とおいひのうた いまというひのうた

自分が感じてきたことを、順不同で、ああでもない、こうでもないと、かきつらねていきたいと思っている。

①【弟が一生分の大金を手に入れたので、使った時の話】 岸田奈美 Xへ投稿 2024/6/27

2024年06月27日 23時56分18秒 | 目についた本 読みたい本
久しぶりに読んで爽やかな気分になった。 それにしても文章うまいなあ。プロだから当たり前か。
【弟が一生分の大金を手に入れたので、使った時の話】
弟が、巨額のお金を稼いできた。
どれぐらい巨額かというと、 弟が30年間休みなく働いて、 やっと手にできるほどの巨額。
それも、たった数時間で、稼いできた。 岸田家の歴史を揺るがす大事件。
まあ、そもそも弟は、 めちゃくちゃ給料が低かったんやけど。 週5日の出勤で、日給が500円だった。 昼食代を引くと、手取りは50円だけ。 弟は生まれつき、ダウン症なので、 障害のある人の集まる作業所で働いていた。
そんな弟に、夢のような仕事が舞い込んだ。
「ほぼ日手帳という商品の、 カレンダーの数字を書いてくれませんか?」
実は、弟はまったく文字が書けないのだが、 わたしが本を出版したときに、 ページ番号を手書きしてくれたのだ。 なんとも言えない、ふぞろいな数字たちが、 手帳のデザイナーの目に止まった!
「あんた、数字書く仕事、やってみる?」 弟に聞くと、 「んー、おお。ほな、ええで」 すでに数字職人としての貫禄があった。
とはいえ、職人の仕事は遅かった。
手帳で使う数字を372回書くのに、 一ヶ月もかかってしまった。 わたしは突如マネージャーとして、 弟をおだて、ジュースをおごり、
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最後には温泉旅館にこもって、ギリ完成!
ちなみに温泉旅館代は、 姉であるわたしの自腹である。 なんでやねん。
そんなわけで、数字職人・岸田良太は、 30年分の給料にあたるお金を手に入れた。
母は言う。 「これは、ちゃんと貯金しとこうな」
わたしは言う。 「いや、本人が稼いだお金やねんから、 本人に使い道を決めてもらおうや」
「あかんって!良太はお金の価値をよくわかってないねんから!危ない!」
しかし、わたしは立ちふさがる。
「お金の価値は、自分で使ってみないと、 一生わからへんのや!」
「騙されたり、盗られたりするかも……」
「人生で一度くらいはな、ネコババされたり、借りパクされたりして、なんぼやねん」
「えええ……」
「痛い目にあってから、人は強くなるんや。障害があるからって、その機会をな、親が奪ったらあかんと思う」
勢いだけはあるわたしの持論に、 常識だけがある母はたじろいだ。
今だから言えるが。 わたしはただ、 ひとりで買い物したことがない弟が、どうやってお金を使うのか、おもしろがっているだけだった。
「もしそれで、良太がお金に困ったら、姉のわたしがなんとかしちゃる!」
最終的にわたしが大口を叩いて、押しきった。
弟には、現金を渡すのではなく、2万円ずつチャージしたICOCAで渡した。
わたしは知っていた。 弟がICOCAに強烈な憧れを抱いているのを。
受け取った弟は、しばらく目を閉じ、 「ありがと……ありがと……」 天にでも祈るごとく、静かに感激した。
家の近所のコンビニで、使い方を実演し、ピッとして払えることを弟に教えた。
「これからは好きなもん買ってええねんで」
「ええの?」
「あんたががんばって稼いだお金やさかい」
「ええの?」
「ちゃーんと、考えるんやで」
母は最後まで、心配そうに見守っていた。
わたしの予想では、弟はほしがっていたゲームソフトを買うはずだと思っていた。
その翌日。 母は、朝から熱が出て、寝込んでいた。
作業所から帰ってきた弟の手には、 ひ、ひ、冷え切ったマクドのマフィン!!!!!
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しかも朝マックやないかい。 なんで、朝マックを夕方に……?
作業所の人が、電話で教えてくれた。
「お母さんがカゼ引いてるからって、休み時間に買いに行かれたんですよ」
初めてのことに、母はボロボロ泣いた。
「ありがとうねえ、優しいねえ」
青紫色の顔で母はマフィンをかじったが、普通に病人なので、全然食べられなかった。
わたしが食べた。
数日後。 元気になった母と一緒に、 家族で車に乗って、買い物へ出かけた。
夜ご飯をどうしようか悩んでいると、 「マクド!」 弟が言った。 「マクド、ぼく、お金!」
熱意に負け、ドライブスルーすることにした。
母がお金を払おうとしたら、弟が後部座席の窓をあけて、ICOCAでサッとお会計した。
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