今の日本、コロナ危機の不安ばかりで、国家としての方向性を失ってる。市民も、企業の経営者も、権力者の安部も不安であろう。安部にとっては、権力の座を失う不安のほうが大きいかもしれない。普通の市民の不安は、生活不安だ。自粛要請でお金が回らない。生活困窮者が増大している。様々な政府の支援プランはあるが、支給まで時間がかかりすぎる。今日の食事を食べれない人間だっているのだ。政府の支援担当大臣は、事の深刻さを理解してるのだろうか。コロナ以前から日本は不安社会なのだ。格差は広がり、人口は減り、子供の出生数は毎年減り、高齢者ばかり増え、国家として勢いを失ってる。日本すごいの自画自賛ナショナリズムだけは、少し、輝いてるが、虚構の明るさだ。そもそも、どこの国、民族でも人生は、困難さと葛藤に満ちているのだ。生涯、まったく苦労のない人間などいないのだ。コロナ危機は、世界的規模の苦労と葛藤を人間に課してる。先の見えないトンネルの中で、各政府は試行錯誤をしている。苦しい生活状況でも、愛があれば耐えられる。愛してくれる人がいれば、愛する人がいれば苦しくても耐えられる。愛の力は偉大だ。日本人よ!もう一度愛の力に目覚めろ。金さえあれば幸福になれる、多くの人間はそう思ってるが、それだけでは不十分だ。お金の効力は否定しない。プラス愛だ。親は無償で子供を愛す。その感じだ。子育てにもお金がかかる。愛だけでは育てられない。ミルク、おむつ、その他多くの物が必要だ。だからそれらを買うのにお金がかかるのだ。順序からすると、愛が優先する。愛するからミルクを与える。おむつを与えるのだ。愛がなければ、親は子供を育てない。ミルクを与えない。育児放棄する。子供を虐待する。今、コロナ危機で心に大きな葛藤を抱えてる人が多いが、愛してくれる人の顔を思い出せ、愛する人の顔を思い起こせ、たくさんの愛する人、愛してくれる人がいれば、葛藤は和らぐ。ストレスたまっても、虐待なんかしない。愛不在の社会は不毛の砂漠だ。コロナ危機が収束して金が回り始めても、愛のない社会は幸福ではない。幸福であるには、絶対的に愛が必要だ。誰も愛しない、誰からも愛されない人間は、どんなにかお金があっても、権力があっても不幸だ。今、愛してくれる人がいる、愛する人がいる、そして、少しのお金があれば幸福ではないか。多くを望み過ぎるのは、不幸の始まりだ。しかし、現実の生活には、お金が必要だ。政治にも愛が必要だ。愛があれば、けちけちしないで政府はお金をたくさん出すべきだ。生活困窮者を愛せば、もっとお金を出せるだろう。安部には愛が足りない。自分の権力ばかり愛して、国民を愛さない。愛し方もわからない。権力の頂点に立っていても、安部は不幸だ。日本の権力者に愛を教えられる人間はいない。いるとしたら、それは国民だ。国民の命に向き合え!国民の生活に寄り添え!国民から学べ!国民の苦しみに寄り添え!おまえが国民を愛せば、国民もお前を愛する。愛、燦燦なるか、悲惨になるかはおまえの愛し方次第だ。