岡真理(おか・まり)/1960年生まれ。早稲田大学文学学術院教授。京都大学名誉教授。東京外国語大学大学院修士課程修了。専門は現代アラブ文学・パレスチナ問題。著書に『アラブ、祈りとしての文学』『ガザに地下鉄が走る日』ほか(撮影/小山幸佑)
AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
著者である岡真理さんは現代アラブ文学とパレスチナ問題を専門とし、パレスチナを訪問しながら研究を続けてきた。本書はハマス主導の越境奇襲攻撃に端を発し、イスラエルによるガザ地区への攻撃が激化した2023年10月に行われた二つの講演をもとに、パレスチナ問題の歴史とその本質を平易で力強い言葉であきらかにする。現在3刷、累計2万5千部になっている『ガザとは何か』。岡さんに同書にかける思いを聞いた。
* * * 「パレスチナ問題はシンプルです」
現代アラブ文学の研究者である岡真理さん(63)はパレスチナ問題にも取り組んできた。
「主流メディアが、歴史的な文脈に位置づけて理解することを邪魔するかのように『複雑な背景・歴史がある』と言ってきたけれど、事実は違います。イスラエルは入植者による植民地主義の侵略によってできた、アパルトヘイト国家です。
とりわけガザは16年以上にわたり軍事封鎖され、天井のない監獄と呼ばれています」
2023年10月7日、ハマス主導でガザのパレスチナ戦闘員がおこなった越境奇襲攻撃に対して、イスラエルによるジェノサイド(大量虐殺)攻撃が始まった。本書は同じ10月に、京都大学と早稲田大学で市民や学生有志によって開かれた、ガザに関する緊急学習会での講演をまとめたものだ。
「早稲田での講演の3日後、編集者から『緊急出版をしたい』という連絡をもらいました。異例の短期間で制作したのは、一刻も早く、ガザで今起きているジェノサイドをやめさせなくてはならないと思ったからです。21世紀に生きる私たちが、このようなジェノサイドを許してしまいました。それが起きた理由、歴史的文脈を一人でも多くの方に知ってもらいたかったのです」
地図や年表、写真など資料も入っている本書からは、「今、伝えなければ」という岡さんと編集者の熱意が伝わってくる。「第1部 ガザとは何か」「第2部 ガザ、人間の恥としての」と続き、参加者からの質疑応答、そして「もっと知るためのガイド」には本や映画だけでなくニュースサイトの情報もあるので、パレスチナ問題を知るための格好の入門書だ。
本のなかで明らかにされるのは、アメリカをはじめとする国際社会の二重基準だ。
ロシアによるウクライナ侵攻で、国際刑事裁判所(ICC)は迅速に動き、プーチン大統領に対して戦争犯罪の容疑で逮捕状を出した。その一方、「2014年に起きたイスラエルによるガザへの攻撃を、戦争犯罪として調査してほしい」というパレスチナ側の要求にICCが応えるまで、5年もかかっている。
「ICCが調査すると決めてからも、ずっと調査は棚上げです。今、ガザでパレスチナ人のジェノサイドをおこなっているのはイスラエルですが、それを可能にしたのは、イスラエル不処罰という国際社会の『伝統』です」
植民地支配の歴史は日本にもある。決して他人事ではないパレスチナの状況に、私たちは何ができるだろう。
「今の状況を変えるために、『やらなければならない』ことはたくさんあります。抗議活動をして『ジェノサイドは許さない』と意思を示すことはとても重要です。パレスチナの問題は現代世界のありようとそこに生きる私たちにつながっています」 (ライター・矢内裕子)
※AERA 2024年2月26日号