「ハシモト式 古典入門」 橋本 治 1948年生まれ ごま書房 1997年
「目が合った」だけで「セックスをした」になってしまう時代 P-76(文庫)
昔の女の人は、御簾(みす)の奥にいて、絶対に男に顔を見せないものでした。平安時代のお姫さまがそうでしたが、べつにこれは、平安時代に始まったことじゃありません。『古事記』の昔からそうで、身分の高い女の人なら、江戸時代になってもそうでした。「まともな女なら、絶対に人前に顔をさらして歩かない」という、イスラム原理主義のような常識が、長く日本を支配していたのです。だから、「まぐわう」という言葉も生まれます。
「まぐわう」「まぐわい」という言葉を、知っている人なら知っています。これは「セックスする」「セックスすること」という意味です。「女へんの漢字」を使って「媾(まぐわ)う」と書くと、いかにもそれらしく見えますが、でも「まぐわう」の漢字は、本当は「目合(まぐわ)う」なんです。なんだか拍子抜けのするようなそっけなさですが、「まぐわう」の本当の意味は、この文字どおり、「視線を合わせる」だったんです。
「男と女の目が合ったら、これはもうセックスをしたのと同じ」なんです。そういう昔には、新婚初夜の翌朝に男がこっそり自分の妻の顔を見て、「ああよかった、どうやらボクの奥さんは美人らしい」などとつぶやいたりすることも起こります。結婚してたって、「女というものはそうそうあからさまに男に顔を見せないもの」という常識がありましたから、男が自分の奥さんの顔を見るのだって、「こっそり」になるし、晴れて結婚式が終わらなければ、男はまったく女の顔を見ることなんかできなかったんです。
「目が合った」だけで「セックスをした」になってしまう時代 P-76(文庫)
昔の女の人は、御簾(みす)の奥にいて、絶対に男に顔を見せないものでした。平安時代のお姫さまがそうでしたが、べつにこれは、平安時代に始まったことじゃありません。『古事記』の昔からそうで、身分の高い女の人なら、江戸時代になってもそうでした。「まともな女なら、絶対に人前に顔をさらして歩かない」という、イスラム原理主義のような常識が、長く日本を支配していたのです。だから、「まぐわう」という言葉も生まれます。
「まぐわう」「まぐわい」という言葉を、知っている人なら知っています。これは「セックスする」「セックスすること」という意味です。「女へんの漢字」を使って「媾(まぐわ)う」と書くと、いかにもそれらしく見えますが、でも「まぐわう」の漢字は、本当は「目合(まぐわ)う」なんです。なんだか拍子抜けのするようなそっけなさですが、「まぐわう」の本当の意味は、この文字どおり、「視線を合わせる」だったんです。
「男と女の目が合ったら、これはもうセックスをしたのと同じ」なんです。そういう昔には、新婚初夜の翌朝に男がこっそり自分の妻の顔を見て、「ああよかった、どうやらボクの奥さんは美人らしい」などとつぶやいたりすることも起こります。結婚してたって、「女というものはそうそうあからさまに男に顔を見せないもの」という常識がありましたから、男が自分の奥さんの顔を見るのだって、「こっそり」になるし、晴れて結婚式が終わらなければ、男はまったく女の顔を見ることなんかできなかったんです。