以下の文は、アゴラ 言論プラットフォームの『イラン情勢を巡る日本メディアの奇妙な偏向報道』と題した記事の転載であります。
イラン情勢を巡る日本メディアの奇妙な偏向報道
日本のマスコミは、イランのイスラム革命防衛隊・コッズ部隊司令官ソレイマニが米軍によって殺害された事件を奇妙に偏向したかたちで報道した。
日本メディアのイラン報道の「特徴」とは?
1月3日のNHK「ニュース7」は左上に「『英雄』を米軍が殺害」というテロップを出し続け、ソレイマニは「外国での特殊任務」を担っていたと説明、専門家として登場した慶應義塾大学の田中浩一郎教授は彼を「ある種のヒーロー」とし、「アメリカが火をつけた」と述べた。
共同通信は「イラン革命防衛隊の精鋭」という枕詞を使い続け、その葬儀には数百万人が参加したという国営イラン放送の発表をそのまま報道した。
1月6日のテレビ朝日「報道ステーション」は葬儀に参列する人で埋め尽くされたテヘラン市内の映像を冒頭に流し、アナウンサーが「これだけ多くの人が悼んでいる」と強調、VTRでは「彼は国民的英雄でとてもやさしい人」という在日イラン人のコメントや、ニューヨーク・タイムズの「トランプ大統領の選択は極端で国防総省高官はあぜんとした」というコラムを紹介した。
これらの報道の特徴は、「イラン寄り」で、国民的英雄であるソレイマニを「善」、それを殺したアメリカを「悪」と匂わせている点にある。
ここにはいくつもの問題がある。
ソレイマニを「英雄」とする報道
第一に、イランでは表現の自由が認められていないにも関わらず、イラン当局の発表をそのまま無批判に報道している。
イランでは女性は頭髪を隠すヒジャーブを取り外すだけで拘束され、イスラム教信仰を棄てた人、同性愛者も拘束され、刑務所で生涯を終える人、処刑される人も多い。
昨年8月スウェーデンを訪問したイランのザリーフ外相は、なぜイランではゲイを死刑にするのかと質問され、「イランで同性愛は違法だからだ」と述べた。
ソレイマニに対する批判も許されない。
1月4日には、ソーシャルメディア上でソレイマニを冒涜した4人がイスファハンで拘束されたと国営通信が伝えた。
日本のマスコミがイラン当局の公式見解通り、彼を「国民の英雄」と伝えるのは、客観性・中立性に欠けると言える。
イラン国営メディアの報道やイラン当局の発表を見ると、日本のマスコミの主張、論調とあまりにも同じであることに驚かされる。
第二に、ソレイマニは多くのイラン人の命を奪った張本人であり、彼の死を喜ぶイラン人が国内外に多く存在することを勘案せず、彼の葬儀に数百万人が参加したというイラン国営放送の発表を鵜呑みにしている。
昨年11月にイラン各地で発生した反体制デモの参加者も、少なくとも1500人が当局によって殺害されたとロイター通信が伝えた。
イランの人権活動家サハル・カスエラ氏はFacebookにビデオを投稿し、「メディアというプロパガンダ・マシーンがソレイマニを褒め称えていることに大きな憤りを感じる。私たちはいつからテロリストの死を悼み始めたのか」と批判し、彼の葬儀はプロパガンダだと断罪した。
日米のメディアには同じ歪みが確認される。
西側世界のマスコミの偏向報道については、中東研究者H. A. ヘリアー氏も1月9日の「フォーリン・アフェアーズ」の論説で、「ソレイマニの影響については、米国人や西洋人ではなく地域の人々が彼をどう認識しているかによって判断すべきであり、その認識は概して否定的である」と批判している。
ツイッターでは、「イラン人はソレイマニが大嫌い」というハッシュタグが世界的なトレンドとなった。
なおデモに参加して当局に殺害されたイラン人には、葬儀を行うことも許されていない。
日本であまり報じられないソレイマニの実相とは?
第三に、ソレイマニが「外国での特殊任務」を負っていたと説明しつつ、彼が実際に行った行為に言及していない。
ソレイマニは中東各地でシーア派グループに武器を与え訓練を施し懐柔して「代理勢力」にし、イランの利益を実現させるための戦闘に投入して、外国を内部から「イラン化」する作戦の参謀だった。
公然の秘密であったこの作戦は、1月9日に革命防衛隊空軍司令官がイラク、レバノン、イエメン、パレスチナ、アフガニスタン、パキスタンにあるイランの「代理勢力」の旗をバックに会見したことでついに公となった。
例えばシリアのアサド政権はイランにとって地域唯一の同盟国であり、極めて重要なハブでもある。
ゆえに2011年の内戦勃発以来、イランはアサド政権を一貫して支援し続けてきたが、その作戦を担ったのもソレイマニだ。
彼は大量の外国人シーア派民兵と武器を投入し、反アサドの武装勢力の拠点を町ごと包囲、補給路を断つことで住民を飢えさせ、反アサド派が降伏するまで包囲を続けるという非人道的で残忍な戦術を各地で実行した。
餓死したり避難を余儀なくされたりした人の数は、数十万とも数百万とも言われている。
毒ガスなどの化学兵器の使用も疑われている。
迫害された住民の多くはスンニ派であり、そのことがシーア派民兵をより残忍にさせ、宗派間の禍根はいっそう深まった。
隣国イラクで台頭する「イスラム国」と戦うために結集されたシーア派民兵組織「人民動員隊(PMF)」に武器と資金を与え、訓練を施して「代理勢力」化したのもソレイマニである。
彼はスンニ派過激派組織である「イスラム国」と戦うだけでなく、その支配下にいたスンニ派住民も虐殺し、ここでも100万人を超える避難民をうみだした。
2019年10月からイラク各地で発生している反体制デモを、実弾を用いて暴力的に鎮圧しているのもPMFだ。
国連は400人以上が殺害されたとしてデモの暴力的弾圧を非難したが、イラク当局は無責任を装った。
反体制デモが抗議しているのはまさに、このように実質的にイランの支配下に置かれてしまっているイラクの体制である。
これを抑え込み、イラクの実質的支配を持続させるのがイランの狙いだ。
アラブ・メディアでは「テロリスト」
イエメンのフーシー族に武器と資金を与え内戦を拡大させたのもソレイマニだ。
ヒズボラを通してレバノンを実質的な支配下に収め、隣国イスラエルに直接的脅威を与えてきたのもソレイマニだ。
ハマス高官は地下に360キロメートルものトンネルを掘る作戦を発案・指導したのはソレイマニであり、それによりハマスはテルアビブにまで到達するミサイルを製造・所有できるようになったと明かした。
アフガニスタン、パキスタンにも、ソレイマニが張り巡らせた「代理勢力」のネットワークが広がっている。
それはさながら、ソレイマニという頭を持つタコの如き状況だ。
頭であるソレイマニを失ったことで、イランの覇権拡大計画には大きな狂いが生じるはずだ。
中東不安定化の最大要因となってきた同計画の失速は、世界的な治安の安定という側面から考えても望ましい。
彼の死後、アラブ・メディアはシリアのアターリブで菓子が配られる映像を伝えた。
アラブ世界で結婚式などめでたい出来事の際に見られる光景である。
ツイッターにはアラビア語で「テロリスト・ソレイマニ死亡」というハッシュタグのついた投稿が激増し、「本当にめでたい新年だ!」「スンニ派全員にとってこれ以上の吉報はない!」などの喜びの声が広がった。
パレスチナの活動家イヤード・バグダーディー氏は、「彼は戦争犯罪人であり、彼の残虐行為の犠牲になってきた人々は誰一人彼のために涙など流さない」とツイートした。
アフガニスタンの女性議員ベルキス・ロシャン氏は議会で「ソレイマニは数千人のアフガニスタンの若者たちの死に責任がある」と発言し、トランプ大統領を称え、米作戦を支持しないアフガニスタン政府を非難した。
第四に、ソレイマニ殺害は悪いことであるとほのめかしている。
だが中東諸国で彼に殺害された人の家族や、故郷を破壊され避難を余儀なくされた数百万の人々にとって、彼の死は間違いなく朗報だった。
彼の殺害は、米権益への攻撃の抑止以上に大きな暴力の抑止効果を中東全域にもたらした。
ソレイマニの犯した悪を顧みず、彼を殺害したアメリカこそが悪であると示唆するのは偽善的である。
イランの人権活動家マシフ・アリネジャド氏は、イランの反体制デモで射殺された若いイラン人の母親の映像をニューヨーク・タイムズ、ワシントンポスト、CNNに送ったがどこも報道してはくれなかったと嘆いている。
日頃人権擁護を強く訴えるリベラル・メディアが、ことイランとなるととたんに目を背け、口を閉ざすのは、日米の奇妙な共通点だ。
第五に、第三次大戦が始まるという危機感を不当に煽り、人々に不安を与えている。
イランは自国存続を第一に40年間運営されてきた国家であり、戦争の意思はないと度々表明している。
1月9日、革命防衛隊は米軍への報復攻撃でも米国人を殺害しないよう意図したと発表した。
にもかかわらず、「第三次大戦」という言葉がツイッターで世界的にトレンド入りしたことに対し、その可能性はほとんどないと冷静な分析を伝えず、「英雄を殺してイランを怒らせた」「アメリカが火をつけた」と危機感と共に反米感情を煽っている。
「大衆の無知」を利用した印象操作
マスコミは当該事件について客観的事実を伝えず、特定の方向に視聴者を誘導するのに好都合な事実を選択し、かつ事実を歪曲して報道している。
日本人のほとんどは、今回の事件で初めてソレイマニという名を聞いたことであろう。
イランや中東情勢についても熟知している人はごくわずかだと思われる。
そうした「大衆の無知」を利用した印象操作は容易だ。
今回の件に限らず、日本のマスコミの中東報道は概ね常に、この「大衆の無知」を利用した反米プロパガンダとなっている。
そして毎回それを、野党政治家や左派文化人が政権批判に利用する。
うんざりするほど繰り返されてきた、毎度お馴染みの光景である。
この反米的中東報道に学問的正当性を与えてきたのが、「専門家」たちだ。
1月8日の日経新聞電子版はイランによる米軍基地への報復攻撃について、東京外国語大学・松永泰行教授の「イラン国内には今回の攻撃で多数の米兵を殺傷したとのプロパガンダを流す勢力が存在する」というコメントを掲載した。
だが報復攻撃で「少なくとも80人のアメリカ人テロリストを殺した」と報じたのは、イラン国営テレビである。
自分たちの都合に合わせてイランの公式見解を時には鵜呑みにし、時にはプロパガンダだと決め付ける。
甚だ遺憾である。
転載終わり。