“善意の怪物” 安倍昭恵が最後に破壊するもの
女子大生社長だという椎木里佳は、エゴサーチしては自分の悪口を読んで元気をだすのだそうだが、“エゴサ”なる言葉のない時代に、取り憑かれたようにそれをし、熱心に自分の悪口を読んでいたひとがいる。首相夫人の安倍昭恵である。
【写真】雑誌に掲載されて話題となった、大麻畑で微笑む昭恵夫人
①石井妙子 「安倍昭恵『家庭内野党』の真実」 (文藝春秋2017年3月号掲載)によると、ゼロ年代の安倍政権時代、昭恵夫人は自分がネットにどう書かれているか、2ちゃんねるに至るまで読んでいたという。
「“バカ” “ブス”から始まって、いろんな悪口が書かれている。主人には『落ち込むなら見るな』と注意されましたが、やめられなかった」。そんな昭恵夫人も、しだいに「みんな役割分担をしているんだ」と思うようになる。悪口を言われるのはそれが自分の役割で、悪口を書く人はそれがその人の役割で、それぞれがそれぞれの役割を果たしているだけなのだと。すると、悪口が気にならなくなったのだという。たいへんなポジティブシンキングである。
こうして生まれ変わったアッキーは、誰とでも気兼ねなく会うようになる。ヤクザの元組長(注1)とも森友学園の籠池一家とも。旦那の安倍晋三は籠池泰典のことを「非常にしつこい」と評したけれども、アッキーはきっと「非常にしつこいのがこのひとの役割」と思ったことだろう。だから「いい土地だから進めて」と、やがて死者を出す事態を招くことになる、国有地売却を後押しする。
そんなアッキーは臆することなくどこにでも出かける。LGBTの権利向上を訴えるパレードや、ヘリパッド建設の反対運動が盛んな沖縄の高江地区、そして大麻畑にも。少し前まで昭恵夫人は週刊SPA!にたびたび登場していたのだが、かの有名な大麻畑で微笑む姿もSPA!(注2)に掲載されて世に広まる。
ここで昭恵夫人は、戦後にGHQが大麻を禁止したのはマリファナの蔓延を防ぐためだけでなく、「『日本人の自然や神を敬う精神性を恐れて禁止したのではないか』という人もいます」と独自の見解を披露し、日本古来の大麻文化を取り戻したいと語る。これは安倍晋三がいう「日本を、取り戻す。」、つまりは「戦後の歴史から、日本という国を日本国民の手に取り戻す戦い」と符合しもする。
おまけにアッキーは、スピリチュアルにはまる。安倍晋三が首相の座に返り咲くおよそ1年前に、週刊ポスト(注3)で紹介された昭恵夫人のFacebookにはこうある。「波動測定して頂きました。波動で色々わかります」。「波動」はオカルト・疑似科学の定番とされるが、昭恵夫人によると大麻も「波動」が高い植物なのだそうだ。
こうしたアッキーの真骨頂は、三宅洋平との対談にある。三宅洋平とは沖縄でエコロジー系の活動をし、原発ゼロを謳って参院選に出馬、落選した人物だ。昭恵夫人はFacebookで三宅に声をかけ、行きつけの居酒屋で落ち合う。そして「今日、洋平さんに会うって主人に言ってなかったの。電話するね~」とおもむろに電話をし、ふたりに会話させるのであった(注4)。
ときの最高権力者と一介の市民運動家、交わることのない2人をつないでご満悦だったろう。しかし、ここに別のものをみる者がいる。日本思想史の研究者・中島岳志だ。
中島は、農業や農村社会を国の基盤と考える農本主義の人たちが宗教などを介して右傾化していった戦前の出来事をひきあいにして、それと安倍・三宅の出会いを、「左派的な自然主義(ナチュラリズム)と宗教的なもの(スピリチュアリズム)が出会って、超国家主義(ウルトラナショナリズム)になっていった」(注5)と重ね合わせる。
このような戦前の数十年におよぶ政治運動史のうねりを、飲み屋からの電話一本でさらっとやってのけてしまった昭恵夫人。こうした天真爛漫なふるまいが、ときに福も災いももたらす。
たとえばLGBTの権利向上を訴える「東京レインボーパレード」に参加した際は、その模様をAP通信やロイターが報じて世界につたわり、安倍首相の欧州歴訪よりも注目されることになる(注6)。いっぽう、大麻で志をおなじくする元女優の高樹沙耶は、昭恵夫人とFacebookで連絡を取り合う仲になって勢いづいたのか、選挙に出るなどして悪目立ちし、麻薬Gメンに大麻所持でパクられる。
③
そして森友学園問題である。この件で「忖度」が流行語となるが、首相官邸を頂点とする忖度の体系は、内閣人事局の設立などによって組み上がっていたのである。それが国有地売却によって明らかになる。「いい土地だから進めて」と、よかれとおもって言ったことから、はからずも忖度がはたらくメカニズムが白日の下にさらされることになったのだ。
かくして善意の怪物は、その善意でもって、もっとも身近な者の足元を今、破壊しつつある。それが昭恵夫人の役割だったのかもしれない。