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帯とけの「古今和歌集」
――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――
「古今和歌集」の歌を、原点に帰って、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成に歌論と言語観を学んで聞き直せば、隠れていた歌の「心におかしきところ」が顕れる。それは、言葉では述べ難いことなので、歌から直接心に伝わるよう紐解き明かす。
「古今和歌集」巻第一 春歌上(30)
かりの声を聞きて越しへまかりにける人を思ひてよめる
凡河内躬恒
春くればかりかへるなり白雲の 道行きぶりにことやつてまし
(雁の声を聞いて、越の国へ赴任した友人を思って詠んだ……女の声を聞いて、
山ば越えを退いてしまった女を思って詠んだ) 凡河内躬恒
(春が来れば、雁が帰って行く、白雲の道を行くようすに、ことを伝えて遣ろう・君も越路を帰る時がきたよ……春情・張る、繰れば、狩り・猟、返るなり、白々しくなる心雲の、路での逝きっぷりに、わが思ひ、伝わるだろうか・またよみかえるのである)
歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る
「越し…越しの国…雪国…越路…来し路」「まかる…赴く…赴任する…退出する…退く」「人…友人…女…恋人」。
「はる…季節の春…春情…張る」「くれば…来れば…繰れば…繰り返せば…繰り返すので」「かり…雁…鳥の言の心は女…狩り…猟…めとり…まぐあい」「かへる…帰る…返る…回復しもとに戻る」「なり…推量の意を表す…断定の意を表す」「白…白雲・白雪…おとこのものの色」「雲…空の雲…心に煩わしくも湧き立つもの…情欲など…ひろくは煩悩」「道…路…通い路…言の心はおんな」「行き…ゆき…逝き」「こと…事…言…言葉」「やつてまし…遣ってまし…やって遣ろう…(伝えて)やろう」「まし…仮に想像する意を表す…仮定の上での、推量・意向を表す」。
帰雁の様子を見れば我が思うことが伝わるだろう。「春、白雪解ければ、越路を君も帰って来るだろう」――歌の清げな姿。
張る繰れば、またよみがえるのである、白々しい心雲の、路での逝きっぷりに、わが思ひ伝わるだろうか。――心におかしきところ。
凡河内躬恒は、古今集撰者の一人。この歌「姿、心いみじくをかしく侍り」が俊成「古来風躰抄」の批評である。
「清げな姿」も詠み人の仮想で、「雁の帰り行く様子をみれば、早く帰って来いよという我が思いが伝わるだろうか」という。間接的で繊細な友情の表出である。添えて有る「心におかしきところ」は、同じ言葉の戯れの意味をたどれば顕れる。我が思いの女への以心伝心で、「性急な路での逝きっぷりを見れば、あなたへの我が思い火が伝わるだろうか、張るは繰り返すからね」と聞けば、俊成の批評に同感できそうである。
(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本に依る)