ここに其の沼河日売未だ戸を開かずて、内より歌ひて日はく
八千矛の神の命、【萎草(ぬえくさ)】の女(め)にしあれば我が心
【浦渚(うらす)の鳥】ぞ今こそは
【我鳥(わどり)】にあらめ
後に【汝鳥】にあらむを
命は、【な殺せたまひそ】 いしたふや
海人馳使事の 語言も 是をば
青山に
日が隠らば
【ぬばたまの】
夜は出でなむ
朝日の笑み栄え来て
【栲綱(たくづの)】の
白き腕(ただむき)沫雪の
若やる胸を
【そだたき】
【たたきまながり】
真玉手
玉手さし枕き
【股長】に
寝(い)は寝(な)さむを
【あやに】
な恋ひ【聞こし】
八千矛の神の命
事の 語言も是をば
とうたひき。故、其の夜は合はずて、明日(くるつひ)の夜
御合為(みあひし)たまひき
★萎草(ぬえくさ)
なよなよした草
★浦渚(うらす)の鳥
入り江の州にいる鳥
★我鳥(わどり)
自分の思うままに、自由に振る舞う鳥★汝鳥(などり)
あなたの思いのままになる鳥
自分の身の上を鳥にたとえた
★な殺(し)せたまひそ
死なす、殺す
★ぬばたまの
夜の枕詞
アヤメ科檜扇の種子
黒色
★栲綱(たくづの)
白の枕詞
たく→こうぞの樹皮から取った繊維
白くさらしてある
づの→網
★腕(ただむき)
肘から手首までの部分
2つ向き合っていることから命名
沼河比売の腕
★そだたき
抱く
★たたきまながり
抱いた手を背中まで回す
★股長
のびのびと足を伸ばす
★あやに
むしょうに、むやみに
驚嘆を表す
★聞こし
、、、してくださる
■沼河比売は、それでも戸をあけないで家の中から
八千矛の神様よ、萎草(ぬえくさ)の女ですから、私の心は浦須の鳥のように、いつも相手の方を求めております。今は気ままにふるまっておりますが、後にはあなたの心のままになるでしょうから、この鳥をぶち殺しなどしないでください
海人の使い走りよ。語言として、このことを申し上げます
緑濃い山に日が隠れたなら、夜に入らしてください。その時あなたは、朝日のように満面ににこやかな笑みをたたえておいでになり、白い私の腕を、若々しく柔らかな胸を抱いて、その手を背中まで回し、また私の玉のように美しい手、その手を枕にして、脚をのびのびと伸ばして、おやすみになってください。むやみに恋に焦がれなさいますな。八千矛の神様よ
語言として、このことを申し上げます
と歌った
それでその夜は結婚しないで
翌日の夜に結婚された