毎年恒例の「新語・流行語大賞」、年間大賞には「3密」が選ばれた。この言葉は実質、政府が考案したものだが、受賞者は小池百合子であった。このちゃっかり感がとても小池百合子らしい
そもそも「3密」はどのようにして生まれ、どのようにして広まったのか。『新型コロナ対応・民間臨時調査会 調査・検証報告書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)によると、こんな具合だ。 まず政府の専門家会議が、新型コロナウイルスに関するデータから「換気の悪い密閉空間」「多くの人が密集」「近距離(互いに手を伸ばしたら届く距離)での会話や発声」を避けるよう提言。最初の2つに「密閉」「密集」とあるので、官邸スタッフが3つ目を「密接」に言い換えることを思いつき、「3つの密」が生まれた。そして3月18日、首相官邸(災害・危機管理情報)のTwitterアカウントで「3つの『密』を避けて外出しましょう」とツイートする。 その1週間後の3月25日、東京都知事の小池百合子は「NO!! 3密」と書いたフリップボードを掲げて記者会見を行う。この姿がテレビでしきりに報道されたことで「3密」は国民に浸透することになったと、『調査・検証報告書』は評価している。なるほど考案者ではないが、「3密」を広めたのは小池知事であった。
コロナ対策のふりをした流行語大賞争いだったのではないか
そういえば石井妙子『 女帝 小池百合子 』(文藝春秋)に、拉致被害者の家族が記者会見を行った際(2002年)、テレビに映ろうとしたのか、派手なジャケットを着た小池百合子が入り込んできたとの箇所がある。これを読んだ安倍晋三は「本当に小池さんはあの日だけ突然来たんだよ。あの人の人格が見事に表れているシーンだ」と知人に漏らしたという(週刊文春7月16日号)。
こうした、テレビ映えすることをしてスポットライトを浴びたい!という小池百合子の習性が、コロナ禍という人類の危機で役に立ったのだ。
とはいえ、小池百合子が「3密」のフリップボードを掲げたのは、東京オリンピック延期が決まった翌日のこと。それまで五輪に夢中で、コロナ対策に熱心ではなかった。 ところが記者会見がウケたことに気をよくしたのか、「3密」を避けることを呼びかけるCMに自ら出演し、都税をつぎこんで大量にテレビで流したり、「密です」と記者相手に戯れて、自分の持ちネタであるかのようにふるまったりする。それ以外の無策ぶりを見ると、コロナ対策のふりをした流行語大賞争いをしていたようなものだ。
「3密」のようには広まらない「5つの小」
こうした小池百合子の姿を知事経験者の片山善博は、著書『 知事の真贋 』(文春新書)のなかで「広報係長」と呼んで、ほめ殺し気味に評価している。和歌山県の仁坂吉伸知事のように深く勉強すれば独自の対策が打ち出せるが、勉強もせずにそれをやろうとすると「生兵法は大怪我のもと」になる。だから小池都知事が「広報係長」に徹したのは、都庁の仕事を邪魔しないという意味で正解だったという声に同感であると述べている。
なるほどそうだ。小池百合子は知事として、満員電車対策に「2階建て車両」、東京五輪の暑さ対策で「かぶる傘」など、一時的に注目を集めたいだけのアイディアを披露してきた。コロナ対策にしても第三波の渦中に提言した「5つの小」は、政府が考案した「3密」のようには広まらない。そればかりか「ウィズコロナ東京かるた」を発表したりする。
かつて新党ブームに乗っかり、ミニスカート姿で「日本新党のチアリーダー」として政界に入り込んだ小池百合子は、いまだプレイヤーではないようだ。
仕事の足を引っ張った横文字好きの性分
「3密」を広めた小池百合子は同じ頃、「ロックダウン」を叫んでは危機を煽りもした。現行の法制度では都市封鎖はできないにもかかわらず、だ。
ふたたび『調査・検証報告書』を紐解けば、政府は「海外のようなロックダウンではない」と説明に追われる事態となり、そのため「小池知事のロックダウン発言がなければ緊急事態宣言のタイミングは、あと一週間は早められた」と、内閣官房スタッフは当時を振り返っている。「ロックダウン」においては、横文字好きの性分が政府の仕事の足を引っ張った格好だ。
ところでなぜ小池百合子は「ロックダウン」などと、法令上、出来ないことを囃し立てたのか。片山善博は前掲書で、北海道知事の緊急事態宣言によって「法的根拠がないことをリーダーが行うと、皆が快哉を叫ぶという構図が生まれていきました」と述べている。こうした構図を見抜いて、法的に出来ないことを叫んではウケ狙いをし、くわえてそれが出来ない政府を弱腰に見せることで、「小池さんが首相なら」と思わせようとでも思ったのか。
いずれにせよ、危機に強い政治家として自分を演出した小池百合子は、「排除します」発言で失った勢いを取り戻し、大復活する。すると今度は世間に飽きられないようにと話題作りに精を出す。 柄物の布マスクや「口紅忘れちゃった」などで女子力アピールをし、「東京アラート」と称して都庁やレインボーブリッジを赤くライトアップする。かつて「投票所がお葬式みたい、インスタ映えしない。立候補はSNOWで自撮りを」と女子大学生社長が言ったが、それに通じる感性だ。
いつもと違うマスクですね」メディアという“共犯者”
こうした小池百合子の人気取りを支えるのが、メディアである。
フリージャーナリスト・横田一の著書『 仮面 虚飾の女帝・小池百合子 』(扶桑社)はその実態に紙幅を割く。小池百合子は記者の選別をして、記者会見では自分に好意的な記者に質問の機会を積極的に与えている。たとえば指名回数ランキングで上位のある記者は、小池知事が力をいれている「無電柱化」について繰り返し質問していた。彼女が喋りたいことを質問することで“好意的記者”とみなされ優先的に質問ができるようになったのだ。
こうしたお気に入りの記者たちは、コロナ禍にあっても「今日、知事はちょっといつもと違うマスクをつけていらっしゃると思うのですけれども」などと質問しては、おしゃれなマスクや口紅の話を小池百合子に差し向ける。するとその受け答えがテレビ受けするネタになる。昨今、政治家とメディアの共依存が言われるが、小池知事とメディアは互助の関係にある。
小池百合子は記者会見の時間の多くをパフォーマンスに費やし、残り時間を質疑応答にあてるが、それもお気に入り記者との戯れに費やす。こうした小池百合子や、記者からの質問をコントロールする菅義偉の姿をみると、昨年の闇営業騒動で記者会見を開いた吉本興業の岡本昭彦社長が「質問の手が挙がらなくなるまでやる」と言って、記者たちのノートPCのバッテリーが切れたり、立ち仕事のカメラマンが倒れたりするまで記者会見を続けたのが立派に思えてくる。
「本当のファインプレーは目立たない」というが
「ワンフレーズ政治」、「テレポリティクス」(テレビを通じての政治活動)。小泉政権の時代以来、大衆の熱狂を生みだす手法として取り沙汰されてきたが、コロナ禍における小池百合子や吉村洋文大阪府知事のふるまいはその極みであった。これまた片山善博の著書を持ち出せば、派手なパフォーマンスばかりにテレビカメラは集まるが、コロナ感染の抑制で着実な成果をあげる和歌山県の仁坂知事の施策を伝える姿勢が求められるのではないかと述べている。
たしかにそうだ。テレビ映えしないものを、それでも伝えようとするのが本当のジャーナリズムだろう。
野球では「本当のファインプレーは目立たない」という。ジャンピングキャッチなどの派手な動きをせずとも、あらかじめ守備位置を変えたり、素早く動きだしたりすることで、平然と捕球する。それが本当のファインプレーだ。小池百合子や吉村洋文は、見せかけのファインプレーと珍プレーを繰り広げているだけではなかったか。
コロナ危機が深刻な地域ほど、そこの知事は注目を集め、テレビ露出が増えて人気が高まる。しかし事態を深刻にしたのはいったい誰なのか。小池百合子の流行語大賞受賞の虚しさはここにある。
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