⑧日本が取るべき経済安全保障政策
——エコノミック・ステートクラフト
昨日からの続きです。最終回です
(本ブログは著者の特別の許可を得て掲載しています。なお、収録時は対中宥和の岸田政権下です。)
外資系の調査コンサルティング会社をしめつけた結果、そして、先ほどお話をした反スパイ法。何が起きているか。
実際に反スパイ法に基づいて中国政府が外資系企業の取り締まりを始めたのです。例えば、外資系の調査コンサルティング会社、これは日本でいったら帝国データバンクとか東京商エリサーチみたいな会社なんですね。彼らは何 をやっているかというと、日本のある会社にインタビューをして、中の資料をもらってレポートを出しているわけですね、会社の。
そういった仕事をやっている会社が、アメリカではミンツ、ベイン、キャッ プビジョンなんていう会社があるのですが、彼らの中国法人に国家安全当局は強制調査に入っちゃった。そして資本構成とか経営陣とか売上推移などのデータを、日本でいえば帝国データとか東京商エリサーチで売っているようなもの、これの調査をスパイ行為だということで、そこのミンツ、ベイン、キャップビジョンの従業員が捕まっちゃったんです。だから、もうみんなこういった会社は怖くて、中国企業の調査ができなくなっちやったんですね。
そうすると、では日本の会社がどこかの中国の会社と取引をしますと。相手がどんな会社化、調べもしないで取引する会社なんてないです。だけど、中国のその会社がどんな会社かというのが、調査できなくなっちやっているんですね。こんな状態に今陥りつつあります。
そして、不当拘束のリスクが脱中国を加速しているんですね。このハルタという法律事務所のジョン・ミラクさんがインタビューに答えていますけれども、彼のまわりでは中国に投資したいという会社は一つもないよと。中国の事業を売却するか、もしくは中国以外で別の調達場所を探しているかのどちらかだ。もう状況は5年前と比べて様変わりしているということなんですね。
だから、今申し上げたように、中国企業の中身というのをブラックボックス化しているわけですから、そういったものを調べようとすると反スパイ法が適用される可能性が出てきている。非常に危ない状態になっているわけです。
アメリカの対中認識
そして、アメリカはどう反応しているかというと、実はこのアメリカの国務省は中国をレベル3、旅行を再考しなさい、よく考え直せという渡航勧告を発令しているんですね。中国政府は法律に基づく公正かつ透明な手続きなしに、米国の国民および他国の国民に出国禁止令を発令するなど、法律を恣意的に施行している。国務省は中国政府によるアメリカ人の不当な拘束のリスクが中国に存在すると判断している。
中国への旅行もしくは中国に居住するアメリカの国民は、アメリカの領事館のサービスや犯罪容疑に関する情報が不明なまま、拘束される可能性がありますと言っています。そして、中国にいる 中国国民は、公正かつ透明な扱いがなく尋問や拘束を受ける可能性がある。これはホームページです。 レベル3。Reconsider travel to CHINAと書いてあります。
アメリカの認識というのは、非常に参考になります。ここに書いていますけれども、ビジネスマン、元外国政府の職員、学者、報道関係者などの在中外国人は、中国の国家安全法違反の疑いで中国当局 により尋問され、拘留されています。2,000人ぐらいいるみたいですね。
そして中国は在中のアメリカ国民を尋問・拘留・追放している。中国政府は広範囲の文書、データ、統計、そして資料を国家機密と扱い、スパイ容疑で外国人を拘留および基礎する幅広い裁量権を持つ。これは国家安全機関のことですね。
そして中国で事業を行うアメリカおよび第三国の専門サービス、これはさっき言った帝国データと か東京商エリサーチみたいな会社に対する監視が、公式に強化されている。国家安全部は中国国内で 調査を行ったり、公開情報にアクセスしたとして、アメリカ国民を拘留したり起訴したりするリスクがあります。
通常、渡航者は中国を出ようとしてはじめて出国を禁じられたことに気づく。つまり、飛行機に、空港に行ったらいきなり捕まるわけですね。それまで自分がスパイ扱いされているなんて、全然気づいていないわけです。だけど、この禁止措置がいつまで続くのか、調べようにも抗議しようにも、 中国には信頼できる仕組みや法的手続きカヾ存在しない。これはアメリカの認識ですけど、これはアメリカという米国を全部日本置き換えても、十分通用する話です。
そして、アメリカの政府は不当拘束から国民を守ろうとしています。バイデン大統領は去年の11月に 習近平国家主席との首脳会談で、この不法拘束問題を採り上げて議案に出しています。これはアメリカ。
アステラス製薬の日本人拘束の理由
ところが日本を見てください。レベル1、問題なしです。皆さん、信じられますか。これが日本の外務省です。私は命か、利益か、と言っています。つまり、日本政府というのは日本人が拘束されたことすら公表しないんです。だから拘束とか拘禁された日本人は、外部に拘束された事実すら伝えられずに、中国の非公開司法手続きに委ねられる。こんな理不尽なことカヾ現実なのです。日本政府は、誰々が 拘束されましたと公表しません。だからこういうあてにできない日本政府ですから、自分の身は自分で守ってください。
そして繰り返しですけど、改正反スパイ法は日本企業の中国事業への影響なんていうのは、まったく 視野にありません。関係ないです。職務上、中国の実態を知ってしまった日本人は、反スパイ法で不当拘束されるリスクが高いです。
これはどういうことかというと、この前報道されましたアステラス製薬の中国法人にいた日本人、この人は不当拘束されましたが、なぜかこれはアステラス製薬は、実は臓器移植手術の時に使われる非常に世界的に良い薬を持っているんです。それは当然、中国でも売られます。その人は中国でアステラス製薬のビジネスの幹部だったわけで、この臓器移植手術に使われる薬の動きを全部知ったわけです。
ということは、仕事を通じて中国の臓器移植の実態を知ってしまったんです。そうすると何が起きるか。この人が中国にいる間は大丈夫です。だけど、日本に帰ったら何を言うか分からん。だからお前はスパイだと言って、中国に拘束されているんです。
これ、アステラスの人だけじゃないです。日本人で中国のビジネスを一生懸命やって、中国人と仲良くなって、中国のために一生懸命やって中国の実態をよく知ってしまった人、こういう人が危ない。
特に台湾有事とかで国防動員法なんかが発令されると、中国から日本への帰国は不可能になります。反スパイ法も非常に恣意的に使われてしまっていますから、中国の事情をよく知っている人は危ないです。 だから経営者にとっては従業員の命を守るのか、会社の儲けを優先するのかという問題を突きつけられているわけです。
日経の社説は、またこんなことを言っているわけです。「一部の日本企業は安全を重視する観点か ら、中国出張を見合わせている。このままでは、中国から他国に事業・生産拠点を移す動きが加速しかねない。負の連鎖を断ち切るためにも、即時解放を重ねて中国に求めたい。」と社説で書いたんだけど、とんでもないですよ。
あなた方は中国で働いている日本人従業員の命を、どう考えているんだと。まさに逆です。
この中国の反スパイ法のリスクをしっかりと伝えて、日本人の従業員の命を守れ、 脱中国を推進せよと言うべきじやないんでしょうか。どこの国の国益を代弁しているんですか、日経新聞。
結論
まとめに入ります。まず習近平体制が第3期に入って、規制と統制へ路線変更しました。そしてプロテクト&プロモートでデカップリングは進んでいます。そして反スパイ法で従業員の不当拘束リスク が起きます。日本政府は、不当拘束された従業員を救出しません。
ただし、中国政府の商務省が日本の企業に対して投資しろというのは、裏には双循環戦略があるからです。でもこれに乗っかると、生殺与奪の権を握られます。そして中国製造2049では自動車部品メーカーの話をしましたけれども、技術だけ盗まれてポイ捨てされます。そして不動産の話とかしましたけれど、中国経済の先行きは悲観的なのです。
中国全体に、会社全体の売上の中で中国が占める比率が高ければ高いほど、いきなり中国は「俺はこれは買わないよ」というエコノミクス・ステートクラフト【※1】による影響が大きくなります。簡単に言うと、会社の売上のうち、6割が中国向けの会社は、エコノミクス・ステートクラフトをくらうとつぶれます。だけど売上に占める割合が3%の会社は、被害は軽微です。
【※1】エコノミック・ステイトクラフト(Economic Statecraft)」とは「政治的目的を達成するため、軍事的手段ではなく経済的手段によって他国に影響力を行使すること」を意味します。Economicとは「経済的」の意味。Statecraftとは「政治的手腕、外交術」といった意味がありますが、より広義には「人を巧みに欺く策略」というニュアンスがあり、「他国へ経済的な手法を用いて自国の地政学的な利益を確保する」ともとらえることができます。今日の世界では、武力行使は国際法上違法であり、最近ではロシアによるウクライナ侵攻もあり、手段としての軍事力は極めてハードルが高くなっています。しかし、国家間の争いが終わるわけではなく、国家間争いにおける経済的手段への依存がより高まっています。欧米では、概念として政策に活用されており、アメリカではオバマ政権末期あたりから、多くのシンクタンクが中国を対象にしたエコノミック・ステイトクラフを用いた政策を提言していました。国際的な商取引である海外ビジネスに携わる方にとって、国家間の経済争いに深く関連する「エコノミック・ステイトクラフト」の大まかな概念を理解しておくことは非常に有益であることは間違いありません。
つまり、売上を一国、特に独裁国家に重点を置くのではなくて、適切なポートフォリオを組むことが必要だということです。ですので、中国からこの3回の説明を通じていろいろなことをお話ししてきましたが、やはり中国から開発とか製造拠点に対して、国内とか東南アジアに移転する。そしてどうしても中国に物を売りたい人は、売上の比率を考えながら、完成品を中国向けに輸出するというような 形に、ビジネスモデルを変えていくことが状況の変化に対する対応だと思います。
恐竜が滅んだのは、限石の話もありますが、環境に適応できなかったからです、急激な。小さい動物は生き残りました。新しい環境の中でもね。今大きな環境の変化が起きつつあります。それに対して、サラリーマン社長になって自分の任期中の売上だけ認知できれば、あとはどうなってもいいやというのは、経営者としてだめですよ。
やはり自分が社長にしてもらった会社が、50年、100年続いていくため には、今どんな手を取るべきなのか。これを考えることが経営者にとって求められているんじゃないで しようか、私の話としては以上です。
(了)