シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「ブラインドスポッティング」(2018年アメリカ映画)

2019年09月25日 | 映画の感想、批評


 黒人の若者コリンは傷害事件で1年の刑を食らうが、残り3日間の保護観察(指導監督期間)を終えると晴れて刑期満了の身となる。日本の保護観察とは違って毎日門限までは外出が許されるが、午後11時までに留置場に戻るという条件のほか、一定の範囲を超えては移動できないとか、ヤクをやってはいけないとか、いろいろと条件がつく。
 ある晩のこと、門限までに帰らなければとトラックで帰路を急ぐコリンが信号待ちをしているところへ黒人の男がぶつかりそうな勢いで走ってくる。それを追う白人警官が黒人を容赦なく無慈悲に射殺する現場を目撃するのである。かれは警官の顔に明確な憎悪を見て取る。これが終盤の伏線となっている。
 幼なじみの白人のマイルズは黒人の妻と幼い娘を養っており、コリンは毎朝留置場を出るとマイルズの家に立ち寄り、仕事場(引越会社)へ一緒に行くのが日課だ。ふたりは仕事帰りに決まってつるんで遊び歩く。マイルズはコリン以上に切れやすい男で最近入手した拳銃を持ち歩いていて、それがコリンには頭痛の種だ。もし面倒に巻き込まれたら、せっかくの刑期満了が取り消されてしまうからだ。その心配を脅かすように、コリンの周囲では様々な事件が起きる。
 コリンはマイルズを「ニガー」とからかい、マイルズはコリンに「ブロ(ブラザーの略)」と呼びかけても決して「ニガー」とはいわない。マイルズの中に差別者としての出自(白人)に対する負い目があるからだろう。人はそれぞれ育った環境や生活レベル、価値観、キャラが違うし、そこに人種や宗教が絡むと、上辺はわかり合っているように見えても、その根底にはお互いに越えられないボーダーラインが存在するのである。
 カリフォルニア州オークランドを舞台に設定したのは必然性があるという(コリンとマイルズを演じたふたりのオリジナル脚本)。ここは米国でも有数の多様な人種が住む地域で、とくに黒人のハーレムが形成された結果、先鋭的なブラックパンサー党がこの地で生まれた。今では高級住宅地もあり、むしろ階層、貧富の格差が拡大して治安が悪化している面もあるようだ。
 ラップ調のセリフの応酬がポップで、スピーディーな展開が心地よい。その一方で、張り詰めた琴の糸がいつ切れるかわからないような人間関係の緊張が描かれる。これが、コミカルな場面と対を成して作品のトーンにメリハリをつけている。
 はじめのほうで心理学の教科書に必ず出て来る「ルビンの壺」の絵が話題にのぼる。みなさんもご存知だろう。黒地に気をとられて見ていると、その絵は左右対称の古代の壺に見えるが、見方を変えて白地に目を凝らすと対面する人の横顔に見える。しかし、同時に両方を認識することはできないという騙し絵だ。最近では人権研修の教材に用いられ、偏見や思い込みが一方的な見方、考え方を招く証左とされる。この絵を見てコリンが元カノにいう、「ブラインドスポッティング(盲点)」だと。それが、この映画の紛れもない肝である。(健)

原題:Blindspotting
監督:カルロス・ロペス・エストラーダ
脚本:ラファエル・カザル、ダヴィード・ディグス
撮影:ロビー・バウムガートナー
出演:ダヴィード・ディグス、ラファエル・カザル、ジャニナ・ガヴァンカー、ジャスミン・セファス・ジョーンズ

「記憶にございません!」2019年 日本映画

2019年09月18日 | 映画の感想、批評
内容的には史上最低の支持率の総理大臣が頭に石をなげつけられた事により、記憶喪失になり、今までの言動とは180度変わってしまう。という話です。

何作か三谷作品観て来ましたが、どこか釈然としない気持ちのまま映画館を後にした作品は初めてです。

登場人物のキャラは皆さん立っていて、流石三谷作品と思いました。キャスティングは主人公は中井貴一さんであるのは大正解で、中井貴一さんだから成立する話なのだと思います。中井貴一さん以外では考えられないストーリーかと。回りもとぼけたようなベテランが支え、この喜劇を盛り上げてくれている。中でも「これ誰?」と思ったのかニュースキャスターです。クレジットを見て「有働由美子さんか」と。驚きです。ただ脚本が…。「この脚本本当に三谷さんが書いたのかな?」そう思ってしまうような内容です。

例えば官邸の隣にスーパー銭湯付きの第2官邸の建設を進めるというK2プラン。これは、中井貴一さん演じる総理大臣の同級生の経営する建設会社との裏取引によるものなのですが、タクシーの中で中井さん演じる黒田総理とディーン・フジオカさん演じる秘書と梶原善さん演じる同級生がタクシーの中で、この計画を無かった事にしてしまう。事。

黒田総理の妻役の石田ゆり子さんと、秘書役のディーン・フジオカさんの不倫スキャンダルがあるのですが、秘書が辞職をして首相官邸を去ろうとするが、総理が「全て私の責任です。君の力が必要です」と言って頭を下げます。それで一件落着。

総理に石を投げた犯人が見つかります。寺島進さん演じる大工の南条。生活保護費の引き下げで棟梁の心配をする南条なのですが、官邸にまで来てしまう。

あくまで演劇ならありえる設定だと思いますが、あくまで映画な訳なので、いくらコメディ、喜劇とは言え、少し国会の内情を軽く扱い過ぎなんじゃないのかな?ありえない脚本かな?と思ってしまいました。

もっと脚本の妙というか、練られた脚本で笑わせてくれるのが三谷映画だと思っていました。想像した展開を裏切ってくる面白さと言うか。今作はただ「総理の記憶がなくなったらこうなるだろうな~」と簡単に想像つくような展開ばかりで、新しい三谷作品に触れたって言う満足感が。映画を観る前は三谷節の利いた政治ドラマとしても観られるコメディだと思っていましたが、素人目に観ても「そんな簡単じゃない」とツッコみたくなるご都合展開なコメディだと感じました。

もっと『ラヂオの時間』とか『13人の優しい日本人』のように会話会話で笑いを取り、スッキリした気持ちで劇場を後に出来る映画が観たかったです。

プロデューサーがこの脚本で良し。としたのが不思議でなりません。
(chidu)

監督ː三谷幸喜
脚本ː三谷幸喜
撮影ː山本英生
プロデューサーː前田久閑 和田倉和利
出演ː中井貴一ディーンフジオカ,石田ゆり子、草刈り機、佐藤浩市、小池栄子、斉藤由貴、木村佳乃、吉田羊他



「よこがお」 (2019年日本映画)

2019年09月11日 | 映画の感想、批評
 看護師の市子は末期癌のおばあちゃんの看護のために大石家に通っている。市子は大石家の長女である基子をかわいがっていて、介護福祉士を目指す基子の勉強をみてやっていた。ある日、基子の妹のサキが誘拐、監禁される事件が起きる。逮捕された犯人は市子の甥の辰男であったが、市子は甥が犯人であることを周囲の人に言えなかった。基子はその事実を知っていたが、誰にも言わない方がよいと市子にアドバイスをし、あくまでも市子を守ろうとした。そんな折、基子は市子が医師の戸塚と結婚しようとしていることを知り、激しく動揺する。基子は市子に憧れ以上の想いを抱いていたのだ。基子は市子が辰男に幼児虐待をしていたかのような話をマスコミに流し、そのことが原因で市子は仕事も家も結婚の機会もなくしてしまう。失意のどん底に突き落とされた市子は基子への<復讐>を決意する・・・
 この映画は復讐劇として作られているが、<復讐>という概念は二人の関係にそぐわない気がしてならない。基子は市子に同性愛的な感情を抱いており、市子を失いたくない一心で、虚言を弄して結婚を阻止しようとした。基子の行為は愛情の裏返しであり、歪んだ愛情であったとしても、市子を貶めようという悪意に起因するものではない。市子が失ったものは大きかったけれど、基子を報復の対象とすることは的外れであり、また逆効果ではないかと思う。
 基子は一途に市子を想っているが、市子は基子を恐れるばかりで相手の心を理解できない(市子が見る幻覚は基子に対する恐怖心の表れである)。基子の恋人である和道と恋愛関係になり、和道のケータイで基子に自分の裸の写真を送るという幼稚でピントの外れた<復讐>をしようとする。基子は一貫して市子を愛しているので、和道を寝取られたことなど痛手にならない(すでに和道と別れていたらしいが・・)。むしろ基子は市子を盗られたと和道に嫉妬するかもしれない。基子は送られてきた市子の写真を見て、複雑な感情にかられたと思う。大好きな市子に憎まれることは辛いが、たとえ憎まれていても、自分に関心を持ってくれていることに一縷の希望を抱いたのではないか。
 「噂の二人」(61)という映画があった。オードリ・ヘップバーンとシャーリー・マクレーンは親友同士だが、シャーリーはオードリに友情以上の感情を抱いている。オードリが結婚することになり、シャーリーは激しく動揺する・・・人間関係の構図が「よこがお」とよく似ている。愛の不可能性に絶望したシャーリーは自死を選ぶが、基子は結婚を阻止するためになりふり構わぬ行動に出た。市子が勇気をもって基子と対峙すれば、愛は成就しなくても希望は見い出せるかもしれない。二人の再会を予感させるシーンで映画は終わっている。(KOICHI)

原題:よこがお
監督:深田晃司
脚本:深田晃司
撮影:根岸憲一
出演:筒井真理子  市川実日子  池松壮亮

「ダンスウィズミー」(2019年日本)

2019年09月04日 | 映画の感想、批評
 都会に住む一流会社勤めのOLが、ひょんなことから、音楽が掛かり出すと躍り出してしまう催眠術に掛かってしまう。その睡眠術を解いてもらうとするが、睡眠術師は居なくなっていた。そこで、渋々、有給休暇を取って、催眠術師を探して、日本全国を奔走する映画である。
 監督は、「ハッピーフライト」の矢口史靖なので、奇想天外な展開を想像していたが、良い意味で裏切られ、想像以上のヒューマン要素溢れるコメディーだった。日本全国を飛び回る中で出会う人達は、見かけは個性が強烈で、思わず引いてしまうような人達ばかりだが、とても、人情溢れる面々で、自然と笑みがこぼれる。その人達の暖かさが、しんみりと味深い内容でホッとさせられる。特に、旅の相方をすることになってしまった役を演じたやしろ優は、芸人だが、意外と(失礼!)演じることも地に足が付いているように思う。ガサツでハチャメチャな性格の役ながらも、ネアカで自分の夢を持ち、常に前向きで、明るい希望を感じるラストシーンは、とても良かった。主役の三吉彩花よりも、彼女がこの映画を成り立たせているようにも感じた。準主役ということだが、充分、主役にも匹敵すると思う。これからも出演作品があれば、注目してみたい。
 また、全編を通して、原作と脚本も担当している監督の勢いを感じた。普通に考えれば、音楽を聴くと躍り出す催眠術なんて無いと思うが、それに疑問を感じさせる前に、一気に、106分を駆け抜け、人の心をポッと温かくさせる。これは、監督の器の大きさなのでしょうか。映画の持つ不思議な力を改めて実感出来た。
 毎日の生活で、報道やテレビを見ていると、自分に合う仕事とは何か、身の丈にあった生活とは何か、本当の幸せとは何か、自分はどこに向かうのか等々、日々、悩みが出てくるばかりだが、その悶々とした時間を一瞬でも忘れさせてくれる映画だった。
 最後に、私は、ミュージカル映画は好んでは観ないので、実は、鑑賞には躊躇があった。が、それ程、宣伝にあったようなミュージカル感は強くは感じなかった。強面のヤンキー達が躍り始めたのには、やり過ぎ感があったように思うが・・・。なので、ミュージカル映画を観たことが無い方でも、気楽に観られる作品だと思う。
(kenya)

監督・脚本・原作:矢口史靖
撮影:谷口和寛
出演:三吉彩花、やしろ優、chay、三浦貴大、ムロツヨシ、宝田明他