はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

実験小説 塔 その32

2019年02月16日 09時49分53秒 | 実験小説 塔
「なんだ、地鳴りか? いまの音は?」
「ああ、獄吏に飲ませた酒の眠り薬が効いたのだよ。ほら、ぱたりと倒れて、気持ち良さそうに鼾をかいているじゃないか。すばらしい効き目だな。
さて、いま鍵を取ってくるから、待っていてくれ。太守のほうはニキたちがうまくやってくれているとは思うが、すぐにここを出よう。あなたの顔を知っていたという兵卒が、名前まで思い出さないうちにな」
「そして塔へ向かうのか。旅はそこで終わりになるのだろうか」
「わからない。首尾よく塔へ行くことができたなら」
「成都に帰るのだろう」
「そのつもりだったが」
「つもり?」
「いま決めた。いずれ成都に帰るにしても、そのまえに、あなたの行きたいところへ行こう。わたしはずっと、あなたをわたしの道に付き合わせてきた。今度は、その逆を行ってもよかろう。あなたの行きたいところへ行くのだ。どこへ行きたいか、いまから考えておくように」
「呆れたやつだな。公職にある人間の言葉か? 劉予州のことはどうする」
「人生は長い。たまの回り道もわるくなかろう。それに、成都には、龍ほどではないにしろ、人を化かしているんじゃないかというくらいに有能なキツネがいるからな、なんとかなる」
「どんなキツネだ」
「おや、記憶にないというのが、いささかうらやましい。そのうちに紹介するよ。
けれど、あなたが主公のことが気になるというのなら、成都に帰ればよい。まあ、すべては塔にたどりついてからだ。それまでは時間はあるのだから、じっくり考えておいてくれ」
「とんでもない道を示すかもしれないぞ」
「それでもいい。いま、鍵を取ってくる」





「静かだな。宴は終わったのか」
「そうかもしれない。が、好都合だ。ニキたちはどこへ行っただろう。かれらは僧侶ゆえ、たとえわれらとの関係が露見したとしても、害されることはなかろう。いまのうちに早く屋敷を出よう」
「待て。様子がおかしい。あそこに見えるのは、炎ではないか」
「そのようだ。火事だろうか……いや、ちがうな。声が聞こえる……太守を捕らえたとかなんとか言っていないか。おや、あれは許都からの客人ではないか」
「許都からの客人が、剣を鞘から出したままうろうろするものか? うむ、どうやら、客人のなかに叛徒がまぎれこんでいたようだ。燃えているのは町だ。叛乱が起こったのだ。
いかん、武器を探そう。声がどんどん近くなっている。おそらく場内の叛徒が、外にいる仲間を引き入れたにちがいない。掠奪が起こるぞ。あんたはその格好をなんとかしろ。勘違いした輩に狙われる」
「襲ったほうも驚くだろうよ」
「そうかね。それはそれでよし、とかなんとか思われそうだが」
「それは困る。ええい、暗いし不案内ゆえ、どこをどう歩いているのか、見当もつかぬ。着替えの衣が首尾よく見つかればよいのだが」
「太守たち酔いつぶれているところを叛乱するとは、ずいぶんと計画的だな。屋敷の中も調べつくしている可能性が高い。この奥は、どうやら倉らしいな。ひとまずそこに逃げて、どさくさに紛れて屋敷を出るぞ」
「こういう点にかけては、あなたのほうが得意だろうから従うけれど、ほかに三人を助けなければならないことも忘れずにな」





「太守の母丘興だ。気の毒に、罪人のように鎖でつながれている。そのうしろにいるのは子供たちと、奥方かな。すぐに殺されなかっただけでも運がよい」
「叛乱を起こしたのは、羌族だろうか。しかし、見るからに連中は漢族だな」
「そうだよ。許都からの一行は、わたしも宴席に出たから顔を見ているけれど、羌族ではなかった。言葉だって、まったく訛っていなかった。そうだ、思い出した」
「なんだ」
「母丘興が武威を治めるまえに、この地に戦があったのだ。太守同士の勢力あらそいで、張済という男が羌族と組んで、叛乱を起こした。だが、すぐ鎮圧されたはず」
「張済の残党か。ならば、叛徒の中心が漢族である理由がわかる」
「涼州は複雑だ。部族間の争いもひどく、しかもそれぞれの部族が、漢族を引き入れて仲間にしているから、漢族同士も同じように争そうことになる。もとは、蛮族同士を争そわせて漁夫の利を狙おうとした漢の政策だったのだが、それを逆手に取られているのだよ。
考えれば、それをひとつにまとめて十万の兵を起こして曹操と対峙した馬平西将軍は、やはり英雄なのだな。神威将軍の名にふさわしい」
「感心している場合か。見ろ。坊主ども、あいつら、律儀なのかなんなのか、太守と一緒に捕まっている。
うん? 太守の様子がおかしいな。怪我をしているのだろうか、あんなにぐらついて」
「可能性はあるな。ああ、倒れた。牛ではあるまいし、鞭で打って立たせようとは、なんと野蛮な連中だ。見ていてむかむかしてくる。礼節を知らぬのだな。
む、あれはたしか、シバチューとかなんとか」
「シバチュー? 奇妙な名前だ。格好もだが」
「おどろいたな。戦うつもりであるらしい。見るからに文官だというのに」

「立ち向かった」
「倒された」

「また立ち向かった」
「また倒された」

「またまた立ち向かった」
「またまた倒された」

「またまたまた立ち向かった……たいしたものだな」
「またまたまた倒された。まったくだ。感心するところが沢山あるぞ。わたしでさえ見切れる拳でもって立ち向かう、その勇気にも感服するが、倒されようと倒されようと、何度となく立ち上がるその根性。そしてなにより、殴られようが蹴られようが斬りかかれようが、ふしぎとちょっとのかすり傷ですんでいる、その運のよさ」
「なんというか、ずっと見ていたくなるやつだ。何度立ち上がるのだろう」
「打たれ強いのだな、たいした精神力よ。七転び八起きというし」
「そんな言葉があったかな」
「あったのさ。いま倒れたので四回目なので、あと四回がんばれるだろう」
「助けなくて良いのだろうか」
「助けるのも、なぜだか躊躇われる。なぜだろう」
「なぜと問われても………また立ち向かった。む? 太守の子どもが、鞭で打たれた父親を庇った」
「やつらめ、子供まで鞭打つつもりか。と、おや? ニンではないか。代わりに鞭を受けたぞ、なんと天晴れな。というより、ようやく聖職者らしいことをしたな」
「感心している場合か! シバチューとやらが八回起き上がるのを待ってはおられぬ! ほかの連中が剣を抜いた。助けるぞ!」





「強い、強いとは思っていたけれど、これだけ結果を出されると、かえって誉め言葉が出てこないな。どれもぴったりこないように思えるのだもの」
「そのことば自体が誉めすぎだ。俺が斬ったのは、太守を捕らえていた連中だけで、ほかは、太守の部下たちが抑えたのだ。町のほうも、だいぶ治まったようだな。さて」
「やれやれ、こんなによい働きをしたわれらに、どうして剣が向けられているのかな?」

「思い出したぞ、その見事な槍の腕、貴様、蜀の劉玄徳の家来、趙子龍であろう!」

「だってさ、子龍」
「名前が売れているのも良し悪しだな」






「また牢獄に逆戻り。とはいえ、一緒の牢獄というのは気が利いている。おかげでいろいろと話ができる」
「のん気だな。今回ばかりはどうにもならぬぞ。石を使うべきでは」
「そうだけれど、反動のことを思えば、ぎりぎりまで使わないでおきたい。一緒に許都に運ばれるといいな」
「あのな、俺はともかく、あんたのほうは身元がばれたら、かなりまずいのではないか」
「どうだろうね。わたしはわたしに自信があるよ。曹操は、有能な人間が好きだから、わたしはすぐには殺されない。時間はまだある。時機を待とう」
「あの三人はどうしたかな」
「太守を守ったのだから、われらとちがって、待遇がよいだろう」
「ソウデモナイヨ」
「うわ! あいかわらず、神出鬼没だな!」
「ニンではないか。どうしたのだ」
「困ッタコトニナッテイル。アノ宴ノ席デ、太守ニ毒ガ盛ラレタラシイ。医者ガキテ、イロイロト看病ヲシテイルガ、一向ニヨクナラナイ。
ソレヲミタ、ウチノばか弟ガ、アンタタチナラ、解毒剤ヲ持ッテイルカラ、牢カラダシテヤッテクレトイッタノヨ」
「ほら、時機到来だ」
「喜んでいる場合か。あんたは薬の知識があるようだが、解毒剤は持ってないだろう」
「われらのことを太守に言ったのは、ニキだな?」
「ゴメンナサイ。迷惑カケチャウネ。弟ガイウニハ、解毒剤ハトアル場所デシカトレナイ薬デ、ソコニイケルノモ、アンタダケダト言ッテイル。ソレ本当?」
「ニキがそう言ったのならば、そうだ」
「ナンカ変ナノ。マ、ソレハトモカク、太守ハアンタタチニ薬ヲ採ッテクルヨウニ命令スルツモリヨ。ケド、アンタタチハ蜀ノ人。ソノママ、とんずらスル可能性モアル。
ダカラ、人質ヲトルト太守ハイッテイル。ソウシタラ、本当ニナニヲ考エテイルンダカ、ニキガ自分カラ名乗リヲ上ゲタノヨ。
弟、ナンデカ、ミョーニ、アンタヲ信頼シテイルミタイ。兄トシテオ願イ。モシ本当ニ、解毒剤ノアル場所ヲ知ッテイルノナラ、トッテキテ、弟ヲ助ケテホシイ」
「そうか、わかった。では太守に、ここからわたしたちを解放し、そしてニキにあわせてくれと伝えてくれないか。暴れたり、逃げ出そうとはしないよ。約束する」

「事態ガ切迫シテイルカラ、出シテモラエルノガ早クテ良カッタ。太守ドノ、カレラガ、薬ヲトリニ向カイマス。モシカレラガ戻ッテコナカッタナラ、ワタシヲ煮ルナリ、焼クナリ、オ好キナヨウニ」

つづく……

実験小説 塔 その31

2019年02月13日 09時52分29秒 | 実験小説 塔


「髪型も化粧も完璧、衣裳の趣味もわるくなければ、宝飾品もうるさからず、かといって地味からず、これで背丈がこれほどに高くなければ、ふつうに美女でとおる似合いっぷり」
「自分で言うな。世の混乱を避けるためにも、ここを出たら、あんたはすぐにそれを脱いで、元の姿に戻るべきだ」
「もちろん、そうするとも。似合っているからといって、喜んでいるなどと思わないでくれ。
む、なかなか薬が利かないようだな。牢番の連中、まだまだ寝入りそうにない。図体のでかい連中だったから、薬のまわりが遅いのか。しばらくはここでじっとしていよう。
やれやれ、こうなるのであれば、もっと衣を香で焚き染めておくのであった。急いでいたから、ほとんど匂いが消えてしまっている」
「香まで付けているのか……」
「たしなみだぞ。あたりまえだろう。やはり美女の決め手は香だからな。それに、背丈のことできっと変に目立つだろうから、それを誤魔化すための香でもあるのだ。恐れ入ったか」
「いばるな。しかし、女に見えるが、見えるというだけで、おまえはやはり男だな」
「うむ、それはよい意見だ。目が覚めたか」
「最初から目は覚めている」
「そうか? まあ、昨日のことは忘れてさしあげよう。わたしの寛大さに感謝したまえ」
「それはどうも。俺も昨日の態度はわるかった。一晩やすんで、頭が冷えたかな」
「たいへんによろしい。ならば、こちらも安心できるというものだ。牢番が倒れるまで、すこし話をしよう。ちゃんと食事は摂ったか」
「閉じこめられてはいたが、扱いはわるくない。太守御自らお出ましになって、あれこれとたずねてきたが、脅されるわけでも小突かれるでもなし、こういうとあれだが、きちんと教化された人間だ、という印象があったな」
「うん、わたしもさっきあったけれど、悪い男ではなかったな。大物というほどでもないけれど、有能であることにはちがいあるまい。荒れ果てた涼州を復興させ、すさんだ民の心を立て直すため、あれこれと動いているようだよ。民の心のうえに己の国を建てる。うむ、主公と同じ考えだな、これは」
「主公か。もしも俺がこのまま成都にかえったなら、劉予州はどのような顔をされるであろう。ぼんやりとだが覚えているのだが、優しい方であったように思う。まちがっていないか」
「まちがっていないよ。おそらくは、残念がりはするけれど、それよりも喜ぶだろうね。記憶をなくしてしまってもなお、また戻ってきてくれたと。
やはり、あなたは変わらず律儀なのだよ。子龍、ひとつ聞いてもよいだろうか」
「なんだ」
「なぜにわたしに惹かれる。わたしの容姿が女のようであるからか」
「あんたはほんとうに突飛だな」
「そうか? しかし、どうしても聞いておきたかった。よい機会だから言おう。ほんとうは、以前からずっと聞かねばなるまいと思っていたことだったのだよ。けれど、怖くて聞けなかった。
もし聞いたなら、あなたは怒るか……いや、怒りはすまいな。あなたのことだから、きっと、わたしがそのように思っていることを、おのれのなにかがわたしを追いつめているものだと思って、自分を責めるだろう」
「いまなら聞けるというのか」
「いまのあなたを莫迦にしているのではないのだよ。記憶があろうとなかろうと、子龍は子龍だ、変わらない。
ただ、ちがうところといえば、いまのあなたは、とても正直だということだ。答えられるのではないか。いや、答えてほしい。嘘はなしだ」
「嘘をつくつもりもない。しかし、してみるに、あんたは自分が女と見えることがいやなのだな」
「うれしいと思うか。そもそも、女のような容姿なんぞ、政(まつりごと)の道を志す者にとっては邪魔にしかならぬ。この脆弱な容姿ゆえに、いままで、どれだけ理不尽な目に遭ってきたことやら。
宴に出ればからかいの種にされるし、普段でもよほど軟弱に見えるのか、こちらのことをよく知らぬ者の態度は、ほとんどが妙に馴れ馴れしかったり、莫迦にしたものになる」
「俺はどうだった」
「あなたも最初は冷たかったよ。でも、そのあとがよかったから、帳消しにしよう。ありがたく思うように」
「あんたは、その憎まれ口がなかったら、最高なんだがな」
「これも含めてわたしさ」
「そうなのだろうな。俺は、以前の俺がわからないが、根本が同じとあんたが言うのであれば、きっと同じことを考えただろう」
「どんなふうに」
「あんたの容姿が女のように見えるから、惹かれたわけではない。もっと言うなら、女のように見える男というのは、宦官にかぎらず、天下にまだまだたくさんいる。あんたはたしかに見た目はずばぬけているが、それだけで惹かれるものではない。
もし、俺が盲目で、そしてあんたに会ったとしても、やはり同じように惹かれただろうな。とはいえ、あんたの容姿のよさが、まったく関係がない、というのも嘘だ。俺はあんたの全部をひっくるめて強く惹かれる。
なぜかはわからん。記憶をなくしてもそうならば、きっとこういうことなのだろう。あんたの持つものすべてが、俺の心に適うのだ」
「…………」
「どうした」
「ああ、いや、すまない。そこまですごいことばを言われたのは初めてだったから、おどろいた」
「逆に俺も聞きたい。あんたは記憶をなくした俺に対して、そうではないとばかり言う。では、あんたにとって、俺という人間は、なんなのだ」
「なんだ、って」
「恐ろしいことだ。あまり考えたくないが、あんたは俺を利用しているのか」

「利用など」
「そんな顔をするな。あんたは意外と顔に出る」
「すまない。でも、うまく言えないが、騙してはいないし、わざとあなたの気を引いたり、思わせぶりなことをしてみせたり、そんなことはない。それだけは信じてくれないか」
「いやなことを言うやつだと思うだろうな。こうしてあんたの先回りをして、言葉をぶつける、ろくでなしだとも」
「そんなふうに自分を貶めるあなたを見るほうがつらいよ。信じてほしいというのは取り下げる。信じなくていいし、恨んでもいい。けれど、そのことで、自分を責めないでくれ。
わたしがあなたを必要としている理由のなかに、利害が含まれているのはたしかだ。あなたの将としての才能が、いまのわたしの地位と名声を築いてくれた。それを失うということは、わたしの一部が欠けるのと等しい。手放したくないから、つよくあなたを拒まなかった」
「………」
「わたしをどんなに嫌ってもいい。憎まれてもかまわぬ。子龍、やはりあなたは、わたしのそばにいてはいけない。
あなたは、良くも悪くも純粋な人だ。生真面目で、一本気で、ひとつのことに集中したら、そこから動けなくなってしまう。それがまちがっているとはいわない。いや、言えない。そう言ってしまったら、あなたがいてくれるというだけでいままで救われてきた、わたしのことすら否定しなくてはならなくなる。
あなたにとって、わたしはすべてだったのだと、自信を持っていえるよ。その心地よさに、わたしがすっかり慣れて、あなたの心がどれほど苦しんでいるか、それを深く測ることもしなかった。
もしもわれらが間違っていて、罰を受けなければならないというのなら、それはわたしが引き受けるべきものなのだ」
「なぜ。あんたは、すこしも間違っちゃいない。俺とあんたは相性はいいのだろうさ。だが、あんたと俺のあいだには、じつは深い溝がある。
いまわかった。それを越えることはできない。もしも無理にでもそれを越えようとしたなら、あんたはきっと罪悪感に押しつぶされて、壊れてしまうだろう」
「わたしは冷たい人間だから」
「いいや。俺が、情に屈して歪みにはまった、あんたの姿を見たくないからだ。俺は、いまのままのあんたが好きだ。けれど、俺に踏み込もうとすればするほど、あんたを変えてしまう」
「変わらないものなど、どこにもないよ。あなたがたとえ元に戻ったとしても、むかしのままに変わらないなどということは、ありえない。いつか、わたしたちは憎みあうようにならないともかぎらないし、その逆だってあるわけだ」
「先のことはなにもわからないが、これだけは言える。この先、俺がどんな人生を歩くことになろうと、きっと、あんたの横にこうしている以上のことは、きっと望めないだろう。ほかのだれであれ、あんたの代わりにはならない。
俺は記憶がない。あんたの隣にいることでもたらされる利害の旨みもわからない。それでもそう思うのだ。これは、きっと、自分で唯一、信じてよいところなのだろう。俺を利用してくれてかまわん。それであんたが生きられるというのならな」
「自分を犠牲にしてもか」
「犠牲などとは思わんよ。あんたは口ではわあわあいうが、しかし本気で俺を嫌ったことは一度もないだろう」
「嫌えるはずもない」
「それだけで十分だ」

「…………」
「泣いているのか」
「……………」
「すまないな、俺はほんとうにどうしようもない」
「子龍」
「なんだ」
「少しだけなら、わたしに触れてもよい」
「…………」
「少しだけなら、だが」
「少しの加減がよくわからん」
「だから、少し、だ」
「むずかしいやつだな」
「ふつうだろう」
「そうかな」
「うん、そうだ」


「こういうと怒るかもしれないが、やっぱりあんたは奇麗だな」
「着飾っているからな」
「そうではなくて、うまくいえない。ぜんぶが奇麗だ」
「そんなことはない」
「やけに謙虚だな。でもほんとうにそう思う」


「なんだか、不思議な感じがする。なんだろう」
「無理はするな」
「無理はしていない。わたしはあなたの手が好きだ」
「手?」
「うん。ほかのだれの手であろうと、触れられるのはいやなのだ。悪い癖で、なんだかぞっとする。けれど、あなたの手は平気なのだ。わたしを守ってくれる手だということが、わかっているからかな」
「そんなにきれいな手でもない」
「でも温かい。傷とまめだらけの手で、ごつごつした手だけれど、好きなのだ。だから、うん、そうだな、これくらいならば、よし」
「そうか…………………? なにを笑う」
「だって、おかしいだろう。人がわたしたちを見たら、どう思うだろう。想像したら、笑いたくなった。わたしはこんな格好で、しかも化粧なんぞしたものだから、きっと涙のせいでひどい顔になっている。遠目ならばともかく、近づいてみたら、きっと仰天するだろう」
「だれも近づきはしないさ。だれもいないのだから」
「ほかのだれが見ていなくても、わたしが見ている」
「むずかしいやつだな、ほんとうに。あんたを何も考えなくさせるには、どうしたらよいのだろう」
「それを思いついたら」
「思いついたら?」
「わたしは、あなたにすべてを委ねてもいい。でも、たぶん、無理だ」
「なぜ無理とわかる」
「無理なものは無理だ。もう、これ以上は、ならぬ」

つづく……

実験小説 塔 その30

2019年02月09日 10時35分59秒 | 実験小説 塔


「太守ドノ、昨夜、チョットシタ騒ギガアッタヨウデスガ、何事ガ起コッタノデショウ」
「なあに、つまらぬ話でござるよ。酒家で兵卒と喧嘩をしたよそ者がおりましてな、ところがこの男、めっぽう、腕がたち、恥ずかしながら、わが部下たちをたった一人でのしてしまった。
仕方なく弓矢でもって脅しつけ、これを捕らえたのでござる。いまはこの屋敷の牢に閉じ込めてありますゆえ、どうかご安心めされ」
「ホホウ、屋敷ノ牢デスカ。ナラズ者ヲ刑吏ニ渡サズ、ナニユエ、オ屋敷ノ牢ニ入レテイルノデショウカ」
「部下のひとりが、この男が、どうも劉玄徳の配下の男ではなかったかと言い出しましてな。しかし名前がわからない。厄介なことに、その者がいうには、魏公が、その男を評価し、家来に加えたいとおっしゃていた、と言い出しまして。
さきほど面会して来たのですが、これが愛想のない男ではありますが、言われてみると、ただのごろつきともちがうような。そこで、とりあえず中央に送ってみることにしたのでござるよ……とと、酒がもうなくなった」
「ノッポサン、3番てーぶる、ゴ指名ヨ」
「オシボリモ持ッテキテ」
『…………なんの席だ、これは』





「ほう、これは驚いた。おまえ、漢族の女か? いささか背丈がありすぎるのが難だが、なんと清雅な顔立ちをしていることよ。名は?」
「おあしす一ノ人気者、王昭君ノ再来トモイワレル美姫、くれおぱとらトハコノ女ノコト」
「鼻ガ低カッタラ、世界ハ変ワッテイタト、西域デイワレルホドノ女ナノデス」
「ふむ、それは興味深い。しかし名が、ちと覚えずらいのう」
「ソコハ、愛ノ力デ、くりあスベシ」
「くれおぱとら。りぴーと・あふたー・みー」
「?? よくわからぬ。面倒ゆえ、王嬙(ミニ知識・王昭君の名前)でよかろう」
「せんすガヨロシクナイ。くれおぱとらデイイジャン」
「そうはいうがな、儂には『くれ……』なんとやらは、発音がむずかしいのだよ」
「ンジャ、百歩ユズッテ、好キナ名前デ呼ベバヨロシイ。ワレワレハ、ノッポサント呼ンデイル」
「おかしな名前だな。美麗な容姿に似合わぬ。それに、さきほどから口を利かぬのはなぜだ?」
「こぶらニ噛マレタ後遺症ナノデス」
「こぶら、とは?」
「西域ニ棲息スル、オソロシイ毒蛇。オカゲデ口ガ利ケナクナッテシマッタ。マサニ悲劇。趣味ハかーぺっとニ隠レルコト。好キナ飲ミ物ハ、真珠入リ発泡酒」
「見た目とはちがって、贅沢な女なのだな。くれ…ううむ、どうしても言いにくい」
「ソレジャ、さろめッテドウデショウ。ソウナルト、すてーたすガ変更ニナリマシテ、趣味ハ斬首デス」
「さっきとぜんぜん違うではないか。ほかの酒も持ってきてくれぬか」
「ソコガ女ノ不思議。ハイ、3番てーぶる、どんぺり入リマシタ!」
「どんぺりなどという名の酒があっただろうか」
「気ニシナイ、気ニシナイ、ヒト休ミ、ヒト休ミ。ササ、グイット行キマショウ」




「なにやら妙な心地がするが……ところで、さろめとやら、そなたは踊らぬのか。っと、はは、これはおどろいた。見かけによらず、気のつよい。ちと手に触れただけではないか。つねりおったわ」
「踊リ子サンニハ、触ラナイデクダサイ。噛ミツキマス」
「ううむ、見るだけか。つまらぬのう。気の強い女子は好みではあるのだが、せめて踊りだけでも見せてくれればよいものを」
「満月デナイト、踊リマセン。得意ナ踊リハ、七ツノべーるノ踊リ。ソノアトニ、気ニ入ッタ男ノ首ヲホシガルノデ、イイ男ハ要注意。特ニ牢獄ニイル男ガ好ミナノデス」
「牢獄の男というと、あのだんまりを決め込んでいる男だな。ふむ、あの男は、ゆうべ、酒家にふらりとあらわれて、酒場女をからかっていた儂の部下をいきなり殴りつけたという堅物だ。
さろめとやら、おまえがその男を誘惑し、名前を聞き出すことに成功したなら、おまえの好きなものをなんでもくれてやろう」
「オオ、ソレハイイ企画。ソレ、キットウマクイク」
「ふん、昔の儂ならば、このように美しい女を前にしたなら、黙ってはいなかったのだが、最近は奥の機嫌がわるくてのう。これでほかの女に手をつけたなどと知れたら、どうなるかわかったものではない。物が飛んでくるだけならまだしも、殴る、蹴る、引っ掻く。想像しただけで酔いがさめてしまうわい」
「どめすてぃっく・ばいおれんすナ奥方ナノデスネ」
「儂の楽しみといえば、こうしてたまに開く宴会で、都の噂を聞いて憂さを晴らすことだ。それでも、あの男の妻よりは、だいぶマシなのだがな。
ほれ、あそこでやたらとはじけている、女装の男がおるだろう」
「アア、アノ、首ガぐるぐる回ル、ロクロッ首ナ、オトコマエ」
「あれは男前といっていいものなのか、いささか微妙な格好をしておるが、ともかく、あの男の妻は、じつにおそろしい女人でのう」
「ト、イイマスト?」
「わが妻は嫉妬深いが、しかし嫉妬とは、愛情の裏返しであろう。まあ、手と足を出されはするが、所詮、女の力ですることであるし、嫉妬してくれるからこそ女房をかわいいと思えるもの。
しかしあの御仁の奥方はそれはもう、度が過ぎているというか、なんというか……すこしでもおのれより器量の良い娘や若い娘に、あの男が色目らしきものをつかっただけで、殴る、蹴る…」
「オ宅ト変ワリマセンナ」
「殴る、蹴る、つねる、引っ掻く、家事を押し付ける、育児をまかせっぱなしにする、しまいには毒を盛る」
「毒!」
「愛情の裏返しにしては、ちと苛烈すぎる。おかげであの御仁とご子息たちは、広い豪奢な屋敷の隅っこで、いつも奥方の機嫌を伺いつつ、おびえて暮らしているそうな。そうした息の詰まる生活に耐え切れなくなると、視察と称してこうして新鮮な空気を吸いにくるのだ」
「ナルホド」×4
「われらとしてもそれに気づいているのであるが、気の毒すぎて指摘もできぬ」
「ソリャ切ナイネ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「いかんな、つい湿っぽくなった。おい、さろめ。そなたに許可を与えよう、牢獄の男をうまく誘惑して素性をさぐってまいれ。もしも名の知れた男であったなら、この宴もますます盛り上がろうというものだ」






「思いもかけずうまくいったな。いいかげんなのか、見張りもいないようだし、あとは牢番をうまく誤魔化して、子龍を助け出せばよい。ところで、さろめって、なんだろう。
おっと、返杯を受けたせいで、紅が落ちてしまっている。直さねばならぬな。女というのはなんと面倒なのだろう。それに化粧というのは、どこか絵を描くことに似ている。
うむ、これでよし。簪も曲がっていないし、どこからどう見ても完璧だ……いや、待てい。完璧にする理由があるか? うむ、まあよいか、醜いよりは。




こんばんは、牢番どの。わたしか? 太守に言われて、ここに閉じ込められている男から名前を聞き出すように仰せつかったのだよ。
うん? なんだか男っぽい口調で、しかも声が低いだと? 細かいことは気にするな。
ほら、これは差し入れだ。わたしが男より名前を聞きだしているあいだ、それで一杯やっていてくれたまえ。干し肉も持ってきたよ。上はたいそう盛り上がっているようだね。
なに? 酌をしろ? まずは太守の命令を果たさねば。そなたの酌をすることで、太守の命令が滞る。それを報告してもよいのかね。下手をすれば、首が飛ぶよ。
そうとも、そうやって大人しく酒を飲んでいるがいい。男の牢はどこだ? 




………なんと不衛生なことよ。ひどい臭いだな。キツネのねぐらとて、これよりもうすこしマシであろうに。
あきれたことだ。もうさっそく酒を飲んでいる。そのほうがありがたいか。薬がすぐに利くだろうからな。
子龍、そこにいるのか? わたしだ。助けにきたぞ」
「…………………………………………は?」
「『は』ではない。わたしだ、わからぬか?」
「…………………………………………」
「おおい、もしかして、昨夜のことをまだ怒っているのか。どうして黙っているのだ、子龍? 子龍! なんと器用な。目を開いたまま気絶をしている。しっかりせい!」
「頼む、このまま気絶させてくれ」
「起きているではないか。遊んでいないで、しっかり目を覚ませ。そろそろ牢番の酒に盛った眠り薬が効き目を出すころだ。拷問は受けていないようだな。歩けるか?」
「歩ける。が、その前に聞く。その格好は、なんだ?」
「これか? あなたを助けるためにした格好だぞ。不服か?」
「不服というより……すまん、言葉が出てこない。あんたの行動は、どうしてそう突飛なんだ」
「突飛か。それほどに不愉快な姿だろうか。けっこう上では、ばれなかったのだがな。ああ、そういえば、水鏡先生のところで籤引きで負けて、女装したことがあったが、そのときも『友達をなくしたくないなら、二度とするな』とかなんとか言われたことがあったっけ」
「友達がなくなる理由はわかる気がする。なんでそんなに違和感がないんだ。あんた、ほんっとーーーうに、女じゃないのだな?」
「すさまじい念の入れよう。わたしが女に見えるのか」
「見えるから聞いている。なんと不毛な会話だ」

つづく……

実験小説 塔 その29

2019年02月06日 09時39分48秒 | 実験小説 塔
「ニキ、どうだった?」
「ハイ、隠レテ、隠レテ。セッカクチョウドイイ廃屋ガミツカッタノニ、ソンナニ身ヲ乗リ出シチャ、ダメデショガ。結論カラズバリ言ウヨ。ヨイ知ラセト、悪イ知ラセガアル」
「まさか、子龍は殺されてしまったのか」
「生キテルヨ。ケド、ヤバイ状態ダネ。身元ガバレタミタイ」
「なぜ」
「ソレガドウモ、ゴンタクンッテバ、酒場デ暴レタラシインダヨネ。理由ガ感動的。酒場女ニ乱暴シヨウトシタ大馬鹿者ガイテ、ソイツヲ止メタンダナ。デ、ソイツヲ殺サズニ、生キテ返シチャッタモノダカラ、仲間ガキチャッタワケサ」
「僧侶らしからぬ説明であることは、あえて目をつむろう。で?」
「ウン。ゴンタクン、メチャクチャ強スギタノガ災難ダッタネ。強スギテオカシイナト、仲間タチガ、サラニ仲間ヲ呼ンダワケ。トコロガギッチョン、ソノ仲間ノナカニ、ゴンタクンノか顔ヲ知ッテイル男ガイタンダナ。
本来ナラ、ソコデ殺サレテモオカシクナカッタノダケレド、ソイツッテバ、顔ハオボエテイテモ、名前ヲ、ド忘レシテタワケ。デモッテ、タシカコイツハ、曹操ガ人材ニ加エタイトイッテイタヤツジャナカッタカシラ、トモ思イ出シタワケヨ。
多勢ニ無勢デ、ゴンタクンハ捕マッテシマッタノダケレド、問ワレテモ、ゴンタクンハ頑トシテ名ノラナイカラ、仕方ナク、中央ニ送ルコトガキマッタ」
「そうか、曹操が荊州に攻めてきたおりに従軍していた者が含まれていたのは、幸いであったな。子龍も顔かたちは立派だから、印象に残っていたのだろうが、名前を忘れてくれていて助かった。
しかし、中央に送られる途上で、おそらく子龍の顔や名を知っている者があらわれよう。となれば、家臣として降るよう説得されるか、さもなくば斬首となる可能性が高い。よし、助けにいこう」
「ドウヤッテ」
「子龍は、どこに閉じ込められているのだ」
「モシカシタラ、曹操ノオ気ニ入リダッタラ、ヤバイッテンデ、太守ノ母丘興ノ屋敷ノ牢ニイルミタイネ……モシカシテ、石ヲ使ッチャオウトカ思ッテナイ?」
「こういうときこそ、石ではないか! わたしひとりで子龍を助けるにしても、仲間も武力もない状態で、どうしろというのだ」
「ヤッパリ血ガ上ッチャッテルカ。ンジャ、ワタシガ、スバラシイぷれぜんとヲスルヨ」
「なんだ、この小包?」
「ウレシイ情報ヲアゲヨウ。イマチョウド、ワレワレノカツテノ家臣ニアタル一族ノ隊商ガ、武威ニ入ッタッテサ。マサニ天恵ダネ。コノ一族ハ、トッテモ背ガ高イ。女デモ、ノッポサンクライノ背丈ナノ」
「それはすごい……なんだ、この中身。これをどうしろという……いや、なんとなくわかるが、先に言う。着ないぞ」
「ナンデサ。マサカ敵モ、アンタガコンナ格好デ、単身乗リ込ンデクルトハ、思ッテナイヨ。ソコガ狙イ目。チナミニ、衣裳ト合ワセテ、めいく道具ナンカモ借リテキマシタ。ワタシッテ、オリコウサン」
「自分で言うな! そしてわたしに着せようとするな! 着ないったら、着ないからな」
「ジャア、ドウスルノサ」
「……ええと」
「ホラ、思イツカナイジャン。サッサト着ルベシ」
「ほかの方法を超特急で考えてやる。ぜったいこんなもの………着ないからな。うん」





「天よ、いまこそ祈ります。どうぞわたしを知るものが、武威の太守の屋敷にいませんように。というより、知っていても気づかれませんように」
「困ッタトキノ、神ダノミ」
「うるさい。ああ、ここで正体がばれたらどんなことになるやら。後世の歴史家が、喜んで筆を走らせるさまが、いまから目に浮かぶようだ。
『劉予州の軍師として仕えた諸葛孔明は、あるとき乱心したのか、翊軍将軍趙子龍だけをつれ、魏の武威にあらわれた。そしてどういうわけだかおかしな格好をして太守の前にあらわれたが、おかしすぎて正体が露見。その場で切り伏せられた。あわれなるかな諸葛亮。しかし、わけがわからない。』とかなんとか。
きっと注釈もつきまくるにちがいない。ああ、いやだ、いやだ」
「余裕ジャン」
「気休メジャナクテ、本当ニキレイヨ、ノッポサン。背丈ノコトヲ除ケバ、傾城ノ美女ニ見エルカモシンナイ。アクマデワレワレノ主観ダケレドモ」
「おまえたちの主観とやらは、どれだけ当てにしてよいものなのかな。というより、きれいと誉められて、ちっともうれしくない」
「贅沢モノ」
「やかましい! ふつう、きれいだの見目麗しいだのは女に対する誉め言葉だろうが! ああ、本格的に気分が塞いできた……」
「誉メラレテ落チ込ムトハ、ワケワカゾー。ッテイウカ、ソレ、偏見ジャナイノ? 男ニモ、キレイッテイウジャン」
「どんな場合に。普通は言わぬ!」
「エエト、口説クトキトカ」
「おのれ、そなたか! 女がだめなので、男に走ったろくでなし僧侶とは!」
「ナンダロ、オノレノ欲望ニ、前向キニナッタト表現シテホシイナ。言イガカリツケルナラ、下レ、仏罰」
「下らせてみるがよい、見事に跳ね返してみせようぞ!」
「マアマア、ノッポサン、ソウきりきりシナイ。兄チャンモ、話ニアワセテ適当ナコトヲ言ワナイコト」
「なんだ、冗談か…まぎらわしい」
「ワタシ、ふぃーりんぐ重視ノオ坊サン」
「どうなってるのだろう、この三兄弟」
「チナミニ姓ハ、『ダンゴ』トイイマス」
「……………そう」
「喋ッチャダメダネ。ワレワレガウマク誤魔化スカラ、ジット黙ッテ、オ酌ニ徹スルコト」
「トモカク、屋敷ニ潜入シテ、ゴンタクンガドコニイルノカ確認シ、ソレヲ助ケルノガ優先。ガンバレ」
「応援されてもな……ほかの隊商の女たちは、見るからにわたしと容姿がちがうではないか。かえって悪目立ちしていないか?」
「悪フザケハナシトシテ、ノッポサンガキレイダカラヨ。ウーン、マサニ、王昭君・りたーんずッテカンジ」
「王昭君とは不吉な……。先に言っておくが、演舞はできぬぞ」
「トロイノッポサンニ、ソンナ器用サハ求メテナイヨ。サア、ココカラハ、ノッポサンハ女ヨ」
「女、女、わたしは女……………………無理があるって」





「ノッポサン、意外ニ思イ切リガヨクナイ。ツベコベ言ワズニ、女ニナリキルコト。デナクチャ、ゴンタクンハ助ケラレナイヨ。ソレデモイイノ?」
「良くない。ああ、なんたることか。これも反動のひとつではなかろうか。気のせいか、反動はすべてわたしに返って来ていないか? 
本当に知り合いに会いませんように。というより、知り合いに会ったら、舌を噛み切って自害しよう。あとは野となれ、山となれ」
「開キ直リガ肝心。ドウモオ客サンガ、タクサン来テイルミタイネ。コンナ治安ノ悪イ危険ナ土地ニ、物好キダネ。視察ナノカナ」
「母丘興は、羌族を教化するために、勉学を教えているそうだな。その教師たちではないのか」
「カモシンナイ。イイ先生ガクルトイイヨ。他所者カラミテモ、コノ土地ニ住ンデイル者タチハ、オ気ノ毒。黄巾党ノ乱ガ起コッテ以降、平和ダッタタメシガナイモノ。ヤッパ、戦争ハ、ダメ、絶対」
「ううむ、そう言われると、この土地を狙っている側の人間としては、落ち着かぬな。
おや、あれが宴席だな。すでに盛り上がっているようだ。なるほど、客が来たので、めずらしい西域の踊りをみせて歓待しようというのか。漢詩を作ったりしている。なかなか風雅なものではないか。すこし安堵した。
そうか、ともかく全員に酒を飲ませて、酔い潰してしまえばよいのだな」
「サッソク、りさーちシテキタヨ。宴会ニ招カレテイル人タチ、ドウヤラ偉イオ貴族サマタチラシイ。視察旅行トイウ名目デハアルケレド、要スルニタダノ息抜キネ。ケレド太守トシテハ、中央ニ顔ヲ繋グイイちゃんすダカラ、張リ切ッテイルヨウダヨ。ホラ、演説ガ始マッタ」




「遠方よりわざわざ、このような辺境の地に足をお運びいただけるとは、まことに恐悦至極でござる。ご存知のとおり、この地はかの武帝の威光を記念する町でありながら、韓遂や馬超のせいで荒れに荒れ、いまもって、漢に対する不審の念は蛮族に根強く、復興に手間取っております。
そこで儂は考えたのでござる。韓遂のように、力ばかりを誇示するのではなく、魏公のご威徳でもって、ここの民を従わせようと。
各所に学問所をもうけ、そこでは漢の文字はもちろんのこと、その教材に魏公のつくられた詩文を使わせていただいております。時間のかかる策ではありますが、確実にみなの心は丞相に寄せられております。
さあて、むずかしい話はこれくらいにして、今日は、たっぷり楽しんでくだされ。集められるかぎりの酒や馳走を用意いたしました。酒の入っているこの器は、西域より特別に、この日のために取り寄せました瑠璃の器でござる。
どうぞ遠慮なく召し上がれ。そして長旅の疲れを癒していただきたい。
それと、ちょうどいま、西域の舞姫たちが武威にきておりましてな、中原の舞姫にはとうてい敵うこともないでしょうが、土産話として楽しんでくだされ。
ちなみに、本日は、浮屠教の僧侶も招いてござる。飲み食いに飽きられたお方は、ぜひこの徳の高い僧侶の話に耳を傾けてはいかがか」
「ヨロシクドーゾ」×3
『いささか媚びるところはあるものの、そう悪い男ではないようだな。施策にしても、力づくの一方ではないところに、共感をおぼえる。
文によって蛮族を抑えることに成功するのなら、我が蜀でもそれに倣ってみるのもよいかもしれぬ。戻ったなら、さっそく幼宰どのと相談してみよう』



「すさまじい騒ぎだな。さきほどまでは品の良い連中であったのに、酒が入るとこうも変わるものなのか。これはよほど、常日頃、鬱積しているものがあるにちがいない。まるで象のように酒を飲み干していく。そのうち、玉乗りでも始めるのではなかろうな。
許都の貴族か…さいわいにも、知らない顔ばかりだ。酔いつぶれてくれるのはありがたい。こちらの手間がなくなるわけだから。
さあ、飲め飲め、たんと飲むがいい。自分の酒蔵のものではないから、じゃんじゃん心置きなく注げるというものだ。
なに、せこい、だと? たわけ。わたしは給料のほとんどを子供たちに与えているのだよ。そうさ、じつに子ども孝行なち……いや、ゴフン、母なのだ。
なに、既婚者では興ざめだと? やかましい。このわたしが酒を注いでやるのだ、文句を言わずにぐっと行け! ちまちまと杯で飲むやつがあるか! 男なら一気に酒樽ごといかぬか! 
ほんとうにやるとは天晴れなやつよ。誉めてつかわす。よしよし。なに? なんだか女王さまぷれいをしているようだ? なんだね、その女王さまなんたら、は。
許都で流行っているのか? おかしなものが流行っているのだな。と、おや? なんであろう、あれは」
「ノッポサン、スゴイネ。声ガアレナノニ、チットモバレテナイ」
「あまりうれしくない……ところでニキ、あの女に気づいたか」
「ウン、ソレヲ言オウト思ッタヨ。自信持ツトイイヨ。アンタ、あのへんてこナ女ヨリ、ズット美人」
「だからうれしくないというに」
「ソレニシテモオカシナ女ダネ。ドウシテ、着物ヲ後ロ前ニ着テイルノダロ」
「うむ、なにかの余興であろうか。それにしても面妖な。そなたたちの知り合いか? 漢族の女にしては、目もあんなに大きくてぱっちりしていて、鼻梁も通って大作りだな。美形と呼べなくもないが、なにやら妙な迫力があって、いまひとつ、たおやかさに欠ける」
「ウーム、チョイト気ニナルネ。トト、アリャ?」
「む?」
「オカシイナ。タシカニ着物ヲ後ロ前ニ着テイタノニ、イツノ間ニカ、普通ニナッテイルヨ」
「本当だ。手早く着替えたにしては、あまりに早すぎるな。同じ柄の着物を、わざと後ろ前に着ていて、それを脱いだのだとか?」
「ソレニシチャ、脱イダ衣ガ見当タラナイノハ、ナゼダロ? サッソク調ベテミル」





「ワカッタヨ。ドウヤラ、アレハ、後ロ前ニ着テイルノデハナクテ、ソウイウフウニ首ガ動クラシイ」
「そういうふうって、なんだ。つまり、顔を真後ろに向けることができるというわけか。なんという異相の持ち主」
「異相トイウヨリ、ビックリ人間ダヨ。名前ガ、『シバチュウ』トカイウラシイ。ゴメン、ミンナスッカリ酔イツブレテイテ、呂律ガマワッテナイカラ、聞キ取レナカッタヨ。チナミニ、アレモ男」
「男? ああ、それでなにやら見た目に違和感があるのだな。おや、どうしたのだろう、『しばちゅう』とやらが立ち上がった」
「歌ヲ唄ウノガ好キラシイ」
「魏にも弾けた男がいたものだな…」
「シバチュウ、元気デチュウ」

つづく……

実験小説 塔 その28

2019年02月02日 09時55分34秒 | 実験小説 塔
「思イツメルノ、ヨクナイヨ。今日ハ寝ルノガイイ。兄チャンニハ、ワタシカラ、スコシ出発ヲ遅ラセテモラウヨウニ言ウカラサ」
「重ねてすまぬな。これでは、今日はまともに寝られまい。そうなると炎天下のもと、子龍もわたしも、まともに歩けるか怪しいからな」
「気ニスルコトナイ。ワレワレ、アンマリ急イデナイモノ」
「そうなのか?」
「実ヲイウト、兄チャント弟モ、がんだーらニ行ッテモ、イマトアンマリ変ワラナイダロウナ、トイウノハ、ワカッテイルンダヨ。御祖父サンノ、ソノマタオ祖父サンカラ、ズーット、『ナンデモ願イガカナウ石』ヲ探シテキタ。
トハイエ、生活ガ苦シカッタカラ、片手間ダッタケレドネ。父上ガ商人ニナッタノモ、石ヲ探スッテノハ名目デ、ヤッパリ遊牧ダケダト生活ガ苦シイシ、贅沢シタカッタカラトイウノモアルノヨ。
ケド、ワタシガ覚エテイルカギリ、商人ニナッタアトノホウガ、父上ハ楽シソウダッタ」
「なぜ兄弟そろって僧侶になったのだ」
「父上ノ遺言、ッテコトニハナッテイル。兄チャンヤ弟ハ、父上ガ、母上ニ先立タレタカラ、世ニ無情ヲオボエタカラダト信ジテイルケレド、本当ハチガウ」
「どういうことだ?」
「兄チャント弟ハ、母上ガ死ンダト信ジテイル。ケレド、本当ハソウジャナイノヨ。
アレハワタシガ子供ノコロダッタ。夜ニ厠ニイクタメ起キタノネ。ソウシタラ、母上ガ、知ラナイ男トイッショニ、家ヲコッソリト出テイクトコロダッタ。
父上ハ、母上ガ死ンダト言ッタケレド、子供心ニ、ソリャ嘘ダッテ、スグニワカッタヨ。ケレド、父上ノ名誉ヲ考エテ、ワタシハ黙ッテイタ、孝行息子」
「それは辛かったな」
「父上ノコトガ好キダッタシネ。イイ父ダッタ。デモ、ズット気ニナッテイタワケ。
ダッテ、父上ハ羽振リガヨクッテネ、安息国ニ建テタ家ダッテ、トッテモ大キナモノダッタシ、使用人ダッテ私兵ダッテイタワケヨ。母上ヲ追オウト思ッタラ、デキタハズナノニ、父上ハソウシナカッタ。
ダカラ、父上ガ病デ寝ツイタトキ、思イキッテ、尋ネテミタ。ソウシタラ、父上ハ教エテクレタヨ。
モトモト、母上ハ、天山山脈ノフトコロデ、牛ヲ飼ッテイル貧シイ遊牧民ノ娘ダッタ。アルトキ、父上ハ母上ヲ見テ、一目ボレシチャッタノネ。思イ立ッタラ即実行。トイウワケデ、父上ハ母上ヲ掠奪シタノサ。マ、ワレワレ遊牧民ニハヨクアルコト。
ケレド、母上ニハ、好キナ人ガイタラシイ。デモッテ、縁談モマトマッテイテ、嫁グノヲ楽シミニシテイタラシインダナ。ケレド掠奪サレテ、シラナイ土地ニツレテコラレテ、ウレシイハズガナイ。
母上ハ、ワタシガ覚エテイルカギリ、笑ウコトガナイ人ダッタ。ワタシニシテモ、コンナニ愛ラシイノニ、可愛ガッテモラッタ覚エガナイ。好キジャナイ男ノ子ヲ、可愛ガレナカッタノカモシレナイネ。
母上ハ、ズット待ッテイタノヨ。自分ヲ助ケテクレル男ガヤッテクルノヲ。父上モ、予感ガアッタンダロウネ。子供ノ目カラ見テモ、母上ハモウ、若クモ美シクモナカッタケレド、男ハ母上ヲ連レテイッタ。
思ウニ、アノ男ハ、母上デナクチャ、ダメダッタンダロウ。
父上ハ、優シイ人ダッタ。ダカラ母上ヲ追ウコトヲアキラメタヨ。コノアタリ、チョット遊牧民ノ長ニハ向イテナイヨネ。本人モワカッテイタンダト思ウンダ。ダカラコソ、ワレワレニ、僧侶ニナレト遺言シタ」
「僧侶は子供を作れない。つまりは子孫はいなくなり、絶える」
「ソユコト。父上ハ、母上ヲ略奪シタコトヲ、気ニヤンデイタンダト思ウヨ。石ノコトニシテモ、コレダケ探シテミツカラナインデアレバ、モウ終ワリニスルベキダト思ッタノカモシレナイネ」
「父上はどうして亡くなったのだ」
「ヨクアル話。悪イ漢族ノ商人ニダマサレテ、一文無シニナッテシマッタ。安息国ヲ基盤ニ頑張ッタケド、借金ヲ返スタメニ、家屋敷、ゼーンブ売ルコトニナッチャッタヨ。
ソレデ、ガッカリシチャッタノダロウナア。チョットシタ病デ寝タキリニナッテ、ドンドン弱ッテシマイ、ポックリト逝ッテシマッタ。カナシイヨ」
「そうであったか。尋ねるが、もし、石が手に入ったら、家を再興したいと思うか」
「イマサラ、過去ニハ戻レナイ。モシ石ガアルナラバ、母上ガ幸セニ暮ラセテイルカ、ソレヲ知リタイ」
「もしかしたら、最初に掘り出した者の血を引く子孫ならば、正しく使えるのではないかとは思わないか」
「思ワナイヨ。正シク使エルナラ、ドウシテゴ先祖サマハ、失敗シタンダロウ。ゴ先祖サマヨリ、ワレワレノホウガ優レテイルトモ思エナイシネ」
「尋ねるが、もし石がずっとみつからなかったら、やはりおまえたちは、えんえんと大地を彷徨いつづけるわけか」
「マア、ソウナルネ。宿命ッテヤツ」
「………石があると言ったらどうなる」
「ヤッパリネ」

「やっぱり?」
「ウン。夢デ見タ。ワレワレノ故地ノナカニ、塔ガ建ッテイル。ソコデゴ先祖サマガ塔ノテッペンデ手招キヲシテイルノデ、登ッテミルト、地平ノカナタカラ、白イ龍ガヤッテクル。
同ジ夢ヲ、ココノトコロ、毎日ノヨウニ見テタ。コリャ、御仏ノオ導キデ、宿願ガカナウ日ガ近イト思ッテイタヨ。
アンタノ名前ヲ知ッテイル。隴西ノ太守ノ屋敷デ宴会ガアルト、アンタノ名前ガ出テキタ。変ワッタ名前ダッタカラ、特ニ印象ニ強イ。号ガ臥龍ダトカ。アア、コイツガ、石ヲ持ッテイルンダト、ワカッタヨ」
「なんと、気づかれていたとは。では、ほかの二人も知っているのか」
「ウンニャ。兄チャンハ、父上大好キッ子デ、一族ノ宿願ニコダワッテイル。弟ハ兄チャンノイイナリ。二人ニ話シタラ、マチガイナク、アンタタチヲ襲オウトスル。ケレド、石ヲモッテイルアンタヤ、ゴンタクンニ勝テルトハ思エナイ。
ソレニ、二人ニ人殺シナンテサセタクナイヨ。ダカラ、アンタモイママデドオリ、知ランプリシテテホシイ」
「うむ、約束しよう。シラを切るのは得意だ」
「ソノヨウネ。石ハ、タブン、ワレワレヲ選ンデイナイ。兄チャンヤ弟ガワタシノヨウナ夢ヲミテイナイトコロヲ見ルト、キット、ソウイウコトナノヨ。血ハ関係ナインダネ」
「なんだ、石はおまえに渡すつもりであったのだが、その口ぶりでは駄目なようだな」
「ウン、正直、イラナイ。渡サレテモ困ル。夢ニヨレバ、石ハ元ニ戻リタガッテイル。塔ニイカナケレバ、石ハ、マタ悪サヲスル。ワタシガソレヲ持ッテ、石ガ誘惑シテキタ場合、勝テル自信ガナイ。
アンタニハ、塔マデ石ヲ持ッテイテモラウヨ。兄チャンタチハ、ウマク誤魔化スカラ、協力シテホシイ」
「塔がどこにあるのか、知っているのか?」
「知ッテイル、トイウヨリモ、知ッテイタ、トイウノガ近イカナ」
「どういうことだ」
「塔ハネ、ワレワレノゴ先祖ガ匈奴ニトドメヲササレタトキ、一緒ニ崩レテシマッタノ。今ハ、コノ世ノ、ドコニモナイ」
「矛盾しているぞ。どこにもない塔へ、どうやって行けというのだ」
「困ッタネ」
「あのな」
「思ウニ、アンタハ漢族ノナカデモ、タッタ一人、誘惑サレルコトモナク、石ヲスベテ揃エテ、ワレワレノ前ニアラワレタ。ソレダケデモスゴイ奇跡ヨ。
トナレバ、モシカシタラ、二度、三度ノ奇跡ガオコッテモオカシクナイ」
「どんな奇跡だ、それは」
「想像モツカナイケレド、キット、終ワリハ近ヅイテイル。石ハ、ワレワレデハナクテ、アンタヲ選ンダノ。最後マデ、付キ合ッテチョウダイヨ」
「まだ、当てのない旅はつづく、というわけか……やれやれ、子龍がこれを聞いたら、なんというだろうか」





「ニキ、知ラナイアイダニ部屋カライナクナッテタカラ、心配シタヨ。武威ハ治安ガ、カナリ、イマイチ。昨夜モ、魏ノ兵卒ガ暴レタッテサ。オカゲデ、家ノ扉ニトリツケル錠前ガ、飛ブヨウニ売レテ、鍛冶屋ガ、ウハウハダッテ」
「太守ノ母丘興ハ、悪クナイケド、チョイト大人シイネ。兵卒ノもらるガ下ガリマクッテイルウエニ、羌族ヤ胡族ノ叛乱ヲ押サエキレナイ。羌族ニイロイロ勉強ヲ教エテイルミタイダケド、時間ガカカル政策ヨ。タマニハ、がつんトヤラナクチャ、ココノ民ハ言ウコトヲキカナイサ」
「ニキニキハ、時流ヲ見ル目ガアルネ」
「ニキ兄チャンニ誉メラレタ。今日ハトッテモイイ朝ネ。ニン兄チャンモ、ソウ思ワン?」
「ウン、兄弟、仲良シガ一番。ウレシイネ」
「うん? 待て、おまえたちの名をまだ聞いていなかったな。長男がニンで、次男がニキ?」
「ソウヨ。上カラ順ニ、ニン・ニキ・ニキニキ」
「ニンニキニキニキ……あえて突っ込むのはよそう。ところで、子龍がまだ戻っていないようなのだが、おまえたちは見ていないか」
「知ラナイヨ。ゴンタクン、ドコヘ行ッタノ?」
「それがわからぬのだよ。兵卒が暴れていたって? この土地は、やはり印象だけではなく、本当に治安が悪いのだな」
「ソリャソウネ。馬超ト組ンダ韓遂ッテノハ、野心ノ強イ男ダッタ。デモッテ、トッテモ強引。軍資金ヲ集メルタメカ、ナンダカワカラナイケド、目ニツイタ集落トイウ集落ヲ、片っ端カラ掠奪シタヨ。
オカゲデ、コノアタリノ人口ハ激減。オマケニ、羌族ト漢族ノアイダニ、マスマス深イ溝ガデキテシマッタ。コレジャ、ヨッポド有能ナ太守デナイト、治メルノガムズカシイ。
馬超ハ、ナンダッテ韓遂ナンカト組ンダカネー。馬超ハサッパリシタ気性ダケレド、韓遂ハ、ヨロシクナイ漢族ノオ手本ミタイナモン。アレジャ、最初ハヨクッテモ、イツカ決裂スルッテ、ワレワレ識者ハ思ッテタ」
「予想ドオリダッタヨネ。馬超トソノ兵隊、メチャクチャ強イケド、軍師ガイナイカラ、状況ニ右往左往スルバッカリニナッチャッタ。チト気ノ毒。イマ、ドウシテイルンダッケカ」
「蜀にいるよ。なるほど、われら漢族から見れば、馬孟起は青羌兵のなかでは神のように崇められている、信望あつい人物という印象があるが、おまえたちから見れば、ちがうのだな」
「韓遂ノ一族ハ滅亡シタカラ、馬超ハ蜀ニ逃ゲラレテ、マダマシ。生キテイレバ、イイコトモアルダロウシ」
「そういうものかな」
「ソウヨ。トハイエ、韓遂ヤ馬超ノ影響ハ、イマダニツヨイ。羌族ヤ胡族ヲ背後デアオッテイルノハ、カツテノ韓遂ヤ馬超ノ部下ダッタリスル。
コレデ馬超ガ涼州ニモドッテクルヨウナコトガアッタラ、キット、羌族ハ呼応シテ叛乱スル」
「なるほど」
「ッテ、ノッポサン、目ヲ輝カセテイルンジャナイヨ。ヤダネ、軍略家ッテノハ。ソンナコトニナッタラ、迷惑千万ダッツーノ」
「安心してくれ。いま、蜀には北進する国力はまだないのだ」
「国力ガデキタラ、来ルヨッテコトジャン。ヤダヤダ。早イトコ、がんだーらヘ向カオウ」
「その前に、子龍を探させてはくれぬか」
「インヤ、ソノ手間ナイミタイヨ。ホラ、向カラヤッテクルノ、役人ッポイ」
「役人っぽいどころか、まさにそのものではないか。いかん、子龍は、もしや捕らえられてしまったのか?」
「アリャ、武装シテルジャン。ヤバシ。逃ゲルベシ! 八方散ルノガオリコウサン!」
「あっ、待て、置いていくな! わたしはどうなる!」




「アンタ、トロイネ。サッサト走ルコト」
「おお、ニキ、戻ってきてくれたか」
「石ヲ持ッテイルカラッテ、油断シテイルトヒドイ目ニアウヨ。ウチノゴ先祖サマ、匈奴ニ首ヲ刎ネラレタ挙句、ソレヲ加工サレテ、匈奴ノ宴会ノトキニ杯ガワリニサレタヨ。同ジ目ニアッテモイイノ?」
「よくない。それは実によろしくない。けれど、子龍がとらえられたかもしれないのに」
「ダカラヨ。ココデアンタモ捕マッタラ、助ケラレナイデショ? トモカク、ココハ逃ゲルノガ一番。ソレ走レ!」
「おい、ニキ、まさか、このまま走って酒泉まで行こうなどという話ではなかろうな」
「ソレデモイイケド、ソレジャ、ゴンタクンガ、カワイソウ。アンタハ知ラナイダロウケド、涼州ハ、ドノ町モ、ミンナ荒レテイル。兵隊ノ質モワルクテ、盗賊ト変ワラナイ。地元ハ太守ニ従ワズ、マスマス土地ガ荒レル。
ソレハトモカク、アンタミタイニ目立ツ人ガツカマッタラ、ドンナ目ニ遭ワサレルカ、ワカッタモノジャナイ。ココハヒトマズ引イテ、様子ヲ見ルノヨ」

つづく……

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