帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第五 賀 (百六十六)(百六十七)

2015-04-24 00:23:36 | 古典

          

 


                         帯とけの拾遺抄

 


 藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

もとより和歌は秘事となるような裏の意味を孕んでいた。鎌倉時代に歌の家に埋も木となって戦国時代を経て秘伝となり江戸時代には朽ち果てていたのだろう。歌言葉の戯れの中に顕れる「心におかしきところ」が蘇えれば、秘事伝授などに関わりなく、和歌の真髄に触れることができる。


 

拾遺抄 巻第五 賀 五十一首

 

贈皇后の御うぶやのなぬかに兵部卿致平親王のしろかねのきじたてまつるとて

よませ侍りける                          元輔

百六十六 あさまだききりふのをかに立つきじは  ちよのひつぎのはじめなりけり

贈皇后の御産屋の七日のお祝いに、義弟にあたられる・兵部卿致平親王が、白銀の雉を奉るということで、詠ませられた歌、(代作は、清原元輔・清少納言の父)

(朝まだき、霧の、桐の生える丘に立つ雉は、千代の日次の貢物の始めであることよ……浅、未だ来、限り夫の、小高い丘に立つ、来じのひとは、千夜の連夜の初めだなあ)

 

言の心と言の戯れ

「あさまだき…未だ夜の明けないころ…朝未だ来…浅未だ来…浅くて未だ心が明けない」「きりふ…桐生…所の名…名は戯れる。桐の木の生えた、霧が発生する、限が生じる、限り夫」「きり…限り…限度」「をか…岡…丘…高くない山ば」「きじ…雉…鳥の名…来じ…来ないだろう…鳥の言の心は女…限リ来ないだろう女…白銀製の雉の造形物はまさに永遠の女の象徴…果てしない女…次は皇太后になられ、やがて天皇の御祖母となられ、今上は我が玄孫(やしゃご)となられ、先祖となられ千代つづく」「ひつぎ…日次ぎ…毎日・連日の貢物…日嗣…天皇の位…皇位継承者」

 

歌の清げな姿は、七日の産屋の人を祝う贈物に添えた歌。

心におかしきところは、皇位継承の遠退いた親王の心情を汲んで、皇子を産み続ける藤氏の女たちへのひにくと聞こえるところ。


 歌は依頼されたお方の承認を得たであろう。、意向を汲んで、そのお方に成り代わって詠まれてあるにちがいない。さすが、清少納言の父。

 

 

ある藤氏のうぶやに

百六十七 ふた葉よりたのもしきかなかすがのの  こだかき松のたねとおもへば

或る藤氏の産屋に                (拾遺集では、よしのぶ・大中臣能宣)

(新芽は・双葉のときから頼もしいことよ、春日野の小高き松の種と思えば……松葉は・双葉のときから頼もしいなあ、藤氏の庭の小高いお人の胤と思えば)

 

言の心と言の戯れ

「ふた葉…双葉…幼い葉」「より…起点を示す」「たのもしき…気強い…頼もしい…将来が楽しみである」「かな…感動を表す…詠嘆を表す」「かすがの…春日野…藤氏の氏神の鎮座する所の庭」「こだかき…木の高い…小高い…少し高い…小貴い…少し高貴な」「松…言の心は女…常緑…常磐…変わらぬ」「たね…種…胤…血統…血族」「松の種…生えたばかり幼松…女の幼児…小松が少女であることは、土佐日記をそのつもりになって一読すれば心得られる」

 

歌の清げな姿は、産屋の女人を言祝ぐ歌。

心におかしきところは、皇女が誕生したのだろう。貴女と同様に今より頼もしいと聞こえるところ。


 「拾遺抄」には作者名が無いため、この歌も元輔作のように見えるが、能宣なのだろう。賀の歌といえども皮肉めいたおかしさがある。無ければ歌ではなく、ただの祝辞である。



 『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。


帯とけの拾遺抄 巻第五 賀 (百六十四)(百六十五)

2015-04-23 00:07:06 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

もとより和歌は秘事となるような裏の意味を孕んでいた。鎌倉時代に歌の家に埋も木となって戦国時代を経て秘伝となり江戸時代には朽ち果てていたのだろう。歌言葉の戯れの中に顕れる「心におかしきところ」が蘇えれば、秘事伝授などに関わりなく、和歌の真髄に触れることができる。


 

拾遺抄 巻第五 賀 五十一首

 

天暦御時斎宮のくだりけるに長奉送使にて送りつけ侍りてかへり侍らんと

するほどに女房などさかづきさしてわかれをしみ侍りけるに

 中納言藤原朝忠

百六十四 よろづよのはじめとけふをいのりをきて今ゆくすゑは神ぞしるらん

天暦(村上天皇)の御時、斎宮が伊勢にくだった時に、長奉送使として、送り着けて帰るときに女房達が、酒杯さして別れを惜しんだので、 (中納言藤原朝忠・三条右大臣定方の子・歌人としても一流の人)

(万代の初めと、今日を祈っておいて、今、貴女方の・行く末は神のみぞ、知るだろう……万夜の初めと、山頂の・京を、祈っておいて・井のり降ろして、さて今、絶頂の・京の、ゆく末は、かみぞしるでしょう)

 

言の心と言の戯れ

「よろづよ…万代…天皇の御代…万夜…これからの貴女方の清き夜」「けふ…今日…京…山ばの頂上…絶頂…感の極み」「いのり…祈り…神にお祈りをして…井のり…井ほり…まぐあい」「をきて…置いて…送り置いて…つゆを贈り置いて」「ゆくすゑ…行く末…貴女方の行く末、何時まで斎宮に居るかなどということ…内親王から卜定で選ばれたという斎宮とその女房達の汚れなき暮らしは、今上天皇の続く限り続く、母や父に御不幸が無い限り続く…ゆく巣え…ゆくおんなとおとこ」「神…かみ…言の心は女…なぜかと訊ねられたら困る。この国の天照らす大御神は女神である。それに、おかみも、かみさんも女だろうが、としか言いようがない」「ぞ…強く指示する」「しる…知る…(神だけが)御承知…汁…濡れる」「らん…推量の意を表す」

 

歌の清げな姿は、よろず世の清き第一歩を祝した。

心におかしきところは、、今いのりをいたから、貴女方のゆく末は、かみの身ぞ汁というところ。

 

複雑微妙な心境にある内親王とその女房達を和ませることができるのは、朝忠の心遣いのゆきとどいた、このような歌しかない。普通の言葉で祝辞など述べることはできない。

 

 

はじめて平野祭のをとこづかひたてし時うたふべき歌とてよませたりし

大中臣能宣

百六十五 ちはやぶるひらのの松のえだしげみ 千よもやちよも色はかはらじ

初めて平野祭の男の勅使を遣わされた時、謡うべき歌を詠めと言うことで、詠ませられた、 大中臣能宣

(ちはやぶる平野の神の松の枝、繁っていて、千代も八千代も色は変わらないのであろう……血はやぶる山ばでないところの、女のえだ繁るために、千夜も八千夜も色情は変わらないのでしょう)


 言の心と言の戯れ

「まつり…祭…荒ぶる神の霊を鎮めるために人が行うこと…供物、幣、舞、歌等の奉納」「男の使い…勅使…平野の神は四柱とも女神らしい、神鎮めの勅使」。

「ちはやぶる…枕詞(かみ・うじ・ひとにかかる)…千はやぶる…威力の強い…勢力盛んな…血はやぶる…血気盛んな」「ひらの…平野神社…山ばでは無いところ」「松…言の心は女…待つ…常緑で色は変わらない…長寿…常磐」「えだ…枝…肢…脚の辺りのもの…江・田・多と聞いて女」「しげみ…繁げっているため…盛んなので」「み…内容を表す…原因理由を表す」「千よもやちよも…千代も八千代も…千世も八千世も…千夜も八千夜も」「色…色彩…色情」「じ…打消しの推量の意を表す…ないだろう」

 

歌の清げな姿は、荒ぶる神を鎮める奉納歌

心におかしきところは、。女の色情の長寿を祝賀する歌。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。


帯とけの拾遺抄 巻第三 冬(百六十二)(百六十三)

2015-04-22 00:17:46 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

近世以来の学問的解釈によって見捨てられてしまった歌の「心におかしきところ」が蘇えるだろう。そうすれば、和歌の真髄に触れることができ、この時代の歌論や言語観が内部から見えるようになる。それを簡単に言えば、貫之は「歌の表現様式を知り、言の心を心得る人は、歌が恋しいほどおもしろくなるだろう」と述べ、清少納言は「聞き耳(によって意味の)異なるもの、それが我々の言葉である」と述べ、俊成は「歌の言葉は浮言綺語の戯れに似ているが、その戯れに歌の主旨や趣旨が顕れる。それはいわば煩悩である」と述べたのである。

 

拾遺抄 巻第四 冬 三十首

 

しはすのつごもりのよよみ侍りける                 兼盛

百六十二 かぞふれば我が身につもるとしつきを  おくりむかふとなにいそぐらむ

師走のつごもりの夜に詠んだ                   平兼盛

(数えれば、我が身に積もる年月を、送り迎えると、何を急ぐのだろうか……彼ぞ、振れば、女の・わが身につもる疾し突きを・早い尽きなのによ、送リ迎えるとて、何を急ぐのだろうか)

 

言の心と言の戯れ

「かぞふれば…数えれば…計算すれば…彼ぞ振れば…彼ぞ降れば」「か…彼…あれ…代名詞」「我が身に…男の身に…女の身に」「つもる…積る…溜まる」「としつき…年月…疾し突き…疾し尽き」「を…対象を示す…のに(ので)…詠嘆を表す…男…おとこ」「おくりむかふ…送迎する…見送り迎え入れる…通うの受身の方(女の身)」「いそぐ…準備する・用意する…急ぐ」「らむ…原因理由を疑いをもって推量する…事実を婉曲に表現する(いそいでいるようだ)」

 

歌の清げな姿は、正月迎える用意をする女達の様子。

心におかしきところ、男と女の夜のありさま。

 

詠んだ相手や情況によって、意味は多少異なる。『拾遺集』では「斎院の屏風に」とあり、『兼盛集』では「内裏屏風歌」という。

 

 

題不知                          読人不知

百六十三 ゆきつもるおのがとしをばしらずして  春をばあすときくぞうれしき

題しらず                        (よみ人しらず・男の歌として聞く)

(雪積る・白髪の、己の歳をばともかくとして、立春をば、明日と聞けば嬉しい……逝きかさねる、己の疾し性をば、ともかくとして、張るおとこをば、満たす門、効くぞ・聞くぞ、嬉しい)

 

 

言の心と言の戯れ

「ゆき…雪…逝き…白…白髪」「つもる…ふえる」「とし…歳…疾し…早過ぎ…おとこのさが」「しらず…ともかく…それはさておき」「春を…新年を…立春を…張るおを」「あすと…明日だと…明日もと…あす門…満たす門」「あす…満たす…いつぱいにする…満たし余す」「と…門…身の門」「きく…効く…効果…聞く」「ぞ…強く指示する意を表す」

 

歌の清げな姿は、歳を重ねるのはともかくとして、新春を迎える喜び。

心におかしきところ、おとこの和合の喜び。

 

この歌、「拾遺和歌集」では「百首歌の中に 源重之」とある。公任が読人不知にしたのは、匿名にしたためと思われる。歌の色好みな内容が理由であろう。

これにて、拾遺抄 巻第四 冬の歌は終り。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。


帯とけの拾遺抄 巻第三 冬(百六十)(百六十一)

2015-04-21 00:33:53 | 古典

          

 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

近世以来の学問的解釈によって見捨てられてしまった歌の「心におかしきところ」が蘇えるだろう。そうすれば、和歌の真髄に触れることができ、この時代の歌論や言語観が内部から見えるようになる。それを簡単に言えば、貫之は「歌の表現様式を知り、言の心を心得る人は、歌が恋しいほどおもしろくなるだろう」と述べ、清少納言は「聞き耳(によって意味の)異なるもの、それが我々の言葉である」と述べ、俊成は「歌の言葉は浮言綺語の戯れに似ているが、その戯れに歌の主旨や趣旨が顕れる。それはいわば煩悩である」と述べたのである。

 

拾遺抄 巻第四 冬 三十首

 

延喜御時の御屏風に仏名したるかたある所に          貫之

百六十  年の中につもれるつみはかきくらしふるしらゆきとともにきえなん

延喜御時の御屏風に仏名している様子を描いたところに    紀貫之

(年のうちに積もった罪は、かきあつめ果てて、降る白雪と共に消えて欲しい……疾しのうちに、積りつもった罪は、搔き暗し・見えなくし、古いおとこ白ゆきと一緒に、消えて欲しい)

 

「仏名」は十二月の中頃行われる、仏の御名を称えつつ一年間つもった罪障を懺悔し、その消滅を願う仏名会。宮中恒例の儀式となっていたので、その様子を描いた屏風絵に書き入れた歌だろう。

言の心と言の戯れ

「年の中…一年間…疾しのうち…一瞬の快楽」「つもれるつみ…積った罪…あれも罪障の一つなのだろうか、七夕星は一年に一回だけれども、人は数知れず積み重ねる」「かきくらし…かき暮らし…ものの果てとし…かき暗らし…見えなくし」「かき…搔き…接頭語」「ふるしらゆき…降る白雪…ふるおとこ白ゆき…おとこの情念の燃えかす…おとこの邪気…汚れ…古おとこ白ゆき…一年間の白ゆき全て」「きえなん…消えて欲しい…消えてしまうだろう」「なむ…願望を表す」

 

歌の清げな姿は、仏名会で、人々が願うこと。

心におかしきところは、仏名会で、おとこの・願わなければならない・願った方がいい、願うだろう、こと。

 

 

屏風のゑに仏名の朝にむめの木のもとにて導師とあるじとわかれをしみたる

かた有るところに                     大中臣能宣

百六十一 雪ふかき山ぢへなにかかへるらん はるまつ花のかげにとまらで

屏風の絵に、寺で行われた・仏名のあくる朝に、梅の木のもとにて、導師と会を催した人とが、別れ惜しんでいる様子を描いたところに、大中臣能宣

(雪深き山路へ、何しに帰るのだろう・御主人よ、春待つ花の木陰に留まらずに……白ゆき深き山ばの・かよい路に、何で帰るのだろう・主人公よ、春を待つ男花の木のお陰で、踏み止まらずに)

 

言の心と言の戯れ

「山ぢ…山路…山ばの女」「山…ものの山ば」「路…通い路…女」花…梅の花…木の花…男花」「かげ…陰…木陰…陽のあたらない暗きところ…くらしたところ…果てたところ」「かげ…木陰…お蔭…影…影響」「とまらで…泊らないで…留まらないで…止まらないで」

 

歌の清げな姿は、仏名会で罪障を消滅した男、法師と退出の挨拶を交わすところ。

心におかしきところは、情の深い山ばの女の許へ何しに帰るのだ、男よ、春の情待つ、おとこ花の影にせかされるように、寺に留まらず。

 

 

清少納言枕草子(二八三段)に、中宮主催の仏名会が行われ時の情況が描かれてある。

 

十二月二十四日、宮の御仏名の半夜の導師聞きて、出づる人は、夜中ばかりも過ぎにけんかし」と語り始める。

日頃降っていた雪が、今日はやんで、風などはきつく吹いて、水晶のような、つらら(垂氷)が多くできている。(雪の残った道を行くわたしの車の前の車は)下簾も掛けず簾を高くあげてあるので、(灯に中までよく見える)。奥までさし入りたる月に(女車の奥に入り込んだつき人壮子に)、(女の装束乱れている)、薄色、白木、紅梅など、七つ八つばかり着た上に、濃い衣、艶などは月にはえておかしう見ゆる(艶っぽさは、つき人壮子に栄えておかしゅう見える)、傍らの(男の装束の色の描写がある・略)直衣の白い紐解きたれば、脱ぎ垂れて、いみじうこぼれ出でたり。指貫は車の外にはみ出している

月のかげのはしたなさに(月の光が明るく、はしたないので……つき人壮子が、はしたなくて)、後ざまにすべり入る、を(おとこ)、つねにひきよせ、(女は)あらわになされわぶるも、おかし(興味深い…犯し)。「凛々としてこほりしけり(冴えて凛として氷っていることよ……絶倫としてこ掘りしけり)」と、返す返す誦うじておはするは、いみじうおかしうて、夜一夜もありがなほしきに、行く所違うのも口惜し。

 

「月」の言の心を「つき人壮士…壮子…おとこ」と心得えると、「奥までさし入りたる月」が何を意味するかがわかる(二十四日の月は三日月と同じ程度なのに、それほど明るいわけがないなどと悩まなくて済む)。ほかでは「りんリん(凛々…厳しい寒さ)」は絶倫(類が無いほど優れている)の倫だろう。男の言葉も「聞き耳異なるもの」。「こほり…氷…子掘り…まぐあい」。

 

言うまでもなく、相乗り車の男女は仏名会の帰りの牛車の中で、消滅した罪を重ねてしまったこと。それを、清少納言は歌と同じ表現方法で語っている。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。



 


帯とけの拾遺抄 巻第三 冬 (百五十八)(百五十九)

2015-04-20 00:17:53 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任『新撰髄脳』の優れた歌の定義「心深く、姿清よげに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」に従って『拾遺抄』の歌を紐解いている。

近世以来の学問的解釈によって見捨てられてしまった歌の「心におかしきところ」が蘇えるだろう。そうすれば、和歌の真髄に触れることができ、この時代の歌論や言語観が内部から見えるようになる。それを簡単に言えば、貫之は「歌の表現様式を知り、言の心を心得る人は、歌が恋しいほどおもしろくなるだろう」と述べ、清少納言は「聞き耳(によって意味の)異なるもの、それが我々の言葉である」と述べ、俊成は「歌の言葉は浮言綺語の戯れに似ているが、その戯れに歌の主旨や趣旨が顕れる。それはいわば煩悩である」と述べたのである。

 

拾遺抄 巻第四 冬 三十首

 

題不知                         兼盛

百五十八 山里は雪ふりつみてみちもなし けふこん人をあはれとは見む

       題しらず                        平兼盛

(山里は雪降り積り道も無し、今日来るだろう人を、しみじみ感動すると思って会うだろう……山ばの女は、白ゆきふり積みて、路もなし・道理も無し、京・絶頂、来るだろう、人を、あはれと・いとおしいと、見るだろう)

 

言の心と言の戯れ

「山里…人里離れた所…山ばの女」「山…ものの山ば」「さと…里…言の心は女…さ門…戯れておんな」「雪…白雪…おとこ白ゆき…逝き」「みち…路…道…人の道…道理…通い路」「路…言の心は女」「けふ…今日…京…山の頂上…山ばの絶頂」「人…訪問者…男」「あはれ…しみじみと感動する…瞬時感動する…あゝはれと感じる…愛おしい」「見む…思うだろう…会うだろう…見るだろう」「見…覯…媾…まぐあい」「む…推量を表す」

 

歌の清げな姿は、雪深い山里に住む人についての感想。

心におかしきところは、白ゆきふり積んで京に至った女を想定し、今日来る男を、愛おしいと見るだろうというところ


 

『拾遺抄』の和歌と同じ文脈に在るに違いない『枕草子』に、この歌を引用した場面があるので、その中で、この歌がどのように聞こえていたか聞く

「宮にはじめてまいりたるころ」(177段)、要約すればこの様な場面である。

 

恥ずかしこと数知れず。夜々に参る。絵などお御覧になられる、とっても冷たい頃なので、差し出された(中宮の)お手が、灯に艶やかな薄い紅梅色に見える。限りなく愛でたしと、里人(の私)には、このような女人がこの世におられたのかと、驚きながらお見守り申しあげている。

夜が明ける前に下がる。(実は縮れ髪なので、長い黒髪の、かつらを着けている。明るいところは苦手なのである。中宮は勿論ご承知で、葛城の神(かつら着の髪)というあだ名をお付けになられたが、心遣いはされて)、暁の前に、すぐに下がりなさい、そのかわり明日は早めにいらっしいと仰せになられる。

明くる日、昨夜からの雪が降り続く、昼ごろ「やはり、すぐにいらっしやい。今日は雪に曇って顕わにはなるまい」ということで、お召しになられ、参る。他の女房達は、慣れて安らかな様子なのも羨ましい。慎ましげではなく、もの言いながら笑っている。しばらくして、殿(父君の道隆)が参られる。几帳の後に下がって、隙間から見ていると、大納言殿(兄の伊周)が参られる。「昨日今日、もの忌みですが、雪のいたく降り侍りつれば、おぼつかなさになん(雪がひどく降るので、気がかりでね……白ゆきがひどくふるので、見るのが・待ちどうしくてね)」と申される。「道もなしと思ひつるに、いかで(道も無しと思っていましたのに、どのようにして?……白ゆきつもり・みちもなしと思っているのに、どのように思って?)」とお応えになられる。うち笑ひ給ひて(兄君・お笑いになられて)、「あはれともや御覧ずるとて(しみじみ感動して私を御覧になられるかと思って……愛しい人よと、山里の女・新入りの女・は、見るだろうかと思ってね)」とおっしる。これより何事が優るだろか、物語で、(男女が)口にまかせて言うセリフに違いは無いと思える。

 

今、和歌が一義な「清げな姿」だけのものとすると、枕草子のこの場面、どのように読むのだろうか。少なくとも大納言殿の「笑い」は空虚な笑いとなり。清少納言の中宮讃美の記述は空回りするか、上滑りするだろう。

 

 

ただまさのいもうとのかういに              

百五十九 としふればこしのしら山おいにけり  おほくのふゆの雪つもりつつ

ただまさの妹の更衣に          (兼盛・よみ人しらず。拾遺集では題しらず忠見)

(歳、古れば、越の白山、老いたことよ、多くの冬の雪、積もり続けて……疾し、経れば、越しの白い山ば、感極まったことよ、多くの白ゆき積り、つつ)

 

言の心と言の戯れ

「とし…年…年齢…疾し…早い…荒い…おとこのさが(性)」「ふれば…降れば…古れば…盛り過ぎれば…経れば」「こしのしら山…越しの白山…越した白い山ば」「おい…老い…追い・迫る…極まる…物事が極まる…感極まる」「ふゆ…冬…終…ものの果て」「雪…白雪…白髪…おとこ白ゆき…おとこの情念」「つつ…継続、反復を表す…筒…中空…空しきおとこ」

 

歌の清げな姿は、悠久に巡りくる冬を越した白山の雪景色(屏風絵)。年齢経れば白髪となり盛りの山ばも老いたことよ、多くの冬の雪、積り続けて(詠み人の思い)。

心におかしきところは、疾し、経れば、越した白い山ば感極まった、多くの果ての白ゆき積り、筒。

 

屏風歌と思われるが、詞書きの「ただまさ」「更衣」は不知。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。