この「・・・はあり使い」は「・・・は使いよう」と訳して理解すべきか?
「物は使いよう」=”物は使い方ひとつで、役に立ったり立たなかったりするもの”
という意味であろう
そうであれば 前回紹介した「二代目の格言⑨」も
本当にこの会社のロッカーは役に立っているのだろうか?
もっと役に立つ使い方はないものか? と絶えず考えることが
必要と説いているのかもしれない
今回の文章で言えば
ただ、売ってくるだけでは営業の仕事ではないはず
伝票の整理・作成だけが経理の仕事ではないはず
従業員は本来するべき仕事を理解してそれに務めているのだろうか?
との問いかけのように思える
更には、その従業員は持てる能力の全てを使い仕事をしているのか?
まだ、どこかに改良の余地・余力はないのか?
との厳しい側面さえ感じられる
従って
「そんな事も分からん人間はいらん!」
「俺一人でもやっていけるんだぞ!」
と叱咤している
しかし、最後に
「エ、やっぱり店に残ってくれるんか」で
叱咤の意味をちゃんと理解してくれた嬉しさと
「これからも又、会社のため一生懸命働いてくださいね」と
彼らに「願い」・「感謝」をしているようにも思える
深読みしすぎているだろうか?
なんにしても
「そう言うお前が本来するべき仕事を理解してそれに
持てる能力の全てを使い仕事をしているのか」
っと不肖の三代目が叱咤激励されている
ことは間違いない