日本の常識が通じない小池都知事「学歴詐称疑惑」 黒木亮氏「書類に頼りすぎ。エジプトは違う」
実態と乖離した記録が存在する
――取材時にカイロ大学はどのような対応でしたか。
僕が行ったときは、日本語学科長のアーデル・アミン・サーレハ氏が出てきて、「小池さんは卒業しています」と答えました。その後、複数回カイロ大学で関係者に取材した結果、大学側は「1972年入学・1976年卒業」というストーリーで小池氏に関する書類を整えているのではないかと感じました。
ところが小池氏が政治家になる前の自著『振り袖、ピラミッドを登る』(講談社、1982年)でも、『外国語をどう学んだか』(講談社現代新書、1992年)への寄稿でも、「(1年目に)落第した」と書いていますから、卒業は1977年以降でなければ辻褄が合いません。
要は、実態と記録が乖離しているのです。
――なぜ、そのような記録が大学に存在するのでしょうか。
記録が書き換えられたとしか考えようがありません。
というのも、エジプトは汚職や不正が横行する国なのです。権力者が公的な書類を作れといえば簡単に作って出す。現地の取材では、カイロ大学に限らず、国立大学で卒業記録や卒業証明書、卒業証書の偽造が行われていることを誰も否定しませんでした。
日本人の常識では理解できない世界ですから、僕も最初の頃は戸惑いました。
書き換えの実行者や詳細な経緯を明らかにするのは、すでにかなり昔のことになってしまったので、簡単ではありません。しかし、当時卒業できていないことは、さまざまな証言や証拠を積み重ね、突き合わせていくと明らかです。
――日本では、本人が学歴を詐称しても、卒業証明書が提出できなかったり、学校側に問い合わせたりすれば発覚するはず、という感覚です。
不正に発行された卒業証書である「プレゼントの証書(complementary certificates)」が存在するのはエジプト社会の常識です。
カイロ大学の前学長も、教授や職員が個人的に関与して偽の卒業証書が発行されていることを2015年にテレビ番組で証言しています。2017年にはエジプト人ジャーナリスト、ダリア・シェブル氏が偽造卒業証書を売る業者に接触して実態を明らかにしています。
「4年で首席卒業」に抱いた違和感
――黒木さんはどうして小池氏の学歴問題を調べ始めたのですか。
僕は1984〜1986年にカイロ・アメリカン大学(アラビア語上級コースと大学院中東研究科)に留学しています。アラビア語で学位を取るのはすごく大変だという認識を持っていたので、2016年に都知事に初当選した小池氏が「カイロ大学を首席で卒業した」という点に引っかかりました。カイロ大学の社会学科には一学年150人いますからね。
僕は留学前にアジア・アフリカ語学院で6カ月間アラビア語を学び、小笠原良治・大東文化大学名誉教授に教わりました。小笠原先生はカイロで最初3年間は現地の学校でアラビア語を勉強した後、7年かけてカイロ大学の文学部アラビア語学科を卒業しています。格調高いアラビア語を話す方でした。
アラビア語学科は外国人学生にとってカイロ大学における超難関ですが、小池氏は社会学科とはいえ、「4年で首席卒業」は異様だと思いました。
――カイロで取材を重ねる中で学歴詐称を確信するようになったのですか。
決定的だったのが、卒業論文についての証言です。
小池氏は「社会学科に卒論はなかった」と2020年3月の都議会で答弁したり、『女帝』著者である石井妙子氏の取材に弁護士を通じて回答したりしています。
しかし、小池氏が卒業したと称しているのと同じ1976年に文学部社会学科を卒業したエジプト人の教授に聞くと、「社会学科では全員が卒業論文を書かなければならなかった」と明言し、具体的に彼や級友の卒論の中身を説明してくれました。
――不正が横行しているといっても、カイロ大学の卒業生すべてに当てはまるわけではないのですね。
カイロ大学の進級試験自体は比較的厳格で、金やコネのない学生は留年も当たり前です。僕が会った日本人の卒業生はいずれも留年を経験していました。
――卒業したことにできるような事情は何か小池氏にあったのですか。
小池氏は父親などを通じてエジプト副首相だったアブデル・カーデル・ハーテム氏とのコネがありました。父親は中曽根康弘氏や中谷武世氏(元衆議院議員、日本アラブ協会会長)など、日本の有力政治家と付き合いがあったので、日本に食い込もうとしていたハーテム氏が、彼らの頼み事を聞いたのかもしれません。
一度記録が書き換えられてしまえば、その後カイロ大学で対応する人たちは記録に従って回答したり、書類を作成したりしているだけなのでしょう。小池氏の場合は、エジプトの国益がらみなので、躊躇はまったくないのだと思います。
サダト、ムバラクと軍事政権だったエジプトは2011年に「アラブの春」で民主化しましたが、クーデターが起きて軍事政権に戻っています。実質財政破綻状態で、エジプトとカイロ大学にしてみれば、日本から巨額のODA(政府開発援助)を獲得するために小池氏を利用できます。
「カイロ大声明文」で日本のメディアは沈黙
――前回の都知事選の告示直前の2020年6月、在日エジプト大使館のFacebookに「小池氏の卒業証書は正式に発行された」とのカイロ大学の声明文が掲載されました。掲載されたのは、現地取材をもとに記事を執筆していた黒木さんが、郷原信郎弁護士と一緒に日本外国特派員協会での記者会見に臨む2時間前のことでした。
当時、都議会では、自民党が小池知事の学歴詐称問題を熱心に追及しており、卒業証明書類を提出するよう求める決議案を提出するところまで行きました。しかし、カイロ大学から声明が出たことで、小池氏の庇護者だった二階俊博自民党幹事長(当時)から「エジプト政府とことを構えることになるからやめろ」と圧力をかけられ、都議会自民党は決議案の提案者から降りたと関係者から聞いています。
日本のメディアはそれまでも、カイロ大学に聞くと「卒業した」と答えるので及び腰でしたが、声明によってこの問題を追及しない姿勢が決定的になりました。声明文は、日本のジャーナリストを威嚇する文言も含まれており、メディアを黙らせる効果は大いにありました。
――今年4月、カイロ大学の声明文について、当時小池氏の側近だった小島敏郎弁護士が、小池氏の依頼で原案作成に携わったことを『月刊文藝春秋』5月号で告発しました。
2020年当時、郷原弁護士と僕の記者会見に来ていたシリア人記者が、直前に掲載された声明文を持っているので何か変だなとは思いましたが、まさか小池氏らが自ら文面を作っていたとは思いませんでした。
――カイロ大声明文を小池氏らが自ら作ったとしても、大使館のFacebookに載せるにはエジプト大使館関係者の協力が必要です。
そこに大きな問題があります。日本の選挙に外国の干渉を招いたことになるのです。それと、学業の実態がないのにカイロ大学が卒業資格を認めていることは、利益供与にあたります。学歴詐称をめぐる政治的問題はこの2点です。
書類は要求すれば出てくる
――小池氏は6月20日告示の東京都知事選に、3選を目指して立候補すると目されています。記録改ざんの証明が難しいとなると白黒つけられず、各種の証言と、大学の証明を並べて有権者が判断せざるをえないように思えます。
いや、白黒つけなければならないでしょう。卒業に必要だった卒業論文を書いておらず、進級試験には落ちている。卒業に足る学業の実態を証明するものはなく、「実態がない」という指摘に対して、小池氏は反論していません。
疑惑を明らかにするため小池氏に卒業を証明する書類の提出を求めようとする人たちがいますが、「出せと言えば、カイロ大学やエジプト政府は何でも作って出してきますよ」と僕は忠告しています。そういう人たちは、エジプトのことを知らないのです。日本の感覚で、「書類」というものに頼りすぎています。
――カイロ大声明文について告発した小島氏は、小池氏が立候補した段階で学歴詐称による公職選挙法違反が成立するとして、刑事告発する準備を行っているそうです。ただ、日本では司法も書類の証拠能力を重視する傾向が強いのでは。
小池氏はそれに期待しているのでしょう。しかし、日本は国家として、学業の実態がないのに金やコネで得た学位であったとしても、学歴として認めるのでしょうか。
もちろん、実態がなかったことは十分に証明されなければなりませんが、小池氏については、進級試験で落第し、卒業できずに帰国したことについて、同居していた北原さんの証言は手紙などの証拠にもとづいています。立証には僕も協力するつもりです。