ちくりんぼ(三枚のお札) 「雪の夜に語りつぐ」ある語りじさの昔話と人生 笠原政雄 語り
むかぁしね、あったてんがな。
ある お寺の方丈(住職)が 小僧にね、
「小僧、小僧。もう 雪が近いから、山へ行って、冬木(ふゆぎ)取ってこい。
山へ行くとな、化けもんに会うと悪いすけ、ありがたいお札を 三枚持たしてやる。
一枚は 針の山の出る札だ。この一枚は 火の山、いま一枚は 川が出る札なんだ。
この三枚のお札を持って、山へ行け」て、言うたと。
小僧は、「はい はい」って、お札を持って、山へ冬木(ふゆぎ)きりに出かけてったと。
ほしたら、その小僧、のめしこき(怠け者)だんだね、
一本きっちゃあ、ふっかたね(木にもたれかかって休む)、
二本きっちゃあ、ふっかたねしてるうち、三本目んなったら、日が暮れてしまった。
はあ、おおごとだと思うども、暗くなって帰らんねだって。
どっか、泊まるとこないだろうかと探してた。
ほうしたら、ずっと向こうの森ん中で、ちかん、ちかん、と灯(あかり)が見えた。
「あこ(あそこ)へ行って、泊めてもろう」
て、思うて、小僧は野越え、山越えして、そこをたずねたと。
「こんばんは。お寺の小僧だども、一晩泊めてくんないか」て、言うたら、
「おい おい」て、返事したので、小僧が戸をあけてみたら、
口まで裂けてる とら毛ばさが、苧(お)をうんでいたと(麻から糸を紡ぐ)。
「さあ さあ、寒かったろう。中へ入れ」
て、ばさが言うんだ、小僧はおっかねえども、ゆるり(囲炉裏)んとこ、あたらしてもろうたと。
「小僧、小僧。汝(な)(お前)、せっかく泊まってくれたども、食(か)せるもんがなんでもない。
おら、頭の毛のなかに、さかな飼(こ)うてあるすけ、それ、取ってくんないか」て、ばさが言うたと。
「どうしるがんだ(どうするのだ)」
「ここに、火箸があるすけ、それを真っ赤に焼け」
「ばさ、ばさ。火箸、真っ赤に焼けたぞ」
「よおし。火箸をおらの頭のまんなかへ持ってけ」
小僧は、火箸をばさの頭のまんなかへ持っていったと。
ばさが、「ほら、たぼをぼえ」て言うんだ、 たぼ=耳をおおうように、まげにしてある髪の形
「しっ しっ」と、ぼえ上げたら、でっこい百足(むかで)が ちょろちょろっ と、出て来て、
真っ赤な火箸に ジリッとふっついて、こんがり焼けたと。
ばさはそれを取って、カリカリ、カリカリ、うまそうに食うたと。
「こんだ、こっちのたぼをぼえ(追え)」て言うんだ。
小僧が「しっ しっ」とぼえあげたら、でっこいかなへびが、ちょろちょろっと出てきて、
真っ赤な火箸に ジリッとふっついたと。
「小僧、汝(な)も半分食わねえか」
「ああ、おら、いらん、いらん」て、言うて、
小僧がばさの頭を見たら、こっちの方から、むかでがちょろちょろ、
あっちの方から、かなへびがちょろちょろと出るんだ、はあ、もう、おっかのうて、どうしようもねえ。
「小僧、小僧。こんだ、寝よう。おれが抱いて寝てくれる」
「ああ、方丈さんが『一人で寝れ』て、言うた」
「ばかこけ。風邪ふく(ひく)と悪いすけ、抱いて寝てくれる」
て、言うて、ばさは小僧を抱いて寝たと。
小僧がとろとろとしると、ばさは、猫みてえなへら(舌)出して、小僧の頭をぺろぺろとなめる。
小僧、おっかねえんだ、
「ああ、ばさ。しょんべんが出る」
「寝ててこけ」
「方丈さんが『寝ててこくな』て言うた」
「じゃあ、おれが手ん中へこけ」言うて、
ばさ、でっこい手え出して、そん中へしょんべんさして、つう、つう、つうと、飲んでしまった。
また、とろとろとしると、ばさが小僧の頭をなめる。
「ああ、ばさ、ばさ。あっぽが出る、あっぽ(うんち)が出る」
「世話の焼ける小僧だ。しょんべんが出るの、あっぽが出るのと。
汝(な)が逃げらんねえように帯でふんじばってやるから、せんちんへ行ってこい」
て、ばさは小僧の胴ちゅう中に長い帯つけて、そのはじを持って寝てたと。
小僧はせんちんへ行って、せんちんの神さまに頼んだ。
「せんちんの神さま、これから、おれ、逃げるすけ、鬼ばさが呼ばったら、代わりに返事してくれ」
ほうして、せんちんの戸に、帯をしっかり縛りつけて、小僧は逃げたと。
ばさは、「小僧、小僧。もう、ええか」
て、帯のはじ、こつん、と引っ張ると、戸がギイ、ギイ、てのが「まあだ、まあだ」と聞こえるがんだ。
また、少ししてから、こつん、と帯を引っ張ると、戸が「まあだ、まあだ」
しまいに、ばさ、業(ごう)やいて、
「いつまでも、長ぜんちんしてけつかって。こっちい、来い」
て、力まかせに帯を引っ張った。
ほうしたところが、せんちんの柱と戸が、いっぺんにガタ ガタ ガターッと、飛んできて、
寝ているばさの額っつらへ、スットーンとぶつかった。
「やろう、逃げたな」
てがんで、ばさは「小僧、待て」と、あとを追っかけた。
小僧は、つかまっちゃ大変だと思うて、死ん力(しんじから)出して逃げてった。
鬼ばさが、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やあれ、見やれ」
そう言うんだ、ひょいと うしろ見たら、鬼ばさの手が、もう肩へ届くようだった。
こりゃ、大変だというので、小僧は
「針の山、出えれ」て、言うて、札一枚、うしろへ投げたと。
ほうしたら、小僧とばさのあわいに針千本の山ができて、
ばさが、「あ、痛っ、あ、痛っ」て、こぎわけてるうちに、小僧はぐんぐん逃げたと。
また、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やれ」て、声がしる。
小僧がちょいとうしろを見たら、鬼ばさの手が、もう背中へ届くようだ。
小僧は、「火の山、出えれ」て言うて、また一枚の札を投げたと。
ほうしたら、一面に燃える、ものすごい火の山が出たと。
はあ、ばさ、「あちち、あちち」と、こぎはじめたと。
小僧はまた、どんどん、どんどん逃げたと。
しばらくしると、また、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やれ」て言うんで、
小僧がうしろを見ると、鬼ばさの手が 首に届きそうだと。
小僧は、「大川、出えれ」て言うて、三枚目の札を投げたと。
ほうしたら、水が、ごんごん、ごんごんと流れる川が出て、
鬼ばさが、じゃぽん、じゃぽんとこいでるうちに、小僧は逃げて、逃げて、やっとお寺のとこまで着いたと。
「方丈さん、鬼ばさが追っかけてくるすけ、戸をあけてくれ」
ほうしたら、方丈は、「おいおい、今、ふんどし締めてる」てがんだ。
「はよ、はよ、あけてくれ」
「おいおい。今、帯締めてる」
やっとこすっとこ、戸をあけてくれた。
ほうして、方丈は小僧をかごん中へ入れて、井戸の上に吊るしたと。
そこへ、鬼ばさが、寺まで追っかけてきて、
「方丈、小僧が来たろ。どこへやった」て言うて、探したども、どこにもいねえ。
小僧は、ばさはどうしたろうと思うて、ひょいと首を出した。
ほうしたところが、井戸の水に小僧の顔がうつって、ちょうど、ばさが井戸ん中のぞいたんだ。
ばさは、「小僧、そこいたか」て、ドボーンと 井戸ん中へ飛び込んだと。
そらってがんで、方丈がその井戸へふたをして、タクアンつける重石(おもし)を上へのしたと。
それで小僧は助かったんだと。
いきがポーンとさけた。
ちくりーんぼ、ちくりんぼ ソソソ--ファ ソソソファ ソソソソ♭ラ♭ラ♭ミ レレ--ド レレド
むかぁしね、あったてんがな。
ある お寺の方丈(住職)が 小僧にね、
「小僧、小僧。もう 雪が近いから、山へ行って、冬木(ふゆぎ)取ってこい。
山へ行くとな、化けもんに会うと悪いすけ、ありがたいお札を 三枚持たしてやる。
一枚は 針の山の出る札だ。この一枚は 火の山、いま一枚は 川が出る札なんだ。
この三枚のお札を持って、山へ行け」て、言うたと。
小僧は、「はい はい」って、お札を持って、山へ冬木(ふゆぎ)きりに出かけてったと。
ほしたら、その小僧、のめしこき(怠け者)だんだね、
一本きっちゃあ、ふっかたね(木にもたれかかって休む)、
二本きっちゃあ、ふっかたねしてるうち、三本目んなったら、日が暮れてしまった。
はあ、おおごとだと思うども、暗くなって帰らんねだって。
どっか、泊まるとこないだろうかと探してた。
ほうしたら、ずっと向こうの森ん中で、ちかん、ちかん、と灯(あかり)が見えた。
「あこ(あそこ)へ行って、泊めてもろう」
て、思うて、小僧は野越え、山越えして、そこをたずねたと。
「こんばんは。お寺の小僧だども、一晩泊めてくんないか」て、言うたら、
「おい おい」て、返事したので、小僧が戸をあけてみたら、
口まで裂けてる とら毛ばさが、苧(お)をうんでいたと(麻から糸を紡ぐ)。
「さあ さあ、寒かったろう。中へ入れ」
て、ばさが言うんだ、小僧はおっかねえども、ゆるり(囲炉裏)んとこ、あたらしてもろうたと。
「小僧、小僧。汝(な)(お前)、せっかく泊まってくれたども、食(か)せるもんがなんでもない。
おら、頭の毛のなかに、さかな飼(こ)うてあるすけ、それ、取ってくんないか」て、ばさが言うたと。
「どうしるがんだ(どうするのだ)」
「ここに、火箸があるすけ、それを真っ赤に焼け」
「ばさ、ばさ。火箸、真っ赤に焼けたぞ」
「よおし。火箸をおらの頭のまんなかへ持ってけ」
小僧は、火箸をばさの頭のまんなかへ持っていったと。
ばさが、「ほら、たぼをぼえ」て言うんだ、 たぼ=耳をおおうように、まげにしてある髪の形
「しっ しっ」と、ぼえ上げたら、でっこい百足(むかで)が ちょろちょろっ と、出て来て、
真っ赤な火箸に ジリッとふっついて、こんがり焼けたと。
ばさはそれを取って、カリカリ、カリカリ、うまそうに食うたと。
「こんだ、こっちのたぼをぼえ(追え)」て言うんだ。
小僧が「しっ しっ」とぼえあげたら、でっこいかなへびが、ちょろちょろっと出てきて、
真っ赤な火箸に ジリッとふっついたと。
「小僧、汝(な)も半分食わねえか」
「ああ、おら、いらん、いらん」て、言うて、
小僧がばさの頭を見たら、こっちの方から、むかでがちょろちょろ、
あっちの方から、かなへびがちょろちょろと出るんだ、はあ、もう、おっかのうて、どうしようもねえ。
「小僧、小僧。こんだ、寝よう。おれが抱いて寝てくれる」
「ああ、方丈さんが『一人で寝れ』て、言うた」
「ばかこけ。風邪ふく(ひく)と悪いすけ、抱いて寝てくれる」
て、言うて、ばさは小僧を抱いて寝たと。
小僧がとろとろとしると、ばさは、猫みてえなへら(舌)出して、小僧の頭をぺろぺろとなめる。
小僧、おっかねえんだ、
「ああ、ばさ。しょんべんが出る」
「寝ててこけ」
「方丈さんが『寝ててこくな』て言うた」
「じゃあ、おれが手ん中へこけ」言うて、
ばさ、でっこい手え出して、そん中へしょんべんさして、つう、つう、つうと、飲んでしまった。
また、とろとろとしると、ばさが小僧の頭をなめる。
「ああ、ばさ、ばさ。あっぽが出る、あっぽ(うんち)が出る」
「世話の焼ける小僧だ。しょんべんが出るの、あっぽが出るのと。
汝(な)が逃げらんねえように帯でふんじばってやるから、せんちんへ行ってこい」
て、ばさは小僧の胴ちゅう中に長い帯つけて、そのはじを持って寝てたと。
小僧はせんちんへ行って、せんちんの神さまに頼んだ。
「せんちんの神さま、これから、おれ、逃げるすけ、鬼ばさが呼ばったら、代わりに返事してくれ」
ほうして、せんちんの戸に、帯をしっかり縛りつけて、小僧は逃げたと。
ばさは、「小僧、小僧。もう、ええか」
て、帯のはじ、こつん、と引っ張ると、戸がギイ、ギイ、てのが「まあだ、まあだ」と聞こえるがんだ。
また、少ししてから、こつん、と帯を引っ張ると、戸が「まあだ、まあだ」
しまいに、ばさ、業(ごう)やいて、
「いつまでも、長ぜんちんしてけつかって。こっちい、来い」
て、力まかせに帯を引っ張った。
ほうしたところが、せんちんの柱と戸が、いっぺんにガタ ガタ ガターッと、飛んできて、
寝ているばさの額っつらへ、スットーンとぶつかった。
「やろう、逃げたな」
てがんで、ばさは「小僧、待て」と、あとを追っかけた。
小僧は、つかまっちゃ大変だと思うて、死ん力(しんじから)出して逃げてった。
鬼ばさが、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やあれ、見やれ」
そう言うんだ、ひょいと うしろ見たら、鬼ばさの手が、もう肩へ届くようだった。
こりゃ、大変だというので、小僧は
「針の山、出えれ」て、言うて、札一枚、うしろへ投げたと。
ほうしたら、小僧とばさのあわいに針千本の山ができて、
ばさが、「あ、痛っ、あ、痛っ」て、こぎわけてるうちに、小僧はぐんぐん逃げたと。
また、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やれ」て、声がしる。
小僧がちょいとうしろを見たら、鬼ばさの手が、もう背中へ届くようだ。
小僧は、「火の山、出えれ」て言うて、また一枚の札を投げたと。
ほうしたら、一面に燃える、ものすごい火の山が出たと。
はあ、ばさ、「あちち、あちち」と、こぎはじめたと。
小僧はまた、どんどん、どんどん逃げたと。
しばらくしると、また、「ちくりーんぼ、ちくりんぼ。おばごの顔を見やれ」て言うんで、
小僧がうしろを見ると、鬼ばさの手が 首に届きそうだと。
小僧は、「大川、出えれ」て言うて、三枚目の札を投げたと。
ほうしたら、水が、ごんごん、ごんごんと流れる川が出て、
鬼ばさが、じゃぽん、じゃぽんとこいでるうちに、小僧は逃げて、逃げて、やっとお寺のとこまで着いたと。
「方丈さん、鬼ばさが追っかけてくるすけ、戸をあけてくれ」
ほうしたら、方丈は、「おいおい、今、ふんどし締めてる」てがんだ。
「はよ、はよ、あけてくれ」
「おいおい。今、帯締めてる」
やっとこすっとこ、戸をあけてくれた。
ほうして、方丈は小僧をかごん中へ入れて、井戸の上に吊るしたと。
そこへ、鬼ばさが、寺まで追っかけてきて、
「方丈、小僧が来たろ。どこへやった」て言うて、探したども、どこにもいねえ。
小僧は、ばさはどうしたろうと思うて、ひょいと首を出した。
ほうしたところが、井戸の水に小僧の顔がうつって、ちょうど、ばさが井戸ん中のぞいたんだ。
ばさは、「小僧、そこいたか」て、ドボーンと 井戸ん中へ飛び込んだと。
そらってがんで、方丈がその井戸へふたをして、タクアンつける重石(おもし)を上へのしたと。
それで小僧は助かったんだと。
いきがポーンとさけた。
ちくりーんぼ、ちくりんぼ ソソソ--ファ ソソソファ ソソソソ♭ラ♭ラ♭ミ レレ--ド レレド