とおいひのうた いまというひのうた

自分が感じてきたことを、順不同で、ああでもない、こうでもないと、かきつらねていきたいと思っている。

天木直人ブログ:姿を現す前に終わってしまった小池新党に対する期待  2017-08-26

2017年08月26日 14時40分27秒 | 時事問題(日本)
私は天木さんの新党憲法9条の存在意義にはまだ保留だが、小池百合子氏への失望は同感です。
 

姿を現す前に終わってしまった小池新党に対する期待

 
 
きのう8月25日の定例記者会見で、小池百合子東京都知事が関東大震災の朝鮮人犠牲者への追悼文取りやめについて答えたらしい。

 それを報じるきょうの各紙を見て、私の中では小池新党に対する期待は完全に終わった。

 彼女の歴史認識は安倍首相のそれと基本的に同じだ。

 それは知っていた。

 しかし、それを棚上げして安倍首相との違いを打ち出せるのか。

 それが私の関心事だった。

 どうやら小池百合子は自らの本性を隠せなかったようだ。

 昨年追悼文を送ったのは、私の知らないうちに慣例を踏襲して行われた。

 だから今年は私の判断で送らない事にした。

 そこまではっきり述べた上で、特別な形の追悼文は送らない、それが私の判断だと言ったのだ。

 正しい歴史認識を小池氏が持ってれば、こういう発言は出て来ない。

 そして、それを隠そうともしなかった。

 日本と朝鮮半島には歴史的に特別な関係があった事は否定できない事実だ。

 だからこそ、その歴史的な関係が両国の国民の間で将来にわたってわだかまりがなくなるまで、特別な配慮が必要なのである。

 それは、好き嫌いの問題ではない。

 日本の政治家として必要な最低限度の外交的配慮である。

 おりから若狭議員が松沢、長島議員と会談し、年内に設立する新党が憲法改正を目指す事を明らかにしたという。

 安倍首相の安保法に自民党議員で棄権したのは村上誠一郎と私の二人だけだと言って、憲法9条を諳んじて見せた若狭議員の姿はそこにはない。

 憲法9条改憲と歴史認識において安倍自民党と違わない小池新党なら、その存在意義はない。

 私の中では小池新党への期待は、その姿を見せないうちに終わった。

 左翼でない一般国民の政党が、憲法9条と正しい歴史認識の二大重要テーマについて正しいことを訴える。

 それが新党憲法9条である。

 新党憲法9条の存在意義がますます輝くことになる(了)

 

【私の感想】

民族差別で生じた悲劇ではないかという質問を「えー」「うー」と言いながら「災害による同じ犠牲者への追悼はします」と同じ詭弁回答で論点をそらしていく手法は稲田朋美らの安倍政権の答弁と酷似して不快です。正体見せたり日本会議でしょうか。浅はかさしか感じません。メチャクチャです。

「関東大震災での朝鮮人虐殺はなかったか?」との質問には明確に答えず!? 震災被災者を追悼したから虐殺被害者に追悼文を出す必要はない!? ~小池百合子都知事定例会見 2017.8.25

動画に対する共感するコメント

【コメント1】

こいつも歴史的事実を認めないクズ

【コメント2】

関東大震災の際、後に嘘と判明する朝鮮人に対する流言は新聞にまで載っていて残っている。当時の自警団の活動に作家の芥川龍之介も参加しており、実際に起こった暴力行為を批判している。差別から生まれた大きな事件であり、震災の被害とは違った教訓を残さないといけない。

 【追加twitter】↓

渡辺輝人 @nabeteru1Q78 7 時間7 時間前

【追加twitter】 ↓ (管理人:まったく日本の政治家は安倍晋三といい小池百合子といいなんでこんな低能しかいないのだろうか?もっと勉強しろ!)

清水 潔 @NOSUKE0607 7時間7時間前

今度は関東大震災での朝鮮人虐殺は「なかった」ことにしたいらしいが、当時の警察の記録や、裁判資料、新聞報道から書き起こされた吉村昭氏のこの本は必読。関東の多くの場所で次々に発生した朝鮮人虐殺に長く触れている。その一説をご紹介。

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5つ星のうち5.0何故、東日本大震災ではこれが起こらなかったのか?
2016年8月28日
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東日本大震災の時「海外は日本人の冷静な対応を称賛」とニュースで度々耳にした。「日本人は精神レベルが高いからね。暴動や略奪が起こる諸外国とは違うのだよ」と思っていた。・・・トンデモない誤りだった。日本人だから、ではなかった。僅か90年前の関東大震災後は、まさに阿鼻叫喚の大地獄絵図だった。地震と余震への恐怖、火災への恐怖、混乱に乗じた犯罪への恐怖、そして暗黒の恐怖。至る所に膨大な焼死体、溺死体、圧死体が横たわり、民衆は一種の錯乱状態。また当時の歴史的背景の後ろめたさから群集心理により、社会主義者や、朝鮮人への流言が起こり、それが一人歩きし異常な様相を呈し、無秩序の中で始まった殺戮の数々。人間の「業」が露出された「業災」とでも言うべき嫌悪感と戦慄を覚える先人たちの姿があった。自分もこの渦中にあったら冷静さを維持出来るか疑問である。すると素朴な疑問が浮かんでくる。 「何故、東日本大震災ではこれが起こらなかったのか?」。震災で亡くなった方へ改めて哀悼の意を捧げたい。

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