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帯とけの枕草子〔二百五十四〕十月十よ日の月の
言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
清少納言枕草子〔二百五十四〕十月十よ日の月の
文の清げな姿
十月十日すぎの月が、とっても明るいので散歩して見ようと、女房十五、六人ばかり、皆、濃い衣を上に着ていて、裾を・引き上げ折り返していたときに、中納言の君(一風変わった女房)が、紅色の洗い張りをした衣を着て、首より髪をかき上げて前に越しておられた、その形が・新しい卒塔婆にとってもよく似ていたことよ。「ひゝなのすけ(雛人形の典侍)」と、若い女房たちが名付けた。後ろに立って笑うのも知らないことよ。
原文
十月十よ日の月の、いとあかきに、ありきてみんとて、女ばう十五、六人ばかり、みなこきゝぬをうへにきて、ひきかへしつゝありしに、中納言の君の、くれなゐのはりたるをきて、くびよりかみをかきこし給へりしが、あたらしきそとばに、いとよくもにたりしかな。ひゝなのすけとぞ、わかき人々つけたりし。しりにたちてわらふもしらずかし。
心におかしきところ。
十月十日余りの月人壮士が、とっても元気な色していたので、ゆっくり見ようと、女房十五、六人ばかり、皆、濃い衣を上に着て、裾を・ひきあげ返していたので、中納言の君が、紅色の洗い張りしたのを着て、首より髪の毛を、頭の上に・かき越しておられたが、もったいないことに、そとば(そ門端…おんな)に、とっても似ていたことよ、「ひひなのす毛」とだ、若き人々は名付けた。後ろに立って笑うのも、何のことか知らない。
言の戯れと言の心
「月…ささらえをとこ…月人壮士…男」「あか…明…赤…元気色」「くれなゐ…紅…衣の表の濃い赤色…裏はたぶん、薄紅色か蘇芳色…貝の色…おんなの色」「あたらし…新しい…惜しむべき…もったいない」「そとば…卒塔婆…五輪塔形の板または石塔…髪は首より前にかき越し張りのある衣を着た中納言の君の月明かりで見える後姿…そとは…素門端…粗門端…おんな」「そ…素…そのままの」「と…門…女」「は…端…身の端」「すけ…次官…典侍…す毛」「す…巣…洲…おんな」。
中納言の君は、き日(誰かの命日の忌日…女に月々めぐりくる障りある奇日)を、くすし(奇妙)と思って、くすし(薬師如来)のもとでお勤めをなさった人。女房達は、「おめでたい身に私もなりたいわ」と笑った。宮は、「仏になりたらんこそは、これよりはまさらめ(仏になるならば、邪気のなさなど・これよりは優るでしょう)」と仰せになられ微笑まれた。〔百二十三〕。
この章に限らないけれど、女たちが何を笑っているのかは、江戸時代以来の大真面目な学者たちには解明できない。近代を経て今も、女たちが何を笑っているか、知る人はいない。姿が「卒塔婆」と見えただけで、その程度のことだけで人は笑わない。
宮仕えしていると色々な人に出会う。こんな女人も居たという話。
伝授 清原のおうな
聞書 かき人知らず (2015・10月、改定しました)
原文は、岩波書店 新 日本古典文学大系 枕草子による。