るるの日記

なんでも書きます

古事記 木花之佐久夜毘売の生んだ子は邇邇芸命の子・神の誓いによる証明あり

2020-12-10 16:11:00 | 日記
♦️天つ神の豊穣霊たる邇邇芸命が、国つ神の娘と結婚して、日向第二代の日継の御子を生むというのがこの聖婚物語の主題

邇邇芸命(大和朝廷)の主権が、薩南にまで及び、土豪隼人の娘との結婚によってその土豪を服従させたという国家的、政治的構成


ここに答へて白さく
【「吾が妊(はら)める子、もし国つ神の子ならば、産む時辛くあらじ。もし天つ神の御子ならば、辛くあらむ」】とまをして、【戸無き八尋殿(やひろどの)】を作りて、其の殿の内に入り、土をもちて塗り塞ぎて、産む時に方(あた)りて、火をもちて其の殿につきて産みき。【其の火の盛に燃ゆる時】に生める子の名は

※【火照命】(ほでりのみこと・【隼人】の阿多君の祖)

※【火須勢理命】(ほすせりのみこと)

※【火遠理命】(ほをりのみこと)
亦の名は天津日高日子穂穂手見命
(あまつひこひこほほでみのみこと

★吾が妊める子~辛くあらむ
佐久夜毘売の誓生(うけいうみ)の言葉

★戸無き八尋殿(やひろどの)
戸のない広い御殿
産殿

★其の火の盛に燃ゆる時に
この句は三柱全部にかかる
火の勢いの進む三段階の中から三柱が現れた

★火照命(ほでりのみこと)
※火が明るく照った時に生まれた神
※穂照命→邇邇芸命が稲穂の霊格であったように、三柱の子のホも稲の穂が原義
★隼人(はやと)
はやひととも読む
※南九州に住んだ部族
※阿多隼人・日向隼人・大隅隼人・薩摩隼人などがある
※大和朝廷からは異民族視されていた
※阿多隼人は鹿児島県川辺郡・加世田市・日置郡にわたって支配した

★火須勢理命(ほすせりのみこと)
※火が燃え進む時に生まれた神
※穂の実りが進むが原義

★火遠理命(ほをりのみこと)
※火勢いが弱まった時に生まれた神
※稲穂が折れたわむほどに実る意

別名・天津日高日子穂穂手見命
(あまつひこひこほほでみのみこと)
※ほほで→炎が出る
※み→稲穂を出す霊

■佐久夜毘売は答えて
「私が身ごもった子が、もし国つ神の子であるならば、出産の時、その子は無事でないでしょう。もし天つ神の御子ならば、無事に生まれるでしょう」と誓生(うけいうみ)の言葉を申して、出入口のない広い産殿を造って、その御殿にこもり、それを土ですっかり塗り塞いで、出産の時は火をその産殿につけて子を生んだ

火が盛んに燃える時に生んだこの名は
火照命
火須勢理命
火遠理命
別名・天津日高日子穂穂手見命
である



古事記 妻・木花之佐久夜毘売妊娠、邇邇芸命は私の子ではないと疑う

2020-12-10 14:58:01 | 日記
木花之佐久夜毘売まいでて白さく
「妾(あ)は妊身(はら)めるを、今産(こう)む時にいどみ、この天つ神の御子は、私に産むべきにあらねば請(まお)す」とまをしき

ここに詔りたまはく
「佐久夜毘売、一宿に(ひとよ)にや妊(はら)める。これ我が子に非(あら)じ。必ず国つ神の子ならむ」とのりたまひき

■ある日、木花之佐久夜毘売が邇邇芸命の前に参って
「私は身重になりましたが、今出産の時期に際して、この天つ神の御子は、こっそり生むべきではありませんので、指図を仰ぎたくて御報告申し上げます」と申し上げた

邇邇芸命は
「佐久夜毘売よ、たった一夜の交わりで身重になったのか。これは私の子ではありまい。きっと国つ神の子に相違なかろう」と言われた

古事記 大山津見神の呪詛

2020-12-10 14:28:27 | 日記
大山津見神、石長比売を返したまひしによりて大(いた)く恥ぢ、白し送りて言わく
「我が女二並べて立て奉りし由は、石長比売を使はしては、天つ神の御子の命は、雪ふり風吹くとも、恒に石の如くして、【常石(ときは)に堅石(かきは)】に動(ゆる)がず坐せ
亦木花之佐久夜比売を使はしては、木の花の栄ゆるが如栄え坐せと、【うけひて貢進(たてまつ)りき】かくて石長比売を返さしめて、独り木花之佐久夜毘売を留めたまひき。故、天つ神の御子の御寿(みいのち)は、木の花の【あまひのみ坐さむ】」といひき。故、これをもちて今に至るまで、【天皇命等(すめらのみことたち)の御命長からざるなり】

★常石(ときは)堅石(かきは)に
※ときは→常に変わらぬ岩
※かきは→堅い岩
※ともに永久に変わらないことの比喩

★うけひて貢進(たてまつ)りき
ある事柄の実現を祈願する

★あまひのみ坐さむ
はかなく、もろい

★天皇命(すめらのみこと)等の御命長からざるなり
※歴代天皇の寿命が長久でないのは、大山津見神の呪言によるということで、天皇の寿命の本縁を説明するとともに、神代が終わり人代が始まることを暗示している


■大山津見神は、邇邇芸命が石長比売を返してきたことをひどく恥じて、「私の娘二人を一緒に差し上げた理由は、石長比売を差し上げたのは、天つ神の御子の命は、雪が降り風が吹いても、いつも石のように永久に不変で不動にいらっしゃいませ

木花之佐久夜毘売を差し上げたのは、木の花がはなやかに咲くようにお栄えなさいませ、と誓約(うけい)をして献上したのです

ところが、このように石長比売を返させられて、木花之佐久夜毘売のみをお留めになりました

ですから天つ神の御子の寿命は、木の花のように、はかなくいらっしゃることでしょう」と申し送った

このことによって、今日に至るまで歴代の天皇の寿命は長久ではないのである



古事記 木花之佐久夜毘売の姉石長比売

2020-12-10 13:40:59 | 日記
その父大山津見神に乞ひに遣はしたまひし時、いたく歓喜(よろこ)びて、その姉石長比売を副(そ)へ、【百取(ももとり)】の机代の物を持たしめて奉りいだしき

其の姉は甚凶醜(いとみにく)きに因りて、見畏(みかしこ)みて返し送りて、唯其の【弟(おと)】木花之佐久夜毘売を留(とど)めて、【一宿婚為(ひとよみあひし)】たまひき

★百取(ももとり)の机代(つくえしろ)
※もも→多数
※とり→物を手に取り持つ
※つくえ→物を載せる台
※しろ→、、としてのもの
※机に載せた多くの品物
※婿取りの際に、女の方から男に贈る結納品

★弟(おと)→年の若い

★一宿婚為(ひとよみあひし)
一夜の男女の交わり

■父の大山津見神に娘を所望するために使者を遣わされたところ、大山津見神はたいへん喜んで、佐久夜毘売に姉の石長比売を添え、たくさんの結納品を持たせて娘を差し上げた

ところが、邇邇芸命は姉の方の容貌がひどく醜いので、見て恐れをなして親元に送り返し、妹の木花之佐久夜毘売だけを留めおいて、一夜の交わりをなされた



古事記 邇邇芸命、木花之佐久夜毘売に一目惚れ

2020-12-10 10:05:49 | 日記
邇邇芸命、笠紗の御前に麗しき美人(おとめ)にあひたまひき
「誰が女(むすめ)ぞ」と問ひたまへば、答へてまをさく
「【大山津見神(おおやまつみのかみ)】の女、名は【神阿多都比売(かむあたつひめ)】、亦の名は【木花之佐久夜毘売】といふ」とまをしき

「汝(いまし)、兄弟(はらから)有りや」と問ひたまへば、「我が姉、【石長比売(いはながひめ)】在り』と答へまをしき

「吾、汝に【目合(まぐあひ)】せむと欲(おも)ふないかに」とのりたまば「僕(あ)は得白さじ。僕が父大山津見神ぞ白さむ」と答へまをしき

★大山津見神
(おおやまつみのかみ)
山の神
鹿児島県加世田市の山間部にある神社は、ほとんどこの神を祀る

★神阿多都比売
(かむあたつひめ)
かむ→美称
あた→野間半島から加世田市にわたる地域で、阿多隼人族の本拠地

★別名・木花之佐久夜毘売
(このはなのさくやびめ)
木の花が咲くように栄える姫
全国的に山の神として祀られている

★石長比売
石のように変わることのない姫
木花之佐久夜毘売の対称名
花と石に対する信仰に基づく命名

★目合(まぐあひ)
結婚


■邇邇芸命は笠沙の岬で美しい乙女に会った。「誰の娘か?」と問うと
「大山津見神の娘で、名は神阿多都比売、別名を木花之佐久夜毘売と言います」と答えた

続けて「おまえには兄弟があるか」と問うと、佐久夜毘売は「姉に石長比売がいます」と答えた

そこで邇邇芸命が「私はおまえと結婚しようと思うが、どうか?」と言われると佐久夜毘売は「私は何とも返事ができません。私の父の大山津見神が返事をしましょう」と答えた