火遠理命、海さちをもちて魚釣らすに、かつて一つの魚も得ず。亦其の鉤(つりばり)を海に失ひたまひき
ここに兄火照命、其の鉤を乞ひていはく、【「山さちも己がさちさち、海さちも己がさちさち。今は各さち返さむとおもふ」】といひし時、其の弟火遠理命、答へてのりたまはく
「汝の鉤は魚釣りしに一つの魚も得ずて、遂に海に失ひつ」とのりたまひき
しかれども其の兄強いて乞ひ【徴(はた)りき】。故、其の弟御はかしの十拳剣を破りて、五百鉤(いほはり)を作りて、償(つくの)ひたまへども取らず。亦一千鉤を作りて償ひたまへども受けずて、「猶其の【正本(もと)】の鉤を得む」といひき
★山さちも己がさちさち~
呪詞
★徴りき
無理に徴収する
「よこせ」と責める
★正本(もと)
以前のもの、本来のもの
■火遠理命は、海の獲物を取る道具で魚を釣ったが、まったく一匹も釣れなかったばかりでなく、釣針を海の中になくしてしまった
兄の火照命がその釣針を請求して、
「弓矢も各自の道具、釣針も各自の道具。お互いの道具を元通りに戻そうと思う」と言った時に
弟の火遠理命は「兄さんの釣針は、魚を釣っていたのに一匹の魚も釣れないで、とうとう海の中に無くしてしまいました」と言った
しかし兄は強引に返せと責めた。弟は腰につけていた長剣を壊して五百本の釣針を作り弁償したけれども、兄は受け取らない
さらに千本の釣針を作って弁償したが、これも受け取らないで
「やはり、以前の釣針を返してもらおうと言った」