シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

サーミの血 (2016年スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)

2018年02月28日 | 映画の感想・批評
 

2016年の東京国際映画祭で審査員特別賞と最優秀女優賞を受賞した映画。
 1930年代を舞台に、劣等民族として差別を受けていたサーミ人として生きることを捨てて、街に出ることを選んだ少女エレ・マリャの人生を描いている。サーミ人とはスウェーデン・ノルウェー・フィンランド・ロシアのラップランド地方でトナカイを飼って暮らす先住民族。エレ・マリャを演じたレーネ=セシリア・スパルロクは、ノルウェーに暮らすサーミ人でトナカイの飼育に従事しており、監督のアマンダ・シェーネル自身もサーミ人の血をひいている。
 エレ・マリャは妹と一緒に村の寄宿学校に通っているが、学校ではサーミ語を話すことは禁じられ、スウェーデン語で会話することを強制されている。成績が良く進学することを望んでいるエレ・マリャは、むしろスウェーデン語を話す自分が自慢であった。しかし進学して教師になりたいと相談した時に教師から返ってきた「この学校の生徒は進学できないの。あなたたちの脳は文明に適応できない。それよりもサーミ人としての暮らしや伝統を残すようにしなさい」という言葉に、エレ・マリャは屈辱に傷つき憤りを覚える。
 都会から来た人類学者と思われる人物が彼女たちを身体検査に集め、頭蓋骨の大きさなどを測定し、果ては全裸の写真を撮影する場面が出てくる。これはアイヌ民族に対して日本政府が行った調査とも通している。サーミ語での会話や、ヨイクというサーミの民謡を歌っているのを聞き咎めてはすかさずに罰を与える一方で、伝統的な生活様式を守れと矛盾したことを平然と言ってのける。差別をする側が持ち出す非科学的で非情な論理は、時代や国・地域が違っても同じだ。他者の言語や文化を奪い、さらに劣等性を強調して、社会の底辺で暮らすことを当然と見なす。
 エレ・マリャはスウェーデン人のふりをして忍び込んだ村の夏祭りで、都会の少年ニクラスと出会い恋をする。トナカイを飼う暮らしから何とかして抜け出したい彼女は、ニクラスを頼って街へ行くことを決意する。ラップランドから一人で街に出てきた少女を待ち受ける運命は厳しく辛いものであった。しかし、私はスウェーデン語を話すスウェーデン人、サーミ族出身だからといって自分の望みを捨てることは出来ないと、エレ・マリャは持ち前の強い意志で自らの人生を切り拓いていく。
 エレ・マリャを演じたレーネ=セシリア・スパルロクの、物事の本質を真っ直ぐに鋭く見つめる眼差しがとても印象的な映画だ。(久)

原題:Sameblod
監督:アマンダ・シェーネル
脚本:アマンダ・シェーネル
撮影:ソフィア・オルソン、ペトルゥス・シェービング
出演:レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、ユリウス・フレイシャンデル、オッレ・サッリ、ハンナ・アルストロム

「祈りの幕が下りる時」(2018年 日本映画)

2018年02月21日 | 映画の感想・批評


 どちらかというと地味な存在だったわが滋賀県が最近話題になっている。一つは昨年の調査で男性の平均寿命が一番長いという結果が出たこと。TVでは鮒ずしや近江牛を食べているからなどと解説があったが、そんなに頻繁に食するものでもないし、むしろ交通の便が良いことや、医療機関が近くにあって充実していること等が要因なのではとも思う。残念ながら『健康寿命』は第1位ではないらしい…。もう一つは昨年の10月、滋賀県の魅力を体感できる拠点として東京の日本橋に誕生したアンテナショップ「ここ滋賀」が、非常ににぎわっていること。予想をはるかに超える集客が続いているそうだから何よりだ。この日本橋を舞台に、さらに琵琶湖や田園、街並みなど、滋賀の美しさを生に伝える1本の映画が誕生した。
 8年前、連続ドラマとしてスタートした東野圭吾原作の「新参者」シリーズ。2本のスペシャルドラマに映画「麒麟の翼~劇場版新参者~」経て、遂に完結。本作ではメインとなる事件の裏に隠された哀しい事実が感動を呼ぶ形となっているが、最終作ということで、阿部寛演じる主人公加賀恭一郎自身の過去に関わる大きな秘密が明らかになる。
 事件は東京葛飾、荒川沿いのアパートで死後20日ほど経過した腐乱死体が発見されたところから始まる。DNA鑑定の結果、死体は滋賀県彦根市在住の押谷道子だと判明。捜査班はその部屋の住人だった男が加害者なのではと捜査を開始するが、同時期に新小岩の河川敷でホームレスのビニールハウス放火事件も発生していて、この二つの事件の関連性を疑ったのが、加賀の従弟の捜査一課刑事・松宮だった。
 舞台が地元となると否応なしに物語にどっぷりと入り込んでしまうのは自然だろうか。さらに物語の鍵を握る演出家・浅居博美を松嶋菜々子が演じ、殺された押谷と同級生ということで何と彦根市出身だという設定に胸躍らされることになる。今は東京明治座の演出家として成功している博美にはつらい過去があり、父は呉服屋を営んでいたのだが失敗し、父娘で夜逃げする羽目に。本作は撮影所のスタジオにセットを組むということを一切せず、すべての撮影をロケーションで行ったそうだが、この大俯瞰の夜逃げシーンの街中が何とも幻想的で美しい。私事で恐縮だが、この通りは彦根ではなく「ながはま御坊表参道」であり、博美が生まれ育った店は何とわが教え子の実家の呉服店がロケに使われていて、感慨深いものとなった。よくぞこれほどまでに美しく長浜の街を撮ってくれたものだと、思わず涙が出てきてしまったのも紛れもない事実である。
 涙といえば、この夜逃げから名作「砂の器」を彷彿とさせる父娘の道行きが描かれるのだが、14歳の博美を演じる桜田ひよりがとにかく健気で、可哀想で、久しぶりに大泣きさせられてもらった。それに応える小日向文世の名演も忘れ難い。この二人がその後加賀に深く関わることになるのだが、「半沢直樹」や「陸王」を手掛けた福澤克雄監督、感動の波の立て方が実に上手い!!
(HIRO)

監督:福澤克雄
脚本:李正美
撮影:橋本智司
原作:東野圭吾
出演:阿部寛、松嶋菜々子、津端淳平、田中麗奈、キムラ緑子、烏丸せつこ、桜田ひより、及川光博、伊藤蘭、小日向文世、山崎努

嘘八百 (2017年 日本映画)

2018年02月14日 | 映画の感想・批評


 監督の前作は「百円の恋」。高い評価を得た作品、DVD鑑賞だったが、安藤サクラの熱演に惹かれた。
そんなわけで、本作にも期待を込めて、公開早々に鑑賞。

滋賀県内の上映館が少なく、公開数日後のイオンシネマ草津は思いのほか観客が多い。
それも中高年のカップルがほとんどという、わたしには珍しいパターン。一緒に行った24歳の息子は希少価値?

大笑いできるほどではないが、クスクス、にやにやさせられるシーンが多く、これも好きな映画の一つになりそう。

中井貴一演ずる古物商「獺屋」がカーラジオから流れる占いに導かれるように、関西を訪れ、とある立派な民家を訪ね、あっさりと蔵を見せてもらうことに。
当主の佐々木蔵之介演ずる陶芸家が「みんな持って行ってくれていい!」
まあ、うさん臭い古物商を勝手に蔵に入れるなんて!屋号からして十分怪しいんやん><
「他家に嫁いだものは蔵に入れてはならない」とン十年前に姑に言われたことがある、ほんのちょっとした「旧家の嫁」の立場の私はまずここで引っかかってしまう。
我が家の蔵にも、まだいいものがあるんかしら・・・・・と妙な期待を抱きつつ。

ところがどっこい、この当主は頼まれ留守番だったのも、意表を突きつつ。

古物商と陶芸家はそれぞれ、著名な鑑定家(近藤正臣)と古物商(芦屋小雁)に騙された経験の持ち主。
意気投合して、陶芸家のアパートでくだを巻きつつ、とんでもない策略を張り巡らし・・・・・

みどころは贋作作りとはいえ、陶芸家の佐々木蔵之介の土をこねるシーンは圧巻。土まで味見してる!
陶芸など一日体験くらいしかないし、そもそも土は練られたものしか出会わないものにとって、「工事現場から採取するん!?」には笑いを禁じ得ないけれど、そこから水を足し、捏ね、空気を抜き、いわゆる粘土に仕上げていく過程は息をのむ場面だった。
ここだけは贋作でなく、「本物」を作り出していると。

後半の見せ場は、千利休の最期の器にかけたであろう思いとうとうと語る古物商、中井貴一の場面。
鑑定士、古物商を演ずる、近藤正臣や芦屋小雁のうさん臭さもたまらない。
学芸員の塚地もさもありなん。

サックスとドラムの音楽もドキドキ感を高めてくれる。ジャズが心地よい。
主題歌も良かった。

名優がそろっているなか、後半のドタバタが感動に水を差してしまう。
そこをちょっと辛抱して、エンドロールは見どころもあったし、ここで席を立ってしまうともったいない。
だから、これから見る方はラストまで辛抱強く!をおすすめします。最後はくすっと笑えるのは間違いないのでね。
10日から23日までビバシネマ彦根でリクエスト上映中。

教訓、「骨とう品には絶対に手を出すな!!!!」
しょせん、物は物!と言ってしまったら実もふたもない?

昨年秋、京都国立博物館の「国宝展」が人気だったのもわかる気がしてきた。
国が本物と称するものを見ることで、ちょっと不安を解消しようという目論見?
それは言い過ぎ?

良いものを見分けられる力は、本物にいかにたくさん触れるかであり、そして時には偽物とも接点を持つことも大事かと。
鑑定書うんぬんよりも、目を磨く!これこそが骨董に限らず、映画でも大事な事なのかな。
自分がいいと信じるモノやコトにお金をだし、これは良かったのだと自分を信じることで、目も心も養われる。
と思うことにしよう。(アロママ)

監督:武正晴
脚本:足立紳、今井雅子
撮影:西村博光
出演:中井貴一、佐々木蔵之介、近藤正臣、芦屋小雁、寺田農


                                               

「スリー・ビルボード」(2017年 アメリカ・イギリス映画)

2018年02月07日 | 映画の感想・批評
 
 ゴールデン・グローブ賞のドラマ部門作品賞と同主演女優賞を射止めた秀作である。3月に発表されるアカデミー賞でも最有力候補との呼び声が高く、フランシス・マクドーマンド(ジョエル・コーエン夫人)は私の贔屓の女優だけれど、お見事というほかない好演だった。何しろこの人は過去にオスカー(「ファーゴ」)、トニー賞、エミー賞の最優秀主演女優賞をいずれも受賞しているという希有の女優だから当然といえば当然のことか。
 原題のとおり、舞台は米国の中東部ミズーリ州の片田舎エビングである。もっともエビングという町は架空らしい。ビルボードというのは映画に登場する巨大な看板のことだ。
 半年以上前に娘を強姦のうえ殺されるという悲劇から立ち直れないミルドレッド(マクドーマンド)は、一向に進展しない警察の捜査にいらだちを覚え、いまは使われていない道路沿いの三枚の巨大看板に抗議を込めた広告を張り出す。その広告が警察署長を名指しで批判する内容だったために、まず警察が態度を硬化し、町の人々の多くもかの女に批判的な目を向ける。
 署長(ウディ・ハレルソン)は膵臓癌にかかっていて余命いくばくもない身であり、その人柄は家族や部下から慕われ、住民の評判もよい。だから、かれの終末の人生をことさら荒立てようとするミルドレッドに人々の目は冷たい。しかし、私怨に凝り固まったミルドレッドは警察に対する不信感を募らせ、頑なに心を開こうとはしない。
 すぐに切れる警官のひとりジェイソン(サム・ロックウェル)が特にミルドレッドに辛く当たるのだが、誤解が誤解を生んで、かの女の怒りが頂点に達すると想像を絶するようなとんでもない悲劇が惹起されるというのも、先が読めないこの映画のおもしろさだ。
 ただし、早合点しないでほしい。一旦どん底に転落してさえも明るい未来に一歩を踏み出そうとするのがアメリカ映画の定石である。人間という生き物の心の奥深くには底知れぬ闇がある。しかし、決して絶望するな。どんな人の心にも善が住んでいるのだといわんばかりに、さわやかで不思議な余韻を残して、この映画は終わるのである。
 冒頭に流れるのはアイルランドの名曲「庭の千草」。クライマックスともいえる見せ場でも使われていて、その絶唱が大きな効果をもたらしていることを追記したい。(健)

原題:Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
監督:マーティン・マクドナー
脚本:マーティン・マクドナー
撮影:ベン・デイヴィス
出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョンホ-クス、ルーカス・ヘッジス、アビー・コーニッシュ