるまで、二重、三重にわたる構造のおもしろさと、映画を作ることの楽しさを思いっきり体感していただきたい。
 
 いよいよ10月20日には地元木之本で、元映画館「日吉座」と「スティックホール」を会場に凱旋上映会が開催される。チケットはすでに完売だそうだが、上映前に「木之本交遊館」で上田監督の講演会も開かれるのでお見逃しなく。日本中を席巻したあと、どんなパフォーマンスを見せてくれるか楽しみだ。
(HIRO)

監督:上田慎一郎
脚本:上田慎一郎
撮影:曽根剛
出演:濱津隆之、真魚、しゅはまはるみ、長屋和彰、秋山ゆずき、細井学、市原洋、竹原芳子、山崎俊太郎、大沢真一郎


「検察側の罪人」(2018年日本映画)

2018年09月05日 | 映画の感想・批評

 
 このタイトル、クリスティの名作(ビリー・ワイルダーの秀作「情婦」の原作)をもじっているのだろうが、意味深長である。
 検察の正義とは何か。そもそも正義を実現して、罪人に相応の償いをさせるとはどういうことか。オウム真理教の死刑囚がまとめて死刑執行されたことで、死刑に対する関心が一時的に高まり、海外メディアもこれを取り上げた。西側先進国で毎年死刑を執行し続けているのは日本とアメリカのみ(!)。国連から人権侵害だと勧告を受けているのはご存知だろうか。そういう希有な国の国民として、正義や刑罰について考えさせられる。
 肩書きがつくまで間近な中堅検事(最上)と、研修でその薫陶を受けた新任検事(沖野)がコンビを組む。そうして、まだ若い女性検察事務官(橘)が加わり、折しも発生した金貸しの老夫婦殺人事件を担当することとなる。容疑者として老夫婦に借金のある連中がリストアップされ、事件当日のアリバイ崩しからスタートするが、残った数人のリストを見た最上は呆然となる。そばにいた沖野と橘が最上の尋常では無い反応を気づかぬわけがない。沖野の「どうかしましたか」の問いかけに、目を開けたまま眠っていただけだ、と白々しい言い訳をするのだ。
 リストに上がっていたひとりの容疑者に異常なほど固執する最上に違和感を覚えながらも、自白を引き出すために努力を重ねる沖野。しかし、橘の調査によって最上とその容疑者の知られざる過去が明らかになり、沖野の最上に対する不信感が募るのである。
 主要な筋書きに加えて、この映画にはいくつかのサイドストーリーが用意されていて、それが成功しているかどうかは微妙だが、この作品に膨らみを与えているのは事実だろう。
 そのひとつに、最上の祖父とかれの便利屋的存在である謎の男の亡父がインパール作戦に参加していたというエピソード。もうひとつは、最上の大学の同期が国会議員となっていて、政界スキャンダルに巻き込まれるという話。スキャンダルの裏には戦前回帰を目論む右翼団体が絡んでいるというもの。私は思わず安倍政権を支える日本会議という団体を想起してしまったが、その目的は歴史認識を改めポツダム体制を白紙に戻そうとする奸計である。あえて、こういう話を持ち出すところに、原田監督の社会的・政治的関心の強さを読み取らざるをえず、政治的立場を異にする人には不快だろうが、私は大いに共感した。
 沖野に扮した二宮和也が奮闘し、便利屋の松重豊が独特の雰囲気を醸し出しているのがいい。(健)


監督・脚本:原田眞人
原作:雫井脩介
撮影:柴主高秀
出演:木村拓哉、二宮和也、吉高由里子、松重豊、平岳大