石破首相が「トランプ氏との面会」より先にすべきこと 「日中関係改善」を進め「対米隷属」からの脱却を図れ 古賀茂明
政官財の罪と罰
今回のコラムが配信される1月14日の直前、13日から15日の予定で「日中与党交流協議会」が北京で始まった。
元々は定期協議なのだが、日中関係の悪化に伴い事実上の休止状態だった。今回は何と約7年ぶりの開催だ。日本側の筆頭は、森山裕自民党幹事長だが、実は、森山氏は中国と非常に近い関係にある。昨年も訪中し、中国要人と会っただけでなく、米国の制裁対象であるファーウェイのショールームも訪れたほどだ。
しかし、実際には、石破首相は、安倍晋三、菅義偉、岸田文雄と3代の首相が続けた対米従属一辺倒の外交から大きな転換に向けて足早に動いており、その結果として、石破氏の首相就任からわずか3カ月余りで日中関係は劇的な改善を見せている。まずは、その具体例を挙げてみよう。
昨年(2024年)10月1日に石破氏は首相に就任し直後のASEAN訪問では、10月10日に李強首相との会談がいきなり実現した。マルチの会議での立ち話ではなく、会議室で時間を取った正式の会談である。石破首相にとっては、最高の日中外交幕開けとなった。
さらに11月16日(日本時間)にはペルーで習近平国家主席との首脳会談が実現した。安倍首相(当時)が習主席と初会談したのは首相就任から2年後のことだった。それに比べると驚きの早さだ。しかも、習主席は、柔和な表情で握手に臨み、日本の外交関係者をさらに驚かせた。
しかし、日本のメディアは、「日中懸案解決せず」などと否定的な見出しでこれを伝えた。
それから2週間後の11月30日、中国は日本に対して短期滞在ビザを免除する措置を25年末までの期限つきで再開した。新型コロナウイルスの感染拡大で停止されていたものだが、コロナ明け後、日本から再三要望していたのに中国側が頑なに拒否していたものだ。
私が覚えているだけでも、山口那津男公明党代表(当時)、福島瑞穂社民党代表、二階俊博自民党元幹事長、経団連・日本商工会議所のトップなどが訪中するたびに、ビザ免除再開を強く要望したが、結局実現しなかった。日本が、米国の言いなりで対中国輸出規制を実施していることや中国国民の反日感情が悪化していることがその背景にあった。
今回のビザ免除再開の発表は、11月22日。11月16日の石破・習首脳会談直後で、石破首相が日本に帰国した翌日というタイミングだった。明らかに石破首相に花を持たせる演出だ。日本が要望していないのに、ビザ免除の滞在期間が過去の15日から30日に延長されるというサプライズもあった。もちろん日本企業関係者は、この発表を非常に喜んだ。
石破首相に対する中国側の「好意」
日本のメディアは、中国経済が不振で、日本企業の投資を呼び込みたいからだとか、日米韓の中国包囲網に楔を打ち込む狙いだとか、トランプ氏の大統領就任後の米中対立激化による経済への打撃が予想されるので、少しでも日本を中国に引き付けておきたいという思惑だなどという解説をしている。ネットなどでは、「中国の罠に騙されるな」という論調さえ見られた。
いずれもネガティブな色彩が強く、もちろん、石破首相のお手柄だなどという論調は皆無だった。
日本のマスコミが報じたような効果を中国が狙ったというのは間違いではないだろう。しかし、中国は、メンツを重んじる国だ。日本に対して何かを差し出すなら、日本側も何かを出してもらわないとメンツが立たない。
ところが、中国側は、他にも日本に譲歩する姿勢を見せた。
福島第一原発の汚染水(処理はされているが汚染は残っているのであえて汚染水と呼ぶ)問題で中国側がとっている日本の水産物の全面的輸入停止措置について、昨年9月には、中国外交部(外務省)が「科学的証拠に基づき、関連措置の調整を行い、徐々に基準に適合した日本の水産物の輸入を再開する」という声明を出していたが、いつからどれくらいの解禁措置をとるのかについては全くわからず、これを外交のカードとして利用するのだろうと見られていた。日本が何か譲歩しなければ、結局空振りになる恐れもあるのではと懸念された。
これについて、石破首相との会談で習主席は、中国が段階的な輸入再開に向けて対応を進めていくことを自ら確認した。これで、この合意が実施されることは確実になったと理解して良い。
他にもある。
中国軍機が昨年8月に日本の領空を侵犯して大問題になり、日本側が厳重に抗議していたのを覚えているだろうか。これについて、石破・習首脳会談直後に、中国側から「気流の妨害に遭い、……不可抗力により日本の領空に短時間入った。あくまで技術的な問題で、領空に『進入』する意図はなかった」という話があり、再発防止に努めるとの説明があった、と日本の外務省・防衛省が突然発表した。首脳会談後に習主席から、そのような対応をすることの了解が出たということだろう。謝罪こそなかったが、中国側が一方的に過ちを認め、再発防止に努めるという異例の対応である。
やはり、石破首相に対する好意の印と取るべきだろう。
これらの「好意」に対して、日本側が返したのは、中国の団体観光客向けのビザを最長15日から30日に延長し、さらに富裕層の個人観光客向けに10年間で何度も渡航できるビザを新設するなどの措置の発表だ。中国側の一連の「好意」に比べていかにも小粒であり、中国側から見れば「不十分」である。
そこで、表には見えないが、石破首相が習主席により踏み込んだ日本側の「好意」を示したか、あるいは、それを中国側が読み取ったのではないかという見方が出てくる。
「台湾問題」と「歴史認識」でも安心感
一つは台湾問題だ。
日本側では、麻生太郎自民党副総裁などが、いかにも台湾独立を唆し、一緒に中国と戦おうという呼びかけともとられる発言をしている。石破氏も、昨年の自民党総裁選挙前に台湾を訪問して頼清徳総統と会談し台湾支援と見える姿勢を見せた。中国は、強く懸念していたはずだ。
習主席は石破首相に直接この話を問いただしたのかどうかは不明だが、仮にそうであれば、それに対して、石破首相が、その立場に変更はないと明言したか、あるいは少なくとも中国側がそう理解できる言葉を述べたと考えると、中国側の好意的な対応が続いていることの説明がつく。
もう一つは歴史認識についてだ。
岩屋毅外相が昨年12月25日に中国の王毅外相との会談で「歴史問題では『村山談話』の明確な立場を引き続き堅持し、深い反省と心からの謝罪を表明する」と発言したとする中国外交部の発表について、岩屋外相自身が「不正確である」と発表し中国側に申し入れたというできごとがあった。この発表で注目すべきなのは、日本側が発言自体を否定せず「不正確」だとしたことだ。「石破内閣は、1995年の村山談話、そして、2015年の安倍談話を含む、これまでの内閣総理大臣談話を引き継いでいる」と言っただけというのだが、村山談話を含んでいる以上、その中にあった「深い反省と心からの謝罪」ということを述べても何ら問題はない。しかし、安倍政権以来、岸田内閣も、抽象的にこれらの談話を引き継いでいるというだけで、自分の言葉で反省と謝罪を口に出すことを頑なに拒否してきた。それが中国国民の、「日本は本当は反省していないし、謝罪の気持ちも持っていない」という批判を呼んできたのだ。
中国政府としては、日本に対して一方的に「好意」を示すことについて大きな不安がある。
それは、中国国民が強く反発するのではないかということだ。それを緩和するためには、石破首相は最近の日本の首相とは違い、真摯に反省と謝罪の気持ちを表していると中国は国民に伝えたい。そのために、前述のような発表になったと思われる。
実際のやり取りとしては、「日本が謝罪と反省という言葉も引き継いでいると理解する」という王外相の発言に対して岩屋外相がこれを否定しなかったというようなものだったかもしれない。岩屋氏も、「事実に反する」ではなく、「不正確」だと発言し、中国側のメンツは保たれた。
中国外交関係者は「石破首相は信頼できる」
いずれにしても、中国側としては、国民の反発を恐れつつも、ギリギリのところで、対日関係改善に取り組んでいるということだ。
ちなみに、岩屋外相は、「日中共同宣言で始まる、これまでの日中間の4文書、これを石破政権も引き継いでいる」と説明したとも述べているが、これは、前述の台湾問題について、やはり、日本が独立を支持することはないということを保証したと見ることができる。
これらの日本側の姿勢が、最重要問題で日本側に「ハシゴを外されることはない」という中国側の評価を生んで、一連の宥和的措置に繋がったと考えると合点がいくのではないだろうか。
こう考えると、中国側の一連の措置は、単に中国側の苦しい事情から出たものではなく、石破政権の絶妙の駆け引きの成果だという理解もできる。
これまでに何回か私が中国外交関係者から聞いた話がある。それは、「石破首相は信頼できる」ということだ。「石破氏は人格的にリスペクトできる。最近の日本の首相たちに比べて誠実で嘘をつかない」と期待しているのだ。
これは、安倍、菅、岸田と3代続けて、「日本と話す意味はない。米国と話せば良い」と思わせる首相が続いたのに対し、石破氏は「話す価値のある首相だ」と習主席に思わせたと言い換えても良い。
だとすれば、これは石破首相の放ったクリーンヒットだ。
日中関係改善にはトップ同士の信頼関係が必須条件だ。
もちろん、すぐに薔薇色の日中関係を望むのは難しいとしても、いつ何が起きるかわからないというこれまでの非常に不安定な関係から、少なくとも対話を通じて相互理解を図れる関係に移行する可能性は開けたと見て良いだろう。
日本の国民の多くが大嫌いな中国と仲良くしてどうするという批判もあるだろう。トランプ新大統領が厳しく接するであろう中国と仲良くすれば逆にトランプ氏の逆鱗に触れるという論調も見られる。
しかし、日中関係が安定すれば、日米関係でもあるいは韓国やロシアや北朝鮮との関係でも、日本にとっては選択の幅が大きく広がる。
中でも、私が最も期待するのは、日本が、対米隷属の自立性を欠いた外交から脱却し、真の独立国としての外交を取り戻すという大事業を成し遂げるための前提ができるということだ。
それを可能にするためには、石破首相には、自民党保守派などの反発を恐れず、日中関係改善を進める胆力が求められる。
トランプ次期大統領に一日も早く会うべきだというような愚かな論調も目にするが、私は全くそうは思わない。理不尽な政策を乱発するであろうトランプ新大統領の登場は、実は、日本の真の自立した外交を取り戻すためのチャンスである。それについては次回以降に詳しく書いてみたい。