帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第一 春歌上(30)春くれば雁かへるなり

2016-09-27 19:14:44 | 古典

                              


                                      帯とけの「古今和歌集」

                            ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――


 
「古今和歌集」の歌を、原点に帰って、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成に歌論と言語観を学んで聞き直せば、隠れていた歌の「心におかしきところ」が顕れる。それは、言葉では述べ難いことなので、歌から直接心に伝わるよう紐解き明かす。


 「古今和歌集」巻第一 春歌上
30


        かりの声を聞きて越しへまかりにける人を思ひてよめる 

凡河内躬恒

春くればかりかへるなり白雲の 道行きぶりにことやつてまし

(雁の声を聞いて、越の国へ赴任した友人を思って詠んだ……女の声を聞いて、

山ば越えを退いてしまった女を思って詠んだ)        凡河内躬恒

(春が来れば、雁が帰って行く、白雲の道を行くようすに、ことを伝えて遣ろう・君も越路を帰る時がきたよ……春情・張る、繰れば、狩り・猟、返るなり、白々しくなる心雲の、路での逝きっぷりに、わが思ひ、伝わるだろうか・またよみかえるのである)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「越し…越しの国…雪国…越路…来し路」「まかる…赴く…赴任する…退出する…退く」「人…友人…女…恋人」。

「はる…季節の春…春情…張る」「くれば…来れば…繰れば…繰り返せば…繰り返すので」「かり…雁…鳥の言の心は女…狩り…猟…めとり…まぐあい」「かへる…帰る…返る…回復しもとに戻る」「なり…推量の意を表す…断定の意を表す」「白…白雲・白雪…おとこのものの色」「雲…空の雲…心に煩わしくも湧き立つもの…情欲など…ひろくは煩悩」「道…路…通い路…言の心はおんな」「行き…ゆき…逝き」「こと…事…言…言葉」「やつてまし…遣ってまし…やって遣ろう…(伝えて)やろう」「まし…仮に想像する意を表す…仮定の上での、推量・意向を表す」。

 

帰雁の様子を見れば我が思うことが伝わるだろう。「春、白雪解ければ、越路を君も帰って来るだろう」――歌の清げな姿。

張る繰れば、またよみがえるのである、白々しい心雲の、路での逝きっぷりに、わが思ひ伝わるだろうか。――心におかしきところ。

 

凡河内躬恒は、古今集撰者の一人。この歌「姿、心いみじくをかしく侍り」が俊成「古来風躰抄」の批評である。

「清げな姿」も詠み人の仮想で、「雁の帰り行く様子をみれば、早く帰って来いよという我が思いが伝わるだろうか」という。間接的で繊細な友情の表出である。添えて有る「心におかしきところ」は、同じ言葉の戯れの意味をたどれば顕れる。我が思いの女への以心伝心で、「性急な路での逝きっぷりを見れば、あなたへの我が思い火が伝わるだろうか、張るは繰り返すからね」と聞けば、俊成の批評に同感できそうである。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本に依る)