シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「アイネクライネナハトムジーク」(2019年日本映画)

2019年10月30日 | 映画の感想、批評
 今泉力哉監督のロマンティック・コメディ。前作「愛がなんだ」では愛する男と自己同一化をしようとする女の狂気を描いていたが、今回の作品では個性的なキャラクターは登場せず、ありふれた人間のゆるい恋愛がテーマとなっている。
 マーケットリサーチ会社に勤める佐藤(三浦春馬)は、就職活動中の紗希(多部未華子)に街頭アンケートに答えてもらった。後日、偶然に紗希の姿を見つけた佐藤は再び紗希に声を掛ける。やがて二人は愛し合うようになり同棲を始めるが、優柔不断な佐藤はなかなかプロポーズができない。物語は二人の恋愛を中心に、ヘビー級ボクサーと美容師、佐藤の友人夫妻、友人夫妻の娘・美緒(恒松祐里)、佐藤の上司、ボクサーといじめられっ子etc…の恋愛、家族愛、友情が盛りだくさんに描かれている。
 この作品のポイントは2部構成になっているところで、前半と後半に10年という歳月が流れている。後半に突然登場する女子高生が最初は誰だがわからないが、やがてそれが美緒の成長した今であることわかる。ボクサーを応援する青年が、昔いじめられっ子だった少年であることが見えてくる。この人は10年前の誰それではないかと想像するのは楽しいが、作品として見た場合に10年という時間を生かしきれていない気がする。時間の経過というのは謎めいたものであり、変化こそ好奇心を掻きたてるものなのに、観客を驚かせるような意外性はあまり感じられない。
 監督が10年という長い年月を挿入したのは、美緒が恋愛のプレーヤーになるのを待っていたからではないか。佐藤は美緒に彼女の両親のなれそめを語るうちに、佐藤自身が出会いの大切さに目覚めてしまう。紗希との出会いがかけがえのないものであることに気づいた佐藤は、初めて心の底から紗希を失いたくないと思う。つまり佐藤と紗希がゴールインするためには、美緒が成長するための10年が必要であったのだ。
 ちなみにロマンティック・コメディ(ラブ・コメディは和製英語)はエルンスト・ルビッチの「結婚哲学」(24)に始まるのではないかと筆者は考えている。サイレント時代のラブ・ロマンスは恋愛を真摯に描くものが多く、コメディは喜劇役者によるスラップスティック・コメディが中心であった。恋愛の機微や男女の心理、三角関係をコミカルに描き、恋愛そのものを笑いの対象としたのは「結婚哲学」が最初ではないか。それまでにも恋愛映画風のコメディはあったが、あくまでもドタバタが中心であり、恋愛を掘り下げて描くものではなかった。ルビッチは都会的で洗練されたソフィスティケイテッド・コメディを開拓したが、この手法をチャプリンの「巴里の女性」(23)(コメディではない)から学んだと言われている。やがてトーキーの時代が来るとソフィスティケイテッド・コメディの中からスクリューボール・コメディが登場し、現在のロマンティック・コメディへとつながっていく。「巴里の女性」と「結婚哲学」が直接間接に後世の映画作家に与えた影響は測り知れず、今日まで世界中のあらゆるところで量産されてきたロマンティック・コメディの原点はこんなところにある。(KOICHI)

原題:アイネクライネナハトムジーク
監督:今泉力哉
脚本:鈴木謙一
撮影:月永雄太
出演:三浦春馬 多部未華子 恒松祐里

イエスタデイ(2019年イギリス映画)

2019年10月23日 | 映画の感想、批評


 イギリスの田舎で売れないミュージシャンをやっている主人公は、幼馴染のマネージャーが頑張って獲ってきたステージでも客が入らず、夢を諦めようとしていた。と、ある日、世界中で同時に12秒だけ停電が起こり、その間にバスと衝突し、昏睡状態に。目が覚めて、「Yestarday」を口ずさむと、皆が「新曲か?」「名曲ね!」「いつ作ったの?」と。何と、ビートルズが存在していない世界になっていたのである・・・。
 皆がビートルズを知らないことが信じられない主人公は、パソコンでビートルズを検索するが、ビートル(カブトムシ)ばかり出てくるシーンは、今風で笑えた。自分もそれに慣れたが、調べるときは、ネット検索が当たり前ということなのですね。
 全体的にライトタッチでテンポ良く話が進んでいく。そんなストーリーあるのかな?と考える間を与えずに、軽妙に勢いを落とさず2時間を駆け抜ける映画である。海外の所謂メジャー映画会社は、そんな脚本あり得ない!と思える企画で、1本の映画として仕上げてしまう所が凄い。たっぷりのお金と時間を掛けて、世界中に配給する仕組みもあって、劇中にもあった“マーケティング戦略会議”で、費用対効果を計算しているのでしょうか。「映画」を「ビジネス」として成り立たせるロジックがきっちりと出来上がっているのでしょうね。「凄い」の一言に尽きる。
 映画の展開としては、パロディー要素だけではなく、自分の偽りの姿で売れていくことに罪悪感が芽生え、悩み、ついには、すべてが盗作であることを自ら暴露し、自分に素直になることで、自分を取り戻すのである。更に、悪友に助けられながら、自分の幼馴染にも素直に向き合い、映画はハッピーエンドを迎える。エンドロールに併せて、二人の未来を想像させられる。人生には勝ち負けは無いと言葉では理解しながらも、ネットや書店には、「勝ち組」「負け組」の文字が溢れる。そういった社会に向けてのメッセージも込められているのである。
 最後に、ネタバレだが、年を重ねたジョン・レノンが登場するシーンや、エド・シーラン本人が最初に登場したシーンは劇場内で歓声が起こった。劇場で一体感を味わえた瞬間だった。
(kenya)

原題:Yestarday
監督:ダニー・ボイル
脚本:リチャード・カーティス
撮影:クリストファー・ロス
出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、ジョエル・フライ、エド・シーラン、ケイト・マッキノン、ジェームズ・コーデン他

「火口のふたり」(2019年 日本)

2019年10月16日 | 映画の感想、批評
 直木賞作家・白石一文の原作初の映画化で、監督・脚本は「幼な子われらに生まれ」の脚本家・荒井晴彦。出演が柄本佑と瀧内公美の2人だけという話題作。
 10日後に迫った従妹の直子の結婚式に出席するため、久しぶりに故郷の秋田に帰ってきた賢治。直子の家庭の事情から同じ家で暮らしていたこともあり、東京で働いていた賢治を追って上京してきた直子と関係を持つようになった。大型テレビの運搬を手伝い直子の新居でひと息ついた賢治に「今夜だけ、あのころに戻ってみない?」と誘う直子。出張中の婚約者が戻るまでの5日間、2人は東京での欲望のままに生きた日々へと引き戻されていく。
 直子にとって賢治は初めての男で、快楽のすべてを教えてくれた相手だった。だが出口の見えない従兄妹同士の恋愛を早々に諦めて故郷に戻った直子は、東日本大震災で多くの命が失われたことや、子宮筋腫が見つかり子どもを産みたいという思いから、陸上自衛官との結婚を決めたのだ。
 そもそも人類が発達する過程で、子孫を増やし残すために近親間の結合はあったはず。日本の歴史の中でも、勢力・権力を維持・伸長するために、いとこ同士、おじと姪、おばと甥との結婚があった。母親が違えば、兄と妹、姉と弟の結婚もあった。たとえば天智天皇の弟・天武天皇と天智天皇の娘・持統天皇は、叔父と姪のビッグ・カップルである。また豊臣秀頼と千姫のカップルも、母親同士が姉妹の従兄妹同士である。
 <R18+>で濃厚な濡れ場が多い映画だが、現代の日本では許されない従兄妹同士が繰り広げる愛欲の世界が、柄本佑と瀧内公美の2人だけの出演で描かれている。なぜ従兄妹同士だったのか、他人同士だったらよかったのに、そんな呟きが聞こえてきそうだった。
 デビュー作を見た時からその後の成長が気になった俳優が2人いる。1人は「ボーイズライフ」でロバート・デニーロを睨みつける眼力に気迫を感じたレオナルド・ディカプリオ。そしてもう1人が「美しい夏キリシマ」で主演デビューした柄本佑で、この作品でキネマ旬報ベストテン新人男優賞、日本映画批評家大賞新人賞を受賞した。その後も映画やテレビで普通の人、癖のある人、どんな役を演じていても存在感があり、気になる俳優である。
 賞といえば昨年は選考委員のスキャンダルで授賞が見送られたノーベル文学賞。昨年の分も併せて2人が受賞するということで、今年こそと期待されていた村上春樹氏だったが、残念ながら受賞ならず、だった。(久)

監督:荒井晴彦
原作:白石一文
脚本:荒井晴彦
撮影:川上皓市
出演:柄本佑、瀧内公美

「蜜蜂と遠雷」 (2019年 日本映画)

2019年10月09日 | 映画の感想、批評
 

 目に見えない音楽を多才な言葉で表現し、史上初の快挙となる直木賞と本屋大賞のダブル受賞を果たした恩田陸の代表作「蜜蜂と遠雷」。その原作者も無謀と思っていた映画化に挑んだのは「愚行録」で長編映画監督デビューをし、新藤兼人賞銀賞を受賞した注目の新鋭・石川慶。芸術の秋にふさわしい、音楽好きにはたまらない作品が誕生した。
 若手ピアニストの登竜門として注目される国際ピアノコンクールに集まった4人の若者たち。かつて天才少女として一世を風靡しながらも、母の死によってピアノから遠ざかっていた栄伝亜夜に松岡茉優。楽器店で働くごく普通の家庭人だが、年齢制限ぎりぎりの今、最後の挑戦をする高島明石に松坂桃李。際だつ演奏技術で大本命の「ジュリアード王子」ことマサル・カルロス・レヴィ・アナトールに森崎ウィン。養蜂家の父とともに各地を転々とし、正規の音楽教育を受けていないににもかかわらず、底知れない才能を音楽の神様・ホフマンに見いだされた少年・風間塵に鈴鹿央士。四者四様の個性溢れる挑戦者たちを、まさに適役と思える4人の俳優が見事に演じている。
 この作品の軸となっているのがピアノ演奏場面。それもコンクールで競うとなれば高い技術が要求される。選ばれたキャストたちもピアノの練習には多くの時間を費やしたと思われるが、この映画が素晴らしいのは、4人が弾く様々な楽曲の演奏を、河村尚子、福間洸太朗、金子三勇士、藤田真央という、世界に通じる日本最高峰のピアニストたちが担当し、それぞれのキャラクターの個性や環境をしっかりとらえながら演奏をしているところだ。やはり本物は違う。
 石川監督が特に力を入れたのが、音楽と登場人物をいかにマッチさせるかということ。その鍵となる演奏場面では、演奏者の手と顔を同じフレームの中に同時に収め、さらにオーケストラの伴奏とも合わせる。もちろんプロのピアニストの演奏を違和感なく俳優たちが奏でているように見せなくてはならない。そのような至難の局面を細部にわたり解決できたのは、ポーランド出身の撮影監督ピオトル・ニエミイスキの力が大きい。ポーランド国立大学で演出を学んだ石川監督とは「愚行録」に続き二度目のタッグを組んだ“盟友”だ。
 見るだけでなく体感する、まさに五官で感じる映画。蜜蜂のように軽やかに、遠雷のように奥深くから、音が体に容赦なくぶつかってくる。二時間のコンチェルト(協奏曲)を存分にご堪能あれ。
 (HIRO)

監督:石川慶
脚本:石川慶
撮影:ピオトル・ニエミイスキ
出演:松岡茉優、松阪桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士、斉藤由貴、平田満、鹿賀丈史、ブルゾンちえみ、光石研


「ワンス·アポン·ア·タイム·イン·ハリウッド」(2019年 アメリカ)

2019年10月02日 | 映画の感想、批評


タランティーノ監督作品はたぶん初めて。バイオレンスのイメージが強くて敬遠していたが、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの初共演と聞いて興味がわいた
古き良き時代のハリウッドの町、映画そのものへの監督自身の愛溢れる作品だった。
架空の俳優と、そのスタントマンを務める男の友情物語をベースに、シャロン・テート事件が・・・・・

一世を風靡した人気俳優だったリック(ディカプリオ演)は今や落ち目で、軽蔑する「マカロニウェスタン」に出るハメに。それでもまだプール付きの豪邸に暮らしている。友人クリフ(ブラッド・ピット演)が付き人兼スタントマン兼雑用係を専属でやっているが、最近は二人には出番もない。しかし、二人の友情は揺らがない。
リックはある日、子役の女の子(ジュリア・バターズ演)に触発され、劇的変貌を遂げる。目に力の入ったディカプリオ、滔々と語るセリフと緊迫感はさすが。この辺りのカタルシスはなかなかいい感じ。ブラピの肩に寄りかかって、愚痴をこぼすズタボロのせつないレオ様も美味しかったけど。

ちょこちょこ当時の作品が顔を出す。「大脱走」のマックイーンはおかしかった。クリフがブルース・リー相手にアクション、それがまたカッコいい!ぶちのめしてしまって、もちろん仕事はもらえないのだけど。
ヒッピーの女の子の誘惑をかわすブラピの大人な対応にしびれる!ペットのワンコとのやり取りもいちいちカッコいい。特にファンでもなかったが、声の良さにも惹かれ、今更ながら見直している。遅いと言われそう・・・・・

シャロン・テート(マーゴット・ロビー演)が自身の出演作を観に映画館を訪ねてきて、チケット売り場でのやり取りも面白い。何より、館内でお客の反応を嬉しそうに確かめる様子のチャーミングな事。座席に足を放り上げて、まあお行儀悪い事!
(他にも女の子が足をどっかーんと放り上げるシーンがあり、監督の好みなのかな。笑)
劇場支配人があげる女優の名前に「パティ・デューク」が出てきたのにはちょっと涙が出てきた。50年越しにやっと劇場で見た「奇跡の人」はもちろん、彼女を知った「ナタリーの朝」が大好きなだけに。よくぞ拾ってくれた!と個人的に拍手してる。

ベトナム戦争末期の、大きな矛盾を抱えたアメリカ社会の一端が見えてくる。ヒッピー、麻薬、カルト集団。この不気味なシーンには、戦争という背景があったのだと、今になってわかる。同時代の空気を吸ってきた世代ゆえ故にか。
タバコは大嫌いだが、あの時代には大事なアクセサリー。土埃とタバコのにおいが画面から漂ってくる。


1963年生まれの監督自身は1969年当時のハリウッドをおぼろげにしか知らないはず。それでも町の賑やかな様子はCGでなくセットを作り上げてのこだわりぶりはすばらしい。目まぐるしくカメラが動いて、看板をじっくり見られなくて残念。英語ができないことが、洋画を見る時の楽しさにブレーキをかけることを痛感。悔しい・・・

3時間弱という長い上映時間だが、まったく退屈させない、ひっぱりこまれる面白さ。
在りし日の名作をもう一度見直したいし、流れる音楽も良く、エンドロールで「何という曲だったっけ」と確認するのも楽しい。アル・パチーノの健在ぶりもうれしい。

心配していたバイオレンスはあったが、あの事件を防いだんだったら、いいんじゃない!
火炎放射器、ここで出てきたか!ふと、京都アニメの事件を思い起こして、辛くなったが。

歴史を変えてしまう事は出来ないが、「昔々、アメリカのハリウッドでは・・・・・」そんなおとぎ話もあっていいかも。
監督自身のハリウッドへの愛を感じながら、一緒に夢を見せてもらえる時間となった。
(アロママ)

監督、脚本:クエンティン・タランティーノ
主演・レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、アル・パチーノ他