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近所のお寺の前で撮った。僕は地面に這いつくばるようにして一心不乱に撮影していた。背後から一際大きな声で「こんにちは!」と挨拶する声がした。自転車に乗った女子中学生だった。僕は這いつくばったまま、精一杯爽やかな声で「はい、こんにちは!」と挨拶を返した。それでも礼儀正しい子と変わったオヂサン、誰から見てもそんな構図だったろう。何故、地面に落ちた椿を撮影する必要があるのか、彼女が理解するまでには長い年月が必要だ。這いつくばっていたオヂサンが、20代の頃から同じようなことをしているなんて想像すら出来ないだろう。だが逆に考えてみよう。もし僕が女子中学生で、知らないオヂサンが地面に這いつくばって落ちた花を撮影していたとするならば、見ない振りをして全速力でその場から逃げるだろう。そういう意味では最近の子は礼儀正しいと感服する。
X-PRO3 / XF14mm F2.8R
「映像よりも、そこから喚起されるモノにこそ意味を見出したい」と、
自己紹介にありましたが、その言葉を具現化する椿の映像に触れ感動しました。
過日、「落ち椿」について拙い短歌を詠んでみました。映像に及びませんが…。
・風も無き森に降り敷く落ち椿
朽ちるを前に艶めく朱色
これからも宜しくお願い致します。
最近の小中学校では、不審者や知らない人に対し、こちらから元気に挨拶して戦意を喪失させる、また声を出すことで周囲に自分の存在をアピールするよう指導されてるようです(笑)
子どもの学校だよりにも書いてありました。
ぼくも登下校時にスナップしてると、向こうから挨拶されます(笑)
地面に這いつくばって撮ってるオヂサマといえば、すぐ動物写真家の岩合さんの番組を連想します。ネコを撮る岩合さんを撮るカメラの目線ですね。TVクルーも傍にいて状況を理解しやすい、ということもあるのでしょうが、脇を通り過ぎていく人たちのまなざしが優しいと、見ていてうれしくなります。
遅くなりましたが、秋田コンプリートおめでとうございます。
何十年も前に女子中学生だったオバチャンは、世の中には命を削って撮った写真があるのだ、と知るようになりました。
私は、写真は専ら見るだけですが、見えているものとその背後への敬意を忘れないようにしたいと思っています。
「朽ちるを前に艶めく朱色」、良い表現ですね。僕はうまい言葉が浮かびませんが、まさにそういうイメージですので、シンクロしたみたいで嬉しいですね。
這いつくばった話なんて書いている場合でjはなかったです(笑)。
理由は分かりませんが、こういう写真も増やしていこうと思います。少しづづですが・・・。
そういうことだとは知っていたのですが、田舎特有のことだと思っていました。都市部でもそういう方針なんですね。
ちなみに、この前に警察の駐在さん(顔見知り)から、「何撮っているんですか」と声を掛けられています。
この場合、花以外の何を撮るっていうのか、ですよね。
岩合さんの姿勢は本当に凄いですよね。あれこそが集中力(でも変な緊張感は出さない)。
僕は集中というより、周りが見えなくなるタイプで、よく車に轢かれそうなったりします。
写真の世界では、僕は小僧以下ですが、仰るような真剣勝負をする先達に一歩でも近づきたいですね。今後も是非よろしくお願いします。