故、痛み苦しみて泣き伏せれば、最後(いやはて)に来たりし大穴牟遅神、其の菟を見て「何のゆえにか汝は泣き伏せる」と言りたまひしに、菟答へて言(まお)さく
「僕(あれ)【唹岐(おき)の島】に在りて、此の地(ところ)に度(わた)らまく欲りすれども、度らむ【因】(よし)無かりき。
故、海の【わに】を欺きて言はく、
『吾と汝と競べて、【族(うがら)】の多き少きを計(かぞ)へてむ。
故、汝は其の族の在りの随に悉に率て来て、此の島より気多の前まで皆列(な)み伏し度れ。吾其の上を踏みて走りつつ【読み】度らむ。是に吾が族といづれか多きを知らむ』
かく言ひしかば、欺かえて列み伏せりし時、吾其の上を踏みて読み度り来て、今地に下りむとせし時、吾云わく『汝は我に欺かえつ』と言ひおはる即ち、最端(いやはし)に伏せりしわに、我を捕らへて悉に我が【衣服】を剥ぎき。
これによりて泣き患(うれ)へしかば、先に行きし八十神の【命】もちて、『海塩を浴み風に当たり伏せ』とおしへ告(の)りき。故、教の如くなしかば、我が身悉に傷(そこな)はえつ」とまをしき
★唹岐の島
隠岐島か?
沖の島か?
白兎海岸には同名の兎の形をした小島がある
★因
手段
★わに
鰐鮫
出雲沿岸や北九州の玄界灘沿岸では、今もサメの大型のものをワニとよんでいる
★族(うがら)
同族、親族
★読み
数える
★衣服(きもの)
兎の毛皮を衣類に見立てた
★命
おことば
■痛み苦しんで泣き伏していると、神々の最後に来た大穴牟遅神が、その兎を見て「どうして、おまえは泣き伏しているのか」と言うと、兎は答えて
「私は唹岐の島におりまして、この本土に渡りたいと望みましたけれど、渡る手段がありませんでした
そこで海の鮫を騙して
『私とおまえと競争して、どちらの同族が多いか数えよう。おまえは、同族のありったけを連れてきて、この島から気多の岬まで、みんなを伏し並べよ。そうしたら私がその上を踏んで走りながら数えて渡ろう。こうして私の同族と、おまえたちの同族とどちらが多いか知ることにしよう』と言いました
鮫は騙され並び伏していた時に、私はその上を踏んで数え渡って、今まさに地上に下りようとした時、私が『おまえは私に騙されたのだ』と、言い終わらないうちに、一番端に伏していた鮫が私を捕らえて、私の毛の着物を剥ぎとりました
こうゆう事情で泣き悲しんでいたところ、先に行きました大勢の神々が言葉をかけ、『海水を浴び風に当たって横たわっておれ』と教えてくれました。それでその教えのようにしましたところ、私の体はすっかり傷つけられてしまいました」と申し上げた