帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第一 春歌上(31)春霞立つを見すててゆく雁は

2016-09-28 19:37:44 | 古典

               


                            帯とけの「古今和歌集」

                   ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――


  
「古今和歌集」の歌を、原点に帰って、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成に歌論と言語観を学んで聞き直せば、隠れていた歌の「心におかしきところ」が顕れる。それは、言葉では述べ難いことなので、歌から直接心に伝わるよう紐解き明かす。


 「古今和歌集」巻第一 春歌上
31


           帰雁をよめる              伊 勢

はるかすみたつを見すててゆく雁は 花なき里に住みやならへる

(帰る雁を詠んだ歌……返るかりを詠んだ歌)

(春霞の立つのを見捨てて、帰って行く雁は、花の咲かない里に住みなれているのかしら……春情が済み、絶つおを、見捨ててゆく女は、お花の咲かないさ門に、住み慣れているのねえ)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「はるかすみ…春霞…春が済み…春の情が澄み」「たつ…立つ…はじまる…断つ…絶つ…絶えてしまう」「見すてて…見捨てて」「見…覯…媾…まぐあい」「雁…鳥…鳥の言の心は女」「花…木の花…男花…おとこ花」「さと…里…言の心は女…さ門…おんな」「さ…美称の接頭語」「と…門…身の門」「すみ…住み…済み…澄み」「や…疑問・感嘆・詠嘆」「ならへる…慣れている…馴らされている」「る…り…完了した意を表す」。

 

春霞と帰雁を見ての感想。――歌の清げな姿。

はる絶つおとこを、あきらめ、見捨ててしまうまだ夜慣れない女に付いての感想。(且つ乞うと泣けば、元気返って二見するかもねと、かりを繰り返す女の詠んだ歌)。――心におかしきところ。

 

伊勢は、古今集女流歌人の第一人者。宇多天皇の后の藤原温子にお仕えする女房であった。歌は、躬恒に優るとも劣らない、「清げな姿」と、切り口の違う性愛の微妙な情況が詠まれてある。それは、俊成の言うように「歌言葉の戯れに顕れる」。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本に依る)