諸の魚どもまをさく
「頃者(このごろ)【赤海鮒魚】、喉に【のぎ】ありて、物得食はずと愁へ言へり。故、必ずこれ取りつらむ」とまをしき
これに赤海鮒魚の喉を探れば、鉤有り。取り出でて清め洗ひて、火遠理命に奉りし時、其の綿津見大神おしへていはく
「この鉤をもちて其の兄(いろせ)に給はむ時、言りたまはむ状(さま)は【『この鉤は、おぼ鉤(ち)・すす鉤(ち)・貧(まぢ)鉤(ち)、うる鉤(ち)』】と云ひて、【後手(しりへで)】に賜へ
其の兄【高田】を作らば、汝命は【下田】を営りたまへ。其の兄下田を作らば、汝命は高田を営りたまへ。
しか為たまはば、吾(あれ)水を【しれる】故に、三年の間に必ず其の兄貧窮(まず)しくなりなむ。若し其れしか為たまふ事を恨怨(うら)みて攻め戦はば、【塩みつ珠】を出して溺(おぼ)らし、若し其れ【愁へ請はば】、【塩乾珠(しおふるたま)】を出して活かし、かく惚(なや)まし苦しめたまへ」
と云ひて、塩みつ珠、塩乾珠あわせて両箇(ふたつ)を授けた
★赤海鮒魚
赤海鮒→海のふな→黒ダイ
★のぎ
喉に刺さった魚の骨、とげ
★この鉤は~うる鉤
呪詞
釣針に呪いをかけた
★おぼ鉤
※おぼ→心がハッキリせず晴れない
これを持つと心がぼんやりしてしまう釣針
★すす鉤
すす→すすむ
あわてて物事がうまく運ばない釣針
★貧鉤
貧しくなる釣針
★うる鉤
愚か
★後手(しりへで)
呪術の所作
★高田
高い所にある田
『あげた』ともよめる
★下田
低い所にある田
『くぼた』ともよめる
★しれる
治める、支配する
★塩みつ珠
潮(水)を満たす呪力を持った珠
♦️火遠理命が水を支配する呪力を持った玉を入手できたのは、異族との結婚の結果である。異族との結婚によって、その霊能を吸収していく
★愁へ請はば
嘆き訴えて許しを乞う
★塩乾珠(しおふるたま)
干上がる、潮か引く
♦️塩みつ珠、塩乾珠は、仏典の如意宝珠に由来する
■魚たち一同は「この頃鯛が、喉にとげが刺さっていて、ものも食べられない、と悲しんで言っています。きっとこれが取ったのでしょう」と言った
海神が鯛の喉を探ってみると釣針があった
すぐ取り出して、洗い清めて、火遠理命に差し上げた際に、その綿津見大神は言った
「この釣針をその兄君に返す時に、
『この釣針は、心がぼんやりする釣針、この釣針は心が焦り事がうまくいかなるなる釣針、この釣針は貧しくなる釣針、この釣針は愚かになる釣針』と唱えて後ろ向きになって渡しなさい
そして兄君が高田を作るならば、あなたは下田を作りなさい。
兄君が下田を作るならば、あなたは高田を作りなさい
私は水を支配しているから、兄君の田に水を送らず、三年の間にその兄君は貧しくなるだろう
それで兄君があなたを恨んで攻め立ち向かって来るならば、塩みつ珠を取り出してその呪力で溺れさせ
兄君が嘆いて許しを乞うならば、塩乾珠(しおふるたま)を取り出して活かす
このように悩ませ苦しめなさい」
と教えて、塩みつ珠と塩乾(ふる)珠、合わせて二個を授け、、つづく