「No!セルフID 女性の人権と安全を求める会」が、「GID 特例法改正案」を発表しています。
このような案が提示されることは有益ですね。努力に敬服します。
以下に私見を記します。
この案では、第三条第四項(生殖不能要件)が違憲とされたことを受けて、第四項を削除のうえ、現第五項(外観要件)を文言を変えずに第四項としている。つまり、外観要件が広島高裁ないし最高裁によって違憲とはされないことを前提としている。
四 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
すなわち、生殖不能とせずとも外観を異性の性器に似せることを性別変更の必須要件としている。
ただし、これは論理的に実現不可能である。
女性の場合は、生殖不能とせずに性器外観を男性器に似せることは可能だ。他方、男性の場合は、生殖不能とせずに性器外観を女性器に似せることはできない。男性器が無いように見せることすらきわめて困難である。
外観要件を満たすために陰茎を除去した場合、生殖機能が失われる(生殖腺そのものを保全しても、その「機能」は失われる)。また、精巣は股間にぶら下がっているため、外観要件を満たすには除去するしかないが、そうすると生殖腺が失われる。つまり一般に、男性から女性に性別変更する場合、外観要件を満たすことは生殖機能を失うことを意味し、違憲とされた生殖不能要件を満たさなければならないこととなる。
異性化ホルモンによって陰茎・睾丸が縮小し男性器無しに見えるようになることもあるかもしれないが、それは例外であろうし、そのレベルを求めるならば、すでに生殖不能を要求しているに等しい。
したがって、外観要件を残すということは、女性の性別変更は認め、男性の性別変更は認めないという法律へと特例法を変えることになる。生殖不能要件が違憲とされた案件はMtFの抗告であったことに照らしても、そのような法律は必然的に違憲とされるはずである。それ以前に、男性についてはすでに充足不能となっている外観要件を、広島高裁が違憲と判決することは確実である。
よって、「No!セルフID 女性の人権と安全を求める会」が、「GID 特例法改正案」に第四項(旧第五項)を入れているのは誤りであると考えられる。
特例法改正は、外観要件削除という前提で(つまり手術要件なしで)考えなければならないのである。
つまり、陰茎ある法的女性が出現することは、特例法あるかぎり、確定している。
陰茎を持つ法的女性が女性スペースに入ることを防ぐには、この声明などをふまえた慎重な議論が必要であるが、現実問題としては、
女性スペース利用制限のためにいかなる要件を特例法に付け加えたとしても、「法的女性の中で女性スペースを使えない人がいる」こと自体が差別的として問題視され、いずれ「違憲」とされることは目に見えている。
したがって、唯一とりうる道は、「特例法廃止」であろう。
特例法廃止は、性別変更の権利を廃止することを意味するので論外だと考える人も多いだろうが、特例法の存在意義は、「性別変更が当事者の利益になっている」という前提に依存している。しかし実際は、性別変更者の予後の追跡調査がなされておらず、性別変更した当事者としない当事者の幸福度の違いも立証されていない。特例法施行後に性別適合手術が急増したという針間医師の証言(14:10~)にあるように、特例法は、不妊手術という不必要な自傷行為へ多くの人を誘い込んだ悪法であった。手術要件が削除された特例法は、性別変更という本来無価値な選択肢へと人々を幻惑させ、新たな不満や欠如感を創出して、とくに精神疾患を持つ人々の幸福度を下げる可能性がある。
性別変更が本来無価値であるという理由は次の通りである。生殖的身体に基づかない男女の区別を極力減らしてゆくのが社会改革の基本だが、理想的な社会では、男女の不要な区別は消滅しているがゆえに、性別変更には意味がなくなる。ペニスを持つ人が「女性扱いされたい」と性別変更しても、そのような「女性扱い」は当該社会に存在しないからである。理想社会における有意味な性別扱いは、生殖的身体にのみ関係する。反理想的な男女区別の維持を前提した「性別変更」という制度は、社会改革の理念に照らしても、一刻も早く撤廃すべきなのである。
10/25の最高裁違憲判断は、個人に性別変更を選択させる個別主義の限界を警告したものと解釈できる。これからは、理解増進法のような共同体主義、すなわち社会全体の性的偏見をなくすことで、性別変更などせずとも誰もが生きやすい社会を目指す方向へと進むべきである。
むろん、共同体主義と並行して、個別対応の福祉システムも欠かせない。性別違和の苦しみには、性別変更の代わりに、心理療法で対処すべきである。認知行動療法などの心理療法の治療効果が、性別変更による治療効果に比べて低いという実証データは存在しない。対して、心理療法の方が社会的混乱を生む度合が圧倒的に小さいことは自明である。ゆえに期待値計算からして、心理療法の促進へ舵を切ることが、女性・性別違和当事者すべての人々を包括した全体的福祉のために有益である。
以上より、特例法廃止一択であると結論する。
廃止のタイミングは、特例法が違憲と判断された今しかない。改正特例法(合憲である特例法)が発効してからでは、性別変更の悪習を断ち切ることはきわめて難しくなるだろう。
なお、特例法廃止は、正反対の立場から、人権モデル主義者(性自認至上主義者)たちも主張している。日本学術会議の提言もその一つである。それゆえに、特例法廃止がセルフIDに結び付くのではと警戒する医療モデル主義者(反性自認主義者)も多いが、その警戒は杞憂である。人権モデル主義者が望む「性別記載変更法」などというものは、今の日本では決して成立しない。セルフIDの政治的動きが顕在化した場合、性自認至上主義への世論の反発はむしろ本格化するだろう。よって、人権モデル主義者たちと協力はしないまでも別方向から特例法廃止を実現させ、そのあとで改めて性自認反対運動、脱身体的ジェンダーを廃絶する運動を展開するのが得策だと思われる。