幸喜幸齢 生きがい 日記!       

八十路の青春賦 人生の黄金期を自分らしく あるがままに生きる幸喜幸齢者 感謝と幸せの生きがい日記 頑爺/肇&K

桜の下で

2020年03月31日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月31日(火) 10/19℃  

 桜の下で

 南公園を散歩する。  コロナ禍で遠出はできず、皆さん人込みを避けて近くの公園で花見を楽しむと言う。  後を歩く女性二人連れが、毎年遠くの桜の名所に行っても沢山の人出とブルーシートの上で宴会をする人を見てろくに桜を感じなかったが、今年はゆっくりと花見ができるわ・・ との会話が聞こえる。  それもそうだと頷いた。  何でも考え方次第だな・・

・満開の桜の下にシートなし

・花見酒 今年の花見は桜見る

・コロナ禍にゆっくり花見桜かな

・人いない満開桜ちと淋し 頑爺

千里南公園の桜並木  もうすぐ満開だ

でも公園内のパークカフェは満員だった

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鯉釣り池

2020年03月30日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月30日(月)  7/13℃ 

鯉釣り池

 千里南公園には鯉釣り池がある。  以前友達に話したら、それどんな出会いバーや!?  と言われ面食らった事があったが、本当の魚の鯉の釣り堀でガールハント(古い言葉や)の恋やないで・・ と笑った。

 散歩の途中で池の近くから わー との声、見ると釣り人の竿が大きくしなってる・・ 近づくと大きな鯉を釣り上げていた。  でかい! すごい!  子供たちも大喜びしながら自分も・・ と張り切って釣り糸を投げる。  いい春休みの思い出になるといいなー  ところで釣りをしないので分からないが、あの鯉はどう料理するのかな!?

・鯉釣りも友にかかれば出会いバー

・子供らの歓声聴いて春休み

・コロナ禍に敗けるな子供ここにあり

・満開の桜の下で日向ぼこ  頑爺

南公園の鯉釣り池

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暇つぶしに絵を飾る

2020年03月29日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月29日(日) 6/12℃  

暇つぶしに絵を飾る

 この閉塞感は何だろうか!?  でも世界の人々が今未曾有の感染爆発状態と戦っている。 ある意味人類は戦争や諍いなど放棄し、今一致して新型コロナを撲滅すべく協調して戦う方向性が一致していている気がする。  ミクロンの小さな細菌が人類を滅ぼすかもしれない今こそ、人々はその本質が問われているのかもしれないな・・!?  な~んてことを漠然と思いながら、さてこの時間をどう過ごそうか? と思いながら久しぶりに絵を描いてみる。

東海道の歩き旅をしていて描いてみたい風景は沢山あったが・・ いつの日かゆっくりとキャンバスを立ててみたいものだ。

今まで描いてきた絵画キャンバスを出してみる・・ その時々の絵筆の想いを感じつつ午後のひと時を友から頂いた美味しい珈琲を淹れつつ楽しむ・・

 更に爺じい一人の住空間を飾り楽しむのもいいかな~ と、描いてきた絵を壁にとっかえ引か変え掛けてインテリアを楽しむ・・ 今日の気分はとクラシックのモーツアルトを聴きながら実に無邪気にあるがままに過ごす・・ いいな~

 一人歩き旅もそうだが、絵を描くのも自分一人との対峙だ。  箕面の山や森を20年延べ3000回ほど歩いたがいつも一人を楽しんだ。  このブログもそうだが好きに一方通行で綴るのみ、自分にあるがままに自由に生きるのに自分の生き甲斐を自然に身に付けてきたようだ。  だから以前と違い、今は有難いことに毎日気楽にストレスなしで生き生きと生きられる・・ 晩年に与えられた感謝と幸せの日々・・

・人類とミク細菌のせめぎあい

・世界一致 闘う敵はコロナ

・生き甲斐はストレスのない生活だ

・自分との対峙はむしろ生き甲斐に 頑爺

昔に描いた絵を1枚1枚取りだし、描いていた時の心境を思いながら部屋にあれこれと飾りながら夜長の暇つぶしを楽しむ・・ 幸せな時間だ

 

 

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美しい日本 美しい富士山!

2020年03月28日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月28日(土) 8/18℃  

美しい日本 美しい富士山!

 今日は朝から雨で気分も終日鬱陶しかったが、夕暮れには安倍首相の記者会見を見てさらに憂鬱になった。  新型コロナウイルスによるギリギリの攻防が続き、感染爆発寸前との事で、日本も世界も今大変な事態に陥っていることを改めて知ったが、各地で切迫した暗いニュースが続く。

 そんな中、今日は東海道53次歩き旅で整理できなかったブログの一部を振り返り編集しつつ、この暗いニュースばかりの中で一人、美しい日本 美しい富士山の光景を肌で感じた思い出に浸りきった。

 旧東海道17番目の静岡・興津宿から16番目の由比宿へ向かう途中の3月9日(月)の相模湾から、そして薩った峠から見た富士の山を再び見ながら美しい日本の美に酔いしれた。

相模湾から見た富士の山  江戸時代の広重の絵そのものの光景に感動する

その後に旧東海道を登り薩った峠からみる冠雪の富士の山

暗いニュースが続く昨今、桜咲くこの季節  美しい日本の風景を楽しみながら心明るく、厄介なコロナウイルスも撃退したいものだ。

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一歩の思い・・

2020年03月27日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月27日(金)13/19℃  

一歩の思い・・

今朝窓を開けると雨だ・・ ベットに戻り、2週間ほど前の東海道53次の箱根路登りでの体験が蘇る。  今こうして温かいベットの中でグータラ生活が出来るのもあの時の一歩一歩があったからだ・・と。

 江戸時代から東海道一番の難所が箱根街道だったというが、三島宿からその登りを始めた。 当日予め雨模様は把握し、きつい山道もあることも、山の気候の急変もある程度は経験して把握していたが、それは予想外だった。 

 少し前だが、3月に晴天の北海道の山で気候急変で遭難し、遺体をヘリで運ばれていたハイカー達をTVでみていたが、自分もここで人生終わりになるのかな・・ と一瞬思った  でも幸いスマホがあり、いざとなればsos発信を覚悟しつつ、とにかく大雨ですでに衣服、靴の中までずぶ濡れ状態の中、吹雪とあっという間のぼた雪で雪積る山道をウオーキングシューズで登るのはまさに死に物狂いだった  一度藪漕ぎするような藪の下に避難したものの、すぐに体が寒く冷たくなりここにいては危ない! と実感した

 一歩一歩前に進まなければ遭難する・・ なにがなんでも前に進まねば・・ と必死だった  やっと国道に出るとすでに通行禁止表示がでていたが除雪車が頻繁に行き交い、そのたびに側道を歩く自分に容赦なく雪が降りかかる  泣きっ面に蜂の気分だったが、除雪車も必死に頑張っているんだから・・ と後ろから音がするたびに構えて必死に避けたが・・ 

 歩いて歩いて足も凍傷になるとこんな感覚なのかな? と思いながらすでに感覚がマヒしているようだが、とにかく冷たかった  大声で歌を歌い気力を振り絞ると、10数kgの重いリュックが逆に軽く感じられた

 やっとのおもいで箱根峠に差し掛かると、一軒のラーメン屋があった  助かった!!  雪の為に早くに店終いしていたと言う店主に頼んでラーメンを一杯作ってもらった   暖かいストーブの前で必死に体を温めた  箱根峠の車両やバスも通行止めになったとか

 夕暮れとなりまだ箱根宿や元箱根まで数kmあるのでゆっくりも出来ず、お礼を言って店をでる  温まった分また余計に寒さ冷たさが身に浸みる  でも歩かねば安全な目的地に着かない  途中で道に迷いながらも国道をひたすらに歩いた   やっと箱根宿に着いたときは涙が零れた・・

 そんな事を思い出しながら、暖かい部屋で遅い朝食を作りながら珈琲を飲んでいる自分が生きている、生かされていることを改めて確認した。 

今回の一歩一歩の積み重ねが自分を生かし命を救った・・ といっても私には過言ではない。 私にとってこの一歩の大切さを身に浸みて実感したのがこの旅の大きな成果だった。

 これからの老いの生き甲斐の大きな要素にこの小さな一歩の大切さが重要になる気がする。 

なのに今日も雨を理由にグータラ三昧の怠け者生活をおくってしまった・・ トホホ!!

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老い足の不思議

2020年03月26日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月26日(木)6/21℃ 

老い足の不思議

 東海道の歩き旅を終え、しばし休息日をとっている。 大阪から東京までよく900km、150万歩も歩けたものだと我ながらも驚くが、この両足が大きなトラブルもなく快調に歩いてくれた。

 靴の選択は重要だったが、それ以上に目標がある歩き旅には精神的な要素が加味されることが大きいと分かった。 それは今振り返りながらも毎日疲れ果てて宿に着くなりバタンキュー状態が多かったが、不思議と朝になると今日の目標を定めしっかりと準備を整え、いざ出発となるとそれまでの姿勢から凛となり、足も歩きだすとしっかり踏みしめる気迫が分かる。 

 歩みは足も短いしドン亀歩きだが、目標に向かって何があっても向かう精神力も大事だった気がする。 このグータラで怠け者の自分が目標を持つことの大切さを改めて学んだ気がする。 

 帰阪し今次の目標を定めるまでの間は当面このグータラ三昧を楽しむしかないな・・ と、丁度コロナウイルスの影響でどこも、海外までも自由に行けない今日は自分の生き甲斐の為にも次の目標を考えるいいチャンスかもしれない。

 昨日から今まで書けなかった今回の旅を振り返りつつ、中途半端だった旅のブログ写真を整理してUPしつつ、人生の回顧をしているあるがままの自分が本当に幸せだなと感謝する。 

しかし今少し公園を散歩するだけでも足は疲れたと文句を言う・・ 何という怠け者のグータラ病  トホホ!!

・生き甲斐は目標のある人生だ

・生きている実感ありて幸せな

・あるがまま自分を生きて生き生きと

・ただ感謝ありがとうとの人生だ  頑爺

旅の写真整理から  

マイ人生もここで終わりかと思った事があった。 突然の大雨でびしょ濡れになり、直後の大雪の箱根登り路では自分の足跡のみ、ウオーキングシューズは中まで濡れ、誰一人いない山道で冷たく体が凍り付いた(3/14 箱根の登り道)

また下りでは足があるのかないのか? 筋肉痛で棒になった・・ 初めて知る旧東海道・箱根路の石畳、江戸時代の旅人はこの山道を何kmも歩いたのかと!? (3/18 箱根の下り道)

75年歩いてきた両足が踏ん張ってよく歩いてくれた・・ なのに家に居てグータラ病がでるとなんと怠け者になるのやら・・ トホホ!!

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新型コロナウイルスへの反省

2020年03月25日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月25日(水)3/15℃ 

新型コロナウイルスへの反省

 一昨日帰阪し、半月ぶりにゆっくりとTVをつけ情報番組を見た。 それまで歩き旅の間はほとんどTVも新聞も見ず、情報はあっても疎かにしてきた。 新型コロナウイルスにつき各局の番組を見るたびに、背筋が寒くなった。 そんなに大変な状況下にあったのかと、改めて自分の情報認識不足を知った

 しばらくは近隣の散歩以外は出歩くのをやめて自宅で謹慎し、自分も様子を見ることにする。

 今日は快晴のお天気だ。 公園ではウグイスが鳴き桜が咲き始めた。 これで花粉が無ければ思い切り深呼吸が出来るのだが・・ 

 南公園ではいつになく親子連れが多く見られる。 家の中ばかりでは子供たちが参ってしまうからだろうか??

・情報は正しく知って生きるべし

・我毎は家族ひと様 配慮して

・親子連れ公園ならばと集うけど 

・終息に世界一丸頑張ろう  頑爺

南公園の芝生広場で遊ぶ多くの親子連れ

 

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半月ぶりの帰阪

2020年03月24日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月24日(火) 6/14℃ 晴

半月ぶりの帰阪
 
 大坂城から江戸城への東海道五十三次の歩き旅を終え、無事終了したので昨夜帰阪した。
 
 今朝久しぶりに朝寝坊をした。 やっぱり自分の部屋、自分のベットはいいものだとしみじみ実感する。 
 目の前に広がる南公園の緑がまぶしい...
 
 旅に出かける前に冷凍品以外の食料品を処分したのであまり食べるものがなく、久しぶりに駅前のスーパーに買い物に行く。 
 両足はいつものように今日も歩き旅のつもりか快調な歩みだ‼︎  もっとのんびり歩こうぜ! と声を掛ける。
 
 最近は買い物に大きなエコバックを持ち、その中に引っ張るカートを入れて持って行く。 
 旅の間はあまり野菜が摂れなかったので自然と体が要求するのか、たくさんの野菜を買い込んだ。
  
 1人生活は食生活が不便だろうと人にいわれるが、自分の体調に合わせて食材が自由に選べるし自分好みに料理を作ることもできるので、これも楽しい生き甲斐の1つだ。
 食材をバックに詰めカートに乗せて帰宅。 冷蔵庫がいっぱいに膨らむと一安心だ。
 
 久しぶりに千里南公園の中を行き来すると、まだ半月ほどなのに季節が変わったように花も変わっている。 
出かける時は梅の花だったのに今は桜が咲き始めている。 季節の移ろいを実感する。
 それに連れて鼻がもぞもぞ、鼻水くしゃみ涙目が加速し花粉の最盛期も実感だ。 ヤダネ!!
 
・久しぶり今日は寝坊でいいんだぞ
・ゆっくりと歩いていいぞ今日からは
・体調に合わせて選ぶお買い物
・鼻目喉 騒がしいぞよこの季節 頑爺
 
久しぶりの南公園は季節の花が咲く
 
 
 
 
(* やはり使い慣れた家のPCがいい。 これから旅のブログを遡って徐々に編集し写真も入れていくのが楽しみだ)
 
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友人との再会

2020年03月23日 | 春・喜寿の青春賦 日記!

3月23日(月) 8/17℃  雨曇晴

友人との再会
 
 今朝は東京にいる小学校時代の友人と再会するために雨の中を出る。 といっても今日からはもう歩き旅は完了したので電車に乗る。
 
 東京駅の丸の内で待ち合わせをしたが、何しろここへ来るのはもう何十年ぶりかで、その周辺の変貌ぶりに驚く。   
 
 禿げた爺さんがニコニコと近づいてきた⁈
よく見たら友人だった。 お前いくつになったんや?  アホ! お前と同級生やないか⁈   と笑いあったものの10歳頃の同級生が65年を経て今も再会できるなんてなんと嬉しいことだろう。  
 当時の小学校恩師と交流のある彼は連絡をして私と会いに行く旨を伝えたが、90余歳で病床のため諦めたと。
 また当時のクラス級長だった友人(いまは東大名誉教授だが)との再会も連絡を取ったが、新型コロナの影響で家人の外出禁止令が出ているとのことで今回は見送りとなったが、事が収束したら会おうと言うことになったと。
 
 椿山荘と言うところで美味しいランチをご馳走になりながら昼酒を飲みながら昔話に懐かしい花が咲いた。
この年になり65年も昔の小学校時代の友達と交われることがどんなにありがたいことか身に染みて感じる。 懐かしい人との交わりは老楽の大きな生き甲斐となるもので大切にしたい。
 
 それにしても長い歩き旅で汚い格好の老人が、重いリュックを担いで高級店に入っていったから店の人はびっくりしただろうなぁ⁉️
 
・旅終えて足はまだ行くでも電車
・何歳や お前と同じ齢やんか
・幸せは同級生との交わりに
・老い年に親しき交わり生き甲斐に 頑爺
 
小学校同級生と待ち合わせをした東京駅丸の内北口
 
 
 
 
 
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東海道歩き旅(38)125万歩の旅を終える

2020年03月22日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)
3月22日(日) 10/23℃   晴曇

東海道歩き旅(38)125万歩の旅を終える

 昨日は37日目にしてとうとう西の基点、京都三條大橋から東海道五十三次の東の基点で日本国道路元標のある江戸日本橋に到着。 その後皇居に入り旧江戸城に立ち、大阪城から街道沿いのお城巡り旅も終えた。
 
 今日は昨日歩いた日本橋から千葉へ歩き、念願の二人の曾孫と会い旅を終える予定だ。
 
日本橋から隅田川の永代橋を渡る  ベイエリアの高層ビル群が林立し、反対側には東京スカイツリーが見える
 
 
道沿いには史跡もあり、今度お札になるという渋沢栄一の自宅跡も見る
 
 
 
道沿いにある富岡八幡宮を訪れ、あの憧れの伊能忠敬が1800年この地から全国の測量に出発したと言う記念碑の前にたたずむ  深川宿は開店前だった
 
 
 
 
 
今日は予想外に強い風で特に荒川、江戸川では橋を渡る度にしっかり結んだ帽子が飛ばされ、体が持っていかれそうになった
 
 
やっと千葉・浦安に入る
 
 
 
  75歳になった日に大阪・箕面(みのお)からその第一歩を踏み出し、延べ38日を経て千葉に着いた。 全てに感無量の感激の涙だった。 支えてくれた一人一人にただ感謝とありがとうの言葉しかない。
 
 後どのくらい生きられる人生かわからないけど、老楽に生き甲斐を与えてもらい、あるがままに自分らしく生きたいとの老春の夢を実らせて貰った幸せに、改めて感謝感謝の有難い涙の日々だった。
 
この38日間のトータルは約916km、124万歩のドン亀一人歩き旅だった。
 
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東海道歩き旅(37) 品川宿から日本橋へ

2020年03月21日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

3月21日(土)  9/20℃   

東海道歩き旅(37)  
品川宿から日本橋へ
 
 昨日は43km程歩いたので今朝は無理だろうと思ったら、最終日だからしっかり歩くぞ! とばかりに足が催促する。
 
 品川宿から先ず赤穂浪士の墓のある泉岳寺へ参拝する  初めて訪れたが、その壮絶な史実を知るたびに墓碑の重さを知る
 
 
 
 
 
 
次いで高輪大木戸跡をみる
 
東海道とは関係がないが、通り道にある三田の慶應義塾大学のキャンパスに入る  学力は及ばないが憧れの大学だった  しばしキャンパス内を散策する
 
 
あの映画で見た昭和の 3丁目の夕日? だったか以来の東京タワーを身近に見ながら徳川家の菩提寺、増上寺に入る  桜が咲き始めとても絵になる 
 
 
 
 
今回の旅で初めてだが、増上寺近くのカフェテラスでのコーヒータイムとする  春の日差しを浴び桜が咲き始め、青い大空の下で美味しいコーヒーを楽しむ
 
 
銀座八丁目から入り、二丁目にある銀座発祥の地を訪ねる  
ちょうど12時となり歩行者天国が始まった  
 
 
日本橋魚市場発祥の地の碑を見る
 
その向かい三越の前にある「日本国道路元票」のプレートに到着  
 とうとう東海道五十三次の基点に着いた  よくここまで歩いたな〜  感激と感動だ
 
 
 
 
 
 両足膝股関節腰肩頭目その他ここまで歩いて来れた自分の体ひとつひとつに感謝する  そして私を支えてくれた一人一人を思いつつ感謝の涙で溢れた
 
 しばし日本橋の橋のたもとで浸る時間を経て、皇居の旧江戸城へ向かう  途中いくつかの史跡をみる  これは渋沢栄一の銅像
 
高層ビルの林立する谷間に将門首塚の碑を見る
 
 
皇居入り口で荷物検査を経て許可を得、皇居内の旧江戸城に向かう  大阪城から街道沿いのお城を巡りとうとう江戸城に着いた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 今日は2つの夢が叶った。 東海道57次から53次歩き旅の完結。 大阪城から街道のお城を巡りつつ江戸城への旅の完結。 感謝感謝感謝とありがとうの1日だった。
 
今日は 20.3km、26430歩 だった
 
 
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東海道歩き旅(36) 戸塚宿から保土ヶ谷宿、神奈川宿、川崎宿、品川宿へ

2020年03月20日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

3月20日(金)  10/20℃   晴曇

東海道歩き旅(36) 
戸塚宿から保土ヶ谷宿、神奈川宿、川崎宿、品川宿へ
 
 昨日はよく歩いたが、今日はまず昨日歩き終えた東戸塚からスタートし、保土ヶ谷宿を目指す。
 
江戸から4宿場目の保土ヶ谷宿に入る  この宿場は程谷、新町、帷子(かたびら)の3宿場を1597年に一宿としたもの。
 東戸塚から難所と言われた「権太坂」を上る やがて標識が見えた
昔の相模の国と武蔵の国との境界のようだ
 
 
 
保土ヶ谷宿へ入る
 
 
 
 
 
保土ヶ谷宿場跡の保存がよく見られる
 
 
 
 
商店街のシャッターに広重の絵が
 
 
保土ヶ谷宿の歴史の道は続く
 
 
 
商店街は賑やかだ
 
 
浅間神社内にて
 
帷子を経ていよいよ神奈川宿へ向かう 横浜の文字が嬉しい
 
神奈川宿に入る  この宿場は新町から台町までかなり長いが、海を臨む景勝に近隣宿場の倍以上の人出を抱えたという  1858年に開港した横浜港の遺跡も多い
 
 
案内に沿って神奈川宿の史跡を見て歩く  高札場にて
 
 
 
 
 
近くの小学校では卒業式の後の歓談が見られるが・・
 
 
 
明治維新のきっかけとなった「生麦事件」の現場を訪ねる
 
 
神奈川宿の歴史散策を続ける
 
 
 
横浜は道路の表示もお洒落だ
鶴見川を渡る
 
この町にはまだこんな公衆浴場が残り懐かしい・・
 
 
 
 
川崎宿へ向かう  ここは1623年に品川宿と神奈川宿の伝馬負担を軽減するために開設されたとか  川崎大師への分かれ道にも当たり、多くの参拝詣人で宿場も発展したとか
 
 
 
 
川崎宿の史跡を巡る
 
 
 
川崎宿場も歴史を大切にしている様子が伺える
 
 
 
 
 
 
旨そうな酒が見られるが先を急ぐ・・
 
 
随所に歴史標識をみる
 
 
 
六郷橋を渡り、昔の渡しば跡をみる
 
 
 
 
大田区に入り品川宿を目指す  鈴ヶ森の刑場遺跡をみるが、その昔の光景を思うと目をそむけたくなる思いだった 
 
 
 
 
夕暮れとなった旧東海道を品川宿へ向かう  
品川宿は江戸から出る所街道のうちでも最も重要視されたようだ  東海道一番目の宿場で1601年に指定された  南・北品川宿場と享保期にできた北品川とで構成され活気のある宿場であったという
 
 
 
 
すっかり日が暮れてしまい街道沿いの史跡を探しきれなかった
 
 
 
今日は朝からよく歩き、歩数も自分の新記録となった もっと時間をかけてゆっくりと歩きたかったな~  でも満足いっぱいだ
 
 
 
 
 
 
 
 
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東海道歩き旅(35) 平塚宿から藤沢宿、戸塚宿へ

2020年03月19日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

3月19日(木)  7/21℃  晴

東海道歩き旅(35)
平塚宿から藤沢宿、戸塚宿へ
 
 昨日の箱根旧街道、何キロにもわたる石畳を下り、もう両足とも昨夜からガクガクで今朝からも悲鳴をあげている。 珍しく両足の太ももはパンパンになっている。
 休ませてくれー と言わんばかりに足を引きずる...   家にいる時なら同調するのだが、今は江戸まで歩かねばならんのだから頑張れと言うしかない。 両足をしっかり揉みながらがんばれがんばれと声をかける。
しかしいつもの靴に足が入らないが、何とか無理矢理押し込んで1歩1歩とゆっくり歩き始める。
 
平塚宿を歩く 江戸日本橋から15番目の馬入りの一里塚へ
大正の架橋記念碑から 馬入橋を渡る
 
史跡 旧相模川橋脚碑
 
 
国道の激しく車が行き交う路肩に咲くスミレの花 しばし見とれる
鳥井戸橋の左富士之碑
その向かい前に見る鶴峯神社
やがて茅ケ崎一里塚前から松並木道を進む 
 
 
牡丹餅茶屋跡から
東海道沿いには歴史を感じる
 
必死に祈る人が・・ 女性の願い事なら何でも叶えるとか?
 
 
藤沢宿へ入る。  藤沢は鎌倉時代から遊行寺の門前町として栄え、藤沢宿場の成立で更に大きな発展を遂げたという。  門前町としては江の島が約一里と近くにあり、弁財天参拝や大山参りの分かれ道でもあったので参詣時期にはより賑わったようだ
 
白旗神社に入る  義経首洗いの井戸などどうも生々しいのは苦手だが、歴史遺産をみる
 
 
 
藤沢宿の史跡が随所に見られる
 
 
 
藤沢宿の歴史を学ぶ
 
 
 
境川の遊行橋を渡り遊行寺へ  ちなみに武蔵の国と相模の国との境目なので境川という  なお遊行寺は正式名を「藤沢山無量光院清浄光寺」といい、宗祖一遍上人は踊り念仏で往来安楽の境地へ至れると説き全国を遊行したので「遊行寺」と俗称されているという
 
遊行坂をふーふー生き弾ませながら上る 
 
 
 
やがて戸塚宿場へ入る  江戸から丁度10里にあり、保土ヶ谷宿と藤沢宿間が長いことから作られたとか  戸塚宿は大山道、鎌倉往還との分岐点でもあり、大山参拝客や鎌倉古寺を訪れる人々に人気があったようだ
諏訪神社を経て進む  
 
陽光桜という名前とか
 
原宿一里塚跡前の坂道を上る
松並木から藤沢の長いパイパスを経て丘の上にでる  昔はこの辺から富士山が眺められたというが見えない
 あの「仮名手本忠臣蔵」の有名な場面で、戸塚山中のお軽勘平道行きの場面がこの辺りという由縁からか? お軽勘平道行きの碑が建つ
 
 
 
随所に史跡などを見ながら大坂道を下る
 
 
戸塚の地名の起源となった神社、富塚八幡をみる
 
門前に芭蕉の句碑が立つ
八坂神社をみる
戸塚宿の史跡を巡りながら歩く
 
 
 
ヨコハマザクラという名前とか  初めて見たが、各地で桜が咲き始めた
 
戸塚宿はヨコハマなんだと、改めて知る
戸塚一里塚跡
 
 
今日はまだ歩き足らないのか?  足は東戸塚へ向かう
 
 
今日もよく歩いたが、昨日の今日なのに両足が予想外に元気なのにびっくりだ。  体の方が逆に付いていくのに必死だったが、宿に着き熱い風呂につかり足膝腰肩に声掛けをしながら揉んだりして労う。 
 
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東海道歩き旅(32) 箱根宿から箱根湯本へ

2020年03月18日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

3月18日(水) 6/18℃ 

東海道歩き旅(32)
箱根宿から箱根湯本へ
 
 今日 箱根の車道は雪が溶けて歩道も歩けそうな情報。 でも旧東海道の石畳は行ってみないと分からない?
 早朝のバスを調べたら小田原を8時に出て箱根関所跡へ向かうバスがあり、再度先日雪で歩いて下れなかった箱根宿へ向かうことにする。
 
 一昨日箱根の宿の主人は、4月中旬ごろ雪が溶けて良い季節にまた来て下さいとの事だったが、せっかちでこだわりの性分からバスに乗った区間はぜひとも戻って歩かなければ東海道の歩き旅にならないと拘る。
箱根のバス道と旧東海道の道とは別々だが、箱根関所跡に8時50分に到着。
 
芦ノ湖から凛としたきれいな富士が望めるのはラッキーだ!
 ところが箱根の山は思った以上に寒く冷たい これでは旧東海道の石畳の上など滑って危なくてとても歩いて下る事は難しいかな??
 
 様子を見るためしばらく箱根宿周辺の名所旧跡を訪ねる。 先日突然の大雪で遭難寸前状態? で辿り着いた箱根宿と様変わりでビックリ!  
 
 
 
 
 
 
 
江戸の杉並木を通り芦ノ湖・元箱根へ向かう
 
 
 
芦ノ湖は見事に晴れて富士山も見える
 
 
 
 
 
ここまで来て、ここは爺の山歩きの勘で下れそうだと判断し、元箱根前から旧東海道に入る  いよいよ箱根旧街道の下りだ
 
 
 
 
元禄年間に医師として来日したドイツ人シリルモンタギューバーニーが「日本誌」で箱根の美しさを紹介し、自然保護の精神を訴えかけたと言うがその記念碑をみる
 
 
 やがて江戸時代から続く街道の石畳、旧東海道の中でもこの箱根にはその名残り豊かだ  しかし現代人の我々にはこの道は最悪だ  平な石は少なくほとんどが玉石のため、雨や雪でなくても苔むした石に足を滑らせ何度転びかけたかわからない    以前山の中で苔石に足を滑らせ頭の額を破り、救急病院で何針か縫った事があるので余計に慎重で、足元ばかり見て一歩一歩と慎重に足をかけて下るので疲れることこの上もない
 
 
 
残雪は思ったより大したことはなく、下山するまで大丈夫のようだ
 
 
 
 
 
 それにしてもこの何キロにも及ぶ街道を石畳として埋めるには数百万個もの大きな石が必要なので当時の作業は大変だったと思うが、当時は国と国との争いが激しく大軍の進軍を阻止するために意図して凹凸に作られたとも言われるが、旅人は相当苦労したと実感する
 
 江戸時代から続く甘酒茶屋に着く  今はもうこの一軒しかないとか  名物の甘酒と田楽をいただくが、その藁葺きの家屋が当時のままのような雰囲気で趣があった  外人さんが一人、正座して庭を眺めていた
 
 
 
 
 一息ついた後再び旧東海道の石畳を慎重に下り畑宿に向かう  
 
 追込み坂、猿滑坂といった旧坂をくだるが、足が思うように上がらなく、滑るし転ぶし緊張するし景色どころではない
 
 
 
 
小田原の街が見えてきたが・・
 
 
雲助への誤解があったが納得
 
玉石の急坂が続き、足は神経も使うしもう棒状態だ
 
 
 
 やっと畑宿に着く 畑宿は小田原と箱根の間にある間宿だが、江戸後期に土産物として寄木細工が始められその中心となった
 
 
 
畑宿では一休みしただけで先に進む
 
 街道を進むと鎖雲寺 飯沼勝五郎 初花の墓とある  芝居でも有名な箱根での仇討ちだそうだが見たことがないのでわからない
 
 
  やがて山の中には不釣り合いなような金ピカピカのお寺があったが素通りし、猿橋を経て箱根湯本の街へと下った
 
箱根湯本に着いた  やったー!!  
やっと念願の箱根峠を登り降りできた。  14日の雨と雪で登りは遭難するかのように散々だったけど無事下山でき、これは人にはわからない自分だけの満足感だ。
東海道五十三次1番の難所、箱根峠を自分の足で登り下りできたのだから...
 
咲き始めた桜の花が労ってくれてるようだった。
 
今日は17.5km、24366歩だった。 短いようだが、今日の石畳の箱根下り坂は足膝腰肩の疲労は昨日30km近く歩いたよりも3倍以上の疲れが残った。 
 でもこの達成感は人にはわからない自分の喜びと嬉しさで、熱い湯船の中で両足膝腰肩と体全身をゆっくりと感謝しつつ労わった。
1人で乾杯するビールが旨い‼️
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東海道歩き旅(34)小田原宿から大磯宿、平塚宿へ

2020年03月17日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

3月17日(火)  0/12℃ 

東海道歩き旅(34)
小田原宿から大磯宿、平塚宿へ
 
 (昨夜は今日再び箱根宿へバスで登り、先日雪で下ることができなかった区間を歩く予定でいたが、今朝現地は0℃で氷が張り、旧東海道の山道もまだ雪が残り、しかも凍っているのでかなり危険とのことで断念した)
今日は小田原宿から出発し江戸日本橋から8番目の宿場大磯、7番目の宿場平塚を目指す
 
 東海道を歩き小田原宿の江戸口見附跡、一里塚跡をみる
 
 
 
 
 
 
 
新田義貞公首塚がなかなか見つからなくて住宅街を何度もウロウロしてやっと見つけた
 1338年義貞は越前藤島で戦死、その家臣・宇都宮泰藤は主君の首を抱いて上州新田へ向かう途中に病気になり、この地に首を埋めて自分も病死する  家臣の墓も何基か見られるが、なんとも悲しい史実で少し苦しかったので、すぐ横の小田原海岸に出て相模湾の空気で胸いっぱいにした 
 
 
 
いつも各地の首塚を見るたびに当時を想像しいつも気分が悪くなる  小田原の海岸に出て深呼吸する  海釣りをする人をしばし眺める
 
 
酒匂川を渡る 江戸時代には渡し場があったとか
 
 
 
 
歩いていると古い建物だが医院の看板が上がってる  見ていると一人の老人が もうすぐ解体するそうですわ・・ と話してくれた
 
海が横にあるので干物を売る店をよく見かけるが、この埃と排気ガスのすごい車道沿いで干す魚を買おうとは思わない・・
 
 
海岸に出て一休み・・ 当時の旅人もきっと海に癒されたことだろう
 
 
押切坂一里塚から二宮に入り大磯に向かう  いろんな史跡をみる
太田道灌や源実朝の歌碑などをみる
 
 
 
 
 
 
 
 
大磯の町に入る
 
路上に江戸から十七里の文字が
 
吉田茂旧邸のある城山公園に着く 
 せっかくなので覗いてみるがこの施設もコロナの影響で旧邸の中には入れないが、広大な庭園はオープンになっていたのでしばし体を休めながら散策する
 
 
 
 
 
 
吉田茂の銅像の先には相模湾と大磯の海岸が春の日差しを浴びてキラキラと輝いている  大磯は明治以後日本で最初の海水浴場ができ別荘地としても栄え、当時の面影が今も各所に残る  大磯ロングビーチは美しい
(お昼前だがちょうど歩いている時に買った蒸し芋を取り出し、吉田茂の銅像の前にあるベンチでそれをゆっくりと食べながら、戦後日本の復興に尽くし、その舵取りをした歴史を回顧したが、当時子供ながらにその堂々たる姿勢に安心したものだ  誰もいない広大な庭園の銅像の前で、芋を食べながら吉田茂像と向かい合うのもこれも面白いものだと自笑する)
 
 居心地がよくて長居をしてしまったが、また歩き出し江戸時代の本陣跡をめぐりながら、ふと目にした島崎藤村が住んだ晩年の家と墓、また新島穣の終焉の地などを巡る  お天気もよく快適だ・・ が、クシャミ鼻水の花粉も最盛期だ
 
 
 
 
島崎藤村が住んだ晩年の家と墓を訪ねる  かつて生家の信州・馬籠も訪ねたことがありその小説とともに親しみがある
 
 
 
また同志社の創設者・新島穣の終焉の地なども巡る
 
 
ここが湘南発祥之地とか
 
鴫立庵(しぎたつあん)に寄るが、ここもコロナの影響で中へは入れなかった
 
 
大磯は日本で最初の海水浴場だったとか
東海道上には今もいろんな史跡が残る
 
 
 
 
 
大磯宿から平塚宿へ向かう  
 
 
 
平塚宿に入る 
平塚宿は1601年にできた宿場だ  ここも東海道沿いに次々といろいろな史跡や本陣跡を見て回る
 
 
 
 
旧東海道沿いには江戸時代のいろいろな史跡が残されていて面白い
 1つ1つの説明は書物に任せるとして、それらの歴史を肌で感じながらゆっくりと楽しみながら歩いた
 
 
平塚宿の大きな石碑を見ながら夕暮れとなり、今日の歩き旅を終えた
 
今日の歩きは 29.3km、38457歩だった
朝からよく歩いたが、あちこち見過ぎて歩いた割には距離が出ないな~ と思いながらも疲れてバタンキューだった。
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