※
まるで王侯貴族を出迎えているような人出であった。
ただし歓迎をあらわすものはなにもなく、代わりにあるのは沈黙と好奇心、そして敵意だ。
門には、襄陽城の人という人、すべてが集まってきたような錯覚さえおぼえるほどの人がたかっていた。
ぱちぱちと火の粉を飛ばす篝火が、集まってきた人々の顔を赤く照らし出す。
その群れのなかに、知り合いの数がすくないことに、孔明は不安を覚えていた。
崔州平《さいしゅうへい》もいなければ、麋竺《びじく》もいない。
とくに麋竺は、潘季鵬《はんきほう》らに囚われているのか。
それとも、もうあの世へと先に逝ってしまったのか。
沈黙し、孔明をじろじろ眺める者、あるいは近隣の者と、ひそひそ話をする人々。
その中央には、背後にずらりと兵卒たちを並べた、ものものしい鎧姿の蔡瑁がいた。
蔡瑁のかたわらには、孔明が新野から連れてきた従卒たちが後ろ手に縛られて、咽喉元に刃をつきたてられている。
蔡瑁の手の者のなかには、孔明がおかしな態度を取らないようにと、弓を構えてすらいる者もいた。
「文官ひとりに、たいした歓迎ぶりだな」
孔明がつぶやくと、傍らにいた潘季鵬が答える。
「貴殿は、次に何をするかわからぬところがあるからな。予測がつかぬ」
皮肉でもなんでもなく、それは潘季鵬の素直な感想であるらしい。
話をしたくない、という孔明の要望を聞いたのか、それとも潘季鵬のほうも、孔明の高飛車な態度にあきれたのか、道中はおたがいに、ひと言も口をきかなかった。
孔明は、隣にならぶ潘季鵬の横顔を盗み見る。
竜髯《りゅうぜん》の立派な、風格のある男である。
公孫瓚の滅亡の際に、袁紹にとらえられ、磔刑を受けたのが原因で、片腕がきかなくなったという。
しかし、馬上にて、手持ち無沙汰にだらりと下がったその片腕さえも、この男の独特の重厚な雰囲気をかもしだす道具となっていた。
司馬徽《しばき》の私塾で学問をおさめ、それなりに人物鑑定眼をみがいてきた孔明でさえ、本当に、おのれの考えが当たっているのか、不安に思うほど、潘季鵬は『まとも』に見える。
眼に妖しい影が差しているわけでもなし、突飛な言葉で人を煙に撒こうとしているわけでもなし、なにも知らずに見れば、徳望の厚い大人物にさえ見えた。
「なぜだ」
孔明が、正面で待ち受ける蔡瑁を見つめつつ、つぶやくようにとなりの潘季鵬に尋ねると、潘季鵬もおなじく、孔明のほうを見ないまま、逆に問いかけてきた。
「貴殿こそ、なぜだ」
「おまえの言う、なぜ、の意味は?」
「趙子龍を逃がしたな。奴は貴殿の主騎にすぎぬ。代替のきく人間だろう。
それなのに、なぜ奴のために、わざわざ死地に戻りさえするだ」
「子龍は、あれはいずれ、このわたしの片腕となる男だからだ。代替なぞきかぬ」
「貴殿の片腕とは、曹公を成敗するための軍の大将、ということか」
「いいや。だれもが戦に怯えずにすむ、私が生まれるまえの、平和な国に戻すための作業の片腕だ。戦にはかぎらぬ」
隣で、潘季鵬が笑みをこぼしたのがわかった。
「壮大だな。曹公すら、眼中にない、というわけか」
「世にあふれる事物を、ひとつの形にくくってしまえば判りやすかろう。その究極の形が国だ。
しかしその国が壊れたのならば、さらに大きな視点に立たないかぎり、世の中は見えてこない。
この世界には漢《かん》という国だけが存在するのではない。周辺にはさまざまな国や部族がおり、彼らと連動してこの世は成り立っている。
黄巾賊が国を荒らしているだけの時であったなら、漢の中央を直せば治まった話だったかもしれぬ。
しかし、すでに争いは全土へ飛び火し、周辺諸国すら巻き込んでの大乱となってしまった。
貴殿、着衣の端がほつれて、糸が寄ってしまい、衣がつってしまったことはないか」
「旅をしていれば、着物にほころびが生じるのはしょっちゅうだ」
「どう直す?」
「寄っている部分を、均《なら》して元に戻す」
「この世の現状も同じことだ。徐々に全体を均していく必要がある。
ただし、着物を均すのとは規模がちがう。
いまの現状を見るに、その作業を一つの勢力が成し遂げるのは難しかろう。人が足りぬ」
「これほどに殺しまくったあとではそうであろう」
「いいや、人数の話ではない。人材が足りぬ、ということだ。
この作業には、志を同じくする人間が大量に必要となる。
平和な土地を徐々に広げていく作業なのだ。
しっかりした理念が基盤になければ為しえぬ。優秀な人材が必要だ」
「その一人が子龍だと?」
「子龍だけではない。新野の劉玄徳の元には、損得勘定ぬきで人のために動ける男たちが集まっている。
劉玄徳には、そういう性質の男を集めることができる力があるのだ。
中でも子龍は際立っているとは思うが」
「どのように?」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、感謝です、ありがとうございます!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさま、うれしいです、とっても励みになっています!(^^)!
いろいろ試行錯誤して、続編の創作も進めています。
どうしたらうまく続編をつくれるか、昨日はなんとなくですがヒントをつかむことができました(とあるビジネス書にヒントがあったのです。なにがヒントになるかわかりませんねえ)
やる気が継続しているのも、応援してくださるみなさまのおかげ!
これからもがんばりますので、ひきつづき当ブログをごひいきにー(^^♪
まるで王侯貴族を出迎えているような人出であった。
ただし歓迎をあらわすものはなにもなく、代わりにあるのは沈黙と好奇心、そして敵意だ。
門には、襄陽城の人という人、すべてが集まってきたような錯覚さえおぼえるほどの人がたかっていた。
ぱちぱちと火の粉を飛ばす篝火が、集まってきた人々の顔を赤く照らし出す。
その群れのなかに、知り合いの数がすくないことに、孔明は不安を覚えていた。
崔州平《さいしゅうへい》もいなければ、麋竺《びじく》もいない。
とくに麋竺は、潘季鵬《はんきほう》らに囚われているのか。
それとも、もうあの世へと先に逝ってしまったのか。
沈黙し、孔明をじろじろ眺める者、あるいは近隣の者と、ひそひそ話をする人々。
その中央には、背後にずらりと兵卒たちを並べた、ものものしい鎧姿の蔡瑁がいた。
蔡瑁のかたわらには、孔明が新野から連れてきた従卒たちが後ろ手に縛られて、咽喉元に刃をつきたてられている。
蔡瑁の手の者のなかには、孔明がおかしな態度を取らないようにと、弓を構えてすらいる者もいた。
「文官ひとりに、たいした歓迎ぶりだな」
孔明がつぶやくと、傍らにいた潘季鵬が答える。
「貴殿は、次に何をするかわからぬところがあるからな。予測がつかぬ」
皮肉でもなんでもなく、それは潘季鵬の素直な感想であるらしい。
話をしたくない、という孔明の要望を聞いたのか、それとも潘季鵬のほうも、孔明の高飛車な態度にあきれたのか、道中はおたがいに、ひと言も口をきかなかった。
孔明は、隣にならぶ潘季鵬の横顔を盗み見る。
竜髯《りゅうぜん》の立派な、風格のある男である。
公孫瓚の滅亡の際に、袁紹にとらえられ、磔刑を受けたのが原因で、片腕がきかなくなったという。
しかし、馬上にて、手持ち無沙汰にだらりと下がったその片腕さえも、この男の独特の重厚な雰囲気をかもしだす道具となっていた。
司馬徽《しばき》の私塾で学問をおさめ、それなりに人物鑑定眼をみがいてきた孔明でさえ、本当に、おのれの考えが当たっているのか、不安に思うほど、潘季鵬は『まとも』に見える。
眼に妖しい影が差しているわけでもなし、突飛な言葉で人を煙に撒こうとしているわけでもなし、なにも知らずに見れば、徳望の厚い大人物にさえ見えた。
「なぜだ」
孔明が、正面で待ち受ける蔡瑁を見つめつつ、つぶやくようにとなりの潘季鵬に尋ねると、潘季鵬もおなじく、孔明のほうを見ないまま、逆に問いかけてきた。
「貴殿こそ、なぜだ」
「おまえの言う、なぜ、の意味は?」
「趙子龍を逃がしたな。奴は貴殿の主騎にすぎぬ。代替のきく人間だろう。
それなのに、なぜ奴のために、わざわざ死地に戻りさえするだ」
「子龍は、あれはいずれ、このわたしの片腕となる男だからだ。代替なぞきかぬ」
「貴殿の片腕とは、曹公を成敗するための軍の大将、ということか」
「いいや。だれもが戦に怯えずにすむ、私が生まれるまえの、平和な国に戻すための作業の片腕だ。戦にはかぎらぬ」
隣で、潘季鵬が笑みをこぼしたのがわかった。
「壮大だな。曹公すら、眼中にない、というわけか」
「世にあふれる事物を、ひとつの形にくくってしまえば判りやすかろう。その究極の形が国だ。
しかしその国が壊れたのならば、さらに大きな視点に立たないかぎり、世の中は見えてこない。
この世界には漢《かん》という国だけが存在するのではない。周辺にはさまざまな国や部族がおり、彼らと連動してこの世は成り立っている。
黄巾賊が国を荒らしているだけの時であったなら、漢の中央を直せば治まった話だったかもしれぬ。
しかし、すでに争いは全土へ飛び火し、周辺諸国すら巻き込んでの大乱となってしまった。
貴殿、着衣の端がほつれて、糸が寄ってしまい、衣がつってしまったことはないか」
「旅をしていれば、着物にほころびが生じるのはしょっちゅうだ」
「どう直す?」
「寄っている部分を、均《なら》して元に戻す」
「この世の現状も同じことだ。徐々に全体を均していく必要がある。
ただし、着物を均すのとは規模がちがう。
いまの現状を見るに、その作業を一つの勢力が成し遂げるのは難しかろう。人が足りぬ」
「これほどに殺しまくったあとではそうであろう」
「いいや、人数の話ではない。人材が足りぬ、ということだ。
この作業には、志を同じくする人間が大量に必要となる。
平和な土地を徐々に広げていく作業なのだ。
しっかりした理念が基盤になければ為しえぬ。優秀な人材が必要だ」
「その一人が子龍だと?」
「子龍だけではない。新野の劉玄徳の元には、損得勘定ぬきで人のために動ける男たちが集まっている。
劉玄徳には、そういう性質の男を集めることができる力があるのだ。
中でも子龍は際立っているとは思うが」
「どのように?」
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、感謝です、ありがとうございます!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさま、うれしいです、とっても励みになっています!(^^)!
いろいろ試行錯誤して、続編の創作も進めています。
どうしたらうまく続編をつくれるか、昨日はなんとなくですがヒントをつかむことができました(とあるビジネス書にヒントがあったのです。なにがヒントになるかわかりませんねえ)
やる気が継続しているのも、応援してくださるみなさまのおかげ!
これからもがんばりますので、ひきつづき当ブログをごひいきにー(^^♪