民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

語り手のわたしと聞き手のあなたが
一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。

「山んばのはなし」 沼田 曜一

2013年09月13日 00時17分28秒 | 民話(昔話)
 山んばのはなし  「あずきまんまの歌」より 沼田 曜一 平凡社 1976年

 陸中の田老の奥、佐羽根に「ねんぶつ街道」と呼ばれる山道がある。
 これはあるとき、表街道に山んばが出るといううわさがたって、それでも、どうしても用があって、ここを通らなければならない人が、その道を避けて、裏の山道を、「なみあみだぶつ、なむあみだぶつ」と、念仏を唱えながら通行したところからつけられた名前だそうだ。

 この街道をそれて、ちょっと奥へ入ったところに、60才ぐらいのじいさまとばあさまが住んでおった。じいさまは百姓であるが、猟の名人でもある。ことに弓にかけては、近在に、ちょっと名の知れた腕の持ち主。ばあさまは、片方の目が不自由であるが、何よりも機織りがだいすきで、勝手仕事のほかは、一日じゅう、
バッタン、バッタンと、機を織っておる。
 どういうわけか、山んばは、たいそうこの家が気に入っているらしく、ひもじくなると、きまってこの家にやってきて、ずかずか部屋へ上がりこみ、いきなり、炉にかけてあるなべの中に手を突っ込むと、それこそ、むしゃぶり食らう。煮え立っておってもへいちゃらだ。相手が恐ろしい山んばだから、ふたりは部屋のすみに肩を寄せ合って、ガタガタふるえながら、なすがままにさせておる。
 やがて、たらふく食らって、腹のくちくなった山んばは、ほかにするというでもなく、そのままさあーっと、風のように出て行って、木立ちの奥へ、姿を消すのである。
 こんなことが、だいぶ前からたびたびあったけれども、命を取られるよりはましなので、ふたりはだまってがまんしておった。
 ところがあるとき、山んばが、珍しく土産を持ってやってきた。
 「いいか、だれにも、いうでねえぞ」
 岩穴の奥から、こだまして聞こえてくるような、陰にこもった、しわがれ声でそういうと、ばあさまに、麻糸のへそを置いていった。へそというのは、機織りの糸を玉のように巻いたものだ。
 少々、気味が悪かったけれども、ばあさまが、さっそく使ってみると、このへそ、不思議なことに、織っても織っても糸が減らない。麻の織物がどんどんできる。それはお金に代えられるから、ばあさまはうれしくてたまらない。
 「こりゃあ、ええもんをくれたわい」
 人間というものは現金なもので、こんな宝物をくれた人が、恐ろしい人だなどとはとても思えなくなってきた。恐ろしいどころか、ごちそうをこしらえた晩などは、
 「こんなうまいものがあるのに、どうしてこんのじゃろうか」
などと、心待ちにしておるときさえある。
 山んばのほうでも、なにか、通い合うものを感じておったのかも知れない。いつもなら、食らうだけ食らったら、さっさと闇に消えていくのだが、ここのところ、家を出て行っても、そのまま山へ帰ろうとせず、ちょっと離れて、家の中が見渡せるような場所に腰をおろし、両膝を抱きかかえたまんま、じいさまやばあさまのすることを、不思議そうに、じっとながめておるようになった。
 はじめのうちは、いつまでもながめられているのがどうも気になるし、かといって、雨戸を閉めるわけにもいかないから、こわごわとばあさまが、
 「・・・山は寒うないか」とか、「ご亭主はおらんのか」とか聞いてみたけれども、ときどきまばたきをするだけで、身動きもせずに、だまってながめておるだけである。そのうちになれてしもうて、見られておっても、気にせんようにしておったが、それでも、じいさまのほうは、どうにも山んばが好きになれない。しらみのいそうなざんばら髪に、おれてまがったような鼻、こけの生えたような指先の、長くのびたするどい爪。そして、いかにも早く走りそうな、くものようなすね。どれもこれも、気味の悪いものばかりであった。だからじいさまは、山んば見ておると何もせずに、炉ばたでふて寝をしておる。
 そうこうするうちに、八月の八幡さまの祭りの日がやってきた。
 あさから、笛や太鼓の音が鳴り響いて、町はたいへんなにぎわいである。なんといっても、この日の呼びものは、神社の境内で行われる、カケ矢である。弓矢で的を射て勝負を争う、男の遊びだ。この日のために近郷近在の男どもは、日ごろから腕をみがいておく。
 弓矢の名人であるじいさまも、毎年この日がくるのを、何よりも楽しみにしておった。
 その年のカケ矢は、例年よりも参加者の数が多く、力量も接近しておった。朝からはじまった競技は、夕方になっても終わらず、夜に入ってますます盛んになって、あかあかとかがり火をたきながら、いつ終わるともなく続けられた。
 もちろん勝ち残っておるじいさまも、時のたつのを忘れて、競技に熱中しておった。
 するとうしろから、声をかける者がある。
 「じいさまよ、じいさまよ、あんまり帰りがおそいで、おら、むかえにきただよ。そろそろ帰らんかい」
 ばあさまの声である。
 「分かった、分かった。まあ、もうちょっと待ってくれや。おら、必ず勝ってみせるから!」
と答えて、じいさまは弓に矢をつがえながら、ふと、おかしいなと思った。今まで、何十年という間、一度もむかえにきたことのないばあさまが、この夜更けに、またどうして?思えば妙な話である。的に集中しておったじいさまの心に、ふと迷いが生じ、手元を離れた矢は大きくそれて、減点になってしもうた。とても優勝はむりである。がっかりしたじいさまは、舌打ちをしながら弓矢を納め、それでは帰ろうかとばあさまを探した。
 ばあさまは、人垣のずうっとうしろのほうに、ちょうちんを持って、ひっそりと立っておった。
 うちのばあさまより、ちょっと背が低いような気がしたので、顔をのぞきこんだら、たしかにうちのばあさまである。
 「やあ、すまん、待たせたな。それじゃ帰るべか」
と、先に立って歩き出した。明るい町なみをはずれて、道はしだいに暗く、細くなってくる。空に、降るような星がまたたいて、あたりに、かえるの声が湧いている。
  ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
 じいさまのうしろを、ばあさまが、ちょうちんを持って歩いてゆく。
  ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
 ふとじいさまは、ばあさまの足音が、背中にひっつくように聞こえてくるような気がした。ふりむいてみると、三、四メートルぐらいのところを、ばあさまが、前かがみになって、黙って歩いておる。
 手の届くような所に見えておった町のあかりが、はるかうしろのほうに遠ざかって、やがて道は、うねうねと山道にかかってきた。
  ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
 じいさまが早く歩けば、ばあさまも早く歩いてついてくる。ゆっくり歩けば、同じようにゆっくり歩いてくる。
 じいさまは立ち止まって、小便をした。
 ばあさまは先へいって待っておる。真っ黒い巨人のような杉の大木が、まわりを囲んで突き立っておって、星のまたたく空がわずかにのぞいておった。
 小便をし終わったじいさまが歩き出すと、ばあさまはすばやくうしろへまわって、またついて歩いてくる。
  ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
 どうも今夜のばあさまは、何かうれしいことでもあるのか、浮き浮きと、はねて歩いているような気がする。それに、その足音が、どうしても背中にはりついてくるようで、じいさまは気になって仕方がない。
 はるかに川の音が聞こえてきた。あの川を渡れば、もうひと息でわが家に着く。
  ヒタ ヒタ ヒタ ヒタ
 その足音が、きのせいか、さっきよりだいぶ大きく、力強くなってきている。いよいよ道は、坂道にかかった。
 じいさまは、息をはあはあさせて、精一杯に登ってゆくが、ばあさまは平気で、息も乱さず、ぴったりとじいさまについてくる。
 突然、じいさまの汗ばんだ背中が、すっと冷えて、からだじゅうの血が、音を立てて引いてゆくような気がした。
 若いころから、心臓の丈夫でないばあさまは、山道がにが手で、自分のうちの田へいくまでの、わずかな坂道を、何度も立ち止まって、休み休み通っておるのに、この急な坂道を!
 もう、じいさまの足は、地に着いてはいなかった。
 川音が、ぐっと高くなった。
 川にかかっている丸木橋が、星あかりにぼんやりと見えてくる。
 じいさまは、思い切って、うしろを振り向いた。
 「ばあさまよ、ちょうちんを持った者が、うしろを歩くというのはおかしいぞ。むかえにきた者は、先に立って歩くのがふつうでねえのか。おまえが先を歩け」
 すると、ばあさまは、あっさりと、
 「そりゃ、その通りじゃ。それじゃあ、ごめんよ」
と、さきになって歩き出した。
 目の前を、ばあさまの曲がった背中が、ゆれながら歩いてゆく。
 どうしてもうちのばあさまより、背が低うて骨太のような気がしてならない。それに、足の短いうちのばあさまにくらべて、しっかりと運んでゆくその足の、なんと、くものように長いこと!
 やがて、丸木橋のところへでた。
 じいさまは、そこで立ち止まって、先へいくばあさまが、どうするかと見ておると、ばあさまは、橋にそっと足をかけ、二、三歩、渡りはじめたが、何を思ったのか、突然、持っていたちょうちんを口にくわえると、四つんばいになって橋を渡りはじめた。・・・
うちのばあさまが、こんなかっこうをするはずがない。じいさまは橋を渡らずに、そのままじっと見ておると、橋の中ほどまでいったばあさまが、ちょうちんを口にくわえたまま、急にうしろをふりむいた。
 どきん、と、じいさまの心臓が音を立てた。口から、らんぐい歯の飛び出した、恐ろしいその顔に、なんとふたつの目が、らんらんと光を放っているではないか。うちのばあさまは、片目が不自由なのに・・・!
  や、やまんばだあーっ!
 全身が凍った。ふるえる手で、背に負うた弓矢を取り出すと、懸命に矢をつがえた。
 (落ちつけ、落ちつけ)
 自分に言い聞かせながら、それでも、弓矢をろればさすがに名人。わなわなふるえておった指もきりりとしまり、キューンと手元を離れた矢は、ねらいたがわず、山んばの眉間に、ぐさっと突き刺さった。
 「ぎゃーあっ」
 すさまじい叫び声とともに、橋の上にのけぞったそのからだは、もんどりうって、真っ暗な川の流れに転落していった。
 吹っ飛んだちょうちんの火が消えて、漆を流したような闇の中に、あやしげに光るふたつの目が、またたきながら、そしてじいさまを見つめながら、ゆっくりゆっくりと流されていった。
 やがて、あの、岩穴から湧くようなしわがれ声が、川底からはいのぼってきた。
 「せっかく・・・むかえに・・・行ったのに・・・」
 「せっかく・・・むかえに・・・行ったのに・・・」
 そうくり返すその声も、しだいに遠く薄れて、やがて川音に消えていった。
  
 じいさまは、どこをどう走って帰ったのか、わが家の土間へ飛び込むと、うしろ手にすばやく戸を閉め、はげしく肩で息をして、ものもいえない。
 「どうしただ、何があっただか?」
 物音に起こされたばあさまが、眠い目をこすりながら出てくるのへ、
 「は、は、早く、し、しんばり棒を持ってこいっ。しんばり棒じゃ」
 何やら分からんが、ただならぬようすに、ばあさまがあわてて、二三度転びながら、しんばり棒を持って来て、懸命に戸締りをした。
 土足のまま座敷に上がりこんだじいさまは、しばらく、口もきけんでおったが、しだいに気持ちもおさまって、ばあさまに、一部始終を語って聞かせた。
 聞きながら、ばあさまは、
 「なんと恐ろしいことじゃ、なむあみだぶ、なむあみだぶ」
と、くり返しておったが、心の中では、
 「これでもう、あの魔法の麻糸のへそのききめもなくなるじゃろう。惜しいことじゃ。殺されずに帰ってきてよかったが、殺さんでもよかったのに」
と、残念で仕方がなかった。魔法のへそは、ばあさまの生きがいであったのだ。それだけでなく、人里離れたこの山奥で、ひっそりと生きてゆかねばならぬ厳しさが、いつか、山んばと心を通わせていたのかも知れない。
 しかし、なぜ山んばは、ばあさまのかっこうをして、じいさまをむかえにいったのだろうか。じいさまを取って食うだけなら、山に待ち伏せしておるだけでこと足りる。
 その夜、ばあさまは、寝ながらいろいろと考えておったが、ふと、家の外にうずくまって、いつまでも中のようすをながめておった、あの、山んばの姿が目に浮かんだ。
 ひょっとしたら、山んばには、家庭をいうものが珍しかったのではないだろうか。夫婦というものが、うらやましかったのではないだろうか。
 「そうか。一ぺん、女房というものになってみたかったのじゃ・・・じいさまと肩を並べて、歩いてみたかったのじゃ・・・」
 ばあさまはそう思うと、山んばが、あわれで、あわれで、たまらん気持ちになっておった。

「飛脚とうわばみ」 藤田 浩子

2013年09月07日 00時45分27秒 | 民話(昔話)
 「飛脚とうわばみ」 かたれ やまんば  藤田 浩子(1937年生) 1996年発行

 むがぁし まずあったと。
昔はなぁ 今みたいに 郵便局なんつうのが無(ね)かったからなぁ 手紙を出したいと思うと
飛脚っていう人に 頼まねっか なんねかったんだと。

 ある時 東の国の殿さまが 西の国の殿さまに 手紙届けたくなったんだと。
ほぉで 飛脚を呼ばってなぁ、
「これ この手紙を急いで 西の国の殿さまんとこさ 届けてまいれ」
と こうゆったっけが まぁ その飛脚はたいそう真面目な飛脚でなぁ 手紙を箱に入れると
それを背中に担いで ほぉで まぁ、
 すたこらさっさ すたこらさっさ
走っていったんだと。

 右も見ねぇ 左も見ねぇ 上も見ねぇ ひたすら わが走る道だぁけ見ながら、
 すたこらさっさ すたこらさっさ
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と 走っていった。

 さて その途中の山に ずねぇー蛇 いたんだと。
ずねぇ蛇のこと うわばみってゆってな。
そのうわばみが 何か餌はねぇかなぁ と こう鎌首持ち上げて あっちゃこっちゃ眺めていたっけが
向こうの方から飛脚 走ってくるのが見えた。

 あぁしめしめ 俺の方から行かなくても 餌が向こうから走ってくるわ ほんじは ここで 
ずねぇー口開けて待ってれば 餌が入(へぇ)って来るはずだから
と なって そのうわばみ ずねぇー口開けて 待っていたんだと。
飛脚はほれ 右も見ねぇ 左も見ねぇ 上も見ねぇ ひたすら わが走る道だぁけ見ながら、
 すたこらさっさ すたこらさっさ
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と うわばみの口の中とも知らねぇで、 
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と 入ってきた。

 そこで うわばみは パクッ。
したれば その飛脚、
 あぁ なんだべ 急にまぁ暗くなってきて 道もまずは走りにくい道だこと 
これぁ 雨でも降ってきたではなんねぇから まぁ急いで行くべ と、
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と 長(なげ)ぇーそのうわばみの 腹ん中なぁ、
と 走って走って走って走って うわばみのけつの穴から、
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と 出ていってしまったんだと。

 たまげたのは ほれ うわばみだわ せっかく 食ったのが また出ていっちまったもんだから
ほんじは となって 先回りして また 道の真ん中で こう ずねぇー口開けて待っていた。
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と また 飛脚は走ってきて うわばみの口の中とも知らねぇで、 
 すたこらさっさ すたこらさっさ
で また パクリ。

 あららら また 急に暗くなってきた これぁ 雨でも 降ってきてはなんねぇから 
ほら 急いで行くべぇ。
 すたこらさっさ すたこらさっさ
それにしても まず 歩きにくい道だなぁ。
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と 走りに走って 走って走って走って そのうわばみの腹ん中 駆け抜けてなぁ 
けつの穴から また出ていってしまったと。

 ほぉで 慌てたうわばみは また先回りして ずねぇー口開けて待っていた。
 すたこらさっさ すたこらさっさ
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と また うわばみの口の中とも知らねぇで
 すたこらさっさ の パクリ。
また、 
 すたこらさっさ すたこらさっさ
と けつの穴から出て行った。

 ほぉで うわばみが ゆったそうな、
こいつは まず 褌(ふんどし)を締めてかからねばなんねぇわい。

 おしまい

「古屋のむり」 リメイク by akira  

2013年08月18日 00時28分07秒 | 民話(昔話)
 「古屋のむり」 リメイク by akira  元ネタ 女川(おながわ)・雄勝(おがつ)の民話

 今日は 「古屋のむり」ってハナシ やっか。

 おれがちっちゃい頃、ばあちゃんから聞いたハナシだ。
ほんとかうそか わかんねぇハナシだけど ほんとのことだと思って 聞かなきゃなんねぇ。

 むかーし、むかし。

 山に囲まれて、百姓なんかしてる 村が あったって。
山の奥には オオカミがいて、昔っから 雪 降ったりして 食うもん なくなっと、
その村に やって来て、馬とったり 牛とったり してたんだって。

 そんで、その村では オオカミがこわいもんだから、夕方は 暗くなる前に、家 帰ってしまうし、
朝も すっかり 明るくなってからじゃないと 家 出ていかないんだって。
そんで、その村は ほかの村にくらべて とれるもんも少なくって、貧乏していたんだって。

 その村の 一番 高い山の方に ポツンって 家が建ってて、
爺(じ)さまと婆(ば)さまが ずっと 二人っきりで、
自分ら食うだけ、田んぼ 作って、畑 作って、暮らしていたって。

 その日は 朝っから 雨が 降っていたって。
そんで、その夜、二人で 囲炉裏 囲んで 仕事してっと、雨が どんどん 強くなって、
家が古いもんだから、雨が むりはじめたんだって。
あっちでポトッ、こっちでポトッ、って 茅(かや)の腐ったとっから。

 そんで、囲炉裏の火 のんのん、のんのん 燃やして、
家にある 入れもん みんな 持ってきて、雨の 落ちてくっとこに 置いて、
それが 一杯になっと 別の入れもんに とっ替えて、水 捨てに行って、って、
二人して くるくる 動き回っていたって。

 そんで、二人で 息 ハァハァ させながら、
「なぁ、婆さま。世の中に オオカミがおっかねぇ、化けモンがおっかねぇって、言ったって、
『古屋のむり』ほど、おっかねぇもんは ねえなぁ」
「ほうだなぁ、おらも 七十なんぼ 長生きしたけど、『古屋のむり』ほど、おっかねぇものはねぇ。
『古屋のむり』がきたんじゃ、今夜は 寝らんねぇ。
明日の朝まで、『古屋のむり』と戦わなくちゃなんねぇ」
そんな話 してたって。

 すっと、オオカミが 馬とろうと 来てて、二人が寝んのを 待ってたんだって。
そんで、二人の 今の話 聞いてて、
「はてな、『古屋のむり』ってのは、聞いたことねぇなぁ。どんな化けモンなんだべ。
二人で寝ないで 戦わなくちゃなんねって、言ってっとこみると、
よっぽど おっかねぇ化けモンなんだんべな。・・・そんな化けモン 来る前に 逃げなきゃ」
って、そのオオカミ、馬とろうとしてたの やめて、山へ 逃げていったって。

 それから しばらくして 雨が上がったって。
だけど、雨があがったって、すぐに『古屋のむり』は おさまんねぇ、
二人は 朝まで 寝られなかったって。

 そんで、あのオオカミ、よっぽど『古屋のむり』が おっかなかったんだんべな、
よその村 行って 馬、牛とること あっても、その村には、二度と 来ることはなかったって。
きっと あのオオカミが 仲間に、あの村には『古屋のむり』って、おっかねぇ化けモン いっから、
行かねぇ方がいいぞって、言ったんだんべな。

 そんで、その村は 安心して、朝早くから 夜遅くまで 働くようになって、
裕福な 村に なったんだって。

 そんで、おしめぇ。



「古屋のむり」 岩崎 としゑの語り

2013年08月16日 00時03分22秒 | 民話(昔話)
 「古屋のむり」 女川・雄勝の民話 岩崎 としゑの語り 松谷みよ子 編著

 昔(むかす)昔、

 ある村の ずっと一番高い山の方に ポツリポツリと 家 建ってねえ、
百姓なんかすてるがあったんだって。

 その山には 狼が住んでんだってね。
昔から 山が深くて、そんでねえ、雪なんかが降って食べものねえとき、
馬とられたり 牛なんかも とられたりしたって。
 それで 誰も 夕方遅くまで 日が入るまで 働いてる人ねえんだと、なんでもかんでも 
日が山にあるうつに、夕方も家へ入るしね、朝もすっかり夜が明けてからばり働くんだって。

 そのに、子持たずのじいさんとばあさんが住んでたんだってねえ。年とるまでも二人でねえ、
自分たち食うだけ 田んぼも作れば 畑も作ってね。暮らしていたんだって。

 そすたら ある日ね、
「ばあさんや、冬になれば 草もねくなっから、もすこす 馬のもの刈って、
お天気のいいときに 干すて囲うべなあ」
って、二人で草刈りすて、そいつを家へ運んでねえ、干すかた すてたんだと、一生懸命。
ほいで 乾けば 納屋さ 片づけ 片づけすてたら、ある日ね、にわかに 空 曇ってきたんだって。
「あ、ばあさん、夕立つ きそうだ」
って、二人でね、一生懸命 かき集めて、乾かねえ草も片づけてね、

 そのうつに、ポツリポツリ 降り始めてきたんだと。
「草も入れたから いいいい。ばあさん、濡れることねえから、いいから 家へ入れ 入れ」
って、二人で家ん中さきてねえ、あがり框んとこさ 腰かけて、雨の止むのを待っていたんだと。
そすたら 雨 止むどころか、ますます 強く降ってきたんだって。
「雨 どうせ 晴れねえから、ばあさん、足洗って 上さ あがって、今日は これで終わりとすっぺ」
「じゃあ、そうすっかな、じいさん」
 
 二人であがってねえ、ご飯の支度すて、そすたらねえ、家が古いから 雨 強く降ってきたら、
どこもかすこも、ボツボツ、ボツボツ、むってくんだと。
茅のくさったとこから、ほすて、火 のんのん、のんのん焚(た)いてね、
二人でご飯食べてたら ますます 降っから、囲炉裏まで降ってくんだと。して 灰が飛ぶんだと。
じいさんとばあさんが寝るとこねえんだってねえ。床敷くとこなくなっつまったど。

「こんな よく降る雨も、しばらくぶりだなあ、ばあさんや」
ほのうちに 暗くなってすまって、
「寝ることもできねえしな、ばあさんや」
って、二人で話 語ってると、なんだか 馬小屋の方でね、ガタンって 音 すたんだと。
「ああ、馬だってもなあ、寒かんべなあ」
って、じいさんがゆって、
「なあ、ばあさんや、世の中に なに おっかね、化け物 おっかね って ゆったって、
狼も化け物も、なにも おっかねえものはないけんどもよ、古屋のむりほど、おっかねものはねえなあ」

 ほすたら、ほの、ばあさんもねえ、
「ほんだなあ、おらもこの年まで七十なんぼまで 長生きすたが、古屋のむりほど、おっかねえものはねえ。古屋のむりが今夜きたために、今夜寝ずの番だ。明日(あすた)の朝まで寝ねえで、じいさんと二人でねえ、古屋のむりと戦わねばなんね」
って、ゆったとね。

 そすたらねえ、狼が馬んとこさ、きてたんだと。ほいて、じいさんとばあさんの話、聞いてたんだと。
「はてな、古屋のむりってのは聞いたこともねえ。二人で一晩中、戦うっていってるとこみれば、
なんぼ 古屋のむりって化け物、おっかねえべ。たすかに おれの歯のたたねえ化け物にちがいねえ」
ってね、馬とろうとすたのをやめて、古屋のむりがおれんとこさ、こねえうちにってね、
逃げてすまったんだと。その狼が。

 そいて 逃げてからね、自然と雨も晴れてねえ、古屋のむりもおさまったんだと。
それから きれいに 拭いて 乾かして、床とって 寝たんだと。

 それからねえ、その狼がねえ、なんぼ 古屋のむりがおっかねかったかね、
それから じぇったいにその村を除けてね、よその村さ行って 牛、馬、とることがあっても、
その村さ、さがって こねくなったんだと。日暮れても、雪降ってもねえ、こねくなったんだと。

 それから安心してねえ、朝早くから 夜遅くまで その村は働くようになって、裕福な村になったんだと。

 そんで おすめえ。

「古屋の漏り」 今村 泰子

2013年08月14日 00時36分35秒 | 民話(昔話)
 「古屋の漏り」 (漢字混じり) 今村 泰子  ほるぷ出版

 むかし あったけど。
 山の近い ある村に、じいさまと ばあさまが いてあったと。
 大きい百姓で あったども、子どもが いなかったので、
二人は 古くなった家に、ウマこ 一匹 飼って さびしく 暮らしていたと。

 ある 雨の しとしと降る 晩のこと。
 どろぼうが、「今夜のような 晩こそ ウマこ 盗むに いい晩だ。」
と、早くから 家の中に しのびこみ 台所の 梁の上に あがって、
下の様子を うかがっていた。 
「早く じいさまと ばあさま、寝床にいかねえかな。」
と、待ちくたびれ、そのうち コクリ コクリ いねむりをはじめた。

 そこへ 山のオオカミが、裏の木戸口から 
「腹 へったなあ、この家の ウマこなら、たらふく 食うに いいんだどもなあ。」
と、こっそり やってきたと。

 じいさまと ばあさまは、囲炉裏端にすわって、のんびりと 話こをしていた。
「ばあさん、おまえは この世の中で なにが 一番 おっかねかな。」
「んだなあ、おら わらしの時から、山のオオカミが 一番 おっかねもんで あったすな。」
「んだ、んだ、晩げになって、山の オオカミが あちこちで ほえだすと、おっかねとて、
ふとんかぶって 丸まってたなあ。」
 オオカミは 耳をたてて、じっと 聞いていたが、
「ふん、ふん。」と、うなずき、少し 口をあけ、うれしそうな顔をした。

 「おじいさんは、なにが 一番 おっかねすか。」
「おれがな、今 一番 おっかねもんは、『古屋の漏り』だ。」
「んだす、んだす、おじいさんあ。『古屋の漏り』だば、なにより おっかねす。
今夜あたり くるんでねすか。」
 オオカミは ぎくりとして、からだを 少し 前の方に すすめたと。
「ほう、おれより おっかね『古屋の漏り』ちゅうもんは、どんなもんだろう。
こらあ おおごとだ。こげなところに 長くはおられねえ。」と、あわてだした。

 その時、雨が 風とともに ザーッと すごい勢いで 降りだした。
 じいさまと ばあさまの声が、急に 大きくなったと。
「おじいさん、おじいさん、ほんとに 『古屋の漏り』 きたすよ。」
「おう、とうとう きたかっ。」と、たちあがり、身支度をはじめた。
 部屋のあちこちでは、ポタン ポタンと 雨(あま)しずくが おちはじめた。

 オオカミは 騒ぎを聞き、
「こりゃあ、いよいよ 大変だ。『古屋の漏り』ちゅう ばけものが きたようだっ。」
と、ふるえあがり、逃げだした。
 ウマどろぼうは その音を聞き、ウマこが逃げたと思い、
背中めがけて 飛び降りたと。

 ウマどろぼうは、
「こりゃあ、よく走る ウマこだ。なんと、よく走る ウマこだ。逃がしてなるものか。」
と、オオカミの耳を ぎっちり 握り、馬乗りになって、しがみついていた。

 たまげたのは オオカミだった。
「わあっ、おれの 背中に『古屋の漏り』とっついたあっ。」
と、ビュン ビュンと ありったけの力を出して、走りだしたと。

 やがて、夜が しらじらと あけてきた。
すると 山奥の 木の上で、猿が、
「あやぁ、おかしでぁ、人間が オオカミの背中に乗って 走ってらあ。」
と、手を叩きながら はやしたてたと。
 ウマどろぼうも、はっとして よく見ると、それは ウマこではなく、
おそろしい、大きな オオカミで あったと。
 ウマどろぼうは ぶったまげたの なんの・・・・・。
そのとたんに、力が抜け、背中から 振り落とされ、おまけに、けものの落とし穴に 
転げ落ちて いったと。

 オオカミは ほっとして、山の奥へ 帰ると、
「みんな、集まれ。」
と、仲間のけものたちを 呼んだ。
熊やイノシシやら、みんな 集まってきた。
「おれは 夕べ、『古屋の漏り』ちゅう ばけものにとりつかれ、一晩中 
山の中を 走りまわった。とんだり はねたり どんなことをしても、離れなかった。
やっと 途中の穴こに 落としてきた。 あんたなものがいたら 大変だ。
みんなで これから 退治さねかや。」
と、相談をもちかけた。

 猿は、
「あれは、『古屋の漏り』でねぇ。人間だったでぁ。」
「なに いうかっ。『古屋の漏り』だっ。」
と、オオカミも 頑張ったと。
 みんなも おそろしいので、
「ああだ。」「こうだ。」
と、言いあって 決まらなかった。
とうとう、穴このそばまで 行くことにしたと。
「猿、おまえの長いおっぽで、『古屋の漏り』いるか どうか、さぐって みてけれ。」
 猿は しかたなく、長い おっぽを、するすると、穴の中に入れて、ぐるっぐるっと 
かきまわしたと。

 穴この中で のびていた ウマどろぼうは、ほっぺたに ヒタヒタと さわるものが 
あるのに 気がついた。
「おやっ、ありがたい。いいところに なわが、さがっている。」
と、猿のおっぽともしらず、ぎっちり つかんだと。
「あっ、いて、て、て。やっぱり『古屋の漏り』だあーっ。
おれとこ 穴この中さ 引っ張りこむぅーっ。オオカミ、助けてけれーっ。」
これを 聞いた オオカミと 仲間たちは、
「さあ 大変だっ。猿、おまえ、早く 戻って こいっ。」
と、言って、一目散に 逃げていったと。

 猿は 腹が立つやら、悔しいやら。
おっぽをつかまれているので、逃げることもできない。
 ウマどろぼうと、やいの やいのと 引っ張りあいこ するうちに、猿のおっぽは、ぷっつり 
切れてしまったと。

 やっと 猿は、逃げることができた。
けれども、おっぽは 短くなったし、あまり 力を入れて りきんだので、
顔は 真ッかに なってしまった。
今も その時の まんまだと。

 とっぴん ぱらりの ぷう。