②トランプ次期大統領の人事——国務長官他
前回に引き続き、日本メディアでは報じられることが少ないトランプ政権の布陣について、米政治に精通する専門家に、人隣を含めた詳しい解説をお願いしました。これほどまでに詳しい解説はないと思いますので特別に公開させていただきます。
国土安全保障省長官にクリスティー・ノーム氏
国土安全保障省長官にはクリスティー・ノーム氏が選ばれました。彼女はサウスダコタ州という小規模な州の州知事を務めている女性で、1971年生まれです。連邦下院議員を経て州知事となった彼女は、典型的なエリートキャリアとは異なり、在学中に結婚して大学を中退し、その後、子育てを経て再び大学に戻り、サウスダコタ州立大学を卒業しています。
彼女の学歴は、ハーバードやイェール、プリンストンといった名門校ではなく、地方の州立大学という地味な経歴ですが、それだけに地方で地道に政治活動を積み重ねてきた実績が際立っています。また、共和党の州知事の中でも、いち早くトランプ支持を公言した人物の一人でもあります。
ノーム氏は女性としても注目を集めており、一時は副大統領候補としても名前が挙がっていたことがあります。
CIA長官に指名されたジョン・ラトクリフ氏
トランプ政権におけるディープステートとの戦いの中で、重要な役割を担うとされるのが、CIA長官に指名されたジョン・ラトクリフ氏です。また、国家情報長官には元下院議員のトゥルシー・ギャバード氏が指名されました。この2つの人事は非常に注目に値します。
ジョン・ラトクリフ氏は1965年生まれ、テキサス州出身の法律家で、連邦検事を務めた経験を持つ人物です。彼は第1期トランプ政権の末期、2020年5月から2021年1月まで、国家情報長官としても活躍しました。MAGA(Make America Great Again)派、つまりトランプ派の間では特に信頼の厚い人物で、法務や国家安全保障分野での豊富な経験が評価されています。
ラトクリフ氏には、トランプ政権下で反トランプ姿勢が顕著だったCIAやFBIなどの情報機関を、本来の国家機関として改革するという重大な使命があります。これらの機関は、極左派やグローバリストによって影響を受けてきたとされ、それを徹底的に見直すことが求められています。
国家情報長官に指名されたトゥルシー・ギャバード氏
国土安全保障省には、もちろん情報機関の部門が設置されています。その中には、主に盗聴を専門とする国家安全保障局(National Security Agency, NSA)や、国家偵察局(National Reconnaissance Office, NRO)などの機関があります。これらの情報機関は、アメリカ全体で10以上存在しています。
これらすべての情報機関を統括するのが国家情報長官(Director of National Intelligence, DNI)です。このポジションは非常に重要で、アメリカの情報機関全体を管理し、戦略的な方向性を示す役割を担っています。
この国家情報長官に指名されたトゥルシー・ギャバード氏です。
トゥルシー・ギャバード氏については、これまでも度々取り上げてきましたが、改めてご紹介します。1981年生まれで、ハワイ州選出の元連邦下院議員を務めた人物です。彼女は2020年のアメリカ大統領選挙において民主党の予備選に出馬しましたが、民主党の現状に強い不満を抱き、党を離れることを決断しました。民主党を「腐敗しきった戦争屋の党」と批判し、かつての民主党の理念が失われていると感じたためです。
ギャバード氏は2022年10月、共和党への支持を明確に表明する以前から、トランプ氏の選挙運動を支援していました。彼女は女性として、また陸軍少佐としてイラクの戦地で勤務した経験を持つ人物です。
しかし、彼女の愛国的な活動にもかかわらず、バイデン政権下では「テロ危険人物リスト」に掲載され、空港で不当な荷物検査を受けるなどの嫌がらせを受けていました。このような対応は、彼女自身の軍歴や愛国的な姿勢を考えると、不合理かつ不条理であると言えます。
ギャバード氏が今回指名された国家情報長官の役割は非常に重要です。このポジションは、CIAやDIA(国防情報局)を含む全ての情報機関、さらには国務省をはじめ各省庁の情報部門を統括する立場にあります。インテリジェンスコミュニティ全体を管理し、日々大統領に国際情勢をブリーフィングする責任を担います。そのため、国家情報長官はCIA長官よりも高い権限を持つポジションです。
ギャバード氏は、自身が不当な扱いを受けた経験から、アメリカの情報機関の堕落や問題点を深く理解しています。彼女がこの重要な役職に就任し、情報機関全体を改革していくことは、トランプ氏らしい大胆かつ戦略的な人事と言えるでしょう。
国務長官に指名されたマルコ・ルビオ氏
国務長官にはマルコ・ルビオ氏が指名されています。今回紹介している人々や今後名前が挙がる人物は、ほとんどがトランプ派に属する人物です。共和党の中でも、単に名ばかりの共和党員(RINO, Republican In Name Only)ではなく、中身も保守派の「草の根」トランプ派の人々、つまりMAGA派(Make America Great Again派)が中心です。また、彼らはMAGA派の一般市民からも強い支持を受けている人物ばかりです。
しかし、このマルコ・ルビオ氏は例外と言える存在です。フロリダ州選出の上院議員で、非常にタカ派として知られています。特に反中国や反イランの姿勢は評価されていますが、同時にネオコン色が強い点が特徴です。ネオコン(新保守主義)とは、何かあるとすぐに戦争を選択肢に入れるような考え方を指します。また、彼は上院のミッチ・マコーネル氏のような旧エスタブリッシュメント派、つまり共和党の伝統的な権力層に近い人物でもあります。
このため、MAGA派の人々からはマルコ・ルビオ氏はほとんど尊敬されておらず、「なぜ国務長官という重要なポジションに彼が選ばれたのか」という疑問が生じています。おそらく、MAGA派と旧エスタブリッシュメント派との間で行われた妥協の結果だと考えられます。また、マルコ・ルビオ氏自身、将来的に大統領を目指している政治家の一人です。
この背景に関連する興味深いエピソードがあります。ハドソン研究所は日本でも「トランプ派」というイメージを売り込んでいますが、実際には安全保障分野で反トランプ的な立場をとるネオコン系の人物たちの拠点となっているのが現状です。例えば、ポンペオ元国務長官、ニッキー・ヘイリー元国連大使、バー元司法長官など、トランプ氏を公然と批判し、裏切ったと言われる人物たちがその代表例です。
バー元司法長官に至っては、トランプ政権内部にいた当時からすでに裏切り行為が指摘されており、ポンペオ氏やヘイリー氏も、次期大統領を目指して共和党予備選に立候補する際に、トランプ氏に対する批判を展開しました。しかし、日本の一部メディアでは、彼らを「トランプの腹心」として紹介することもあり、誤った情報が伝えられています。このような報道を見ると、残念ながら誤解が広まっているのが現実です。
さらに、ハドソン研究所からは、「ポンペオやヘイリーは第2次トランプ政権で重要な役職に就く予定である」といった噂話が流されました。しかし、トランプ氏はこれを完全に否定。自らX(旧Twitter)に投稿し、「これらの人物は第1期政権でよく働いてくれたことに感謝するが、第2次政権に招く予定はない」と明言しました。この発言により、こうした噂話は一掃されました。
こうした流れの中で、唯一例外的な存在がマルコ・ルビオ氏です。
MAGA派から不満の声が上がる可能性はありますが、外交は最終的に大統領自身が主導する分野であるため、たとえ国務長官であっても独断で暴走することは難しいでしょう。仮に暴走を試みたとしても、内閣の他のメンバーがMAGA派で固められている以上、その行動は孤立してしまいます。また、トランプ氏が大統領として、方針に反する行動があれば、即座に更迭することも可能です。
マルコ・ルビオ氏自身も非常に頭の切れる政治家であり、現状を見極めながら動いているようです。今年に入ってからは、トランプ派との意見調整を進め、政策の修正を行っている様子が見受けられます。例えば、大規模なウクライナへの軍事援助に反対する立場を取るなど、以前の「戦争推進」の姿勢を改め、和平への道を模索するべきだといった発言をするようになりました。こうした発言は、トランプ氏の政策に近いものとなっています。
このような背景から、マルコ・ルビオ氏の起用は、トランプ氏にとって反トランプ派の取り込みを視野に入れた戦略的な人事である可能性が高いと考えられます。
(つづく)