羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

いつかこの恋を~ 1

2016-01-27 22:25:16 | 日記
小学生の頃の練が早足で堤防の上を歩いてゆく。同じ年頃の子供達はキャッチボール等して遊んでいたが見向きもしない子供の練。冷たい海風に吹かれながら、練は真っ直ぐ歩いて行った。祖父、健二の畑に来た子供の練はランドセルを投げ出し、畑仕事をする健二の元へ駆けて行った。「坊主、畑に来るんじゃねぇ。おめぇは勉強すんだ」黙って手伝い出した練に健二は手を止めて言った。健二を見詰め返す子供の練。「勝手にすろ」健二が折れると、子供の練は手伝いに戻った。「おめぇは親がいねぇ、だから土触って生きろ。よく寝て、よく食べて、よく働くんだ。よっ。山がお前を守ってくれるべ。お前はここで生きるんだ。さすけねえ、さすけねえべ」作業しながら話し、作業が一段落するとまた畑の向こうに聳える会津の山を見ながら健二は話し、子供のを傍に引き寄せ勇気づけた。子供の練は山を見ていた。それは練の『夢』だった。眠りながら、練はまた泣いていた。目覚めた練は泣いていたことに驚きもせず、体を起こした。隣では晴太が布団も枕も奪って眠りこけていた。
同じ朝、静恵の家では静恵が大学芋を作っていた。「あ、うわぁっ、練の大好物!」洋裁道具や材料を抱えて台所の前を通り掛かった小夏が嬉しそうに入ってきて一つ摘まんだ。「あっ、熱っ」口に入れる小夏。「熱いよ?」「んーふぅっ」美味しかったらしい小夏に静恵も微笑んだ。晴太を連れた練が、静恵の家の庭の花に水をやっていた。「練君毎朝水やり来てんの? 親戚?」「いや、ここの婆ちゃん一人暮らしだから」「ふーん」ポケットに手を入れて庭を見ている晴太。「朝から甘いけど」縁側に大学芋を持った静恵が来た。「大学芋だ」「頂きます!」縁側に座って大学芋に手をつける二人。「あっ、あっ、ああーっ!」小夏も洋裁道具や材料を抱えて小走りに縁側に来たが抱えていた材料を廊下に落として慌てていた。
     2に続く

いつかこの恋を~ 2

2016-01-27 22:25:06 | 日記
「あっ、小夏。幼馴染み」「あっ」紹介されて軽く頭を下げる晴太。「夜中にミシンやられたら眠れないでしょ?」「平気よ」静恵が答えると「平気よっ!」調子に乗った小夏が静恵を真似て言った。「うちのアパートじゃ、作業できないもーんっ」小夏は劇団の児童向け? らしい公演チラシを取り出し、記載された『衣装』の項に乗った自分の名を指差した。「え? 衣装さん?」少し興味を持つ晴太。「デザイナーになるって会津から出て来たんだよ」チラシを手に少し呆れた風な練。「まだ」「まだ人間の服、作ったこと無いけどねっ」「デザイナーなんて捨てる程いるからなぁ」大学芋を食べ続ける晴太。「知り合いいるの? 紹介してっ!」「お前、そうやってすぐ人についてゆくから、変なのに捕まって泣きべそかくんだよ」練にすら心配される小夏。
「あの時はまだ東京出てきたばっかりだったからぁっ」「お前助けたせいで、俺は人とはぐれて」「んん? 誰と?」「ごちそうさま!」練は大学芋を一つ取って縁側から腰を上げた。「あっ、待って! 私も出るぅ~っ!」慌てて作り終えてはいたらさい衣装を手に、家の奥に小走りで入ってゆく小夏。一人残されが構わず大学芋を食べ続ける晴太。「なんにも無い庭だったのよ」「え? 練君が育てたの?」「そうよ」少し驚く晴太。「寂しい人を見ると、ほっとけないのね。あの子は」晴太は、静恵にそう言われていた。
練が静恵の家と自分のアパートの近くの坂道を下りながら、大学芋をハンカチで包んでいると、後ろから身支度を整えた小夏が走って来て「あはっ」笑って練の背中に飛び付いておぶさってきた。「重ぇって」「最近爺ちゃんさ電話したぁ? うちの母ちゃん見に行ったらさぁ、お風呂壊れてたってよぉ。爺ちゃん、30分歩いて風呂さ行ってんだってぇ。1回帰った方がいいんじゃねぇの?」背負われたまま少し誘うように言う小夏。
     3に続く

いつかこの恋を~ 3

2016-01-27 22:24:56 | 日記
「そっだ金無ぇ、もう何年も仕送りもしてねぇんだ」何も気付かない練。「ふーん」知られず落胆する小夏。近くで犬の鳴き声がした。小夏は自然と練の背中から降りた。「練の顔見たら、爺ちゃん喜ぶよぉ?」並んで歩きながらまだ練を会津に帰す話を続ける小夏。二人は鳴いている犬が裏庭に繋がれた家の傍に来た。「一日中鳴いてて飯もロクにもらってねぇな」包んでいた大学芋を千切って庭の柵から顔を出した仔犬に与える練。小夏の帰ろうという話は流されてしまったが、大学芋を夢中で食べる仔犬を、人の好い小夏はしゃがんで笑顔で見ていた。途中で小夏と別れた練はバスで通勤していった。
音は、詳細は不明だが苦労して手に入れたらしい雪が谷大塚駅から徒歩20分の3階建てビルの3階にある1K六畳の部屋で暮らしていた。窓の手すりに新聞を敷いて鉢植えの花を育てている音。母の手紙と桃缶は棚の上。(東京は外にいるより部屋の方が寒い気がする)音は毎朝、出勤前に雪が谷大塚駅の前に立って練を探していたがバス通勤の練を見付けることはできなかった。音は東京の暮らしを少し奇妙に感じていて、〇I〇Iを「オイオイ」と読んで人に笑われたりもしていた。ヘルパーの資格を取った音は老人ホーム『春寿の杜』で働き始めていた。手取り14万で残業代が『付かない』斬新な介護施設。「飴食べる?」更衣室で待遇を愚痴る同僚の船川に苺ミルク飴を渡す音。「おはようございますっ!」所長の神部の朝礼で仕事は始まる。
「(トイレは)できる時に出しとくの」と朝一で先輩ヘルパーの丸山に忠告される程、業務は一日多忙を極めた。まずビル形態にも関わらず作業用のエレベーターが『無い』斬新な設計の春寿の杜。延々と登り降りして作業する音と同僚達。「すいません、これお願いします」バイトではないので書類等も取り扱う音。
     4に続く

いつかこの恋を~ 4

2016-01-27 22:24:45 | 日記
「ベッドに移動しますね」車椅子の老人を抱えてベッドに移そうとするが危なっかしく「ちょっと、代わりますね」見かねた丸山に代わられてしまったりもする音。内線電話のコールに追われながら、音は一日、普通に手当ての無いらしい残業をして働いた。「1週間会えてないし、別れよっかなぁ」更衣室で今度はプライベートについて愚痴る船川。「1週間で?!」見切りの早さに驚く音だった。
音は夜も雪が谷大塚駅の前で暫く立ち、練を探していたが今夜も当然練は見付からなかった。勤めを終えた練はバスから降りていた。音は南口のコインランドリーに入った。練は北口コインランドリーに入っていた。中にはヘッドフォンをした女がおり、北海道旅行のパンフレットが置いてあり、丸椅子のクッションはカバーに穴が上手い具合に空いて、座るとブーブークッションのように音が鳴り、パンフレットを手に取っていた練を少し驚かせた。(引越し屋さん、どこにいますか?)同じ時間に、雪が谷大塚の南口と北口コインランドリーで、音と練は2百円払って洗濯をしていた。
後日、引越し業務をしている練。佐引と組んでトラックから荷降ろししていたが佐引の受け取り方が荒く、荷物をぶつけたりしていた。「天地無用です」注意のステッカーの張られた荷物を佐引に渡す練。だが受け取った佐引はなぜか? 手元でクルッと器用に上下逆にして台車に積んだ。練は「マズいです」と注意したが、佐引は適当に客に確認し、客も曖昧な対応をした為、佐引は直さなかった。逆にされたのは年季の入ったスピーカーで、荷を開封、設置したのは練だった。
帰社すると、案の定、スピーカーは壊れており、20万近い賠償の請求書が来ていた。「はい」請求書を練に渡す社長の柿谷。毎月謎の『手数料』を支払っているが逆に保険は効かないという斬新なシステムを採用している柿谷の会社。
     5に続く

いつかこの恋を~ 5

2016-01-27 22:24:32 | 日記
事務所では佐引が腕立て伏せをし、加持は出前の海鮮炒飯とスープの昼食を食べ、柿谷はパターゴルフをしていた。「俺、言ったっけ? 小室哲哉のブレーンだって。帰って来てくれって頼まれてさ。でも、断ったよ。お前らのこと見捨てられないし」愚にもつかない話をしながら練を抱えてソファに座らせる佐引。
「俺、逆にしないで下さいって、佐引さん」「ダセえこと言うなよっ」出前の皿に掛かったラップを剥いでソファから立ち上がってきた練の目の辺りに投げ付けつる佐引。練が怯んだ拍子にスープを掻き込んでいた加持の肘に練の腕が当たり、むせてスープを溢した加持は唸り声を上げてレンゲを持っていた手で練の鼻の辺りを打った。「やあだ、踏まないでよ」よろめいた練にパターゴルフのセットを踏まれ、文句を言ってくる柿谷。「ごめんごめん、入っちゃった?」冗談めかす加持。「大丈夫、大丈夫だよ」これだけされても真に受ける練。「早く田舎に帰った方がいいんじゃないの?」素知らぬ風を装い、佐引は忠告していた。
「薗田さん、今日はいいお天気ですよ?」丸山が声を掛けて重度の痴呆で寝たきりの薗田の体をゴム手袋をして消毒薬で拭くのを補助している音。薗田に反応は無かった。それから、休憩中、船川とカップ麺を啜っていた音。声も掛けず入ってきた神部に早番かと確認された。「じゃあ、船川さん遅番頼めるかな?」「え?」「皆、頑張ってるし、『わがまま』言わないよね?」真顔で念押ししてくる神部。「はい」イジっていたケータイをしまう船川。「あっ、私、今日遅番やります」察して、早番なのに遅番を申し出る音。「あっ、そう。じゃあ、今すぐタイムカード打って30分休憩して。1度帰ってから出勤したことにするから」サラッと斬新なことを言って去る神部。「ごめん、来週フォローするからっ」「別れちゃダメだよ?
     6に続く