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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 花の章 その25 夜明け前にて

2022年07月24日 09時58分16秒 | 英華伝 臥龍的陣 花の章


寝苦しさに気づいて孔明はふと眠りから醒めた。
見慣れぬ天井が目の前にある。
襄陽城にいるのだったと遅れて思い出し、そして寝ぼけた頭をなだめるため、ため息をひとつついてみる。

眠らねばならない。
朝には、ふたたび戦いが待っていることだろう。
そうしてまぶたをふたたび閉じようとしたとき、孔明は、おのれの寝所に自分以外の人間がいることに気づいた。

「何者ぞ!」
孔明は起き上がると、部屋の隅にうごめく闇に向けて、鋭く誰何した。
闇に目が慣れてくると、その輪郭が、見慣れたものであることに気がつく。
趙雲であった。

孔明があきれて、
「なにをしている」
と、たずねると、趙雲は立ち上がり、気まずそうに言った。
「道に迷って、おれの部屋がどこだかわからなくなった」
「隣だ」
孔明がそう言うと、趙雲は顔をしかめた。
この男、たまに間抜けな間違いをするのであるが、それを指摘すると、照れ隠しに、かえって怖い顔をする癖がある。

ふと、趙雲が、おのれの左肘《ひだりひじ》を、庇《かば》うようにしているのに気付いた。
それどころか、よくよく見ると、衣のあちこちが擦り切れ、泥だらけである。
返り血らしきものがないところを見ると、大立ち回りをした、というわけではなさそうであるが…

「いま何時くらいだろう?」
孔明が問うと、趙雲は薄闇のなか、首をかしげる。
「さあな。実はさきほど、すこし部屋の隅っこを借りて、うたた寝をしていた。鶏はまだ鳴いていないが、もう明け方に近いかも知れぬ」
「野戦中でもあるまいに、筋を痛めるぞ。一緒に寝るか?」
「聞かなかったことにしておく」

孔明は、べつに冗談で言ったわけではない。
趙雲は武将である。
武将の身体は、いわば武器と同等である。
武器を傷めては戦にならない。
その考えから出た言葉であった。

孔明のあてがわれた賓客用の寝台は、諸葛家の姉弟みんなで寝そべることができるくらい、大きくて立派なものであったし、男同士で同衾するといっても、男と女とはわけが違うのであるから、妙に構える必要もないわけだ。
むかし、なにか嫌なことでもあったのかな、と邪推を浮かべつつ、孔明はとりあえずおのれの言葉をひっこめた。

「肘をどうした」
ああ、と趙雲は言って、自分の左肘を見せた。
無造作にではあるが、応急処置として、肘に布が巻かれている。
そこから、じわりと血がにじみ出ていた。
「どこかで切ったようだが、たいしたことはない。ここに来るまで気付かなかったほどだからな」

そこまで言って、趙雲は恐ろしげな顔をして沈黙する。
孔明がつづきを促すように首をかしげると、趙雲はぼそりと、つぶやくように言った。
「知らぬうちに、そこまで緊張していた、ということなのだ」

「意味がよくわからぬ」
「おれは根っからの武人らしいな。むかしは、ある男にそこを嫌われたので、どこかでそれを恥じていたが、いまはこの性質に感謝している。あの小僧、やはり並の者ではなかった」
「どういうことだ。小僧とはだれだ」
「花安英《かあんえい》だ」
「なんだ、あの子と一緒にいたのか。花安英は程子文《ていしぶん》とは義兄弟の契りを結んでいるほど仲が良かったから、その思い出話でもしていたか?」

すると、趙雲は目を大きく見開き、オウム返しにしてきた。
「義兄弟だと? 死んだ男と、花安英が」
そうだ、と孔明はうなずく。

程子文は自分に似たところのある花安英をかわいがり、どこへ行くにも連れて行っていた。
花安英も程子文になついて、まるで猫のようにじゃれていたものだ。

そういえば、あの子は猫に似ているなと孔明が思っていると、趙雲は腕を組み、不機嫌そうに考え込んでいる。
「あの子になにか言われたのか」
「程子文のことについて、突き放したような言い方をしていたのだ。まさか義兄弟だとは思っていなかった。そのわりには悲しんでいないように見えるな」
「たしかに。しかし良い方向で考えると、かれはかれなりに、程子文の遺志をついで劉公子をお守りしようと気を張っているのかもしれぬ」
「まあ、そういうふうにもとれるか」

言いつつも、趙雲は納得していない様子だ。
「花安英が並の者ではないというのは、どういう意味で言ったのだ?」
孔明がたずねると、趙雲はこれまたかれらしくないことに、まだ不機嫌そうに言った。
「あいつ、見た目とは違うぞ。だいぶ鍛えている。なにもできなさそうなフリをしているが、とんでもない。抱え上げてわかった。かなりの筋肉を持っている」
「抱え上げた?」

今度は孔明がおどろいてたずね返す。
趙雲は、ばつがわるそうに、ゆるゆると昨晩の出来事を話し出した。

つづく


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