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はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 二章 その5 張郃の想い

2023年12月27日 10時01分51秒 | 英華伝 地這う龍



許褚《きょちょ》が劉備の策にかかって、けがを負ったという話を聞いて、曹仁は、先へ進むか、あるいは戻るかと悩みはじめた。
そこへ新野城《しんやじょう》へ派遣していた斥候兵《せっこうへい》が戻ってきた。
新野が、もぬけの殻になっているというのだ。
「逃げられたか」
悔しそうに曹仁がうめく。
だが、さすがに優秀な曹仁だけあり、切り替えも早かった。
張郃《ちょうこう》ら諸将の顔を見回すと、はっきりした声で言った。
「いまのありさまで劉備から攻撃されたらかなわぬ。
ともかく今日は、新野を押さえることにしよう」


「劉備を追撃せずともよいのですか」
気の逸《はや》る張郃がたずねると、曹仁は首を横に振った。
「まずは負傷兵を手当てするのが先だ。
それにわれらには土地勘がない。真っ暗闇のなか劉備を追撃するのは不利だ。
これ以上、どんな罠があるかわからぬからな」
「しかし、べつの城に籠《こも》られたら厄介なのでは」
「数においてはわれらが圧倒的に優勢なのだ。
たとえ劉備がべつの城に籠ったとしても、包囲してしまえば、やつも、もはや虫の息。
そう心配したことはなかろう」


張郃がさらに反論しようとすると、そのやりとりを聞いていたらしい許褚が、申し訳なさそうに言った。
「すまぬ、こんな単純な策に引っかかったわしのせいで」
「虎痴将軍《こちしょうぐん》を責めているわけではありませぬ」
許褚はさいわいにも軽傷だった。
三千近い兵を失ったものの、勇将が無事だったことで、曹操軍の士気は落ちずにすんでいる。
まだ軍中には曹仁のほか、曹洪、張遼もいる。
さらに、兵も四万近く残っているのだ。
焦らずともよい、というのは頭ではわかっていたが、張郃はいらいらした気持ちを抑えられないでいた。


曹操軍は夜更けに新野城に到着した。
人っ子ひとりいなくなった新野の城市に兵たちは雪崩れ込むと、それぞれ残された文物を奪い、さらには、てきとうな場所にそれぞれ寝床をつくって、休み始めた。
昼間の行軍の緊張が高すぎたせいか、兵たちは、すっかり気を緩《ゆる》ませている。
しかも、数百という負傷兵をかかえていて、これでさらに夜陰《やいん》を抜けて劉備軍を追撃する気持ちになれないのは無理はなかった。


「儁乂《しゅんがい》どの、御辺も休まれよ」
あいかわらず突き放したように言ってくる曹洪にたいし、かたわらの、泥だらけの許褚は、人のよさそうな笑みをみせつつ、ことばを添えた。
「そうしたほうがいいだろう。わしも今宵は水浴びをして、そのあとで、ゆっくり休もうと思う。
劉備の首を狙うのは、明日でも遅くはあるまい。
おそらく、やつは新野の民も連れているのだ。
どこへ落ち延びるにしても、足は遅いであろう」


たしかに許褚の言うとおりだった。
新野には、鶏や馬、牛のほか、犬のたぐいも残っていなかった。
民がそれぞれ、持って行ったのだ。
財貨を抱えつつの行軍となると、許褚の言う通りで、遅いに決まっている。
早朝に新野を出発し、街道を南へ向かえば、すぐに劉備たちに追いつけることだろう。
「分かり申した、それでは休ませていただきます」
答えると、張郃は、要領のいい劉青が見つけた、それなりに快適な寝床へむかった。


寝床は、だれか身分の高い者が住んでいただろう屋敷で、城に近いうえ、寝台はなかなかに立派だった。
「また劉備に逃げられた」
寝っ転がりつつ、思わずつぶやく。
同時に、月を背にして立っていた、謎の男の姿が頭に浮かんできた。
おそらく劉備ではないだろう。
劉備はもっとがっしりした体つきの男だった。
何者だったのだろうか。
いつか、袁紹の元にいるときに見た、劉備の主騎という趙雲とかいう男か?
『ちがうな。あいつも肩幅がひろかった。さっき見たやつは、すこし、なで肩だった』


と、そこまで思い出して、芋づる式に、張郃は袁紹のことを頭に浮かべた。
袁紹もなで肩の男だったのだ。
優柔不断だった、と後から振り返れば思うが、仕えているときは、漢王朝の後継にふさわしい、立派な男だと信じ込んでいた。
曹操のような厄介な敵を前にして、後継者問題に頭を悩ましている、どうしようもないところもあったのに。
その領土の豊かさと広さ、そして集まっている兵の多さに頭が麻痺し、数で大幅に劣る曹操に負けるはずがないと思っていた。
張郃だけではない、ほかの家臣たちも、負けるはずがないと思い込んでいた。
まさか兵糧を焼き払われたことがきっかけで、軍が総崩れになってしまうとは、だれが予想しただろう。


真っ先に曹操に捕らわれた気の毒な袁紹の将・淳于瓊《じゅんうけい》は、見せしめに鼻を削《そ》がれる刑を受けた。
淳于瓊は有能な男だった。
張郃もかれを認め、いずれは同等の地位になりたいとあこがれていたものである。
ところが、曹操は無情にも、淳于瓊を斬ってしまった。
鼻を削いだことで、
「あとから鏡を見るたびに殿を恨みに思うだろう」
と余計な忠告をした人物のせいで、斬られることになってしまったのだ。


『おれは、ああはならない。なりたくない』
張郃は、寝返りをうちつつ、ぎゅっと目をつむった。
曹操の陣営に降るまでの張郃は、真面目でおとなしい男だった。
しかし、尊敬する淳于瓊の無残な死を知って、思ったのだ。
好きなように生き、好きなことを追求して、思うように死のうと。
さらには、曹操の配下のなかで、一番になりたいという野望も抱いている。


『まずは手始めに劉備の首をとる』
明日だ。
明日には、劉備の首と対面できる。
そう信じ、張郃は神経を落ち着かせるため、ゆるゆると呼吸をゆるめていく。
そして、しずかに眠りに落ちていった。




つづく


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さて、本日は張郃の過去がチラリ。
淳于瓊と張郃の関係がどうだったのかは、史書ではまったくわかりません。
なので、想像をふくらませて書いてみました。
袁紹軍ファンの方には「ちがうだろ」と思われるかもしれませんが……「小説だしな」と広いお心で受け止めていただけたなら、さいわいです。

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ではでは、また次回をおたのしみにー(*^▽^*)


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