Akatsuki庵

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諏訪から飯田線へ

2015年09月12日 05時51分58秒 | 泊りがけの旅行
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9月8日から一泊二日で青春18きっぷを利用した旅に出た。

当初のプラン、その1日めは~というと、

早朝に関東から甲斐の国(=中央本線で山梨県)を通って、信濃の国(=長野県)へ。

午前中は諏訪湖畔で茶道具を鑑賞して(=サンリツ服部美術館へ行き)
湖畔をウオーキングして、下諏訪宿へ。

諏訪大社の秋宮を参拝し、旧中山道を少し歩き、どこぞで昼食を摂り、
正午過ぎに下諏訪駅から中央本線に乗り、岡谷で飯田線に乗り換える。

そして、約6時間かけて愛知県へ向かう。

という計画だった。

頑張れば日帰りで帰宅できなくはなかったけれど、
あまりにもハードなので、宿は予約した。

ところが、当日になってみると台風18号が思ったよりも早く日本列島に近づいている。
しかも、東海地方に向かっているような~

はてさて、どうしよう?

“目的地”が定まってしまった以上、兎にも角にもビジネスホテルには辿りつかねばならぬ。

毎度のことながら、東海道線を乗り継いで豊橋へ向かおうかな。

でも、浜松とか尋常でなく雨が降り続いているし、
台風は南からまっすぐ北上してくるので、東海道線が安全とは限らない。

ならば、中央本線の方がまだ確実かも。
(電車に乗っているだけでも、けっこう時間をつかうし)

ということで、まずは諏訪へ向かうことにした。

八王子6:30発の松本行に乗り込む。(正確には、高尾から乗り込んだ)

食糧として、自宅近くのコンビニで菓子パンを2つ買い、一つは社内で朝食として食べた。

甲府駅で5分ばかり停車した時にキオスクでおにぎりとか買い足そうかな~
と思いつつ、やめておく。

いつものように上諏訪で途中下車して、、、はやめた。

そのまま乗り続けたら、9:41に岡谷に着く。

そしたら、9:45の豊橋行に乗り継ぐことができる。

上諏訪で下りたら、岡谷は12:28だ。

もし雨風が強まれば、飯田線は運転見合わせとなってしまうかもしれない。

そうしたら、愛知県に辿り着けない。

それは困る。

だから、長野県では足を地面につけることなく、飯田線に飛び乗った。

まずは辰野へ。

ん十年前。
当時住んでいた松本から母親に連れられて、一度だけ特急列車に乗って上京したことがある。

その時代、塩尻から岡谷へ直接抜ける路線はまだなかった。

松本から塩尻へ、そして岡谷経由で下諏訪へ抜ける路線だったことを覚えている。

だから、やたら時間がかかったなぁ。
新宿まで4時間くらいかかったような。

そう思うと感慨深い。


辰野から南へ向かうのは鉄路は初めてだ。

神戸-松本の移動は父親の運転する車での移動。

最初は木曽路を一般道で走り、県境を越えて中津川から中央道に乗っていた。

最後の方は駒ケ根まで中央道が開通していて、対面式の恵那山トンネルを通っていたっけ。

なんてことを思い出した。



もちろん、駒ヶ根駅は初めて。

雲の合間からちょこっと中央アルプス(=木曾山脈)が見えた。

反対側へ視線を移すと南アルプス(=赤石山脈)が、、、さすがに雲に隠れてほどんど見えず。

天気が良ければとてもいい風景が広がっているのになぁ。



とはいうものの、そこは信州。

天候が悪くても、車窓の眺めはいい。

蕎麦畑の白い花がいい。

日光が乏しい、動く電車の中からのスマホカメラでは上手く撮影できない。

早々に諦めて「自分の視覚にこの風景を焼き付けておこう」と決めて、
ただただ移り行く信濃の秋の風景を眺めた。

2つの山脈の間に広がる伊那盆地。

栗の木、柿の木。まだ青いけど実っている。

林檎の木にも赤い実がポツポツと見える。袋に包まれたものも。

懐かしいなぁ。

飯田の辺りは初めて訪れるはずなのに、なにか懐かしい。

菱田春草の出身地ということもあり、その作品も収蔵している。

いつか、機会があれば途中下車して訪れてみたい。

でも、今は降りられない。
降りたら、3時間、電車は来ない。

と思いつつ、乗り続けた。

そして、電車は南の山間へと入っていった。


と、ここで地震だーーーー(2015.9.12 AM5:49)

続く~

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