P.J.スタインハート(斉藤隆夫訳)『「第二の不可能」を追え!』、みすず書房(2020.9)
最初から最後までハラハラドキドキ、そして感動のサイエンスノンフィクションです。
今までこんなノンフィクションに出会ったことはありません。
スタインハートは、ファインマンの指導を受けた理論物理学者でありサイクリック宇宙論の提唱者の一人です。
著者によると第一の不可能とは永久機関などを意味し、第二の不可能とは物理学や鉱物学で否定されてきたことを意味します。
本書に登場する第二の不可能とは「準結晶」と呼ばれる結晶です。
この結晶は、5回転するともとの形に戻る5回対称性を持ちます。
5角形は、どのように配置しても平面を隙間なく並べることはできません。
著者らは、ペンローズタイルをヒントにして5回対称性の結晶である「準結晶」という概念を提案しました。
しかし、この五回対称性をもつ結晶という概念はそれまでの鉱物学の定説に反するので専門家からそんなものはあり得ないと痛烈に批判されました。
実は、スタインハートらの発表より約1年前の1984年にイスラエルのシェヒトマンらが結晶でもアモルファスでもない構造を持つ合金について発表していたのです。
シェヒトマンは、準結晶の発見により2011年にノーベル化学賞を受賞しました。
スタインハートらはイタリアの鉱物学者とタッグを組み自然界にも準結晶があるはずだとの信念のもとで世界中の鉱物学者に呼び掛けて賛同する仲間を集めて準結晶があるらしいというシベリアへの遠征を決行したのです。
そして悪戦苦闘の結果、ついに準結晶と思われる鉱物の採取に成功しました。
現地で精製して得られたものは実に微量なものです。
用心のためそれをいくつかのカプセルに詰めて何通りものコースでアメリカに持ち帰りました。
実際、ある空港ではそのうちのカプセルが紛失したのです。
アメリカに持ち帰った資料は最先端の分析器で解析した結果、確かに5回対称性をもつ鉱物であることが証明されました。
更に、その由来は隕石であることも判明したのです。
宇宙物理学者がここまでのめりこむ信念と情熱にただただ驚かされます。
本書の章立ては時系列形式になっており、事件簿のような独特の趣があることも他のサイエンスノンフィクションにない大きな魅力です。
おすすめの本です。
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