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羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

いつかこの恋を~ 1

2016-01-20 22:48:05 | 日記
公園の入り口の辺りに小さな花が咲いていて、それに幼い音がしゃがんで話し掛けていた。「あんな、お年玉返すから、お母さん返してほしいねん」荷物の詰まったリュックを背負い壺のような物の入っているらしい袋を抱えている。「音」母の声がした気がして振り返って立ち上がる音。いたのは林田だった。「杉原音です。よろしくお願い申し上げます」「あんたは今日から林田音になる」林田はそう言い、音は林田について行った。車で移動する音。助手席で骨壺にカラーマジックで花の絵を器用に描いていた。
「葡萄の花は葡萄の味がする。バナナの花はバナナの味がする。お母さんが言うとったけど、ホンマやろか?」運転する林田に聞いた。「関西弁は直しなさい」頷く音。車が停められた。骨壺を抱え、外へ出る音。「うわーっ、白いでぇ、めっちゃ白いでぇっ!」靴で雪の感触を確かめ笑う音。「これなんやの? これなんやのっ!」幼い音駆け回っていた。
2009年。練のアパートの玄関には練のくたびれたスニーカーの他に上がり框の側にきっちり踵の揃えられたハイヒールも一組あった。練と同じ布団から目覚めた下着姿の木穂子。練が寝ながら涙を溢しているのに気付いた。涙に触れる木穂子。目覚める練。「練、また嫌な夢見た?」答えず布団の傍のテーブルの、水の入ったコップを取ろうとする練を制する木穂子。頬を寄せ、キスをした。それから、出掛けの木穂子は練のスニーカーの踵を上がり框側に揃え直し「なんも喋らんで帰らすと?」黙って玄関まで来た練の肩に手を掛ける木穂子。「行ってらっしゃい、木穂ちゃん」木穂子は笑みを浮かべ練の耳を詰まんでから出て行った。練はテーブルの上に『たまには飲みに行きなよ』と書かれたメモと一緒に一万円札が置かれていた。
慌てて木穂子を追おうと玄関まで行くと晴太が入ってきた。「今の子、練君の彼女?」
     2に続く

いつかこの恋を~ 2

2016-01-20 22:47:55 | 日記
「あっ、泥棒!」「北海道回ってきた」上がり込み北海道土産を渡す晴太。練はこの間、金を盗んだだろうと文句をつけたが「練君、友達じゃん? 東京にいる間、泊めてね?」と取り合わない晴太は荷物の中から小さなバックを放り出した。「帰りのお金無くなちゃって」「盗んだの?」「違うよ? 落ちてて二千円しか入ってなかったし」晴太は悪びれない様子だった。
『柿谷運送』で働く練。現場では祝儀だけ取ってサボる先輩の佐引と加持の代わりに奮闘する練。会社に戻り給料から手数料が引かれていることを女社長の柿谷に聞くと「積み立てじゃん」と言ってはぐらかされた。さらに柿谷指示で大量の箱詰めの桃缶をトラックの荷台に積み終え、へとへとになって帰宅すると、部屋を散らかした晴太は眠りこけていた。仕方無く部屋を片付けていると件の晴太が盗んだ鞄から落ちた北海道のクリーニング屋の住所の書かれたポイントカードを見付けた。持ち主は『林田音』。鞄の中から古びた封筒に入った手紙を見付けた練はその『音へ』と題された手数を読んでみた。読み、顔色を変え、手紙を電灯に翳す練。「これ、この人の大事なやつだよ。ダメだって! 晴太っ!」晴太を起こそうとするが、起きない。練は手紙と鞄を手にアパートを飛び出した。会社にゆき、練は桃缶を積んだトラックのライトを灯し、走り出した。
早朝、北海道では、立ち入り禁止の放棄ダムに成長した音が来ていた。放棄されている為、まともな欄干は無いが堤防の縁に腰掛けて足をブラつかせている音。「葡萄の花は葡萄の味がする。バナナの花はバナナの味がする。桃の花は桃の味がする」音は幼い頃と同じに呟き、朝日が周囲を照らし始めていた。
北海道に着くと練のトラックは不調になった。通り掛かったドライバーによれば近くの整備工場は今日は休みだという。練は件の住所の書かれた『林田音』の
     3に続く

いつかこの恋を~ 3

2016-01-20 22:47:45 | 日記
クリーニング店ポイントカードを見詰めた。住所に書かれた街には来ていた。音が一人、クリーニング店で働いていると練が訪ねてきた。「お尋ねしたいんですけど」「はい」「この人、わかりますか? 林田、音、さん?」練は『林田音』のポイントカードを音に差し出した。まだ本人だと気付かない練。音は素早く『林田』と書かれた胸の従業員証をひっくり返した。「林田音さん、亡くなりました。お金、盗まれたショックで」無言で驚き、悼む練。「うん?」思ったより『効いた』ことに軽く勢い付く音。「お墓、どこですか?」音は適当な方角を指差した。
『墓』へ向かう練の後を店の長物差しを持って尾行する音。練が気付いて振り返ると「あなた何?」「東京から来たんですけど」「東京。林田音さんに何か用ですか?」問う音。練は紙袋から件の鞄を取り出した。「泥棒っ!」「違います違います!」「2060円っ、入ってたでしょ?」手を差し出す音。鞄から取り敢えず財布を渡すが空。「警察行こう」練の腕を取る音。「いや、違います!」届けに来ただけで盗った人間じゃないと弁明する練。「置き引きされた林田です」従業員証を示す音。
「死んだんじゃ? お墓」「一応入ってないかなぁ」ホッとした様子の練。「初めまして、これ」改めて鞄の入った紙袋を差し出す練。「2060円」そこは譲らない音。やむを得ず2100円渡す練。音は『40円』キッチリ釣りを払った。紙袋を受け取る音。「ホントに東京から来たの? あなたが盗んだんじゃないのに?」頷く練に苺ミルクの飴を「食べ」と渡し去ろうとする音。「まだあります!」ポケットに入れていた来る切っ掛けになった手紙を取り出す練。「これ、届けに来たんです」「読んだ?」「ごめんなさい。絶対返さなきゃいけないやつだと思って。これ、何百回も読んでたんだろうな、って。
     4に続く

いつかこの恋を~ 4

2016-01-20 22:47:20 | 日記
これ、この人の突っかえ棒なんかじゃないかなって」手紙を見詰める音。「返します。お母さんからの手紙」「捨てといて」「え? でも」「どうもっ!」音は笑顔を作って頭を下げ、去ってしまった。
夜、音は買い物をし、花の種を買い、家に帰った。「ただいま」玄関にゴミ袋に入れられた花の鉢植えがあった。「おじさん、ベランダのお花って」「白井さんいらしてるぞ。BSつけて下さった」「どうですか?」作業していたベランダから顔を出す白井。「あー、驚いたね、これなんインチですか?」大型テレビももらっていた林田。「こんばんは」別の花の鉢植えを持っている白井。「こんばんは」音が挨拶を返すと白井は当然のようにゴミ袋に鉢植えを捨てた。練が、喫茶店とも食堂ともスナックともつかない店で焼そばを食べていると、常連客が音の噂をしていた。地元の富豪の白井が一方的に音を見初め、結婚を決めたという。
白井から高価な時計ももらって満足そうな林田。音は夕食を二人に出していた。結婚から二世帯住宅の話までしている林田と白井。隣の部屋から物音がした。襖を開けて様子を見にゆく音。寝たきりらしい林田の妻、知恵がティッシュケースを襖に投げつけていた。「痛いの」音に体をさすらせる知恵。居間で白井で笑い合う林田は音の母親は父もいないのに子を産んだ女だったから、音も最初は躾がなっていなかったと話し、これから長く孝行してもらう等とも言っていた。知恵の部屋には花の模様の母の骨壺が今も墓にも入れられず置かれており、傍には水を入れたコップが供えられていた。
「木穂です。もう寝たのかな? 明日電話するね」停めたトラックの中、携帯電話で木穂子からの留守録メッセージを聞く練。外は雨が降っていた。音の手紙を手に取る練。音は、知恵の部屋に布団を敷いていたが雨音に眠れず、起き出した。
     5に続く

いつかこの恋を~ 5

2016-01-20 22:47:11 | 日記
練がトラックの運転席で身を縮めて眠っていると、外から何かが繰り返し木に当たる物音がした。目を覚まし、トラックから降りる練。雨は止んでいた。近くの先にサイレンの付いたポールに繰り返し、石礫が当たっている。飛んできた方を見ると、川を挟んだ対岸から音が石を投げている。百発百中であった。気付いて投げるのをやめる音。「泥棒!」「泥棒じゃないですっ!」慌てる練。「引っ越し屋です!」「林檎持ってる?」持ってるなら頭の上に乗せたそれを投げ当ててやる等とやり取りをして、度々首を振って戸惑う練を面白がり「首、押さえて!」と自分で自分の首を押さえさせ、音は近くの橋を走って渡り傍に来た。
トラックの品川からナンバーから新幹線の駅のある所で、住んでるのかと聞く音。「いえ、住んでるのは雪が谷大塚です」「(そこ)有名? 何が入ってるの?」荷台を軽く叩く音。練は荷台を開けた。「桃の缶詰です」荷台に上がり箱から一つ取り出す練。音も荷台に上がった。「私、こんなに桃の缶詰持ってる人、初めて見た! これだけであなたのこと好きになる人いると思うよ?」そう言って、東京は一駅分歩けるのは本当か等と練と少し話し笑った音はまた苺ミルク飴を一つ、差し出した。受け取る練。「飴、食べ」食べる練。音も一つ取り出し食べた。
「何してたんですか?」サイレンを指差す練。「別に、気を付けて帰りぃや」音は橋の方へ去り始めた。練は荷台を閉めてから追った。「足、速いですね」「速いよ」「お母さんと同じですね」「あっ、読んだからか、捨てた?」「あの、あるんで、持ってくるんで、自分で捨てて下さいっ」トラックに引き返そうとする練。「捨てて」「俺、捨てれませんっ」戻るのを止め、去ってゆく音を追う練。「来る?」一度振り返り、促してきた音。
夜が明け始める頃、
     6に続く