田町駅付近の「札の辻橋」から品川方を望む。一番左の線路が、汐留〜東京貨物ターミナルを結んでいた通称「大汐線」。右の高架線は大井方面に向かう新幹線回送線。では、その間にある途切れた線路は?
Google Mapで見ると、大汐線が複線になる分岐は写真の少し先であり、途切れた線路は大汐線とは別の線路であることがわかる。
この疑問を考える上で、こちらのブログ記事の品川駅配線図が大変参考になる。
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-8f40.html
1977年以降の配線図では、新幹線(破線)の上側を走る単線が、札の辻橋付近で東京(タ)方面と品川駅方面に分かれる様子が見て取れる。そして、品川駅へ向かう線路には「汐留線」と記されているように見える。
写真の途切れたレールが、この「汐留線」の当時物の線路なのか、それとも廃止後に何らかの理由で敷かれたものなのかは不明だが、少なくとも写真の場所付近で東京(タ)方面と品川駅方面の線路が分岐していたのは間違いなさそうである。
ところで、この汐留線は汐留と品川を結ぶ路線の通称だったようである。そうなると田町付近の新幹線に沿って走る単線は「大汐線なのか、汐留線なのか?」という疑問が生じる。この疑問は「大汐線と汐留線の分岐は何駅の構内なのか」という疑問にも関連する。これらの疑問については、上のブログ記事のコメント欄に興味深い議論があるので参照されたい。
(2019-2-24撮影)
【2022-9-8追記】
こちらの汐留駅の配線図には、「大汐線と汐留線の分岐」「大汐線が複線になる分岐」およびそれらに付属する信号機が描かれている。やはり、写真の場所は汐留駅構内扱いだったのだろうか。
その場合、品川及び東京(タ)の隣駅は汐留だったということになる。そうすると、現在は浜松町が(書類上の)東海道貨物線の始点のようであるが、少なくとも上の配線図の時点では浜松町は東海道貨物線の駅ではなかったことになる。
また、現在も大汐線が複線になる分岐は残っているが、ここは浜松町駅の構内扱いだろうか。汐留駅廃止後の配線図を見てみたいものである。