是れに天照大御神、怪しと以為(おも)ほして、天の岩屋戸を細めに開きて内より告(の)りたまはく。
「吾が隠(こも)り坐(ま)すに因(よ)りて天の原自ら開く、亦葦原中国も皆聞からむとおもふを、何のゆえにか天宇受賣命は【楽(あそび)】をし、亦八百万の神も諸咲へる」とのりたまひき
天宇受賣命(あめのうずめのみこと)、白言(まお)さく、「汝が命に益(ま)して、貴(たふと)き神坐すが故に、歓喜(よろこ)び咲ひ楽(あそ)ぶ」とまをしき
かく言(まお)す間に、天児屋命(あめのこやねのみこと)・布刀玉命(ふとたまのみこと)、其の鏡をさし出(いだ)して、天照大御神に示(み)せ奉(まつ)る時、天照大御神【いよいよ奇(あや)し】と思ほして【稍戸】(ややと)より出でて臨み坐す時、其の隠り立てりし天手力男神(あめのたぢからをのかみ)、其の御手を取りて引き出しまつりき。即ち布刀玉命、【尻くめ縄】を其の御後方(みしりへ)に控(ひ)き度(わた)して白言(まお)さく「これより内にな還り入りましそ」とまをしき。故、天照大御神出で坐しし時、高天原も葦原中国も自ら照り明りき
★楽び
歌舞
あそぶ→祭儀、葬儀における音楽、舞踊
★いよいよ奇(あや)しき
※鏡に天照大御神自身の姿が映ったからである
※鏡は太陽の象徴で、別に日神がいるのかと不審に思ったとする説もある
★稍戸(ややと)
徐々に、そろそろと
★尻くめ縄
注連縄(しめなわ)
みだりに入ったり出たりしないように、神域に張った縄
■これを聞いて天照大御神は不思議に思い、天の岩屋戸を細目に開けて、その内から
「私がここにこもっているので、天上界は自然に暗く、また下界の葦原中国もすべて暗いだろうと思うのに、どうして天宇受賣命は歌舞をし、また多数の神々もみな笑うのだろうか」と言われた
天宇受賣命が
「あなたさまよりも立派な神がいらっしゃいますので、喜び笑って歌舞をしているのです」と言われた
こう申し上げている間に、天児屋命と布刀玉命が、榊につけた八咫鏡を差し出して、天照大御神にお見せすると、天照大御神はいよいよ不思議に思い、少しずつ戸から身をのりだして鏡に映った姿を覗き見られるその時、脇に隠れていた天手力男神が、その手をとって外へ引き出した
すぐに布刀玉命が注連縄を天照大御神の後ろに引き渡して「これから内へは戻らないでください」と言った
こうして天照大御神が天の岩屋戸からお出ましになった時、高天原も葦原中国も自然に日が照り明るくなった