帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第三 冬 (百四十四)(百四十五)

2015-04-11 00:27:30 | 古典

        


 

                     帯とけの拾遺抄



 藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

近世以来の学問的解釈によって見捨てられてしまった歌の「心におかしきところ」が蘇えるだろう。和歌を中心にした日本の古典文芸は、人の「奥深い心」をも表現しているのに、今、人々に見えているのは氷山の一角、「清げな姿」のみである。


 

拾遺抄 巻第四 冬 三十首

 

(題不知)                          読人不知

百四十四 よをさむみねざめてきけばにほ鳥の うらやましくもみなるなるかな

題しらず                         (よみ人しらず・女の歌として聞く)

(夜が寒いので、寝て目を覚まして聞けば、鳰鳥が、羨ましくも水慣れして・浮き寝して、鳴いているようだこと……彼との仲が冷えたので、夜、目覚めて聞いていると、水鳥が羨ましくも、見・身成り、啼く声が・するようねえ)

 

言の心と言の戯れ

「よ…夜…世…男女の仲」「さむみ…寒いので…心寒いので…冷えて…さみしくて」「にほ鳥…水鳥の名…鳰鳥…小型の冬鳥、かいつぶり…夫婦仲良く水に浮かんだ巣に住み息長く水中に潜り餌を獲る…鳥の言の心は女」「うらやまし…羨ましい…心が病みそう」「みなるなる…水に慣れている…見成るなる…身は感の極みに成るなり」「なる…成る…為る…鳴る…啼く…なり(推定)…(その声が聞こえる)ようだ」「かな…感嘆・詠嘆の意を表す」

 

歌の清げな姿は、寒い夜、水鳥の声を羨ましそうに聞いている女。

心におかしきところは、見離された心も寒い夜、浮き息の長い水鳥の成る声を、心病みそうになって聞く女。

 

 

(題不知)                         読人不知

百四十五 水鳥のしたやすからぬおもひには あたりの水もこほらざりけり

題しらず                         (よみ人しらず・女の歌として聞く)

(水鳥の下は、やすからず・足動き、その思いには、辺りの水も氷らないことよ……女の身の下、穏やかではない思火には、辺りの水も氷らないことよ)

 

言の心と言の戯れ
 
「水鳥…鳥の言の心は女」「水…言の心は女」「した…下…水中…身の下」「やすからぬ…安からぬ…水搔き付きだろう二本の足は方向転換や推進などのために複雑な動きをする…身の下もだえお安くない動きをする」「おもひ…思い…思い火…情熱…情念の炎」「ざり…打消しを表す」「けり…気付き・詠嘆を表す」

 

歌の清げな姿は、薄氷のない水面で泳ぐ水鳥の姿。

心におかしきところは、女の情念の炎には池の水さえ氷らないわというところ。

 

 

「にほ鳥」と「池水」を詠んだ万葉集の歌を聞きましょう。巻第四(七二五)、

献 天皇 歌二首  大伴坂上女郎春日の里に在って作るなり

二寶鳥のかづく池水こころ有らば 君に吾が恋ふ情示さね

(鳰鳥の潜る池の水、情があるならば、君に、私が恋する情を、代わりに・示して欲しいの……艶麗な女が、密かに息長にと知る池水の女神さま、情があるならば、君に、私が恋う心情を、示してください)


 「二寶…にほの当て字…にほう…三宝ではないが二つ目の寶…にほふ…艶やかで美しい…このような戯れの意味を含まないと決めつけることはできない。言葉はもとより意味の戯れるものである」「鳥…言の心は女」「池…言の心は女」「水…言の心は女…池水を擬人化するのは無理があるのでとりあえず女神とした」

 

 明らかに戯れの歌である。天皇は、歌の「心におかしきところ」を妃や女房達と共にお楽しみになられただろう。

 ついでに、もう一首、

外に居て恋ひつつあらずは君が家の 池に住むといふ鴨にあらましを

(外に居て恋し続けていなければ、かわりに私は・君の家の池に住むという鴨になって居るでしょう……内裏の外に居て、君を・恋しつついられないならば、君の家の池に住む鴨であるほうが良いかもねえ)


 「鴨…水鳥…言の心は女…かも…疑いの意を表す・反語の意を表す…このように心得えればこの歌のおかしさは容易にわかる」「まし…仮に想像する意を表す…適当の意を表す」「を…詠嘆を表す…ねえ…なあ」

 

 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。