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2014年上半期書籍・文庫 売上ランキング51位ありがとうございます!
上の写真は有隣堂横浜店のPOPです。
【2015年5月7日追記】No69
「読書メーター」のサイトには続々と『本能寺の変 431年目の真実』の書評が投稿されており、大変勇気付けられています。今回は「きっちゃん」さんの書評です。私も楽しみだ!
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TV番組を視て購入。 明智光秀の子孫が「歴史捜査」で本能寺の変の真相を解明する。今まで納得できなかった定説・通説を見事に論破している上に、「利休切腹」「秀次切腹」「春日局と家光の謎」・・・・面白い、本当に面白かった。 いずれ著者の説が常識になる日が来るのか楽しみだ。
【2015年4月4日追記】No68
「おやおや」さんの読書メーターへの投稿です。スッキリしてよかったですね。
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いやぁ、なんかスッキリした。 信長の遺体が見つからない原因、著者の主張に納得。それにしても、何故信長は本能寺に連れて行ってた部下が少なかった理由だけでなく、利休切腹、秀次切腹まで解き明かすとは、驚き!! 歴史ミステリーでした。 最後フロイスが秀吉の朝鮮出兵に反対勢力があったという記述を残しているとあったのも、初めて知りました。
【2014年12月27日追記】No67
読書メーターの「まなぶ(一人遊びの匠)」さんの書評です。短文でストレートに書いていただきました。
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目から鱗がぼろぼろと。歴史捜査が面白い。これまで教えられてた本能寺の変にまつわる現実ががらっと変わった。うわぁ。嘘教えられてたんか。まさに衝撃の真実です。
【2014年12月19日追記】No66
「kom 台湾のブログ」さんの書評です。台湾の人ではなく、台湾のことを書いている日本の人のようです。
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本書は明智光秀の子孫で、情報システム分野で働きながら、歴史研究を発表しているアマチュアの手で書かれた好著。旅行中に一気に読んでしまった。
歴史学者といっても、学者になるための親分子分関係や学内政治、世論への媚びなど怪しい学者も多い。私の教養では、戦後第一世代の学者が書いた、中央公論社版 日本の歴史 どまりだが、確かに本能寺の変で、何で明智光秀が謀反を起こしたのか、納得いく説明を読んだ記憶がない。この本で長年の疑問が氷解した。
まず定説が作り上げられるプロセスを説明し、それがいかに根拠の乏しいものか。それから、謀反を決意した真の動機と謀反の全貌を、当時のプレーヤーである家康・秀吉などの側からも立体的に構成している。
注目されるのは、動機の一因として織田信長の中国征服(実際には秀吉が引き継ぐ)計画があげられていること。日本側の記録は乏しいが、ポルトガル側の資料で、大名たちが嫌がっていたこを論証し、謀反の機運が出ていたことは重要な指摘であると思う。
日本が大陸侵略していた戦前、秀吉の実績?が高く評価され、学者も歴史を見る目が曇ったという指摘は見逃せない。理屈はおいても、よくできたミステリーのようでとても面白い本です。
【2014年11月24日追記】No65
「リフォームのスイコー社長」さんの「でいりーりぽーと」での書評です。従来の光秀謀反の動機とされる説に疑問をもっている方は多いと思います。うらみだ、メンツだ、など失敗したら一族滅亡の重さに比べて、「あり得ない」軽さですから。
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これまで何となくモヤモヤとしていたものが晴れた気分です!
NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」もいよいよ佳境に入って来ていますが、戦国時代物のテレビドラマやマンガは子供の頃より大好きです。
織田信長が本能寺の変で殺されてしまういきさつは様々な描写がありましたが大筋は似ているので、疑問を持たずに信じていたものの、明智光秀がなぜ謀反を起こしたのかしっくりとしていない面もあったのです。それ故に、本屋さんでこの本を目にした時にすぐに手が伸びたのだと思います。
この本は小説ではありません。
明智光秀の末裔である著者が歴史調査ならぬ”歴史捜査”によって多くの文献等から導き出した著者の論証が繰り広げられているのです。
読み進めていくとこれまで沢山のドラマにて描き出されてきた本能寺の変までのストーリーそして本能寺の変後のストーリーがまるっきり違った様相になっていき、著者の説得力に納得感を持ってしまいました。
筋道の立て方、視点の切り替え方、言葉の使い方、勉強になりました。
【2014年11月20日追記】No64
「田中則明のブログ」さんの書評です。興奮が伝わってくるような書評をいただきました。
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『本能寺の変 431年目の真実』(明智憲三郎、文芸社文庫)は、人を興奮させる本だ。著者の、史実を真摯に追い求める姿勢に感銘を受ける。膨大な資料の行間を読み取っており、それにより解き明かされた史実は、まさに、納得性の高いものだ。ミステリー、謎解きとしてもゾクゾクするほど面白い。
歴史には、「大きな流れ」と「小さな、個別の出来事」があることが分かる。本能寺の変を、「小さな、個別の出来事」として捉えれば、信長-光秀の個人間の確執(それも、かなり、疑わしいようだが・・・)をクローズアップさせることになる。確かに歴史を動かしているのは、個々の生きた人間だから、こういった人と人の関係が重要な鍵を握る場合もあるだろう。実際、本来は、「この子が将来わが一族を再興させるはずだ。」などと一身の期待を集めていても、若くして病気で亡くなってしまうなどということもしょっちゅうある。その結果、思わぬ人間にお鉢が回って行くことになるなどという例はいくらでもある。
しかし、大きな流れで見ると、そういった、歴史に登場した個々の人間の運命をも包み込むようなその時点での時代の運命といったものを感じざるを得ない。信長、光秀、秀吉、家康・・・の時代、信長をして、「唐入り」をもくろみ、なお且つ、それを公言して憚らないようにさせたのには、大きな流れ、時代の運命があったということだろう。まさに、目から鱗だ。詳しくは、是非、本書を手に取って見てもらいたい。
また、この四人の人物間の虚虚実実の駆け引きを見ていると、アメリカ、中国、ロシア、日本を、ついつい思い浮かべてしまうのは、私だけだろうか?どこの国が誰?アメリカ=信長?アメリカ=家康?それは・・・、明智憲三郎さんに聞いて下さい。
【2014年11月6日追記】No63
yabuDKさんの「やぶしらず通信」ブログの書評です。「勝者の歴史に異議あり」というタイトルです。
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本能寺の変というのは、歴史ミステリーとして興味が尽きない題材。こちらは、そのなかでも近年のベストセラー。歴史は勝者が記録したもので、真実とは別という言葉がある。そうした視点から、残れされているものの大半は勝者が自分たちの都合で書いた歴史ということを前提として徹底的に史料を読み直す。しかも、その歴史探偵の役割を果たすのが、明智光秀の子孫だというのだから、興味は倍増され、面白くないはずがない。微に入り細に入りの再点検で、少々、読み飛ばしてしまったところもあるが、ともかく刺激的だった。本能寺の変という信長暗殺劇だけでなく、秀吉の時代になってからの利休や豊臣秀次の切腹などの事件の真相にも迫る。その背景に、信長から秀吉に受け継がれた唐行きをめぐる野望と対立があるなどというところは、いまNHKで放映されている「軍師 官兵衛」を彷彿とさせる。
光秀が信長のいじめに耐え切れず謀反に走ったなどという話によりも、日本の支配と統治をめぐる政争劇というか、オーナー系急成長会社のオーナー一族と大番頭重役の対立というか、政治劇として見たほうが説得力があるし、面白い。このあたりのリアルさは、今の政治やビジネスを連想させ、現代的な視点なのかもしれない。歴史を読むということは、どこか今が反映していて、今の時代には、この本の視点はぴったり来る。
【2014年10月23日追記】No62
稲垣吾郎さんとSMAPを愛し続けて気づけば4半世紀近く!とおっしゃる「やや」さんのブログの書評です。先日放送のTBS「ゴロウ・デラックス」をご覧になったようです。
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ゴロデラの影響で、読んでおります「本能寺の変 431年目の真実」(明智憲三郎)
ちょっとまぁ、びっくりするほど面白い
作者の文章力が素晴らしいのでどんどん読み進めてしまいそうになりますが、ここは一つ腰を据えて、自分なりに疑問に思ったところ、難解だと感じたところなどはメモなど取りながらじっくり取り組みたい1冊です
もちろん単純に面白い読み物として楽しむにもお勧めです
【2014年10月19日追記】No61
わんことハーブと歴史が大好きという「mikibubu]さんのブログの書評です。本当の歴史の方が小説より面白いですね。
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これは、衝撃的でした。
でも、私は著者である明智光秀の末裔 明智憲三郎さんの話信じてしまいます。
この本を読んでもやっぱり信長様が好きだけど、明智光秀や徳川家康も好きになりました。(笑)
3代将軍の家光という名前。不思議に思ってたんだ~。
歴史って本当に面白いですね。
400年以上前の人たちも、同じように悩み 人を想い 人と関わって生きてきてるわけで、その時代の人たちに自分の心を添わせていくということが歴史の楽しさ。
【2014年10月9日追記】No60
みっつーさんの徒然ブログ「西の風、猫の目」の書評です。戦国時代は生き残るために必死に何でもやったのです。その実像を現代人には想像できないところに今まで本能寺の変の謎が解けなかった理由のひとつがあります。たとえば、2500年前に中国で書かれた『孫子の兵法』には何種類ものスパイの活用法が書かれています。現代人の知らない戦国武将の常識です。
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光秀の末裔がついに明かす、衝撃の真実!新事実をもとに日本史最大のクーデターの真実に迫る、壮大な歴史捜査ドキュメント!24万部突破大ヒット中!
本能寺の変に関する歴史といえば、明智光秀が織田信長に苛められたことを怨んで謀反を起こし、本能寺で信長を討つ。近くにいた徳川家康は命からがら三河に逃げ延びる。本能寺の変の知らせを受けた、豊臣秀吉が戦っていた毛利と急いで和睦を結び、大急ぎで戻ってきて明智光秀軍に圧勝。光秀は逃げるが百姓に殺される。
だいたい、こんな感じで習ったのですが、この話のもとになったのは秀吉が書かせた『惟任退治記』らしい。時の政権が書いた書物というものは自分に都合のよいことしかかかないのは世の常で、他の書物と合わせて読み比べると、所々に矛盾が出てくる。その矛盾を一つ一つ紐解いていくと・・・。
確かに、指摘されると、信長に可愛がられていた秀吉があっという間に信長一族を押しのけて天下を取るのも変だし、三河に戻った家康も甲斐の織田軍に攻め込んでるんですよね。秀吉の中国大返しも1日80キロ台風の中を進んでいるので、最初っからウソぽいなとは思っていたし、指摘されれば指摘されるほど、おかしな点ばかり。
こんな昔から、情報操作って行われていたんですね。
【2014年10月1日追記】No59
新潟県在住の神主さんの「田舎神職の人生-自然の中で生きる」ブログでの書評です。「感動」とのこと、ありがとうございます。
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著者は本能寺の変を起こし秀吉に敗れた明智光秀の末裔であり、膨大な資料を分析してこれまでの定説とされてきた説を覆すものです。
歴史は勝者が作るものと言われますが、これまでの本能寺の変の一部始終は羽柴秀吉が御伽衆に書かせた「惟任退治記(これとうたいじき)」が元になって、江戸時代の軍記物と呼ばれる物語が主な資料になっているとしています。明智光秀が織田信長を怨むようになり一人で判断して『敵は本能寺にあり』と謀反を起こした。と思っていました。
ところが、様々な資料を別の角度から読み解くとまったく別の説が成り立つことが分かりました。自分の先祖のことをこれほどまでに時間と労力をかけて真実を解き明かそうとしたことに感動です。なるほどそうかと納得できるところがありました。それだけ緻密な分析になっていると思いました。
「良いか悪いかは世間が決める。正しいか正しくないかは歴史が決める。」と言われますが、その歴史認識も時の為政者によって変わってくるから恐ろしいです。真実をしっかり把握する必要があります。
【2014年9月19日追記】No58
腐女子の本懐を極めるブログと称する「おたくな奥様快楽通信」ブログでの書評です。鋭く本質をとらえていただいています。
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11月発売のドラマCD「天魔の銀翼 敵は本能寺にあり」の予習で読むのもいいと思います。もちろんドラマCDは、本書とは全然関係ない内容ですが、シナリオさんはありとあらゆる信長本を一通り読んでるはず。この本も絶対読んでるでしょう。とりあえず人物関係が整理できるので、この本、予習にいいと思います。あるいは、CD聞き終ってから、感想戦で読むのもあり。
この本は、明智光秀公の子孫である著者が、本能寺の変の真相を当時の信頼できる資料から推理、読み解いて行くノンフィクション。あくまで史実として推理です。
けっこう分厚い文庫本。読みごたえあり。非常に面白かったです。探偵になったような気分だ。常識を疑え。推理の初歩である。
本能寺の変が謎なのは、事情を明快に説明できる物証がないからだ。
歴史における物証とは、例えば当事者の手紙、証文とか公文書のような、動かしがたく捏造不可能な記録のことだ。400年以上前のことで、しかも明智は敗者だ。失われた物の方が多いだろう。証拠がなければ、直接影響を受けない周囲の人物、例えば宣教師、公家の日記などに現われる断片的な事がらを組み上げていくしかない。
筆者は、我々が日本史や小説などで知っている信長秀吉家康ストーリーを疑え、という。
我々のよく知っている歴史小説やドラマでの本能寺の変ストーリーはどんなものか? 光秀の発作的な単独犯行で、動機は私怨、ノイローゼ、価値観の相違など。信長と光秀は折り合いが悪かったことになっているはずだ。本当にそうなのか?そのお話の出所はどこ?
利害関係者である秀吉や家康が残した記録は信用できない。今語られている信長光秀秀吉家康の物語は、本当は違うのではないか?
【2014年9月8日追記】No57
「呟きが広く天翔け、多くの出会いに」という「風来香」さんのブログの書評です。そうなんです。日本中(歴史学者も含め)が430年前の秀吉に騙されているのです。
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私は「推理小説」と「時代小説」が大好き。明けても暮れてもそのどちらかを読み続けている。その私の前に時代小説の真相を推理するという2倍美味しい本が出た。題して「本能寺の変 431年目の真実」と言う本で、執筆は明智光秀の子孫である「明智憲三郎氏」。(文芸社文庫、2013年12月15日初版発行。現在初版11刷)。これは小説ではなく、著者の研究成果の報告書である。
本能寺は過去多くの小説となり、映画・演劇上演も多くて尚且つ未だに絶えない。がこれは全て後世の作り話、真相は?となると、ここでは明かせない。ここで明かすと出版社の営業妨害になる。だから、関心のある方、是非一度購入してお読みください。それにしても高々431年前の出来事がこんなにも虚飾されてしまうものかと思うと、我々が学んでいる歴史など何処まで本当か判らない、と今疑い深くなっている。
【2014年9月2日追記】No56
「読書メーター」に書き込まれた「sinobuさんの感想」です。確かに私でないと書けなかったと思います。
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光秀さん好き、もしくは本能寺の変についての定説に納得いかない人にはぜひご一読をおススメします。私はこれ読んで、だいぶすっきりしました(^^)「歴史捜査」と名付けて、記述にある天気一つから事細かに検証します。ものすごい膨大な史料から挙げる一文一文の読み解きっぷりが、ミステリー小説を読んでるようで楽しかったです。細かい検証はもう頭が下がるほどで、巻末の参考資料の量は半端ないです。それも筆者の、不遇に見舞われた明智の子孫という立場こその執念なんだと思います。これはこの人でないと書けなかったものかな、と思います。
【2014年8月24日追記】No55
「日本橋浜町Weblog別館(日々酔亭)」さんのブログの書評です(途中の目次構成の記述は省略)。歴史の大きな流れを的確に把握していただきました。
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久しぶりに歴史ものを読んだ。多くの人が良く知っている本能寺の変についての一冊だ。
通常は明智光秀が悪者として全体の構図が作られている。これは誰もがあまり疑わないところだろう。ところが本書はそれに対し、違う見方を提示する。主な登場人物は、おなじみの信長、光秀、秀吉、家康の4名。そして我々が今まで持っていた光秀謀反の構図を正当化した明治新政府の国策。
信長の国内統一に対する考え、その後の考え、それを逆手に取った光秀の謀反の動機からその背景にある考え、家康の位置づけ、家康と信長との関係・・・特に光秀と家康との関係については「なるほど」と思わず頷いてしまった。それと千利休と関白秀次の切腹・・・この二つの歴史上の出来事についても思わず納得という感じだ。
光秀が信長を本能寺で殺害したという歴史上事実は確かにそうなのだが、しかしその背景、動機はこれまでの理解とは大きく異なる。この本を読むと誰が悪いということはなく、皆がそれぞれの立場で戦い、生き抜こうとし、その中でいろいろなことが起こって、関係ができ、それがまた事態を変えていく。その過程の中で起こったのが本能寺の変であり、秀吉の統一であり、家康の江戸幕府であったということか。
信長、秀吉の唐入りに対する考えは、経済成長を何に求めるかと考えたときの限界を思わせるものがあり、家康の江戸幕府はそれに対する現実解であったのかというようなことも思いながら読んだ。
【2014年8月20日追記】No54
「西成恭介の雑感帳」さんのブログの書評です。「変わりゆく歴史の真実」と題して書かれています。
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戦国終期から江戸始期にかけての時代は、日本統一に向けて信長、秀吉、家康らが波瀾万丈の生涯を送り、その歴史考証もほぼ定説化している。今年も人気が高く、NHKでは「黒田官兵衛」が放送され、日経では「天下家康伝」が連載されている。10年ほど前に発刊された「信長の棺:加藤廣:新潮社」は歴史に新説を導入した興味深いものだった。
ところが、それを遥かに凌駕する本が発刊された。「本能寺の変431年目の真実:明智憲三郎:文芸社文庫」だ。
著者の明智憲三郎氏は明智光秀の末裔で専門は情報システムの技術者。古文書を丹念に調べ上げ定説を覆す衝撃的な結論に辿り着いている。
定説となっている歴史は真実とは限らない。その時代に権力を得た支配者が、自分に都合の良いように真実を捻じ曲げて定着化させるからだ。それ故歴史は時代を経るに従って新事実の発見があると定説が変化していく生き物とも言える。この本の内容は後世になって日本の歴史の定説に成り代わるような気がする。明智憲三郎氏は科学技術者ではあるが同時に、一流の歴史家であり文学者でもあると思う。是非多くの人が「本能寺の変431年目の真実」を読んで、歴史のロマンに触れてほしいものだと思う。
【2014年8月18日追記】No53
「大阪を歩こう」さんのブログの書評です。2度、3度とお読みいただける本だと思います。
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この本は2度読みました。
推理小説並みの面白さなのでネタバレしない範囲になりますがこれまで信長~秀吉時代の武将に感じていたイメージが根底から覆されそうな生々しい論証が一貫して続きます。
驚くのは論証の基となる資料の豊富さ・・・
そしてその資料の信憑性まで論証するという徹底ぶり
最初のうちは「 そんなバカな 」とか「 それは無いやろ 」と思っていたことも後半には
「 確かにその方が理にかなってる 」と思わされてしまいます。
数年後には、この本を元にした新解釈の「本能寺の変」が映画化されても不思議はないでしょうね。
それほどに面白く感じられるのは、この本に描かれている天下統一が近づきつつあった時代の武将達の平和への願望、または領土拡大への野望、そしてその実現への謀略、蝶略、策謀、等が当時としては武将たちそれぞれの立場としては、生き残るために当然とるべき対策であったであろう、と納得させられてしまうからなのです。
【2014年8月18日追記】No52
「365連休の日々」さんのブログの書評です。お楽しみいただけたようです。
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著者明智憲三郎氏は、明智秀光の子で明智残党狩りの手を逃れた於寉丸(おづるまる)の子孫だそうだ。
これまでの光秀の謀反説、怨恨説や野望説、謀略説などが嘘であって、本当の真実がここに語られる。
当時の武家や公家の日記、『信長公記』や秀吉が書かせた『惟任退治記』、イエズス会の資料など多くの歴史資料を照らし合わせ、調べつくしている。
歴史と言うのは、『日本書紀』のように藤原氏によって都合のいいように改竄・捏造されたように、この本能寺の変でも敗者の明智氏が勝者の秀吉側に都合のいいように書かれていたのも検証される。秀吉が信長の後継者としての正統性を訴えたかったのでしょう。
驚いたのは、信長が何故家臣を厳重に従わせないで本能寺に入ったのかが書かれていて、それには思ってもみなかった陰謀があったのだ。ふ~ん、全然知らなかった。
戦国時代も子孫を案じ、家系、血筋を重んじ、一族を束ねていく頭領の大きな責任感のなせる業でもあったと感じた。
千利休の切腹の原因とか、歴史上では家康の敵方とされる斎藤利三の娘である福がどうして家光の乳母に採用されたかなど興味深い史実も、資料から明かされる。
まるでミステリーの謎解きのような筆運びが面白く、そして構成がいい。前半でもう結論述べ、後半で6月2日までの流れを検証していく。
その他面白い史実がたくさん書かれていて、今までの戦国の歴史が違って見えてきて大変面白い本でした。
【2014年8月18日追記】No51
「山梨臨床心理と武術の研究所」さんのブログの書評です。仕事のお邪魔をしてしまったようですが・・・・。
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いやー、面白かった。この夏一番!
明智憲三郎「本能寺の変 431年目の真実」(文芸社文庫)は、書店で見て面白そうだなと思っても読むべき本や文献が多いのでしばらく控えていましたが、私の信頼する人たち(歴史の目利き)がとても高い評価を与えているのを見て、たまらず買ってしまいました。
そしてやはり面白くて一気に読んで、おかげで仕事がはかどらなかった。
著者はなんと明智光秀の子孫、当然光秀の「名誉回復」が目的とはいえるでしょうけど、これまでの本能寺の変の描き方が、ワンパターンで一方的だったのは間違いないし、みんな「日本史最大の謎」と言いながら、結局なんだかよくわからないね、で終わっていたのがそれに決着をつけるくらいの力はあります。
私も長年の疑問が根こそぎ氷解する気がしたものです。
実際、アマゾンのページには織田信長や森蘭丸らの「当事者」のご子孫の方々までが、「そうだったんだろう」と太鼓判を押しているくらいです。
なぜそれほどの説得力を持つかというと、情報システム分野が専門の著者の論理的思考が、基礎的文献を丁寧にあたることで定説の矛盾や不足を排し、「事実」を推測しているからであって、それはとても興味深い読書体験になります。
もちろん本書も仮説だから、間違いや反論も当然あるでしょうけど、、今後の本能寺の変論争は、著者の説を無視することはできないでしょう。
また、多少でも歴史や学問を愛する人なら、著者の姿勢には好感を持つでしょう。
ではどのような内容か、光秀はなぜ謀反を起こしたのか。
本能寺の変はどのように起こって、それは歴史にどのようなインパクトを与えたのか。
それは豊富な情報量のある本書を読んでいただきたいです(他サイト、ブログにあらすじはけっこう出ています)。
キーパーソンは信長、光秀、秀吉はもちろんお互いに策謀を巡らし、家康もけして傍観者ではなく、最重要な働きをしたのが長曽我部元親、細川藤孝(こいつが食えない奴なんだ)、イエズス会とそこから信長の小姓になった黒人奴隷・彌助など。
本能寺の変はけして光秀の妄想や病的錯乱によるものではなく、ち密に計算された権力闘争であり、それゆえに一つ一つのミスや読み違えが致命傷に至ったことがわかります。
本書はそれまでの歴史物、ドラマの本能寺の変の描写に見直しを迫る説得力があります(でも、大方は従来の「定説」にしがみついていくでしょうけど)。
それでも、一度は本書のストーリーに基づいた歴史ドラマを見てみたい。あまりにも違ってみんな仰天するでしょう。光秀はジャニーズでいいから(ボク的には山Pがいいのではないかと)。
【2014年8月11日追記】No50
「第二級活字中毒者の遊読記」さんの書評です。かなり長文でネタバレもあるので、頭の部分だけ転載します。全文をお読みになりたい方はここをクリックしてください。
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著者は明智残党狩りの手を逃れた光秀の子・於寉丸(おづるまる)の子孫とのこと。子孫自ら先祖の事件の謎を解くなんて、当たり前のようですがロマンでもあります。
といっても子孫だけが知っている秘密の言い伝えとかはないんですけどね、逆に非常に客観的ですよ。
本著は前著「本能寺の変 427年目の真実」に4年間分の追跡捜査結果が加味された文庫本なんですが、単行本の存在を知らなかった私は、「なんだ4年前にこんな面白いのが出てたんだったら、読めばよかった」と思いました。圧巻というか、衝撃の内容でした。
飲み屋で話すネタができた、とまずは思いましたが、これはこの本を読まなければ納得できないでしょうね。軽い気持ちで友人に話しても相手にされないでしょうが、実物を読めばいかに著者の推理に蓋然性があるのかが理解できるはずです。スッと胸に落ちるはずです。いろんな謎がね。
たとえば、どうして光秀は謀反を起こしたのかという動機ももちろんですが、信長の供回りはなぜ少数だったのかとか、なぜあの日だったのかなど天正10年6月2日の当日を巡る謎解きが非常に面白いです。
特に、143ページの「6月2日の未解明の謎」からの内容は目からウロコ、鳥肌が立ちました。
どうして今まで気づかなかったのでしょうか。これは読まずにはいられないですよ。
(後略)
【2014年8月11日追記】No49
朴訥な人がタイプという「りんご」さんの「りんごの無印日記」の書評です。高くご評価していただきました。私の本も朴訥かな?
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『本能寺の変431日目の真実』 著:明智憲三郎 を読みました。
本能寺の変には、光秀の怨恨説、野望説、単独犯説など様々な説があります。もう考えられる説は出尽くしただろうと思っていましたが、光秀の末裔のかたが執筆されたこの本、凄かったー。
光秀の死後、秀吉が書かせた『惟任退治記』がどうも怪しい。考えてみれば、ずっと昔の日本書紀だって勝者側目線で、都合よく自らの悪事は正当化して綴られているもんね(笑)。
有名な光秀の「時は今 天が下しる 五月かな」という句の一部分が書き変えられていたり、信長の冷血なイメージも捏造された可能性が高い。信長と森蘭丸の関係は有名だが、実は蘭丸の「蘭」の字は「乱」が本当らしい。『惟任退治記』には、それをわざわざ意味有りげな「蘭」という字で書かれている。他にも目から鱗の説得力ある解説が続くので、まんまと秀吉の情報作戦にしてやられたのかもしれないと思えてきました。
著者は歴史家でも教授でもない。本の内容もさながら、会社勤めしながら莫大で難解な資料を探して読んで調べて解釈をも練って書き上げたことに、物凄くグっときましたグッド!
【2014年8月10日追記】No48
港区赤坂にあるヒーリングサロン「クイーンズティーのブログ」さんの書評です。まさしくヒーリングを感じるコメントをいただきました。
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もし自分がお星さまになったら・・・
過去に飛んで、本能寺の変をはじめ、色んな事件の真相を、この目で見たい。と思っていましたが、
「431年目の真実」の本を読み、本能寺の変の謎は完全に解けました。
明智光秀の末裔が著者と聞けば、織田信長を、悪く書くに違いない! そう思いますよね。
いい意味で裏切られました。
例えば、ほんの一部ですが、「惟任退治記」(秀吉)では、信長は、本能寺に同席した美女達と運命を共にした(亡くなった)と記述されているが、この部分は、「信長公記」(太田牛一)の通り、信長は、女はくるしからず、急ぎまかり出でよ。(逃げよ)と言ったのであろう。太田牛一は、本能寺から逃げてきた女性達に、直接聞いて書いているので、間違いない。信長は、自分の死に直面しても、人を思いやる心の持ち主だったのだ。とバッサリ。
男らしさを感じて、時代を越えて、嬉しく思いました。
どんな時でも、勇気と余裕を持ちたい。
【2014年8月10日追記】No47
「kamehinaoのお気楽日記3」さんのブログの書評です。ほんとうに世の中の「本能寺の変」の認識が変わってほしいですね。
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今回は、小説ものではなく、歴史に関する著書。
あまりにも有名な「本能寺の変」の、定説に真っ向から反論した本。
信長が本能寺にいた本当の理由や、一見、無謀と思える信長討ちをなぜ決意したかなど、光秀の側から検証。
今日に残る数々の文献から、その状況をまとめあげ、検察の捜査のように、状況をまとめあげている。
その手法は、なかなかに説得力があり、また、これまで「定説」として語られてきた出来事が、いかに歪められているかに気づかされる。
明智光秀が逆臣として扱われてきた負のイメージは、後年、天下を取った秀吉や家康など、勝者の側に都合のいいよう、ねじ曲げられた事実であることを、数々の論証から論破している。
実は作者、その明智家の末裔だそうで、そこだけ見れば、眉唾ものなのかと思いきや、その結論に至るまでの手法はあくまで客観的であり、その時代の文献を元に、キーワードとなるフレーズを拾い上げ、それをひとつひとつパズルのピースのようにつなぎ合わせ、最終的に全体の流れを導き出す、非常に説得性のあるまとめ方で、読む側を唸らせる。
しかし、世に言われる「逆臣」のイメージから、子孫であることを語ること自体、なかなか公言できなかったらしく、その苦しさを跳ね除け、そして社会に対し、「本能寺の変」の本質を、本物の光秀像を見せてくれたようで、思わず応援したくなりました。
これを機に、「本能寺の変」に対する認識が、また、明智光秀に対する認識が、変わっていくことを期待したいと思います。
【2014年8月5日追記】No46
神戸の研修講師(女性)が綴る「It's◆ セミナーらいふ」ブログの書評です。最近、女性の書評が目につくようになってきました。「ミステリー」のカテゴリーとして読んでいただけているようです。
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夏の移動中は。ミステリーの読書に限ります(^_^;)
今読んでいるのは、「本能寺の変 431年目の真実」。
日本史上最大の謎と言われる事件を本格捜査する著者が。当時の色んな人の日記などを手掛かりに。
本能寺の変や関係者の、驚きの実像に迫っていきます。
あの織田信長が、なぜ丸腰同然で易々と討たれたのか?
また、明智光秀が何を思って夜襲をかけたのか?
ず〜っと疑問だったのですが。これを読んでいくうち、非常にスッキリしました。
客観的に見ると、徳川家康も、羽柴秀吉も、こんな奇妙な動きをしてたんですねぇ…φ(..)
著者は、あの明智光秀のご子孫だそう。
歴史は勝者の記録と言いますが。
確かに、今やってるどこかの大河ドラマより、よっぽどうなずけるし、腑に落ちます。
かごめかごめ的な日本社会特有の風と土のにおいが、行間からぷんぷんしてます(笑)。
事実は小説より奇なり(^^)。
歴史好きの方には、オススメの一冊です。
【2014年8月4日追記】No45
「Akihiro Kaneko」さんの「情緒的スケッチ(BOOK編)」ブログの書評です。拙著をお読みいただいて、戦国時代をこれまで感じたことのない生々しさで感じ取っていただけたようです。
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もっと興味本位な俗っぽい内容なのかと正直思っていただけに著者の筆致から迫り来る、真剣さに少し戸惑いながら、そして懐疑的な態度は最後までついには崩さずに読み終えた。
確かに、歴史は勝者の都合のよいように書き換えられるのが常であるから、伝えられているような話をそのまま本当だとは思わないし、もっと生々しいものであろうと想像できる。
但し、少し科学的に著者のような視点をもって、歴史を探偵してみることは、ただ単に面白いということだけではなく、意義のあることのように思える。
細川家との関係、長宗我部氏との関係、またその後の徳川家との関係から見えるもの。
また、67歳という高齢である家臣の謀反ということを考えるとあまりにも無謀な唐入りはわれわれが想像するよりももっともっと危機迫るものであったのだろうこと等々。
興味本位を超えたところの面白さがあるからこそ、そして冷静なる視点があるからこそ、本書は多くの人々に読まれているのだと思った。
【2014年7月31日追記】No44
「ひとみしりポンコツ男のあれこれブログ」さんの書評です。いろいろな気付きを得ていただいたようで、こちらもうれしいです。こういう読み方をしていただくと拙著の価値が大いに発揮されます。
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明智 憲三郎の『【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 (文芸社文庫)』を読みました。明智光秀が好きなのでぜひ読まねばと思っていた本です。
従来知られてきた本能寺の変の経緯等とは一線を画す内容です。
この本に書かれた内容の信憑性なんかは私には判断できないのですが、情報の不確かさ、情報の見方の大切さを学ぶことが出来ました。
歴史というものはどうしても勝者の側から勝者の都合のいいように語られる。わかってはいるけど長いこと語られたり間に別の人が介在したりすることでいつの間にか信頼できる情報と見られるようになっていたり、ホント気をつけなきゃなと思いました。現在だって様々な情報が飛び交っていますが、誰が言い始めた情報なのかをちゃんと見極めて、どのようなバイアスがかかっているかを考えないと踊らされるな、と。
それにしても自分が教科書やドラマ等で知ってきた明智光秀・豊臣秀吉・織田信長像と全く違うな、と新鮮な驚きです。豊臣秀吉や徳川家の都合のいいように人物像まで捻じ曲げられたのか、と。
そして本書を読んで豊臣秀吉の情報統制能力の凄さにも驚きました。
自分はそんな情報を発信して影響力を持つ側の人間にはなれないだろうけど、もしなれたとしたら情報をうまく使っていかないとな、と感じました。
かなり面白く読めました。良書だと思います。
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>>> 「本能寺の変 431年目の真実」読者書評
>>> 「本能寺の変の真実」決定版出版のお知らせ
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』プロローグ
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』目次
>>> もはや本能寺の変に謎は存在しない!
>>> 本能寺の変当日に発生した謎が解けるか
>>> 愛宕百韻:桑田忠親・金子拓両博士の怪
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』読者書評(No1~24)
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』珠玉の書評
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』政治家の書評
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』文化人の書評
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』武将ご子孫の書評
2014年上半期書籍・文庫 売上ランキング51位ありがとうございます!
上の写真は有隣堂横浜店のPOPです。
【2015年5月7日追記】No69
「読書メーター」のサイトには続々と『本能寺の変 431年目の真実』の書評が投稿されており、大変勇気付けられています。今回は「きっちゃん」さんの書評です。私も楽しみだ!
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TV番組を視て購入。 明智光秀の子孫が「歴史捜査」で本能寺の変の真相を解明する。今まで納得できなかった定説・通説を見事に論破している上に、「利休切腹」「秀次切腹」「春日局と家光の謎」・・・・面白い、本当に面白かった。 いずれ著者の説が常識になる日が来るのか楽しみだ。
【2015年4月4日追記】No68
「おやおや」さんの読書メーターへの投稿です。スッキリしてよかったですね。
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いやぁ、なんかスッキリした。 信長の遺体が見つからない原因、著者の主張に納得。それにしても、何故信長は本能寺に連れて行ってた部下が少なかった理由だけでなく、利休切腹、秀次切腹まで解き明かすとは、驚き!! 歴史ミステリーでした。 最後フロイスが秀吉の朝鮮出兵に反対勢力があったという記述を残しているとあったのも、初めて知りました。
【2014年12月27日追記】No67
読書メーターの「まなぶ(一人遊びの匠)」さんの書評です。短文でストレートに書いていただきました。
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目から鱗がぼろぼろと。歴史捜査が面白い。これまで教えられてた本能寺の変にまつわる現実ががらっと変わった。うわぁ。嘘教えられてたんか。まさに衝撃の真実です。
【2014年12月19日追記】No66
「kom 台湾のブログ」さんの書評です。台湾の人ではなく、台湾のことを書いている日本の人のようです。
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本書は明智光秀の子孫で、情報システム分野で働きながら、歴史研究を発表しているアマチュアの手で書かれた好著。旅行中に一気に読んでしまった。
歴史学者といっても、学者になるための親分子分関係や学内政治、世論への媚びなど怪しい学者も多い。私の教養では、戦後第一世代の学者が書いた、中央公論社版 日本の歴史 どまりだが、確かに本能寺の変で、何で明智光秀が謀反を起こしたのか、納得いく説明を読んだ記憶がない。この本で長年の疑問が氷解した。
まず定説が作り上げられるプロセスを説明し、それがいかに根拠の乏しいものか。それから、謀反を決意した真の動機と謀反の全貌を、当時のプレーヤーである家康・秀吉などの側からも立体的に構成している。
注目されるのは、動機の一因として織田信長の中国征服(実際には秀吉が引き継ぐ)計画があげられていること。日本側の記録は乏しいが、ポルトガル側の資料で、大名たちが嫌がっていたこを論証し、謀反の機運が出ていたことは重要な指摘であると思う。
日本が大陸侵略していた戦前、秀吉の実績?が高く評価され、学者も歴史を見る目が曇ったという指摘は見逃せない。理屈はおいても、よくできたミステリーのようでとても面白い本です。
【2014年11月24日追記】No65
「リフォームのスイコー社長」さんの「でいりーりぽーと」での書評です。従来の光秀謀反の動機とされる説に疑問をもっている方は多いと思います。うらみだ、メンツだ、など失敗したら一族滅亡の重さに比べて、「あり得ない」軽さですから。
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これまで何となくモヤモヤとしていたものが晴れた気分です!
NHK大河ドラマ「黒田官兵衛」もいよいよ佳境に入って来ていますが、戦国時代物のテレビドラマやマンガは子供の頃より大好きです。
織田信長が本能寺の変で殺されてしまういきさつは様々な描写がありましたが大筋は似ているので、疑問を持たずに信じていたものの、明智光秀がなぜ謀反を起こしたのかしっくりとしていない面もあったのです。それ故に、本屋さんでこの本を目にした時にすぐに手が伸びたのだと思います。
この本は小説ではありません。
明智光秀の末裔である著者が歴史調査ならぬ”歴史捜査”によって多くの文献等から導き出した著者の論証が繰り広げられているのです。
読み進めていくとこれまで沢山のドラマにて描き出されてきた本能寺の変までのストーリーそして本能寺の変後のストーリーがまるっきり違った様相になっていき、著者の説得力に納得感を持ってしまいました。
筋道の立て方、視点の切り替え方、言葉の使い方、勉強になりました。
【2014年11月20日追記】No64
「田中則明のブログ」さんの書評です。興奮が伝わってくるような書評をいただきました。
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『本能寺の変 431年目の真実』(明智憲三郎、文芸社文庫)は、人を興奮させる本だ。著者の、史実を真摯に追い求める姿勢に感銘を受ける。膨大な資料の行間を読み取っており、それにより解き明かされた史実は、まさに、納得性の高いものだ。ミステリー、謎解きとしてもゾクゾクするほど面白い。
歴史には、「大きな流れ」と「小さな、個別の出来事」があることが分かる。本能寺の変を、「小さな、個別の出来事」として捉えれば、信長-光秀の個人間の確執(それも、かなり、疑わしいようだが・・・)をクローズアップさせることになる。確かに歴史を動かしているのは、個々の生きた人間だから、こういった人と人の関係が重要な鍵を握る場合もあるだろう。実際、本来は、「この子が将来わが一族を再興させるはずだ。」などと一身の期待を集めていても、若くして病気で亡くなってしまうなどということもしょっちゅうある。その結果、思わぬ人間にお鉢が回って行くことになるなどという例はいくらでもある。
しかし、大きな流れで見ると、そういった、歴史に登場した個々の人間の運命をも包み込むようなその時点での時代の運命といったものを感じざるを得ない。信長、光秀、秀吉、家康・・・の時代、信長をして、「唐入り」をもくろみ、なお且つ、それを公言して憚らないようにさせたのには、大きな流れ、時代の運命があったということだろう。まさに、目から鱗だ。詳しくは、是非、本書を手に取って見てもらいたい。
また、この四人の人物間の虚虚実実の駆け引きを見ていると、アメリカ、中国、ロシア、日本を、ついつい思い浮かべてしまうのは、私だけだろうか?どこの国が誰?アメリカ=信長?アメリカ=家康?それは・・・、明智憲三郎さんに聞いて下さい。
【2014年11月6日追記】No63
yabuDKさんの「やぶしらず通信」ブログの書評です。「勝者の歴史に異議あり」というタイトルです。
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本能寺の変というのは、歴史ミステリーとして興味が尽きない題材。こちらは、そのなかでも近年のベストセラー。歴史は勝者が記録したもので、真実とは別という言葉がある。そうした視点から、残れされているものの大半は勝者が自分たちの都合で書いた歴史ということを前提として徹底的に史料を読み直す。しかも、その歴史探偵の役割を果たすのが、明智光秀の子孫だというのだから、興味は倍増され、面白くないはずがない。微に入り細に入りの再点検で、少々、読み飛ばしてしまったところもあるが、ともかく刺激的だった。本能寺の変という信長暗殺劇だけでなく、秀吉の時代になってからの利休や豊臣秀次の切腹などの事件の真相にも迫る。その背景に、信長から秀吉に受け継がれた唐行きをめぐる野望と対立があるなどというところは、いまNHKで放映されている「軍師 官兵衛」を彷彿とさせる。
光秀が信長のいじめに耐え切れず謀反に走ったなどという話によりも、日本の支配と統治をめぐる政争劇というか、オーナー系急成長会社のオーナー一族と大番頭重役の対立というか、政治劇として見たほうが説得力があるし、面白い。このあたりのリアルさは、今の政治やビジネスを連想させ、現代的な視点なのかもしれない。歴史を読むということは、どこか今が反映していて、今の時代には、この本の視点はぴったり来る。
【2014年10月23日追記】No62
稲垣吾郎さんとSMAPを愛し続けて気づけば4半世紀近く!とおっしゃる「やや」さんのブログの書評です。先日放送のTBS「ゴロウ・デラックス」をご覧になったようです。
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ゴロデラの影響で、読んでおります「本能寺の変 431年目の真実」(明智憲三郎)
ちょっとまぁ、びっくりするほど面白い
作者の文章力が素晴らしいのでどんどん読み進めてしまいそうになりますが、ここは一つ腰を据えて、自分なりに疑問に思ったところ、難解だと感じたところなどはメモなど取りながらじっくり取り組みたい1冊です
もちろん単純に面白い読み物として楽しむにもお勧めです
【2014年10月19日追記】No61
わんことハーブと歴史が大好きという「mikibubu]さんのブログの書評です。本当の歴史の方が小説より面白いですね。
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これは、衝撃的でした。
でも、私は著者である明智光秀の末裔 明智憲三郎さんの話信じてしまいます。
この本を読んでもやっぱり信長様が好きだけど、明智光秀や徳川家康も好きになりました。(笑)
3代将軍の家光という名前。不思議に思ってたんだ~。
歴史って本当に面白いですね。
400年以上前の人たちも、同じように悩み 人を想い 人と関わって生きてきてるわけで、その時代の人たちに自分の心を添わせていくということが歴史の楽しさ。
【2014年10月9日追記】No60
みっつーさんの徒然ブログ「西の風、猫の目」の書評です。戦国時代は生き残るために必死に何でもやったのです。その実像を現代人には想像できないところに今まで本能寺の変の謎が解けなかった理由のひとつがあります。たとえば、2500年前に中国で書かれた『孫子の兵法』には何種類ものスパイの活用法が書かれています。現代人の知らない戦国武将の常識です。
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光秀の末裔がついに明かす、衝撃の真実!新事実をもとに日本史最大のクーデターの真実に迫る、壮大な歴史捜査ドキュメント!24万部突破大ヒット中!
本能寺の変に関する歴史といえば、明智光秀が織田信長に苛められたことを怨んで謀反を起こし、本能寺で信長を討つ。近くにいた徳川家康は命からがら三河に逃げ延びる。本能寺の変の知らせを受けた、豊臣秀吉が戦っていた毛利と急いで和睦を結び、大急ぎで戻ってきて明智光秀軍に圧勝。光秀は逃げるが百姓に殺される。
だいたい、こんな感じで習ったのですが、この話のもとになったのは秀吉が書かせた『惟任退治記』らしい。時の政権が書いた書物というものは自分に都合のよいことしかかかないのは世の常で、他の書物と合わせて読み比べると、所々に矛盾が出てくる。その矛盾を一つ一つ紐解いていくと・・・。
確かに、指摘されると、信長に可愛がられていた秀吉があっという間に信長一族を押しのけて天下を取るのも変だし、三河に戻った家康も甲斐の織田軍に攻め込んでるんですよね。秀吉の中国大返しも1日80キロ台風の中を進んでいるので、最初っからウソぽいなとは思っていたし、指摘されれば指摘されるほど、おかしな点ばかり。
こんな昔から、情報操作って行われていたんですね。
【2014年10月1日追記】No59
新潟県在住の神主さんの「田舎神職の人生-自然の中で生きる」ブログでの書評です。「感動」とのこと、ありがとうございます。
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著者は本能寺の変を起こし秀吉に敗れた明智光秀の末裔であり、膨大な資料を分析してこれまでの定説とされてきた説を覆すものです。
歴史は勝者が作るものと言われますが、これまでの本能寺の変の一部始終は羽柴秀吉が御伽衆に書かせた「惟任退治記(これとうたいじき)」が元になって、江戸時代の軍記物と呼ばれる物語が主な資料になっているとしています。明智光秀が織田信長を怨むようになり一人で判断して『敵は本能寺にあり』と謀反を起こした。と思っていました。
ところが、様々な資料を別の角度から読み解くとまったく別の説が成り立つことが分かりました。自分の先祖のことをこれほどまでに時間と労力をかけて真実を解き明かそうとしたことに感動です。なるほどそうかと納得できるところがありました。それだけ緻密な分析になっていると思いました。
「良いか悪いかは世間が決める。正しいか正しくないかは歴史が決める。」と言われますが、その歴史認識も時の為政者によって変わってくるから恐ろしいです。真実をしっかり把握する必要があります。
【2014年9月19日追記】No58
腐女子の本懐を極めるブログと称する「おたくな奥様快楽通信」ブログでの書評です。鋭く本質をとらえていただいています。
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11月発売のドラマCD「天魔の銀翼 敵は本能寺にあり」の予習で読むのもいいと思います。もちろんドラマCDは、本書とは全然関係ない内容ですが、シナリオさんはありとあらゆる信長本を一通り読んでるはず。この本も絶対読んでるでしょう。とりあえず人物関係が整理できるので、この本、予習にいいと思います。あるいは、CD聞き終ってから、感想戦で読むのもあり。
この本は、明智光秀公の子孫である著者が、本能寺の変の真相を当時の信頼できる資料から推理、読み解いて行くノンフィクション。あくまで史実として推理です。
けっこう分厚い文庫本。読みごたえあり。非常に面白かったです。探偵になったような気分だ。常識を疑え。推理の初歩である。
本能寺の変が謎なのは、事情を明快に説明できる物証がないからだ。
歴史における物証とは、例えば当事者の手紙、証文とか公文書のような、動かしがたく捏造不可能な記録のことだ。400年以上前のことで、しかも明智は敗者だ。失われた物の方が多いだろう。証拠がなければ、直接影響を受けない周囲の人物、例えば宣教師、公家の日記などに現われる断片的な事がらを組み上げていくしかない。
筆者は、我々が日本史や小説などで知っている信長秀吉家康ストーリーを疑え、という。
我々のよく知っている歴史小説やドラマでの本能寺の変ストーリーはどんなものか? 光秀の発作的な単独犯行で、動機は私怨、ノイローゼ、価値観の相違など。信長と光秀は折り合いが悪かったことになっているはずだ。本当にそうなのか?そのお話の出所はどこ?
利害関係者である秀吉や家康が残した記録は信用できない。今語られている信長光秀秀吉家康の物語は、本当は違うのではないか?
【2014年9月8日追記】No57
「呟きが広く天翔け、多くの出会いに」という「風来香」さんのブログの書評です。そうなんです。日本中(歴史学者も含め)が430年前の秀吉に騙されているのです。
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私は「推理小説」と「時代小説」が大好き。明けても暮れてもそのどちらかを読み続けている。その私の前に時代小説の真相を推理するという2倍美味しい本が出た。題して「本能寺の変 431年目の真実」と言う本で、執筆は明智光秀の子孫である「明智憲三郎氏」。(文芸社文庫、2013年12月15日初版発行。現在初版11刷)。これは小説ではなく、著者の研究成果の報告書である。
本能寺は過去多くの小説となり、映画・演劇上演も多くて尚且つ未だに絶えない。がこれは全て後世の作り話、真相は?となると、ここでは明かせない。ここで明かすと出版社の営業妨害になる。だから、関心のある方、是非一度購入してお読みください。それにしても高々431年前の出来事がこんなにも虚飾されてしまうものかと思うと、我々が学んでいる歴史など何処まで本当か判らない、と今疑い深くなっている。
【2014年9月2日追記】No56
「読書メーター」に書き込まれた「sinobuさんの感想」です。確かに私でないと書けなかったと思います。
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光秀さん好き、もしくは本能寺の変についての定説に納得いかない人にはぜひご一読をおススメします。私はこれ読んで、だいぶすっきりしました(^^)「歴史捜査」と名付けて、記述にある天気一つから事細かに検証します。ものすごい膨大な史料から挙げる一文一文の読み解きっぷりが、ミステリー小説を読んでるようで楽しかったです。細かい検証はもう頭が下がるほどで、巻末の参考資料の量は半端ないです。それも筆者の、不遇に見舞われた明智の子孫という立場こその執念なんだと思います。これはこの人でないと書けなかったものかな、と思います。
【2014年8月24日追記】No55
「日本橋浜町Weblog別館(日々酔亭)」さんのブログの書評です(途中の目次構成の記述は省略)。歴史の大きな流れを的確に把握していただきました。
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久しぶりに歴史ものを読んだ。多くの人が良く知っている本能寺の変についての一冊だ。
通常は明智光秀が悪者として全体の構図が作られている。これは誰もがあまり疑わないところだろう。ところが本書はそれに対し、違う見方を提示する。主な登場人物は、おなじみの信長、光秀、秀吉、家康の4名。そして我々が今まで持っていた光秀謀反の構図を正当化した明治新政府の国策。
信長の国内統一に対する考え、その後の考え、それを逆手に取った光秀の謀反の動機からその背景にある考え、家康の位置づけ、家康と信長との関係・・・特に光秀と家康との関係については「なるほど」と思わず頷いてしまった。それと千利休と関白秀次の切腹・・・この二つの歴史上の出来事についても思わず納得という感じだ。
光秀が信長を本能寺で殺害したという歴史上事実は確かにそうなのだが、しかしその背景、動機はこれまでの理解とは大きく異なる。この本を読むと誰が悪いということはなく、皆がそれぞれの立場で戦い、生き抜こうとし、その中でいろいろなことが起こって、関係ができ、それがまた事態を変えていく。その過程の中で起こったのが本能寺の変であり、秀吉の統一であり、家康の江戸幕府であったということか。
信長、秀吉の唐入りに対する考えは、経済成長を何に求めるかと考えたときの限界を思わせるものがあり、家康の江戸幕府はそれに対する現実解であったのかというようなことも思いながら読んだ。
【2014年8月20日追記】No54
「西成恭介の雑感帳」さんのブログの書評です。「変わりゆく歴史の真実」と題して書かれています。
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戦国終期から江戸始期にかけての時代は、日本統一に向けて信長、秀吉、家康らが波瀾万丈の生涯を送り、その歴史考証もほぼ定説化している。今年も人気が高く、NHKでは「黒田官兵衛」が放送され、日経では「天下家康伝」が連載されている。10年ほど前に発刊された「信長の棺:加藤廣:新潮社」は歴史に新説を導入した興味深いものだった。
ところが、それを遥かに凌駕する本が発刊された。「本能寺の変431年目の真実:明智憲三郎:文芸社文庫」だ。
著者の明智憲三郎氏は明智光秀の末裔で専門は情報システムの技術者。古文書を丹念に調べ上げ定説を覆す衝撃的な結論に辿り着いている。
定説となっている歴史は真実とは限らない。その時代に権力を得た支配者が、自分に都合の良いように真実を捻じ曲げて定着化させるからだ。それ故歴史は時代を経るに従って新事実の発見があると定説が変化していく生き物とも言える。この本の内容は後世になって日本の歴史の定説に成り代わるような気がする。明智憲三郎氏は科学技術者ではあるが同時に、一流の歴史家であり文学者でもあると思う。是非多くの人が「本能寺の変431年目の真実」を読んで、歴史のロマンに触れてほしいものだと思う。
【2014年8月18日追記】No53
「大阪を歩こう」さんのブログの書評です。2度、3度とお読みいただける本だと思います。
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この本は2度読みました。
推理小説並みの面白さなのでネタバレしない範囲になりますがこれまで信長~秀吉時代の武将に感じていたイメージが根底から覆されそうな生々しい論証が一貫して続きます。
驚くのは論証の基となる資料の豊富さ・・・
そしてその資料の信憑性まで論証するという徹底ぶり
最初のうちは「 そんなバカな 」とか「 それは無いやろ 」と思っていたことも後半には
「 確かにその方が理にかなってる 」と思わされてしまいます。
数年後には、この本を元にした新解釈の「本能寺の変」が映画化されても不思議はないでしょうね。
それほどに面白く感じられるのは、この本に描かれている天下統一が近づきつつあった時代の武将達の平和への願望、または領土拡大への野望、そしてその実現への謀略、蝶略、策謀、等が当時としては武将たちそれぞれの立場としては、生き残るために当然とるべき対策であったであろう、と納得させられてしまうからなのです。
【2014年8月18日追記】No52
「365連休の日々」さんのブログの書評です。お楽しみいただけたようです。
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著者明智憲三郎氏は、明智秀光の子で明智残党狩りの手を逃れた於寉丸(おづるまる)の子孫だそうだ。
これまでの光秀の謀反説、怨恨説や野望説、謀略説などが嘘であって、本当の真実がここに語られる。
当時の武家や公家の日記、『信長公記』や秀吉が書かせた『惟任退治記』、イエズス会の資料など多くの歴史資料を照らし合わせ、調べつくしている。
歴史と言うのは、『日本書紀』のように藤原氏によって都合のいいように改竄・捏造されたように、この本能寺の変でも敗者の明智氏が勝者の秀吉側に都合のいいように書かれていたのも検証される。秀吉が信長の後継者としての正統性を訴えたかったのでしょう。
驚いたのは、信長が何故家臣を厳重に従わせないで本能寺に入ったのかが書かれていて、それには思ってもみなかった陰謀があったのだ。ふ~ん、全然知らなかった。
戦国時代も子孫を案じ、家系、血筋を重んじ、一族を束ねていく頭領の大きな責任感のなせる業でもあったと感じた。
千利休の切腹の原因とか、歴史上では家康の敵方とされる斎藤利三の娘である福がどうして家光の乳母に採用されたかなど興味深い史実も、資料から明かされる。
まるでミステリーの謎解きのような筆運びが面白く、そして構成がいい。前半でもう結論述べ、後半で6月2日までの流れを検証していく。
その他面白い史実がたくさん書かれていて、今までの戦国の歴史が違って見えてきて大変面白い本でした。
【2014年8月18日追記】No51
「山梨臨床心理と武術の研究所」さんのブログの書評です。仕事のお邪魔をしてしまったようですが・・・・。
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いやー、面白かった。この夏一番!
明智憲三郎「本能寺の変 431年目の真実」(文芸社文庫)は、書店で見て面白そうだなと思っても読むべき本や文献が多いのでしばらく控えていましたが、私の信頼する人たち(歴史の目利き)がとても高い評価を与えているのを見て、たまらず買ってしまいました。
そしてやはり面白くて一気に読んで、おかげで仕事がはかどらなかった。
著者はなんと明智光秀の子孫、当然光秀の「名誉回復」が目的とはいえるでしょうけど、これまでの本能寺の変の描き方が、ワンパターンで一方的だったのは間違いないし、みんな「日本史最大の謎」と言いながら、結局なんだかよくわからないね、で終わっていたのがそれに決着をつけるくらいの力はあります。
私も長年の疑問が根こそぎ氷解する気がしたものです。
実際、アマゾンのページには織田信長や森蘭丸らの「当事者」のご子孫の方々までが、「そうだったんだろう」と太鼓判を押しているくらいです。
なぜそれほどの説得力を持つかというと、情報システム分野が専門の著者の論理的思考が、基礎的文献を丁寧にあたることで定説の矛盾や不足を排し、「事実」を推測しているからであって、それはとても興味深い読書体験になります。
もちろん本書も仮説だから、間違いや反論も当然あるでしょうけど、、今後の本能寺の変論争は、著者の説を無視することはできないでしょう。
また、多少でも歴史や学問を愛する人なら、著者の姿勢には好感を持つでしょう。
ではどのような内容か、光秀はなぜ謀反を起こしたのか。
本能寺の変はどのように起こって、それは歴史にどのようなインパクトを与えたのか。
それは豊富な情報量のある本書を読んでいただきたいです(他サイト、ブログにあらすじはけっこう出ています)。
キーパーソンは信長、光秀、秀吉はもちろんお互いに策謀を巡らし、家康もけして傍観者ではなく、最重要な働きをしたのが長曽我部元親、細川藤孝(こいつが食えない奴なんだ)、イエズス会とそこから信長の小姓になった黒人奴隷・彌助など。
本能寺の変はけして光秀の妄想や病的錯乱によるものではなく、ち密に計算された権力闘争であり、それゆえに一つ一つのミスや読み違えが致命傷に至ったことがわかります。
本書はそれまでの歴史物、ドラマの本能寺の変の描写に見直しを迫る説得力があります(でも、大方は従来の「定説」にしがみついていくでしょうけど)。
それでも、一度は本書のストーリーに基づいた歴史ドラマを見てみたい。あまりにも違ってみんな仰天するでしょう。光秀はジャニーズでいいから(ボク的には山Pがいいのではないかと)。
【2014年8月11日追記】No50
「第二級活字中毒者の遊読記」さんの書評です。かなり長文でネタバレもあるので、頭の部分だけ転載します。全文をお読みになりたい方はここをクリックしてください。
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著者は明智残党狩りの手を逃れた光秀の子・於寉丸(おづるまる)の子孫とのこと。子孫自ら先祖の事件の謎を解くなんて、当たり前のようですがロマンでもあります。
といっても子孫だけが知っている秘密の言い伝えとかはないんですけどね、逆に非常に客観的ですよ。
本著は前著「本能寺の変 427年目の真実」に4年間分の追跡捜査結果が加味された文庫本なんですが、単行本の存在を知らなかった私は、「なんだ4年前にこんな面白いのが出てたんだったら、読めばよかった」と思いました。圧巻というか、衝撃の内容でした。
飲み屋で話すネタができた、とまずは思いましたが、これはこの本を読まなければ納得できないでしょうね。軽い気持ちで友人に話しても相手にされないでしょうが、実物を読めばいかに著者の推理に蓋然性があるのかが理解できるはずです。スッと胸に落ちるはずです。いろんな謎がね。
たとえば、どうして光秀は謀反を起こしたのかという動機ももちろんですが、信長の供回りはなぜ少数だったのかとか、なぜあの日だったのかなど天正10年6月2日の当日を巡る謎解きが非常に面白いです。
特に、143ページの「6月2日の未解明の謎」からの内容は目からウロコ、鳥肌が立ちました。
どうして今まで気づかなかったのでしょうか。これは読まずにはいられないですよ。
(後略)
【2014年8月11日追記】No49
朴訥な人がタイプという「りんご」さんの「りんごの無印日記」の書評です。高くご評価していただきました。私の本も朴訥かな?
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『本能寺の変431日目の真実』 著:明智憲三郎 を読みました。
本能寺の変には、光秀の怨恨説、野望説、単独犯説など様々な説があります。もう考えられる説は出尽くしただろうと思っていましたが、光秀の末裔のかたが執筆されたこの本、凄かったー。
光秀の死後、秀吉が書かせた『惟任退治記』がどうも怪しい。考えてみれば、ずっと昔の日本書紀だって勝者側目線で、都合よく自らの悪事は正当化して綴られているもんね(笑)。
有名な光秀の「時は今 天が下しる 五月かな」という句の一部分が書き変えられていたり、信長の冷血なイメージも捏造された可能性が高い。信長と森蘭丸の関係は有名だが、実は蘭丸の「蘭」の字は「乱」が本当らしい。『惟任退治記』には、それをわざわざ意味有りげな「蘭」という字で書かれている。他にも目から鱗の説得力ある解説が続くので、まんまと秀吉の情報作戦にしてやられたのかもしれないと思えてきました。
著者は歴史家でも教授でもない。本の内容もさながら、会社勤めしながら莫大で難解な資料を探して読んで調べて解釈をも練って書き上げたことに、物凄くグっときましたグッド!
【2014年8月10日追記】No48
港区赤坂にあるヒーリングサロン「クイーンズティーのブログ」さんの書評です。まさしくヒーリングを感じるコメントをいただきました。
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もし自分がお星さまになったら・・・
過去に飛んで、本能寺の変をはじめ、色んな事件の真相を、この目で見たい。と思っていましたが、
「431年目の真実」の本を読み、本能寺の変の謎は完全に解けました。
明智光秀の末裔が著者と聞けば、織田信長を、悪く書くに違いない! そう思いますよね。
いい意味で裏切られました。
例えば、ほんの一部ですが、「惟任退治記」(秀吉)では、信長は、本能寺に同席した美女達と運命を共にした(亡くなった)と記述されているが、この部分は、「信長公記」(太田牛一)の通り、信長は、女はくるしからず、急ぎまかり出でよ。(逃げよ)と言ったのであろう。太田牛一は、本能寺から逃げてきた女性達に、直接聞いて書いているので、間違いない。信長は、自分の死に直面しても、人を思いやる心の持ち主だったのだ。とバッサリ。
男らしさを感じて、時代を越えて、嬉しく思いました。
どんな時でも、勇気と余裕を持ちたい。
【2014年8月10日追記】No47
「kamehinaoのお気楽日記3」さんのブログの書評です。ほんとうに世の中の「本能寺の変」の認識が変わってほしいですね。
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今回は、小説ものではなく、歴史に関する著書。
あまりにも有名な「本能寺の変」の、定説に真っ向から反論した本。
信長が本能寺にいた本当の理由や、一見、無謀と思える信長討ちをなぜ決意したかなど、光秀の側から検証。
今日に残る数々の文献から、その状況をまとめあげ、検察の捜査のように、状況をまとめあげている。
その手法は、なかなかに説得力があり、また、これまで「定説」として語られてきた出来事が、いかに歪められているかに気づかされる。
明智光秀が逆臣として扱われてきた負のイメージは、後年、天下を取った秀吉や家康など、勝者の側に都合のいいよう、ねじ曲げられた事実であることを、数々の論証から論破している。
実は作者、その明智家の末裔だそうで、そこだけ見れば、眉唾ものなのかと思いきや、その結論に至るまでの手法はあくまで客観的であり、その時代の文献を元に、キーワードとなるフレーズを拾い上げ、それをひとつひとつパズルのピースのようにつなぎ合わせ、最終的に全体の流れを導き出す、非常に説得性のあるまとめ方で、読む側を唸らせる。
しかし、世に言われる「逆臣」のイメージから、子孫であることを語ること自体、なかなか公言できなかったらしく、その苦しさを跳ね除け、そして社会に対し、「本能寺の変」の本質を、本物の光秀像を見せてくれたようで、思わず応援したくなりました。
これを機に、「本能寺の変」に対する認識が、また、明智光秀に対する認識が、変わっていくことを期待したいと思います。
【2014年8月5日追記】No46
神戸の研修講師(女性)が綴る「It's◆ セミナーらいふ」ブログの書評です。最近、女性の書評が目につくようになってきました。「ミステリー」のカテゴリーとして読んでいただけているようです。
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夏の移動中は。ミステリーの読書に限ります(^_^;)
今読んでいるのは、「本能寺の変 431年目の真実」。
日本史上最大の謎と言われる事件を本格捜査する著者が。当時の色んな人の日記などを手掛かりに。
本能寺の変や関係者の、驚きの実像に迫っていきます。
あの織田信長が、なぜ丸腰同然で易々と討たれたのか?
また、明智光秀が何を思って夜襲をかけたのか?
ず〜っと疑問だったのですが。これを読んでいくうち、非常にスッキリしました。
客観的に見ると、徳川家康も、羽柴秀吉も、こんな奇妙な動きをしてたんですねぇ…φ(..)
著者は、あの明智光秀のご子孫だそう。
歴史は勝者の記録と言いますが。
確かに、今やってるどこかの大河ドラマより、よっぽどうなずけるし、腑に落ちます。
かごめかごめ的な日本社会特有の風と土のにおいが、行間からぷんぷんしてます(笑)。
事実は小説より奇なり(^^)。
歴史好きの方には、オススメの一冊です。
【2014年8月4日追記】No45
「Akihiro Kaneko」さんの「情緒的スケッチ(BOOK編)」ブログの書評です。拙著をお読みいただいて、戦国時代をこれまで感じたことのない生々しさで感じ取っていただけたようです。
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もっと興味本位な俗っぽい内容なのかと正直思っていただけに著者の筆致から迫り来る、真剣さに少し戸惑いながら、そして懐疑的な態度は最後までついには崩さずに読み終えた。
確かに、歴史は勝者の都合のよいように書き換えられるのが常であるから、伝えられているような話をそのまま本当だとは思わないし、もっと生々しいものであろうと想像できる。
但し、少し科学的に著者のような視点をもって、歴史を探偵してみることは、ただ単に面白いということだけではなく、意義のあることのように思える。
細川家との関係、長宗我部氏との関係、またその後の徳川家との関係から見えるもの。
また、67歳という高齢である家臣の謀反ということを考えるとあまりにも無謀な唐入りはわれわれが想像するよりももっともっと危機迫るものであったのだろうこと等々。
興味本位を超えたところの面白さがあるからこそ、そして冷静なる視点があるからこそ、本書は多くの人々に読まれているのだと思った。
【2014年7月31日追記】No44
「ひとみしりポンコツ男のあれこれブログ」さんの書評です。いろいろな気付きを得ていただいたようで、こちらもうれしいです。こういう読み方をしていただくと拙著の価値が大いに発揮されます。
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明智 憲三郎の『【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 (文芸社文庫)』を読みました。明智光秀が好きなのでぜひ読まねばと思っていた本です。
従来知られてきた本能寺の変の経緯等とは一線を画す内容です。
この本に書かれた内容の信憑性なんかは私には判断できないのですが、情報の不確かさ、情報の見方の大切さを学ぶことが出来ました。
歴史というものはどうしても勝者の側から勝者の都合のいいように語られる。わかってはいるけど長いこと語られたり間に別の人が介在したりすることでいつの間にか信頼できる情報と見られるようになっていたり、ホント気をつけなきゃなと思いました。現在だって様々な情報が飛び交っていますが、誰が言い始めた情報なのかをちゃんと見極めて、どのようなバイアスがかかっているかを考えないと踊らされるな、と。
それにしても自分が教科書やドラマ等で知ってきた明智光秀・豊臣秀吉・織田信長像と全く違うな、と新鮮な驚きです。豊臣秀吉や徳川家の都合のいいように人物像まで捻じ曲げられたのか、と。
そして本書を読んで豊臣秀吉の情報統制能力の凄さにも驚きました。
自分はそんな情報を発信して影響力を持つ側の人間にはなれないだろうけど、もしなれたとしたら情報をうまく使っていかないとな、と感じました。
かなり面白く読めました。良書だと思います。
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【文庫】 本能寺の変 431年目の真実 | |
明智 憲三郎 | |
文芸社 |
>>> 「本能寺の変 431年目の真実」読者書評
>>> 「本能寺の変の真実」決定版出版のお知らせ
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』プロローグ
>>> 『本能寺の変 431年目の真実』目次
>>> もはや本能寺の変に謎は存在しない!
>>> 本能寺の変当日に発生した謎が解けるか
>>> 愛宕百韻:桑田忠親・金子拓両博士の怪
坂本城が炎上したということは、光秀の子の遺体が発見されないというのも必然的であると考えます(信長の遺体と同じ)。
我が儘ながら、静岡県の西山本門寺にある「信長の首塚」の信憑性も…。
私にとっては複雑な内容ですので、何度か読み返しています。
その中で、1人気になる存在の人物がいます。
長谷川秀一です。彼は、信長の側近で、本能寺の変の時には家康の道案内をしていたそうですが、家康が三河へ脱出する際に同行したそうですね。
そうだとすれば、神君伊賀越えの顛末、穴山梅雪の消息なども見ていたと考えられます。
秀吉に仕えてからは、出世街道まっしぐらだったことを思うと、秀吉と何か繋がっていたのではないでしょうか。
浅はかな考えかもしれません。
この前ネットサーフィンをしていたところこのような記事をみつけました。
http://www14.ocn.ne.jp/~bureyko/page086.html
明智先生はとっくに御存知かもしれませんが、他にも光秀は側室を何人も囲っており、明智先生や前にコメントした人同様光秀の子孫でその側室の末裔が本を出したと聞きました。
私は詳しくは知りませんがこれらの事実をなにか御存知でしたら詳細をお教え願えますでしょうか
一度、本家に連絡取ってみます。
私の母の母方なので実は私とは疎遠になっております。
多分、表には出たがらないと思うので、Facebookではなく、メールにて情報差し上げたいと思います。
連絡ついたらこのブログのこのペ-ジにコメント致します。
神戸市 村上
大変興味深い内容で驚いています。
明智先生が関心あるかどうかわかりませんが、私の母の母方が明智光秀公の子孫であり、実家には歴代の位牌があります。すべての戒名に光秀公のどれかの字を頂いているそうです。また山の中にはお墓もあります。伝承として、やはり殺されず、かくまわれて大事にされたとのこと。他にもいろいろあるようですが、ご参考になればと思いコメントいたしました。