日鉄USスチール買収と日本の国益の相克
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは26日、「物言う株主」の米投資会社アンコラ・ホールディングスが米鉄鋼大手USスチールに日本製鉄への身売りを断念するよう働き掛けるため、委任状争奪戦に向けた準備を進めていると報じました。
一方、USスチールは27日の声明で「日鉄との提携が最善の選択と確信している」と改めて表明し、「アンコラの利益はUSスチール株主の利益と一致しない。アンコラに経営を委ねても株主は利益を得られない」と指摘しています。
この問題、企業間の競争と日米国家のそれぞれの国益にかかわる問題がからまっているため、ややこしい問題となっているのですが、当ブログに再三登場していただいている北野幸伯氏にはどう見えるのかを解説していただきました。
★USスチール買収問題どうする?
日本製鉄がUSスチールを買収しようとしている問題。日本国民全員が仰天するような出来事がありました。
アメリカ鉄鋼2位クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOが、日本に「ものすごい暴言」を吐いたのです。
ゴンカルベスCEO曰く、
「中国は悪だ。最悪だ。だが日本はもっとひどい。日本は中国にダンピング(=不当廉売)や過剰生産の方法を教えた。日本よ、気付け! この身の程知らずが! 1945年から何も学んでいない。アメリカがどれだけ偉大かということを。我々はアメリカ合衆国だ。外部の誰かに支配されることはない。日本製鉄CEOの橋本英二め。
俺のことを “悪党” 呼ばわりしやがって。証明ができなかったら個人的に追いかけて、全財産を奪ってやる。
寄生虫め!我々はアメリカ人だ。我々はアメリカ人を愛し、アメリカを愛している」
皆さんは、ゴンカルベスCEOの発言を聞いて、何を感じましたか?
「頭がおかしいのかな?」「極右なのかな?」とスルーできた人も多かったでしょう。
あるいは、「1945年から何も学んでいない!」と言われて、腹が立った人もいるでしょう。
今日は、この問題をどうすればいいのかを考えてみましょう。
▼日本製鉄のUSスチール買収計画の背景
まず全体像から把握しておきましょう。粗鋼生産国ランキング(2022年)を見ると、
1位中国
2位インド
3位日本
4位アメリカ
5位ロシア
となっています。
粗鋼生産企業ランキング(2022年)を見ると1位中国宝武鋼鉄集団を筆頭に、トップ10中6社が中国企業。日本製鉄は、世界4位です。一方、アメリカ勢を見ると、ニューコアが16位。CEOが過激な日本批判を展開したクリーブランド・クリフスは22位。日鉄が買収を目指す、USスチールは27位となっています。
日本最大手の日本製鉄は2023年12月、アメリカ3位USスチール買収の意向を発表しました。買収が成立すると、日鉄は粗鋼生産量で世界3位になります。
経営状態が悪いUSスチールも、買収に賛成。しかし、全米鉄鋼労働組合(USW)は、これに反対。理由は、「USスチールは、アメリカ製造業のシンボル、富の象徴、アメリカの宝である!」から。
USスチールは1901年、「鉄鋼王」カーネギーと「金融王」モルガンによって設立された会社です。かつては、世界一の鉄鋼会社でした。USWの声明も理解できます。
そして、大統領選の最中、トランプが日本製鉄によるUSスチール買収に反対を表明。USスチールの本社は、激戦州ペンシルベニアにある。それで、バイデンもハリスも、買収反対にまわったのです。
バイデンは1月3日、「国家安全保障上の懸念」を理由に、日鉄によるUSスチール買収取引を禁止しました。
これに対し、日鉄とUSスチールは、裁判で争っていく意向を示しています。
▼日本製鉄はどうするべきか?
そもそも日本製鉄は、なぜUSスチールを買収したいのでしょうか?
日本は少子高齢化問題が深刻で、これから急速に人口が減っていくと見られています。そうなると、日本国内の鉄鋼需要もどんどん減っていくでしょう。それで日鉄は、他の多くの日本企業同様、世界に目を向けざるを得ない。
日鉄が目を向けているのは、すでに人口世界一になったインドや東南アジア。そして、これからも人口が増えていく見通しのアメリカです。USスチールを買収すれば、巨大なアメリカ市場に速やかに入り込むことができるでしょう。
ではこれに反対し、日本に暴言を吐くクリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOの意図は、何なのでしょうか?
実は、クリーブランド・クリフスも、USスチールを買収しようとしているのです。しかし、日鉄の提案の方が魅力的だったので、USスチールは日鉄を選びました。アメリカ3位のUSスチールが日鉄に買収されれば、現在アメリカ2位のクリーブランド・クリフスより強くなってしまうでしょう。クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOは、買収の条件闘争で勝てないので、「愛国心に訴える」作戦をしているのです。
さて、日本製鉄はどうすべきなのでしょうか?
一日本国民としては、当然日鉄を応援したい気持ちが強いです。マスコミをみても、「アメリカは理不尽だ」
という報道が多い。ほとんどの読者さんも「アメリカは理不尽だ」と考えているでしょう。私も「理不尽だ」と感じますが、「日本製鉄は、USスチール買収を断念したほうがいい」と思います。
なぜ?
この買収計画には、まずトランプさんが反対しました。バイデンとハリスは、「トランプと同じようにUSスチール買収に反対しないと大統領選で勝てない」ということで、遅れて反対しはじめたのです。そして選挙では、トランプが勝ちました。
トランプは何を目指しているのでしょうか?
・不法移民を追い出す。
・高い関税を課すことで、アメリカ企業が中国、メキシコ、カナダなどで生産し、アメリカに逆輸入しても儲からないようにしたい。
要するに、空洞化を止め、中国、メキシコ、カナダなどからアメリカに生産拠点を戻して欲しい。一般的にいわれているように、トランプは「反グローバリズム」で「ナショナリズム的政権になる」と予想できます。
アメリカ国民がこういう人物を選んだということは、クリーブランド・クリフスのローレンコ・ゴンカルベスCEOの過激な発言が受け入れられるムードがアメリカにあるということです。
1989年三菱地所は、ニューヨークのロックフェラーセンターを買収しました。その時もアメリカでは反日が盛り上がり、その後のジャパンバッシングに繋がっていきました。今回のゴンカルベスさんの発言を、もう一度見てみましょう。
「中国は悪だ。最悪だ。だが日本はもっとひどい。日本は中国にダンピング(=不当廉売)や過剰生産の方法を教えた。日本よ、気付け!この身の程知らずが! 1945年から何も学んでいない。アメリカがどれだけ偉大かということを。我々はアメリカ合衆国だ。外部の誰かに支配されることはない。日本製鉄CEOの橋本英二め。
俺のことを “悪党” 呼ばわりしやがって。証明ができなかったら個人的に追いかけて、全財産を奪ってやる。寄生虫め!我々はアメリカ人だ。我々はアメリカ人を愛し、アメリカを愛している」
つまり彼は、日本製鉄ではなく、全日本を敵視している。まったく理不尽です。
そして、この発言をアメリカ国民が「そうだ!そうだ!」と受け入れてしまう、「ナショナリスティックなムード」が、今のアメリカにはあるということなのです。
日本製鉄1社の利益と日本全体の国益は、当然異なることがあります。
日本には、中国、ロシア、北朝鮮3つの核大国の脅威があります。こういう時期に、同盟国アメリカとケンカするのは国益ではありません。
確かに、ゴンカルベスCEOの発言は、理不尽で非合理的ですが、別に実害はありません。しかし、日本がこの問題を大騒ぎすることで、本格的に日米関係が悪化すれば、喜ぶのは中国、ロシア、北朝鮮です。
日鉄は、USスチールの買収を断念し、その資源をインドや東南アジアに振り向けた方が賢明でしょう。そして、日米関係悪化の火種をさっさと消すことが、日本の長期的国益です。